たわごと
過去ログ、目標100話!!
No.21 こんな男いらない!('03/11/12)
NHKを見ていたら、DVについて放送してました。「DV=ドメスティックバイオレンス」知っていますか?恋人からのDV(いわゆるデートDV)って、夫からのDVと違って保護の対象にならないのだとか。NHKによると、栃木のあるNPOがデートDVに関する演劇を催し、DVの実態を人々に訴えたのだそうです。
彼氏役の男性が彼女役の女性に、「おい、俺と付き合っているんだから、俺以外の男の携帯番号を消せよ」と言います。それに対して彼女役が、「あんたも女の子の番号持ってるじゃん」と言うと、「男と女は違うんだよ」と彼氏役は言います。男だからってそういうことをしてもいいのか?と問いかけるシーンです。
ん〜。私もやられたことありますよ。プロフィールに書いてあるのですが、私が大学3年のときに付き合った男性、元彼3です。ヤンキーだったな〜(遠い目)。
今思い返すと、「あれってDVだったな」と思うことが結構あります。今日は愚痴らせてください。元彼3って奴ぁこんなやつでした。
一日何度も電話がかかってきて、「今どこにいる?」「こんな時間なのにどうして家に帰っていないんだ?」「今誰といっしょにいるんだ?」「どうしてもっと早く帰ってこられないんだ?」って言われました。トイレとかお風呂で電話に出れなかったときにも「どうして電話にでねぇんだよ」と言われる。何度も電話があるので私から電話する必要はないだろうと思っていると、「なんで俺にばかり電話かけさせてお前は電話かけてこねぇんだよ!」と怒られる。
上記の「俺以外の男の携帯番号を消せ」も然り。大学のサークルで男の子といっしょに写真なんか撮ろうものなら、私が泣いて謝るまで怒られる。そういう写真を撮らないように努力してても、付き合いで写ることってありますよね。そういう写真も勝手にひっぱり出してきては怒り、破ってしまうのです。挙句のはてには、私と写真に写ろうとする男がいるようなサークルなんてやめてしまえと言い出す始末。そういう自分は、夜中にゲームセンターに入り浸り、女の子とプリクラ撮ってきたりするんですよ。
女の子と遊び、女の子と写真を撮り、元彼女のことを時々思い出しては「手紙書いてみようかな」とか歴代彼女との情事の思い出とか聞きたくもない話を私に言ってくるのに、私が男友達の話をするのはいけないのです。男友達が存在してもいけないのです。ましてや元彼の話なんてしようものなら烈火のごとく怒りました。元彼の思い出のものを全部捨てろとまで言われましたけど、私の人格というものは思い出の上に成り立っているわけで、他人に指図されて過去を捨て去るなんてことは到底受け入れられませんでしたので、捨てるふりして隠しましたよ。
元彼3は当時運転免許を持っていなかったため、会うときには私が家まで車でよく迎えに行ってました。どこかに連れて行ったとしても一ヶ所でじっとしていられず、私に運転し続けるように命令するんです。ちょっと止まると「車だせよ」のくり返し。通学にも使っていた車でしたが、ガソリン代は月3万くらい飛んでいました。
彼はプー、私は学生。一日中暇な彼とは違って、私は大学の授業があったし、理系だったので実験で遅くなることもありました。それがどうしても許せなかったのか、一度大学までついてこられたことがあるんですが、もう暴力団みたいでした。私の友達という友達を睨みつけ、挨拶もしないのです。普通にしていればいいのに、わざとチンピラのような形相でガンをつけるのです。「なんで私の友達にそういう態度するの?」と私が怒ると、「気に入らねぇ。向こうが挨拶しねぇからだ」と逆切れ。「あんたの彼、もう二度と大学に連れてこないで」と友達に言われてしまいました。
馬鹿げた話で、私はこんな男と2年も交際してしまうのです。な〜〜〜〜んで、別れなかったかというと、やはり暴力が怖かったからです。
彼は地元では有名な優良問題児でした。問題児だけど憎めない子っていますよね。学校のどの先生方も「あ、あいつか〜」と覚えている・・。いいときはいいんです。動物大好き。子供大好き。知らない子供が抱きついてくるくらい、いいときはすごく優しいのです。
