マイケル・ドリーネ。<br>
真面目そうな顔立ちに小柄な体格で、どことなく気弱に見える。<br>
茶色の髪の毛はよくある色だ。<br>
彼は国家資格を持った弁護士である。<br>
28という年齢は、弁護士としてはまだまだ駆け出しの、若い部類に入るだろう。<br>
彼は気鋭の新人としてここのところ注目を集めている弁護士の一人であった。<br>
<p>
そして王立中央裁判所。<br>
灰色を基調とするこの建物は、床がすり鉢のようになっており<br>
中央が最も低い。そこには被告が立っている。<br>
法廷中の視線が集まり、被告のまばたきひとつ見逃さないのだ。<br>
今回の被告は、手品師を生業とする46歳、男性。<br>
マイケルとは逆の、意思の強い光を瞳にたたえている。<br>
彼の罪状は魔導類法違反。<br>
告訴したのは彼の商売敵。<br>
建物の側面から、容疑表明係が朗々とお題目を朗読する。<br>
『かつて、この地に魔の力ありき。よこしまなことわりをつかさどり、人民を堕落せしめん力なり。』<br>
『よって王都歴23年、シノープス2世ガーダの名において、魔道の類をここに禁ずるものとする。』<br>
両側面には、告訴側、弁護側が別れて座っている。
容疑表明係から裁判長に向かって順に、近衛兵団大師、告訴代理人、法知求罪人、守威信係。<br>
向かい側には同じように前から順に、宮廷大臣、弁護人であるマイケル、法知求赦人、号令係。<br>
『かの者ジーサス・カーミリオンはこの法令に背き、王家の威信を揺るがさん思想を持つ疑いあり。』<br>
『したがって、我々は現国王シノープス19世ミレイの名の元に、全ての真実を追求する所存なり』<br>
そして正面には、全てを見下ろせる高い位置に裁判長が座っている。<br>
この空間を支配しているのは裁判長だ、と主張するためなのだろうが、
あまりに高い位置にいるので視界にはあまり入らないようだ。<br>
被告を挟んで、後方には傍聴席が見える。<br>
つまりは観客席なワケだが、権威のある場所は皆そう言う呼び方を好まない。<br>
<p>
容疑の明確化、刑罰の請求、弁護人の反論、反論材料の提示と裁判は滞りなく進んだ。<br>
実は誰もが知ってる事だが被告は無罪である。<br>
魔道士がこの王都にいるはずがない。<br>
わかってても、話は進むし罪も問われる。<br>
理不尽な話だとマイケルは思う。<br>
「彼は以上の資料からも類推できますように、非常に腕の良い手品師です」<br>
皆の視線が自分に集まる。<br>
背中の筋肉が意味もなくこわばる。<br>
おそらく、自分は人の視線に一生慣れることはできないだろう。<br>
しかし、マイケルは次の言葉を選ぶために、最も人の目が多い傍聴席に目を向けなければならない。<br>
「今から、この告訴された原因である、被告が起こした現象について、魔術ではなく手品だという<br>
有力な証拠を明示します」<br>
聴衆がざわめく。告訴側は少しうろたえた様子だ。<br>
自分で言ってて疑問に思う。<br>
証拠などマイケルは知らない。<br>
何を例示すれば良いのかは分らない。<br>
彼が今分る事は、被告が無実だということだけである。<br>
自分の商売敵や目障りな人間を魔道の者と告訴する。<br>
近年このようなケースが増えている。<br>
魔道師であるかどうかを知る術を、魔道士でない人間はもっていない。<br>
そもそも魔法なんて見たこともないのだから。<br>
よって、たとえ魔導師であったとしても、黙っていればばれないだろう。<br>
20年前の大魔術師狩り以来、大規模な弾圧は行なわれていないとはいえ、<br>
