みかんの小道






私がアイツと出会ったのは中3の夏。
とは言ってもまだ夏になりきらない6月の頃の事で
もうみんな受験の対策を練り始めていた。
こんな時期の転校生は珍しくて他のみんなは
興味本位で色々話しかけていたけど私はそんな気分にはなれなかった。


私は3ヶ月前の卒業式に先輩のに告白した。
先輩とは言っても小学校も同じだった。
家が近くて小さい時からよく一緒に遊んでいた。
つまり幼馴染みってやつだ。
高校に行っても、これから先もずっとこのままだと思ってた。


先輩、いや凪くんに告白しようか悩んだ末に
勇気を出して呼び出したのは去年のちょうど今頃。
今までは何となく側にいたけど凪くんと少しでも離れてしまう。
中学に入った時のあの寂しさにはもう耐えられないと思ったから。
どきどきしながら告白しようとしたその時
凪くんの口から思わぬ言葉を聞く事になった。

「俺さ、東京の高校行くんだ。」

頭が真っ白になった。
その時は「頑張って」って言ったけど本当は落ちれば良いと思ってた。
でも凪くんは見事合格。
だから今度こそ告白しようって思った。
絶対に成功すると思ってた。
凪くんも私と同じ気持ちだって信じてたから。
卒業式の後にみかん畑に呼び出した。

「そんな風には見られない」

ありきたりの言葉でありきたりの理由で私はフラれた。

絶望

その言葉はこういう時に使うんだよなぁ


「ねぇ浅羽さん。」
「え?」
頬杖をついて窓の向こうを見ていた私は我に返り、
振り返るとそこにはアイツがいた。
「何見てたの?よく向こうの方見てるよね?」
にこにこしながら話しかけてくるアイツを見ていると
なんだか無性にイラついてきた。
「別に。」
無愛想に答えるとアイツは困ったような顔をした。
アイツはそれでもすぐにまた笑顔になる話しかけてくる。
何か言っていたが適当に相づちを打っているとチャイムがなり
先生がやってきたのでアイツは席に戻った。


――世界中のみんなに好かれてるんだ
そんな風に思ってるようなアイツの笑顔が憎らしかった。
そして自分がどれだけ嫌な人間か分かった気がして悲しくなった。
前からひねくれてる事は分かっていた。
素直になれない自分が嫌いだ。
いつからこんな風になってしまったんだろう・・


それから2週間が経った。
私は相変わらずの態度でアイツに接していた。
普通ならもう話しかけてこないはずなのに
何故この子はこんな風に笑っていられるのだろう?
何故この子はこんな風に屈託なく笑えるのだろう?
私には分からない。

理解不能・・・


これ以上近づいて欲しくないと思った。
「ねぇ友菜♪」
顔をあげるとアイツが立っていた。
いつからか私の事を下の名前で呼ぶようになってた。
「どうしたの?授業終ったよ〜〜?」
「別に。ただボーっとしてただけだよ。」
「ふ〜ん・・?」
不思議そうな顔でアイツは私を見つめた。
「ねっ!!ちょっと私に付き合って♪」
「え?・・・ってヮわっ!?」
屈託の無い笑顔を見せ、私の腕を掴んでアイツは走り出した。

一体何処に連れて行こうとしてるんだろう?
そう思いながらアイツに引っ張られるままに走った。
そう言えば走ったのなんて久しぶりかもしれない。


中学に入ってからは走る事なんてなかった。
いつも座って、この窓際の席から凪くんを見てた。
凪くんがいなくなってからはみかん畑を見てた。
ずっとそれだけを見てたから
「走る」何て感覚、忘れていた気がする。
小さい時には凪くんに連れられてよく走ってたな・・
あの頃は、コイツみたいに笑えてたのかな・・・

「ねぇ、ちょっと目瞑って!!」
言われるがままに目を閉じた。
いつもの私ならそんな事しないだろうけど
今は何故だかちょっとだけ素直になってたみたい。
私が目を瞑ったのを確認すると
アイツはゆっくりと私の手をひいて歩き始めた。


何処かの曲がり角を曲がった時、急に爽やかな香りが漂って来た。
「着いたよ。」
聞いた事のないような優しく落ち着いた声。
ゆっくりと目を開けるとそこはやっぱりみかん畑だった。
「・・なんで?」
私がいつも見てたみかん畑。
思い出がいっぱいあってもう2度と来るもんかって思ってた。
帰りもこの近くを通らないようにわざとさけて通ってたのに・・・
どうしてアイツはここに連れて来たんだろう?

