たわごと

過去ログ、目標100話!!

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No.31 昔は辛かった(その1)('04/02/07)

「つらかった」じゃなくて、「からかった」という読み方でお願いします。

ちょっと前ですが、とある高校で男子生徒が茶髪にして登校したところ、校則違反ということで謹慎か停学か罰を食らい、その子の親が「茶髪は個性だ」と主張し学校を相手取り裁判を起こしたという事件がありました。馬鹿だなぁ、と思って見てました。染め髪が個性ですと?地毛が個性というなら話は分かりますけど、違反して罰せられたのに居直るなって感じました。

それで昔のことを思い出したので書いてみたいと思います。私が通っていた高校は、けっこう自由な校風で「校則らしい」校則はありませんでした。生徒手帳に着衣についての規定がちょこっと載っているぐらいで、スカート丈とか髪型に関しては特別な規定はありませんでした。靴もかばんも自由で、髪型だって自由でした。下の学年に金髪でチリチリパーマな女の子がいましたけど、特別な注意はされていなかったように記憶しています。

6月から9月までは夏服で、それ以外は冬服のブレザーを着用することになってました。男子は夏服のシャツこそ学校指定でしたが、ブレザーの下に着るYシャツや靴下は校風に合うものであればなんでも着ていいようになっていました。一方の女子の服はというと、自由なのは夏服の靴下だけで、それ以外は指定のものを着用しなければなりませんでした。でも、スカートもグレーとタータンチェックの2種類あって、正装しなければならなといときはグレー着用でしたが、そのほかの日はどちらを履いてもよかったのでした。それぐらい自由だったからか、おかしな格好をする生徒は少なく、私のいた学年はパーマやお化粧をしている女子は殆どいなかったし、男子も茶髪なんて1人もいなかったと思います。

高校2年生のときだったでしょうか・・、夏服のスカートに冬服のブラウスを着る女子生徒が出てくるようになりました。季節の変わり目には上着やセーター等で体温調節することになってて、それはパーカーでなければなんでもよかったのですが、女子たちはどうも肌寒い時期に半袖を着たくなかったらしく、長袖を着用する女子生徒はしだいに他学年にも広がっていきました。

それが先生や生徒会の目に触れるようになり、そういう格好をしないようにと軽い通達が出たんですよね。反発した女子生徒たちは、「夏服のスカートに冬服のブラウス」という格好を学校側に認めさせたいと考えて署名運動を始めました。

全学年(中高一貫だったので6学年)全クラスの女子に対し、署名の紙が回ってきました。「夏服スカート・冬服ブラウス」という格好を普段しない女子たちも署名してました。それが私の席に回ってきたとき、私はその紙を読み内容を確認するとすぐに、何も記入せず後ろに回してしまいました。クラス中の女子から声が漏れるのが聞こえました。ひょっとしたら、この署名運動において、私のいる学年で名前を書かなかったのは私だけかもしれない・・そう思いました。

なぜ書かなかったか。規定になかったからです。夏服は夏服。冬服は冬服です。先生方がそういう格好をするなと言っているし、それ以前に上着を自由に着ていいんだからそれで調節すればいい話で、わざわざ署名運動するなんておかしいと思ったのでした。

提出された署名用紙はというと、殆どがシャープペンシルで書かれていることもあって学校側から却下されてしまいました。それを不服と思った女子生徒たちは更に反発をしたみたいでしたが、その次の週の朝礼のとき、生徒指導の立場にいる先生からきついお叱りの雷が全生徒に向けて落とされたのでした。

校則らしい校則がないこの学校でも、服装の規定はちゃんとされている。それを入学の時点で了解してお前達は入学してきた。それが嫌だからって違う服装をするというのは、お前達の契約違反なんだよ。・・と。