魔道士の扱いが異常に厳しい王都では、魔道士でないことを証明できる人間がまずいないのだ。<br>
そのため、裁判官に金でも握らせておけば、かなりの確率で有罪になってしまう。<br>
このように邪魔な人間を社会的に抹殺するのだ。<br>
<p>
傍聴席を確認する。<br>
(あいかわらず大胆な事を・・・・・)<br>
声が裏返らないよう気をつけながら、マイケルは心の中で冷や汗をかく。<br>
「・・・これから被告人に、手品の種明かしを実演しながら行ってもらいます」<br>
再び聴衆がざわめく。<br>
(裁判所で手品とは・・・権威ってものを完全に無視してるな)<br>
そんなことを思いながら恨みがましい視線を傍聴席に向ける。<br>
が、視線の先の、眼鏡をかけた金髪の青年は、気にしたような素振りは見せず、<br>
次の指示を送ってきた。<br>
微妙な視線や手の位置によって、彼はマイケルの言うべき次のセリフを伝えてくる。<br>
半年前から使っているブロックサインだ。<br>
「手品の道具は扉の外に準備済みです」<br>
(手回しの良い・・・・)<br>
苦々しく、大法廷の入り口、観音開きの大きな扉を見つめる。<br>
一際ざわめきが大きくなったので、裁判長がハンマーを叩き鳴らし、お決まりのセリフを吐いた。<br>
「静粛に」<br>
<p>
結局、どう言う訳か、法廷での手品大会は証拠として認められ、被告は無罪となった。<br>
大勢の前で、実際に手品を披露されては魔術だと言い張る事もできなかったのかもしれない。<br>
判決の後の控え室で、マイケルは一息つく。<br>
正午を少しまわった日差しがあたたかい。<br>
「疑わしきは罰せよ」がモットーの、王立裁判所の判決としては異例のことである。<br>
またマイケルの武勇伝に箔がつき、彼の名を知る者が多くなるだろう。<br>
その事を思うと憂鬱になる。<br>
背もたれに体を預けると、パイプ椅子はギチギチと無機的な音をたてた。<br>
罪のある人間を無罪にしたわけでは決して無い。<br>
それどころか、彼は無実の人間が言われなき罪に問われることを防いだのだ。<br>
にもかかわらず罪悪感を感じるというのは不幸な事だ。<br>
ネクタイを緩め、そろそろかと思いながら6m四方の部屋の入り口を見やる。<br>
<p>
・・・・ガチャ<br>
ノックなしに不幸の元凶が入ってきた。<br>
先刻、傍聴席にいた金髪に眼鏡の青年である。<br>
白っぽい服がキツイ視線と合わさって、邪悪な雰囲気を漂わせてる。<br>
狂科学者という単語もあてはまるかもしれない。<br>
マイケルは溜息を吐いた。<br>
「はふぅ・・・・・・・・」<br>
青年は人の悪そうな笑みを浮かべる。<br>
「大成功だな。マイケル弁護士」<br>
「スローク君・・・・手品をするなんて聞いてないよ」<br>
心底疲れた声で呟くが、あいも変わらず相手は意に介さない。<br>
「予定していた証拠に対し告訴側の妨害工作が予想されたのでな。開廷5分前に変更した」<br>
平然と言ってのける。<br>
マイケルは弱々しい声で非難する。<br>
「どうやって被告とコンタクトを取ったのさ?あらかじめ手品に必要な道具を聞くことが<br>
できたなら初めからそうすれば良かったじゃないか。今回の最大の難点は、被告が対魔術師用<br>
鉄鋼隔壁牢に入れられていてコンタクトが取れなかった事なんだから。<br>
そうすれば、僕の心の準備だって・・・」<br>
「被告と接触はしていない」<br>
マイケルの何気な説明ゼリフは予想外の言葉に遮られた。<br>
「え?」<br>
「手品のトリックは以前、人に聞いた事があったのでな」<br>
呆気に取られる。<br>
