みはら昔話
城跡と駅が同居する町
日本でただ一箇所、城跡と駅が同居する町。
その理由をご存知かな?
戦時中、広島に大本営が移設される時、中央と連絡する鉄道が必要となり、山陽路に鉄道が敷設されたのだが、三原には線路を敷く平地があまりに少なく、やむなく城跡を壊して線路を敷設したらしい・・・。
元々は、館町あたりが海岸線だったらしいですからね。
某国会議員氏が子供の頃は、岡盛酒店あたりから南は浜になってたそうです。
それから少しして埋め立てが進み、帝人の社宅(管理職用)がたくさん建てられたそうです。
その名残が、城町界隈の旅館として残っているんだそうです。

おたから発見??
未確認情報ですが、三原小学校の倉庫には、東郷平八郎氏直筆の書が眠っているそうです。
三原城の瓦だとか、かなりの歴史的資料が封印されているらしいです。
軍国主義、封建主義を象徴するような物品ばかりなので、日教組関係者によって封印されているらしいです。
あくまで未確認情報なので、そのつもりで・・・。

小佐木島には吉村水軍
その昔、小佐木島には吉村水軍の屋敷があり、三原近海を牛耳っていたらしい。
現在その屋敷は解体され、三原市内のお寺として移築されたそうです。
そのお寺とは・・・昭和園のお寺!(名前忘れた・・・)
そして吉村水軍の末裔は、”花のれん”の社長をしています。
三原近辺に吉村の苗字が多いのは、この吉村水軍の関係者が多数いたためらしいです。
同様に村上水軍の末裔もいっぱいいますね・・・。