もっともだと思いました。まぁ、全生徒の半分(男子)プラス私は署名運動に参加してないわけで、なんで私達まで叱られなきゃいけないんだと思いましたけど。

結局この運動は、その雷一発で抑えられてしまいまして、更なる反抗はありませんでした。しかし、あの署名をしなかったという私の行為が、女子達の間で許されない行為にひっかかってしまったようでしばらく裏で悪口とか言われてたみたいです。当時付き合っていた彼氏まで引き合いに出されて、「あんな女とつきあってて○○君が可愛そう」と耳に入ってきたときは、はったおしてやろうかと思いました。

女って、自分たちと同じ行動をしない人間を排除するところがあるから嫌いでした。私は「署名しない」という個人の判断をしただけに過ぎません。そのときの私は、思い込むと自分を貫くところがあったためその女子達の視線に屈することはなかったんですけど、今思い出しても腹が立ちます。そういう人間が1人くらいいたっていいと思うんですけどね。そういうのを個性っていうんじゃないでしょうか。


No.32 父と母は長野に行っていた('04/04/11)

日記にもありますが、実家の宗教は仏教の浄土真宗です。浄土真宗の中でも宗派がいくつか分かれておりまして、うちは「大谷派」。すごい偶然なんですけど、私が嫁いだ夫の実家も同じ宗派でして、最悪私の実家が跡継ぎがなく途絶える際には、私が家族の骨をかかえて夫の実家に頼み込もうと考えているんですけど、父は前々から大谷派の総本山のお山に死んだ家族の誰か1人だけでも分骨したいと考えていました。そうすることによって、先祖も含めて供養してもらえるのではないかと。しかしながら、父以外の家族はそれに反対。昨年亡くなった祖父も、生前「死んでまでバラバラにされたくない」と分骨を拒んでいたのですが、父はやる気のようです。みんな嫌がってるのになんで分骨するかな〜。今後供養料とかかかったり、お参りするのが面倒だったりといろいろ嫌なので、その辺を念押しして辞めさせようと試みたのですが先週の水曜日の夜、ついに父は母を連れて総本山のある京都へ出発してしまうのでありました。ところが・・・!

木曜日の夜、両親から、「いま横川のサービスエリアにいるんだけど、釜飯いる?」と電話がかかってきました。両親は、水木と京都の真宗大谷派のお山へ分骨のお願いにでかけたはずなんですが、なにゆえ横川に?

実はそれは私の勘違いで、分骨願いは再来週の水木に行くらしく、今回は母方の親戚の法事で長野に行っていたんだそうです。法事が終わったので、帰り道に横川のサービスエリアに寄ったらしい。な〜んだ。

サービスエリアで釜飯を見つけた母が、「一つ買おうか」と父に話したところ、「三つでも四つでも」と言い出し、「あ、ちょたろのところに寄りたいんだな」と母は思って電話をくれたそうで、ありがたくいただくことにしました。

両親が我が家に着いてしばらくすると夫も帰ってきまして、4人で横川の釜飯を食べたんですけど、うまかった〜。私にとってはすごく懐かしい味です。

いまはあまり帰らなくなりましたが、夏休みと冬休みはいつもL特急の「あさま」に乗って長野に行ってました。必ず横川駅で車内販売のお姉さんが乗車してきて、そのお姉さんから釜飯を買って食べたものです。そんな「あさま」は、現在L特急から長野新幹線に変わってしまい、横川は通過してしまうんですよね。残念なことです。この釜飯は長野駅でも手に入りますが、横川駅で買うことに意味があるので、いまや殆ど食べることのできない弁当になってしまいました。だから、このお土産はうれしかったですね。

釜飯のほかにも両親はいろいろなものを家に置いていってくれました。母の姉達が持たせてくれた農作物その他です。

超肉厚なしいたけ一袋、りんごダンボール一箱、ブロッコリー一袋、長野名産「おやき」二つ、おばが作ってくれた握り飯四つ。

お菓子類も置いてくと母は申しましたが、ちょたろは太るわけにはいかないのでそれは持って帰ってもらいました。

父は新潟、母は長野出身で、私はもっぱら母方のいなかに帰っていました。母は4人兄弟の末っ子でして、母以外の兄弟は兼業2人・専業1人の農家です。横浜育ちの私には、農業というのは大変魅力的なお仕事で、よく伯父伯母に頼んで畑や市場に連れて行ってもらったものでした。

