留学を決めるまで・・・Donnaの場合 (04/13/99)


ここでは、私の留学までの軌跡を紹介します。

私の留学はとにかく「留学したい!」という決意が前々からあって計画的に実行したものではありません。
5年間の会社員生活の中で、転機は自然に訪れ、キャリア・生活を変更することになりました。果たしてどんな道がよいのだろうかといくつかの可能性を吟味・検討した結果、留学という行動をとったことになります。

特に一度社会に出たものにとって、留学というものは留学についてのみ検討するだけで決断できるものではありません。どのような軌跡をたどって留学することになったのか留学以外の要素も含めてお知らせすることが、現在留学を検討中の方のお役に立てるのではと考えました。

安定した会社員生活を送ってきた私にとってごく自然の成り行きでした。
しかし、皆さんに当てはまるとは考えておりません。
あくまでも、一人の体験談として留学を検討している方の参考になればと思います。

 

高校時代:

英語が大好きかつ得意な高校生。交換留学制度があったので、可能性をちらっと考えるものの、理系志望でもあったのであまり深く考えず。

大学時代:

理学部化学科に進学。交換留学制度もあったけど、確かうちの学部は対象ではなかったはず。で、留学のことはしばらく忘れる。
しかし、資料となる論文は大抵英語、学会も(時には)英語だったりすることもあって、英語を話したくなる。というわけで、英語の勉強はこの頃から始める。

具体的にはAmvic英会話スクール(現在のGeos)へ約3年間通ったり、「コインの冒険」、個人教授など。

会社員時代:

入社1年目。
仕事に集中。通信教育で英検のお勉強もしたが、あくまで会社の自己啓発プログラムの一環。

入社2年目。
自宅通勤から都内で一人暮らしを始める。
これで時間を節約したつもりが、仕事人間の自分に気がつく。いけない、いけない。
ふと自分は何が好きなのかと考えてみると、アメリカ映画が好きであった。でも字幕に飽き足らず。
目標は「字幕なしでアメリカ映画を楽しむ!・・・・」。上智大学の公開講座で英会話を学びはじめる。とてもすばらしい先生と出会う。
超ドメスティックな会社だったけど英語が必要になる日も近い気がして社内英会話も始める。
夏ハワイへ旅行。リゾートを満喫するも、全然英語を使わずに済んでしまった。

入社3年目。
GWにNY, BOSTON, DCへ旅行。ちょっと刺激を受ける。
目標をビジネスの場面で難なく英語を使えるまでにしようと設定。
引き続き上智大学、社内英会話を続けるが、長い間の投資の割には成果は上がらず。
仕事でも完全にドメスティックだったので、自分の英語を試すチャンスもない。
やっぱり留学でもして、どっぷり英語に漬からないといけないのかしら?と思う。
このころ頻繁にTOEICを受けるものの、点数が伸びず。それどころか、テスト中、たった2時間だけの集中力ですら維持できないことに気がつく。私って疲れているんだ、と気がつく。

入社4年目。
肉体的、精神的疲労もピーク。特に秋以降は疲労で体温が35度にもならない日が続く。医者から仕事を辞めることを検討するように何度か説得される。
では会社を辞めてどうしようか?・・・・・・・留学する?転職する?それとも家事手伝い?

まずは留学の可能性を探すために休暇を利用して短期留学をすることに。
季節は秋。行き先は昨年の旅行で好印象だったBoston。約2週間。
この時はテスト的留学だったので、思い立ってから出発まで約2週間という超スピード。目的は長期で留学する前に自分の適合性をはかっておくこと。
当時通っていたBerlitzの方にホームステイ先の手配などお願いする。ちょっとお高かったけど内容は満足。とてもいい家庭であった。Bostonでは同じくBerlitzへフルタイムで通う。
結果は意外と強い自分を発見。英語にどっぷり漬かった生活でも精神的には何とかなりそうな気配だった。

この頃英会話はBerlitzへ。ビジネスにフォーカスした小人数のクラスで、テキストの構成がとてもよかった。ビジネスにあったって必要な時事用語とともに、アメリカのビジネスのしくみを学習できるようになっていた。

一方仕事面では、仕事内容はつまらないし、上司からは嫌がらせを受けるし、会社ではある社員をターゲットとした怪文書や怪写真などがばらまかれたりと、さらに会社には未練がなくなる。

貯金を計算。あまり大きな買い物をしなかったので、しばらく仕事をしなくても何とかなりそうな気配。
決めた!1年後には会社を辞めよう!来年はその準備に費やそう!

入社5年目。
大体のことは社内では秘密裏に進めたものの、ごく少数の同期、先輩だけには年頭から夏に掛けて決意表明を兼ねて相談。たくさんのアドバイスをいただく。

前の年は留学の可能性を模索した。この年はまず転職の可能性を模索することに。
まずは人材斡旋会社巡り。いいところもよくないところもあり。
その中で一番信頼できそうなところに細かく自分の希望を話しスタート。すぐにいくつか紹介され、先方との面接など。最終的に内定までこぎつく。

また、同時進行で留学検討。留学マニュアルを購入し、資料集め開始。まずはMBA留学とするか、語学留学とするか検討する。年齢的にキャリアのブランクを1年までにしたかったのと、実践的な授業内容があるコースを検討。最終的には語学留学後にインターンシップのあるプログラムに絞って資料集め。アメリカ現地の学校からはもちろん、日本での留学斡旋業者、語学学校など。また各種セミナーにも参加。体験者の話なども。

途中、母親に相談すると、留学には反対とのこと。「お願いだから近くにいてよー」と、懇願される。「しばらく遊びたいのだったらそのお金は私が出すからさー。勉強するなら日本でもいいじゃないー。」。ここ最近は私と母親はいい関係を保ってきたのだった。月に1度か2度は母が泊りがけで私のところに遊びに来る。二人でおいしいものを食べに行ったり、お芝居を見に行ったり。旅行も何度か一緒に行ったり。私もこういう生活が結構楽しかったのだ。
結局母と約束したのは、その時点ではどれか一つに絞らずに年末までにあらゆる可能性をさぐること。留学の資料集めを続ける、転職活動も続けて内定までは取る、遊びの計画も立てる、すべて揃ったらその時点でどれがいいのか比べようということに。

年末に小規模ながら私の希望する条件の会社から内定をいただき、母と約束の比較検討へ入る。
結果、再就職に役立つようなビジネス関連の時事英語の知識を身につけ、少なくとも簡単な商談くらいは英語でできるようになろうという目標のもと、UC Berkeleyでの語学留学(プラス インターンシップ)と決める。

さっそく上司へ退職したい旨伝える。3月末、無事円満退社。

5月、渡米・留学開始。