でも裏では、気に入らない人間の車の窓ガラスをメリケンサックで破壊したり、ゲームセンターにたむろする不良を掃除(!)したりする人間でした。自分の武勇伝を自慢げに話してましたよ。手をあげられることはありませんでしたが、相手がそういうことができる人間だったので、私はすくんでしまったんですよね。
優しいときは本当に優しいから、「いつかは性格がよくなってくれる」「この人には私しかいない。私にはこの人しかいない。」と思い込まされてしまうのです。時間の束縛がひどいため、私は叱られないように、極力友達と会う時間を減らすようになります。友達も大事でしたが、そのことで何日にも渡ってねちねちと怒られたくありませんでした。それを理解してくれない(普通、理解できないですよ)友達は去っていき、そのたびに「お前には友達なんて必要ねぇよ。俺がいるじゃないか」と言われ続け、結果的に彼によって私は孤立させられてしまうのです。
それをDVとは気づかず、私はDVのどつぼにはまっていくのです。何度も喧嘩しました。私を束縛するのをやめてと言いました。「俺は元彼女に浮気されたことがあるから、女は信用できない」と言われ、「ならば仕方ないか」と最初の頃は思うことにしていたのですが、喧嘩が続くと、「俺も我慢してんだよ!」と逆切れされ、お互い我慢しているのなら付き合う理由がないということで「終わりにしよう」と勝手に別れ話を持ち出されるのです。でも、何日かすると「頭冷やしたか」と電話がかかってきて、またずるずると付き合い続ける・・。なんで私が頭を冷やさなければならないのでしょうか。
・・・とまぁ、こんな感じで、別れられないまま月日が過ぎたのでした。でも、彼を嫌いになる最後の瞬間まで、私は「彼はいつか変わってくれる」と信じていました。馬鹿でした・・。
そんな私に、彼と別れるチャンスが到来します。DVのどつぼにはまっていた私の目の前に、思わぬ助けが現れたのです。当時研究生として私は某大学にいたのですが、私が所属する研究室に入ってきた大学4年生たちが私をDVから助けて出してくれたのです。DVにはまっているときって、すごく視野が狭くなり、「私にはこの人しかいない」「この人から離れたら私は1人になってしまう」と思い込んでしまっているのですが、4年生たちがそうでないことを教えてくれたのでした。
「彼と離れても私は一人じゃない」・・、そう思えたとき、私はいままでの彼の仕打ちがDVであったことに気がついたのでした。問題はどうやって別れるかでした。下手に別れ話を出したら刺されるかもしれないし(!)、「頭冷やしたか」と電話がきて別れさせてもらえないかもしれない・・・。
ちょうどそのとき、彼の弟が悪徳商法にひっかかり、莫大なお金を請求されるという事件が起きました。彼とその家族はクーリングオフの制度を知らず、私がその後処理をしたのでした。「悪いけど、将来が思いやられるから別れてほしい」と私は言いましたが、家族を理由に別れるなんて納得できないと相手は食い下がり、なかなか別れさせてくれませんでした。
でも最後に私は別れることに成功するのです。私に好きな人ができたのでした。
歴代の恋人たちに浮気され続けた元彼3に、こういう別れを突きつけるのは申し訳なかったのですが、心にうそはつけませんでした。それを話すと、彼はあっさり別れを承諾したのでした。彼の荷物を返しに行くとき、私は「自分は絶対刺される」と覚悟していたのですが、そういうことはありませんでした(あとで聞いた話では、そのときすでに新しい女がいたとかいなかったとか。ちょうどよかったのかもしれません)。
でも、未だに私はその彼が住む地区を徒歩や自転車で通過することができません。車や電車で通過するときでさえ、「見つかりませんように」と心で祈っています。それぐらい、彼から受けた精神的暴力はひどかったのだと思わざるを得ません。「あのとき、よく別れさせてもらえたね」と、友達は今でも言います。刺されなくてよかった・・。ただただ思います。あの2年間という時間がもったいない・・。私の青春を返せバカヤロ〜〜〜!ふーふー・・(怒)。
No.22 こんなところにまで不況の影響か!?('03/11/18)