近所の八百屋に出回っているのとは比較にならない立派なきゅうり。横浜の方では当時は殆ど見られなかった丸ナス。鈴なりのミニトマト。冬は年越しのお宮参り。毎年夏休み冬休みが私の社会科見学でした。

市場では売り物にならないくらい大きくなってしまったおばけきゅうりは、ひもで束ねてもらって帰ってました。母達には、「そんなの食べてもおいしくないよ」と笑われましたけど、子供の私には眺めているだけでうれしい宝物でした。

毎年毎年、りんごや桃、野菜のたくさんつまったダンボールが各兄弟の家から送られてきます。伯母たちはそれに対するお礼を受け取ってくれないので、私や母は福袋に入っていた着れないサイズの衣類などをいなかに送っています。母の兄弟はみんな体が小さいので着てもらえるらしい(身長155センチのチビな私でも、いなかに帰ると「大きいわね」と言われる!)。

「ちょたろちゃんにもらった洋服は全部着てるわよ〜!また送ってね!」とのことだったので、また今年も衣類を送りますかな。

あ〜、久々にたくさんの農作物見たら、また畑仕事がしたくなっちゃったよ!!!赤ちゃん産んだら、今度はその子連れて母の実家に帰ろう!


No.33 私はデブ妊婦('04/04/14)

 安産祈願のため、都内人形町にある、かの有名な「水天宮」に夫と義母と私の3人で行ってきました。その後、近くの「玉ひで」で親子丼を食べ、半休をもらっていた夫はそのまま営業先に飛んで行きました。その日一日暇な専業主婦二人はというと、マタニティー専門店へ。水天宮の周りには、マタニティー屋がたくさんあるんですね。ここのところガードル代とかでお金使ってるので、本当はマタニティー関係の物品は買い控えるつもりだったのですが、義母が「見ていこう」というので一軒入ってみることにしました。

デパートと違って、こういうところだとマタニティーも下着類も安いかなと思いきや、デパートほどではないですが安くはないんですね。それなりの金額してました・・。ちょっといいかなと思って手に取るとスカートだけでも6000円以上。ジャンパースカートになると1万円を越してしまう・・。いろいろ物色して、2800円のサブリナパンツを発見!Lサイズだし、これは買いでしょう!・・と思って、試着させてもらうと、これが履けない!!!太ももが入らないのです!

上着もLサイズでいい感じのものを見つけてきたのですが、店員さんにバストを測ってもらったところ、「今のバストならちょうどいいけど、臨月・授乳期ではキツキツになってしまう」と言われ断念。妊婦服のLが着られない私って、相当なデブ???

店中を探し回り、義母が上下セットの部屋着を見つけてきました。一つは青い上着に黄土色のサブリナパンツ。もう一つはピンクの上着でジーンズ地のサブリナ。見た目に、これからの季節は青い方が涼しかろうと思って、青い方を試着したらこれまたパンツが履けない・・。残るはピンクの方・・。店員さんもそのパンツの太もも付近の長さを測り、「これなら履けると思う。これ以上大きいのはちょっと・・・」と難しい顔。おそるおそる試着室で足を差し込んでみたところ、履けた〜〜〜!

結局、このセットの上下とスカート一つと、腹巻型腹帯を一つ購入(義母が殆ど出してくれた)して帰ったんですけど、もう顔から火が出そうでした。私は妊娠する前から体型が太めなんですけど、ここまで服が着られないとは!これはおっかなくて、マタニティーの通販なんて安易に手出しできないぞ!