「だって、いつもここ見てたじゃん」

いつもの屈託のない笑顔を見せながらアイツは答えた。
正直驚いた。

「え?・・気付いてたの?」

「うん。」

「なんで?どうして?!」

「・・・いつも辛そうな目で見てたから」


言葉が出てこなかった。
辛そうな顔してるなんて思ってなかった。
ただ校庭を見ても凪くんはいなくて
その先にはこのみかん畑があって
ここにはたくさん思い出が詰まってて・・・


そんな事を思ったら突然涙が溢れて来た。
鳴咽が混ざっていく。

こんな風に泣いた事なんて今までなかった。
いや、違う。
前に1度だけ凪くんとみかんと盗ってすごく怒られた時、
何だか悔しくて悲しくて大泣きしたっけ。。。

泣いている私をなだめるわけでもなく
ただ凪くんは泣き止むまで側にいてくれた。

あの時からずっと凪くんが好きだったのに

フラれた時は何故だか分からなくて涙も出なかった。
ただ心に何かがつっかかっていて苦しかった。
息をするのもつまりそうなくらいだったのに
涙なんか流れなかった。
私にはもう泣ける場所なんかないと思ってた。
今はもう凪くんは側にはいない。
きっともう二度と一緒に来られない。
だからもう泣けないんだって
強くならなきゃいけないんだって思ってた
私は気がすむまで泣き続けた。
アイツはずっと黙ってみかんの花を見ていた。
そして私は泣き止むとさっきと同じ質問をアイツにしてみた。

「ねぇ、なんで気付いたの?」


「転校してきた日、自己紹介してる時に
友菜だけが私じゃなくてずっと外を見てた。
何見てるんだろうってすごい気になって
その視線の先を追って見たらここだったんだ。
友達とかの前ですごくクールなのに
外を見てる時だけは辛そうな顔してたから
何だかずっと気になってたの。

ちょっと前の私見てるみたいでさ」


「ちょっと前の・・・私?」


「そっ♪私、こんな微妙な時期に転校してきたじゃない?
確かに親の転勤ってのもあるんだけど
連いてくる事は私が決めたの。」

「もうすぐ卒業だし、向こうにいればよかったのに」

「私もそう思ってたけど・・・
ずっとね、好きだった子に告白したらフラれちゃってさ」

悲しそうに笑いながらアイツはそう言った。

「相手は私の幼馴染み!
よく遊んだ思い出の場所で告白して玉砕して。
結局引っ越すまで二度とそこには行けなかったんだぁ・・」

「・・私と同じだ」

「そこを見ると苦しくなるからなるべく避けてた。
それで引っ越す時にそこの横を通ってさ
私、すっごい後悔したの。」

「後悔?」

「そう。
もう向こうにはなかなか帰れないのに
思い出がいっぱいある場所に行かなかった後悔。
きっとこういうのって離れるまで分からないんだよね」

みかんの花を見てそう言ったアイツの顔は
何だか寂しそうな笑顔だった。

「だからさ!
友菜に同じような思いはさせたくないって思ったわけ♪OK?」

そう言っていつものように笑いかけたアイツはすごく強く見えた。

「何か、強いね。」

「そぉーかな?
これでも辛い事とかもあるんだよぉー?
でもさ、悲しい顔してるよりも笑っていたいじゃん!
後悔してももう戻れないけど先には進めるしね」


「・・・そうだね。」

アイツの言葉が心に染みた。
乾いていた心が満ちていく。
まだまだ時間はかかるけど、きっとその内にまたいっぱいになるよ。

少しずつ私のペースで行けば良い。
このみかんの小道を歩ける日が来たらそれが元気になった証拠だよ。
まずは身近の所から。
今度からアイツの事を「凪」って名前で呼んでみようかな。