一週間近くたわごとさぼってました。全国のちょたろファンのみなさま、ごめんなさい。週末はサッカーを観るために実家に帰っておりまして、そのまま夫の実家にもハシゴしてました。今週の予定はというと、「いい夫婦の日」にいとこが結婚式を挙げるので、それに出席するためまた不在です。そのまま実家と夫の実家をハシゴするつもりです。
もうすぐ、私と夫が結婚式を挙げてから1年になります。前にも書きましたが、入籍は式の前に済ませたので本当はもう夫婦になってから1年は経過してるんですけどね。
そのことでちょっとショックな出来事がありました。
挙式当日、控え室で待っている私達家族のところへ、式を挙げることになっていたホテルの支配人と見られる男性が現れて、「一年後をお楽しみに」という言葉を残していきました。
ホテルで結婚式をあげると、結婚記念に宿泊割引券が送られてきたり、なにかと優待ってありますよね。友人の両親はかの有名な高○プリンスホテルで結婚したそうで、毎年結婚記念日が近づくと割引券が送られてくるといいます。
結婚が決まった頃、私達と同じホテルで結婚した知人が、「あのホテルは結婚一周年の人たちを集めてパーティー開いてくれるんだよ」と教えてくれました。たまたまネットでそのホテルについて語る掲示板を見つけてROMってみたところ、やはり参加してる人たちは「結婚一周年で何かイベントがある」と言っていました。
支配人じきじきに「一年後を・・」なんて言ってきたくらいですから、これは私達も何かしてもらえるのだろうと、私も家族もうきうきしてホテルからお手紙等が届くのを期待して待っていたのです。でも何も届きませんでした。
忘れられているのかな?と不安になり、そのホテルの婚礼係へ電子メールで問い合わせてみたところ・・・、なんとそのサービスは終了してしまったのだというのです。すごいショック!きっと、掲示板でそのサービスのことを聞いていた人たちも何人かは今頃問い合わせていることでしょう。
終了したのならその旨をちゃんと知らせてほしいものです。はぁ。期待して損した。義両親が私に気を遣って、「泊まりに行きたい?」と聞いてくれたのですが、夫が「いや、家が近いから泊まるお金が無駄」とバッサリ!別にさ、泊まらなくてもいいさ。でもさ、せっかく一周年なんだから「○○ホテルに食事にでも行こうか?」くらい言ってくれたっていいじゃん(T−T)。
「結婚一周年は式を挙げたホテルのスイートに泊まったんだ」と自慢してきた知人がいましたが、そこまで望んではおらんよ。あの一年前のきらびやかな思い出に浸らせてくれと言っておるのだよ。はぁ、夫は入籍記念日も忘れていたし、自分が動かないと駄目なのかしら。
あ、上記の高○プリンスで両親が結婚したという友人は、今度同じホテルで結婚式をあげるそうな!
No.23 うちのいとこ(その1)('03/11/20)
もうすぐいとこの結婚式です。相変わらずじんましんは消えず、背中とかビキニラインとかあせものようになっています。背中のあいたワンピース(これしか持っていない)を着ようと思ってたけど、何か羽織らないと恥ずかしい背中ですわい。
実はそのいとこの結婚式、あんまり行く気がしないのです。そのいとこは父方のいとこ(おばの子供)なんですけど、父とおばの仲があまりよくなくて、私も影響を受けたのかあまりかかわりたくない感じなんですよね。今日も愚痴らせてくださいよ。
世の中核家族化が進んでいる中、父は長男であるがために祖父母と共に暮らし、おばはというと長男に嫁いだのに向こうの義両親とは暮らさず、悠々自適に暮らしておりました。産んだ子供は1人だけ。それがこの話の主役で、この前の祖父の法事のとき、寺の前で奥さんと喪服でいちゃついていた人です(No.10参照)。
おばという人は、まぁ好き勝手に生きてきた人でして非常識な上にものすごい毒舌家。本人はブラックユーモアを意識しているのかもしれないけれど、おばと話をしていると、すごくストレスたまります。万人にその調子で話すので、同じ血がつながっていると思うと恥ずかしくてしょうがないときがあります。ここに書いてやりたいことが山ほどあるんですけど、身内の恥なのでこの辺でやめときます。ぶつぶつ・・。