一昨日、西武デパートで産前用ガードルとブラジャーを買った際に、その旨を母に電話したんです。母が「これからどんどんお腹が大きくなるけど、マタニティーは間に合ってるの?」と聞くので、「義姉からもらったから大丈夫」と言ったところ、「体重は同じなの?」と母。義姉と私の体型は似ていて、姉の方が私より5センチくらい身長が低いんですが、たしか70キロ近くまでいったって言っていたような気がしたので、「うん。大丈夫だと思う」と答えてしまいました。

しかし、義姉の妊娠前の体重ってたぶん50キロ台だったと思うんです。うちの母も臨月時には65キロまでいったそうなのですが、母自身が当時痩型だったのでそこまで増えても大丈夫だったのでしょう。しかし今の私は母の臨月時の体重を越えていて(妊娠する前からすでに超えていて!)、おいおいどうするんだよ!って感じです。

妊娠してから私の体重は1.5キロぐらいしか増えてなくて、医者にはまだ何も注意を受けてないんですけど、妊娠中期に入ったこれからは体重は「うなぎのぼり」で上がっていくでしょう。こりゃ、「プラス10キロまで」なんて悠長なこと言ってられないっす。せいぜい「プラス5キロ」ぐらいに抑えて、できることなら産んで体重がマイナスになるぐらいにしておかないと、このままじゃ妊娠中毒症になってしまうかもしれない!!!脱デブ宣言しなくちゃ(By.長野県知事)!!!

当初は、水天宮から地下鉄を乗り継いで帰ろうと思ったのですが、義母が東京駅から帰るというのでいっしょに歩いて帰ってきてしまいました。運動運動!


No.34 名づけ('04/04/18)

どんべぇ様から、手作り子供服とベビー服の本、母乳・離乳食の本、名づけ本、その他お役立ちグッズをいただきました。どうもありがとうございます(^−^)。

名づけ本が我が家にもたらされたので、さっそく読んでみました。子供への最初のプレゼントであり一生モノなので、大事に考えないといけないと思うとドキドキしますね。

プレママ雑誌を読んでいて、「今月の名づけ」みたいなコーナーをたまに見るんですが、どの子もイマドキの名前の付けられ方をしています。まず音や響きで名前を決めて、そこへ漢字を当てはめるというやり方です。言われないと読み方がわからない上に、使われている漢字もゴージャス。「ん〜、それぞれ奇抜でどこにもなさそうな名前だけど、学校とか社会に出たときにこの子は苦労するんじゃないか・・?」と、失礼ながら思ってしまうちょたろです。

私自身の名前が、使ってる漢字こそ簡単ではありますが、教えないと読めない「当て字な名前」なのでそう思うんですけどね。私の名前は、読みにくい上に男の子と間違えられやすく、この人生で私の名前を一発で読み当てられた人って大学の英語の先生しかいません。

例えば、私みたいな名前が小学校とかのクラスで1人か2人ならいいですが、いまの名づけ方が流行している世代が小学校に上がったとき、先生方はことごとく子供たちの名前が読めなくて出欠をとるとき困るだろうなぁ〜と思ってしまいます。

自分の経験を踏まえて思うことですが、我が子の名前は「電話口で相手に説明できる簡単な漢字」で、「特殊な読み方をしない普通の名前」を考えたいです。

でも、自分の名前を嫌ってるわけではないですよ。中学校時代の多感な時期には「こんな名前はヤダ!普通の名前が良かった!」と親父さまを泣くほど恨んだことがありましたけど、結婚した今ではその名前がアイデンティティーになっています。「おそらくこの漢字を使うこの名前で女なのは私ぐらいなものだろう、ふふ」っとほくそえんでいるちょたろであります。

まぁ、奇抜な名前を付けられても、その子供がその名前をいつか気に入ってくれればいい話なんですけどね。余計な話でした。

さて、現在お腹の中の子供は「正月に授かったであろう」ということで「睦月」という仮の名前が夫によって勝手につけられております。昨日の夜は、寝床に入ってからも名づけ本を2人で見ておりまして、「む〜ちゃんが女の子なら○○。男の子なら△△がいいなぁ。」といろいろ話しました。今まで子供の名前で夫と深く話し合ったことがなかったので楽しかったです。