「トリックは手品師の飯の種だろ?何でそんなこときいたことあるのさ・・・・」<br>
マイケルは呆然とし、しばらく何も言えなかった。<br>
もっとも、青年とコンビを組んで以来、ほとんど毎回のことではあったが。<br>
<p>
マイケルの相棒の名はスローク・ネーアンイニシュ。<br>
王立大学院の、とある著名な教授の息子らしい。<br>
もっとも本人かどうかは分らないが、教授の息子が数年前から家出中というのは有名な噂話だ。<br>
もし、それが本当なら、彼はまだ18になったばかりのはずである。<br>
<p>
「あいかわらず、スローク君の情報網は大した物だよ」<br>
少しいやみっぽいニュアンスを含ませたつもりだったが、彼に皮肉は通用しない。<br>
「ま、貴様に比べればな」<br>
と、さも当然のように答えてくる。<br>
マイケルは溜息をつき、簡易テーブルの上のカップを手に取った。<br>
「でも、これだけ権威を馬鹿にした弁護で勝てるんなら、普通に自分で弁護士した方が<br>
いいんじゃないかな?大儲けできるよ。きっと」<br>
自分のカップを受け取ると、珈琲を注ぎながらスロークはこっちに視線を向ける。<br>
「資格を持ってないってこともあるが・・・・。<br>
なにより、正式に仕事をするとなると、両親に居場所がばれるんだよ」<br>
「はァ?」<br>
不機嫌そうな顔でスロークが付け足す。<br>
「親父はともかく、母さんが俺を連れ戻そうと躍起になっていてな・・・・」<br>
話しを聞きながらカップを傾けるマイケル。<br>
(家出か・・・スローク君って変なところで子供っぽいよな・・・)<br>
何となく思ったことは黙っておく。口に出せば彼は大暴れしたことだろう。<br>
控え室の備品を壊せば、弁償するのはマイケルなのだ。<br>
「さて、マイケル弁護士。次の仕事だ」<br>
スロークが予定表をマイケルに突き出した。<br>
<p>
スロークは次の仕事を確認する。<br>
被告は、17歳、女性。<br>
中央には被告である少女が立っている。<br>
容疑はまたもや魔道類法違反。<br>
その向こう側にはくそ偉そうな裁判官ども。<br>
両サイドには頼りないマイケルをはじめとする、無能な弁護人達が座っている。<br>
天井が高い。強度を保つためにアーチ状になっている。<br>
何気にそんな所に目が行った。<br>
「失礼」<br>
ふと、横から声が掛かる。<br>
黒いスーツを着た男がすぐ脇に立っていた。<br>
「裁判所の者ですが。あなた、マイケル弁護士の弁護される裁判には毎回出席なさってますよね?」<br>
「ああ、ファンなんでな」<br>
(まずい・・・)<br>
心中そう思いながらも顔には出さない。<br>
そこで開廷のハンマーが鳴ってしまった。<br>
<p>
裁判はおおむねスロークのシナリオ通りに進んでいた。<br>
マイケルは口調に力をこめる。<br>
なんとしても彼女の潔白を示さなければならない。<br>
年端の行かない少女に対しこんな容疑をかけ、陥れようとは。<br>
人としての許せない。<br>
これは正義の戦いなのだ。<br>
そしてスロークは今回もまた勝てるだけの情報を握っているのだろう。<br>
もはやマイケルはスロークに頼りきっていた。<br>
告訴側が異議を申したてる。<br>
「被告は魔女であることを隠しているのです。魔法が使えないという明確な証拠がない限り<br>
被告を野放しにすることはこの王都、ひいてはイデアブルク全体に多大な危険を・・・」<br>
理不尽な申し立てだ。<br>
さて、スロークはどう切り返すつもりだろうか?<br>
チラッと傍聴席を視界に入れる。<br>
・・・・・・・・???<br>