その息子。小さいときからあまりいい印象はなかった気がします。全国の一人っ子のみなさまには申し訳ないのですが、彼は典型的な「一人っ子」って感じです。祖父に無責任に甘やかされたおばが無責任に甘やかして育てたという感じの男の子です。この前の法事でも、お経をあげにきた和尚さんのために注文しておいた特上寿司を、おばが勝手に息子に食べさせてました。しかも、あとから私が持ってきてあげた身内用の並寿司を「残飯が来た」とおばは言いよる。うちの両親のお金から出てるのに、その言い方はないですよ。それを見ても息子はニコニコしてるだけ。もういい歳なんだから、母親のその悪いところ注意しろよコラ。おばの旦那はというと、「あのうまい寿司(特上)食ってしまうと、これ(並)は食えないな」といっしょになって笑っている。親子して非常識です。
そんな息子は、私より年上なんですけど、まるで私を妹のように思っているみたいで仲良くしたがるんですよ。誕生日プレゼントくれたり、いっしょに映画見に行こうって誘われたり。悪い人間ではないんですけど、母親が母親だけに裏がありそうで疑ってしまう・・・。この前は、お中元が送られてきましたよ。普通、いとこ同士で中元はやらないでしょう。お互い負担になるからこういうことはやめようと、断らせてもらいました。
私の結婚式にも、私はこのいとこを呼ぶ気はなかったのですが、前々から「呼んで呼んで」と言われていたし、祖母からも「呼んでやってくれ」と言われたので招待しました。そしたら、「恋人も結婚式に呼んでくれないとちょたろちゃんの結婚式には行かないって○○が言ってるよ」とおばから電話。はぁ!?なにそれ!なんで血のつながっていない彼女を私の結婚式に呼ばなきゃいけないわけ?
頭にきましたが、おばがそういう言い方してるだけだろうと思って、直接いとこに電話してみたんです。すると、「彼女呼んでくれなきゃ行かねぇなんて言ってないよ。でも、呼んでもらえないかなとは思ってる」とのたまいよる。結婚してるか、せめて婚約しているならともかく、なんで自分と関係ない他人を結婚式に呼ばないといけないのか。しかもなにかい?その彼女、親族で写真撮るときいっしょに写る気なの?非常識にも程があると思いました。
「私は呼びたい人がたくさんいるの。悪いけど、その希望には応じられないから、彼女さんが来たいと言うのなら二次会からにしてくれる?」と言いました。普通、この時点で彼女が良識ある人間ならば、「私はまだ身内じゃないから行けないよ」と自ら辞退してくるはずなのです。でも彼女の方はというと来る気満々だったらしい。結局彼女は身内に不幸があったとかで私の結婚式二次会には現れなかったんですけど、このときいとこはもちろんのこと、彼女に対してもすごく悪い印象を受けたのでした。
その後、その彼女といとこは今年の春入籍し、紙の上では夫婦になったのでした。んで、喪服で寺の前でいちゃいちゃです。彼女にとって、婚家のセレモニーに参加するのはこれが初めてなんですけど、いとこ&おじおばといっしょになって日本酒飲んでよくしゃべってました。私だったら、宴の席ならともかく法事の席(しかも他の親戚と初顔合わせ)でベラベラしゃべるような真似はできないです。彼女もまたあの非常識親子の仲間なんでしょうか。
(その彼女さん(今は奥さん)が、もし私達寄りの人間だった場合、あの強烈なおばにはついていけないでしょう。いとこが、「彼女がお母さんのことを『すごい毒舌だね』って言ってた」と私に言ってきているので、私は彼女をまだ「敵」とみなすわけにはいかないんですよ。あのおばに困るようであれば守ってあげないといけないし、とりあえずしばらく様子を見てみないとなんとも言えない。)
娘が自分のいとこと彼女に疑念を抱いているちょうどその頃、父とおばは兄弟決裂の危機を迎えておりました。よくありがちの、「嫌な役回り(祖母の面倒)は長男まかせ。でも財産は兄弟平等に。」ってやつです。詳しくは書きませんけど、娘の私が聞いてもやってられないって感じです。わがままもタイガイにしろと言いたい。それなのに「○○(いとこ)の結婚式よろしくね」とおばはのたまいよる!