予定では我が子は9月に生まれるので「秋をイメージした名前」。私たちの出会いが植物を介しているので「植物をイメージした名前」。・・・現在この二点で名前を模索中です。

昨日の時点で私がビビビときた名前は「かづき」。女の子なら「香月」、男の子なら「かずき」にして「一樹」とか「和樹」とかいいかなと思ったのですが、夫には不評のようです。なんでも「香月」はラーメンチェーン店の名前だそうで、周りの人たちに「ラーメン屋の名前だ!と笑われたら困る」というのです。いい名前だと思うんだけどなぁ。

ちなみに、夫が見つけてきた名前は「♀みつき」と「♂そうたつ」。みつきは「美月」と書くそうで、こちらは名づけ本に「苗字に対して幸運を呼ぶ名前」として掲載されていた「おすすめの名前」で、我が家の苗字と合わせると画数がバッチリ。でもな〜、「美月」と「香月」だったら、「香月」でもいいじゃん!!!(←諦めきれない)

「そうたつ」の方は、「颯」という漢字を使うのが一つありまして、こちらは私も「いいかも!」と思えたので、今のところ男の子が生まれた際の一番候補となっとります。「たつ」の漢字はまだ未定。

この先、じ〜じ・ば〜ばとか外野がうるさそうなので、候補はどんどん増えていくのでしょう。名づけって面白いですね。


No.35 指輪をはずしました('04/05/12)

お腹の赤ちゃんも、とうとう6ヶ月目に入りました。胎動も日々少しずつ強く感じられるようになってきました。立ってるときはお腹の内側をなでるような「さわさわ」した感覚があるのですが、椅子に座っているときやかがんでいるときは、「ぐるじぃ〜・・」とぴくぴく動いています。

最近になって新しい動きがありまして、トイレで用足しをしたあとに赤ちゃんが膀胱を蹴とばすようになりました。出したばかりだというのに、蹴られたとたん尿意をもよおすというか、漏れそうになるというか。膀胱は子宮の前にあるので蹴られやすいんでしょうが、もっと週数が進んだら蹴られたはずみでお漏らししちゃうかも。ぞぞぞ!

お腹が大きくなったと同時に、体重もものすごい勢いで増えていっています。家の体重計でとうとう70キロ台に突入してしまいました。やばいなぁ。同じく妊娠しているネット友達は現在57キロだそうで、「太った〜」って嘆いてるんですけど、もとからその体重より重い私はどうなってしまうのでしょう。

先日、夫の会社の人たちとバーベキューをやったんですけど、結婚式に出席していただいた上司に、「あれ?奥さん、結婚式のときは痩せてたよね?」と言われてドキっ!!!そうだよな〜、あのときはマイ○ロダイエット使って無理やり痩せたんです(でも58キロ)。そのときから10キロ以上増えたんですよね。はぅ。

体重増加も怖いんですが、もう一つ怖いのがむくみ。GW中に一度は出たむくみですが、それ以降は出ていません。だけど、心配なので指輪をはずすことにしました。むくんで抜けなくなってしまってからじゃ遅いですからね。

というわけで今回は指輪の話。

私は普段アクセサリーを全くつけない性分だったので、結婚指輪を最初にはめたときは指が重くてえらく疲れました。

私と夫の結婚指輪&エンゲージリングはオーダーメイドです。オーダーメイドにこだわったのではなく、結婚が決まったときに義祖母が私に「もう使わないから」と、私にダイヤモンドの指輪をくれまして、せっかくだからそれを加工してエンゲージリングにしようという話になったのでした。その流れで結婚指輪もセットで作ってもらうことにしたのです。