スロークの視線が大きく脇に逸れている。<br>
この視線の位置と手の形は・・・・・・・<br>
(「異議を申したて、それから・・・・イデア節を熱唱」!?・・・・一体どうゆうつもりで?)<br>
マイケルは混乱した。<br>
イデア節とは、この国「イデアブルク」建国当初から伝わる、ちょっと激しいリズムでありながら<br>
現代社会に批判を投げかける哲学的な歌詞、というなんだかよく分らない民謡である。<br>
祭りなどで歌うと結構盛りあがるのだが、法廷にはお世辞にも合うとは思えない。<br>
実際にはスロークは黒服の男と話し込んでおりサインは送ってなかった。<br>
ばれないように自然な動きを組み合わせて作った合図だったため、ちょっとしたことが<br>
メッセージとして伝わってしまったのだ。<br>
(また、何か奇抜な弁護をさせるつもりだな。ええい。彼女を救うためだ。<br>
常識なんかに構ってられるものか!)<br>
マイケルは哀れな事に決断をしてしまった。<br>
16ビートのイデア節を歌い始める。<br>
「俺の心がさ迷うぅ〜♪」<br>
<p>
スロークの側に時間を戻す。<br>
開廷のハンマーが鳴った後は裁判所の黒服男と膠着状態に陥っていた。<br>
相手はなかなか引き下がりそうにない。<br>
「ほぅ?ファンかね。弁護士の追っかけをするとは最近の若者は知的になったものだね」<br>
「流行ってるんだ。最近。まさか知らないのか?」<br>
(ファンというのはなかったか・・・・。失敗した。もうここには来れないな)<br>
そんな事を思う余裕はあるのだが、打開策がなかなか見つからない。<br>
と、マイケルの歌声が聞こえてきた。<br>
「淡いぃ〜〜あなたの影をぅ〜♪」<br>
2小節目にして既に完全に周りを忘れ、歌に入り込んでいる。<br>
法廷全体が呆気に取られた。<br>
呆然としてマイケルが歌うのを見つめる。<br>
<p>
が、唯一人、理性的な行動を起こした人間がいた。<br>
その人間は、対峙していた黒服が放心したのを見計らい、そっと席を立つ。<br>
扉をスッと開けるとほんの少しの隙間から体を外に出し、音もなく法廷を出ようとする。<br>
ふと、振り返るとマイケルと目が合った。<br>
合図を送っておく。<br>
(後は任せた。健闘を祈る)<br>
スロークはダッシュで逃げた。<br>
<p>
「雨のぉ中を〜♪」<br>
スロークが走っていく。<br>
そんな景色も熱唱モードに入っているマイケルには無関係だった。<br>
「裸足で走ろうぉ〜♪」<br>
何かを任され、何かを祈られたような気がする。<br>
だが、今はサビに入ったのだ。<br>
些細な事は頭に残らない。<br>
注目されるのがこれほど心地よい事があっただろうか?<br>
先ほどまでのイヤな緊張が嘘のようだ。<br>
興奮した視線を裁判長に向ける。<br>
「罪ぃのない〜者のぉあかぁしを〜♪」<br>
裁判長は心底脅えた。<br>
こんなキ○ガイに見つめられては溜まらない<br>
何も考えず、審査書類に無罪の判を押す。<br>
そして卒倒した。<br>
<p>
マイケル・ドリーネ。<br>
真面目そうな顔立ちで小柄な体格だが、その瞳は生き生きしている。<br>
髪の毛は染料で染められ、赤や黄色で地毛の色は全くわからない。<br>
彼は過去、石と鉄の国イデアブルクで国家資格をもった弁護士だった。<br>
法律界に身を置く者ならば一度くらいは聞いたことのある、新鋭の少し変わった弁護士だった。<br>
今、彼は流れ者の、やや危ない吟遊詩人として大陸全土にその名を轟かせている。<br>
彼は語る。<br>
「自分の生きる道を見つけたときの感動に勝るものはない」と<br>