普段から感情を表に出さない父でしたが、このときばかりは耐えかねるものがあったようで、「○○の結婚式で、あの一家に絶縁状たたきつけてやる」などと言い出したのです。「お嫁さんがかわいそうだから、当日はやめよう。」と私と母は父をなだめたのですが、もし父が本当にこのおば&いとこ一家に絶縁状をたたきつけるのならば私もそれに従うつもりでおります。夫もそのつもりです。
きっといとこと奥さんは私達親子がそれほどまでに自分たちのことを嫌っているとは思ってもいないでしょう。父の言葉を借りれば、「馬鹿な親のせい」です。坊主憎けりゃ袈裟まで。きっとおば夫婦がこの世からいなくならない限り、私はこのいとこと心を開いて接することはないでしょう。いや、おば夫婦がいなくなっても警戒してるかも。
「今度お宅に遊びにいくから」といとこ。来てくれなくていいわい。明後日の結婚式も行きたくなくなってきました。でも披露宴に来てもらってるから行かないわけにはいかんのです。夫と二人で招待されているから、お祝儀が5万。んで、交通費出してくれないらしいから、新幹線代二人で2万。痛すぎる・・・。
No.24 うちのいとこ(その2)('03/11/25)
全国のちょたろファンのみなさま。いつもいつもたわごとが滞っていて申し訳ありません。
No.23のいとこ話の続きです。
結婚式行ってきましたよ。いい結婚式でしたよ。でもなんか納得できない点がいくつかあり、式当日からその次の日まで、私達夫婦・母・祖母・叔父は不満たらたらブーイングの嵐でした(父はぶすっとしていた)。二日経って頭が冷えてきたので、いまは「まぁ、本人たちも忙しくて気が回らなかったんだろう。」と思えるようになってきました。
何があったのかを箇条書きにすると以下の通り。
@ おば夫婦は、祖母と母といっしょに地方の結婚式場に先に向かったが、自分達にだけ弁当を用意し、祖母と母には食事を用意しなかった(披露宴は15時から。母達は7時から何も口にできなかった)。
A 親族控え室に飲み物などが用意されていたのに、おば夫婦はおじの親族には飲食を勧めたが、おばの親族(つまりうちの方)には用意されていることすら言わなかった。
B 遠くから(といっても、二つの県をまたいでいるだけだけど)親族が集まっているのに、宿泊の手配をしないで日帰りさせた。
C 披露宴の席次表には招待者の名前だけで肩書きがなく、おまけに親族紹介も行われなかったため、誰が誰だかわからなかった。
食事がおいしくなかったとか、お土産が小さすぎとか、いろいろ文句はあったんですが、とりあえず上記4つです。息子の結婚式のためにみんな仕事休んで集まってきてくれてるんだから、いくら私達一族がけむたいからってその扱いはないだろうというのが@〜B。私の結婚式のときは、まず宿泊の手配を済ませてから親族に「よかったら泊まってって」と言ったぞぅ。
問題はCです。これはどう解釈したらいいのか一番気になりました。披露宴の席順は、新郎新婦に近い方が上座です。会社の上司とか恩師とか、主賓が座るのが一番前で、次に友人。一番下座なのが親族です。
席次表には本当に招待者の名前だけで、いとこの苗字と相手の苗字を有している親族はわかるものの、その他の結婚して名前の変わっている人とかどこまでが親族なのか全然わからないのです。実際、私達夫婦・両親・叔父と同じ席になった人は、話してみて初めて「いとこの父親のいとこ」だということがわかったくらいで、「せめて、上司・恩師・友人・親族くらい肩書きつけろよな〜凸(-_- メ)」と思ったのでした。いとこの親族は私達を含めてもとても人数が少なく、私達と同じテーブルにいた「おじのいとこ」夫婦も、おそらく人数あわせで呼ばれたのでしょう。一方相手の親族はというと、こちらに合わせてすごく減らしたというくらい親戚が多いのだそうです。だから、無理やり人数を調節したのが分かってしまうという点で、いとこたちは肩書きを出すのをやめたのかもしれません。
でもせめて親族紹介はしてほしかったです。結婚式では、式場のしきたりや地方のしきたりにもよりますが、大抵は挙式の後で親族紹介が行われます。チャペルでも神式でも、新郎側と新婦側に人が分けられているので、親族ではない人間は先にに披露宴会場に案内してもらい、そこでお互いに自己紹介(お互いの親が代表して紹介するのもあり)するのです。