エンゲージリングは予想していた太さで仕上がったんですが、結婚指輪はなぜか予想以上に太く出来上がってしまいまして、重いのなんの。私の方にだけブルーダイヤが入ってるんですが、最初に作成した指輪のワックス型にあわせて石の大きさを決めたはずなのに、実際に出来上がってきたのを見たら、なんか石が妙に小さく、埋まっているように見えたのでした。

夫の指輪もまたぶっとく仕上がってしまいまして、「仕事するときに恥ずかしいから」と、トップの模様面を下にして、下の細い部分を表に出して仕事をしているみたいです。

3本セットのオーダーメイドリングは、宝石のリメイクで有名な某ショップで作ってもらいました。だいたいどんな感じで作ってほしいかということだけあらかじめ考えておいて、店頭でデザイナーさんにそのイメージを伝えるのです。そうするとデザイナーさんが、さっさか指輪の絵を紙に描いていき、その中から気に入ったデザインのもので指輪を作ってもらうというのがその店のやり方でした。

私達夫婦は大学の研究で植物を栽培してたのが縁でお付き合いを始めたので、植物をイメージした、でも石が自己主張しない(爪を使わない)感じで指輪のデザインを頼みました。私たちを担当した若手のデザイナーさんが描いたのは、ぶどうの葉っぱと朝露をイメージした指輪の絵でした。ぶどうの「つる」がお互いのイニシャルになっているというデザインで、義祖母からもらったダイヤモンドが朝露でした。

私の結婚指輪の方にぶどうの葉っぱがついており、いっしょに小さい石(露)を入れると、3つのリングを重ねて見たときにバランスが悪いので、義祖母のダイヤの横に小さいブルーダイヤを脇石として一つ置くことになりました。世界でたった一つずつの私達の指輪がそうやって出来上がり、太さにはびっくりしましたが、私達はこの指輪を気に入ったのでした。

ところが、このぶどうの葉っぱと脇石がいけなかったのか、出来上がってきた指輪の評判は賛否両論でした。「いいじゃん!」って言ってくれる人もいれば、「色のついた石なんてエンゲージリングや結婚指輪に入れるもんじゃない」とわざわざ自分の指輪と比較してケチをつけてくる人もいました。これが結構凹みましてね・・・。他人の指輪にケチをつける人というのは、自分の指輪が世界一とでも思ってるんでしょうか。「はいはい、あなたのが一番よ」と流せる度量が当時の私には無かったので、その人とはその後疎遠になりました(それだけが理由じゃないけど)。

でも後になって、私が前にいた職場において三人の既婚者がなぜか三人とも同じティファニーの結婚指輪をしてることが判明し、「人気商品は人と重なるのか・・・。既製品っていうのもなんだな・・」と思うようになりました。職場の仲良しのアルバイトちゃんが結婚するにあたって、いっしょにティファニーのジュエリーショップへ指輪の物色に行ったことがあるんですけど、「これかわいいけど、○○さんがつけてるんだよね」とこぼしていたんですよね。

私の指輪にケチをつけた人のエンゲージリングも、そういえばゼク○ィなどの結婚雑誌によく載ってる形(メジャーなデザイン?流行の最先端?)で、「世の中に同じデザインの人がたくさんいる指輪よりは、いくら人にへぼく見えても一つしかないデザインの方がいいよね」と最近思えるようになりました。

実際、私達の指輪を気に入ってくれた人の中に、その後の自分の結婚式のときに「お嫁さんにたった一つの指輪を」と同じ店で指輪を作った人がいたのです(ちなみにデザインはチューリップだったとか)。

「人になんと言われようと自分の指輪が一番!」なんですよね。いい意味で。

そんな私達の指輪ですが、エンゲージリングに関しましては、いつか私の子どもが結婚して赤ちゃんを産んだら、その子ども(孫)がお嫁さんを連れてきたときに、「私がお嫁にきたときに夫のおばあちゃんからもらったのよ」と、そのお嫁さんにあげたいなと考えています。


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