それすらもなかったので、私達は新郎側も新婦側も、お互いがいとこたち夫婦にとってどんなつながりなのか分からないまま食事をしていたのです。見方によっては、「付き合いを持つつもりがない」ともとれるので、気分はよくなかったのでした(どういうつもりで肩書きも親族紹介もなくしたのか、今度会うときにさりげなく聞いておこう)。
・・と、非難ごうごうでしたが、結婚式自体は楽しかったですよ。いとことお嫁さんのお友達は多芸な人が多いようで、弦楽器の演奏が3組もあり、賑やかでした。
ケーキカットで使われた生ケーキは人数分にカッティングされデザートとして配られました。ケーキには、抽選で5人にラッキードラジェが仕込まれていて、当たった人には新郎新婦からステキなプレゼントがもらえました。まぁ、そのドラジェというのは事前に新装新婦がプレゼントをあげたい人を決めておき、ケーキをカットする給仕さんによってドラジェが仕込まれるんですけどね(ネタバレすいません)。
そのラッキードラジェは、主賓席・友人席3つに当たり、最後の一つはというと私達の席に当たりました。で、誰が当たったのかというとわからないのです。実は私は生クリームは嫌いで、配られたケーキの中で一番クリームの少ないものを物色させてもらったため、配膳がごちゃごちゃになってしまったのでした。母がとったケーキにドラジェが入っていたのですが、母は恥ずかしがって立とうとせず、「おじのいとこ」さんがプレゼントをもらいに行ったのでした。
いとこは驚いたことでしょう。自分があげようとしていた人間じゃない人が高砂に来たから!結局、「おじのいとこ」さんは何ももらえず席に戻され、いとこの指示によって給仕さんが私の父のところへプレゼントを持ってきました。終始ぶすっとしていた父でしたが、このときは少しニコニコしていました。いとこが気を遣ったのでしょうか。
お見送りの際には、入浴剤の入ったカプセルを1人1粒ずつもらって帰ったんですけど、次の日、実家の流しの石鹸入れにそのカプセルが入れられていました。ば〜ちゃん、これはお風呂で使うんだよ。石鹸じゃないっつ〜の!
とりあえず、父が逆上して喧嘩売ることもなく終わってほっとしたちょたろ一族でした。
No.25 喪('03/12/09)
日記にも書きましたが、今年は祖父が亡くなったため私だけ喪中です。なんで私だけ喪中なのか?がんばって「しきたり」を破った結果です。
私が結婚していなかったら、もちろん私を含めて家族全員喪中です。「祖父死去=喪中」と頭に刷り込まれていたため、結婚しても私は祖父母や両親が死んでも自分は喪に服すものだと思っておりました。夫の祖父母や両親が亡くなったら、夫と連名で喪中はがきを作ります。それと同様に、喪中はがきを作るものだと考えていました。
ところが、世の中は違うんですね。
インターネットで「喪中」に関して検索をかけたところ、とあるHPにたどり着きました。マナーに関して詳しく書いておられたのですが、そこで驚くべき文章を見つけたのでした。誰が亡くなったときに、誰が喪に服すかを説明したページにおいて、「結婚して改姓した女性は、実両親が亡くなっても喪中とならない。なぜなら、喪中は「家」を単位とするものであり、嫁いだことによって実両親とは違う「家」になったから」みたいなことが書かれていたのです。妻の祖父母が死んでも、当然喪中にならないというわけです。
そこまで極端でなくても、夫の両親が死んだら夫婦で喪中になるのに、妻の実両親が亡くなっても、妻1人が喪中だというのが今のところ主流らしいのです。それも、喪中はがきを出すなら旧姓で出すべしと。
姓が「家」という共同体を表しているのはわかりますが、姓を変えた側は実家との縁より婚家との縁を重視しなけらばならないのかと考えさせられます。無理やり実家の流れを断ち切り、婚家に統合しているだけのような気がします。喜んで相手の姓になった女性でも、親が死んで服喪できないと知ったらショックでしょうね。
二つの家から出た子供が夫婦になっているわけですから、夫の両親や祖父母が亡くなったときと同じように、妻の両親祖父母が亡くなっても夫は喪に服してもいいのではと思います。悲しみの共有です。
現在は、昔と違って「本人の気持ち次第」ということで好きなようにさせてくれる時代になりましたが、でも改めてしきたりを調べると、未だ家長制度というしがらみが残っているのだなと思わざるを得ません。