Absolutely
good!
六月の夕暮れ
いつまでもお外で遊んでいたかった
雨上がりの夕暮れ。。
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六月の歌
夕ぐれは 雲のはたてに物ぞ思ふ
あまつそらなる 人をこふとて
なんとも趣のあるうたではありませんか。。
こう言う気持ちってなりませんか?
陽の沈む時って、なんでか感傷的になる。。
雲を眺めながら、「あまつそらなる人を思う」現実には側にいない人を思う。
この歌を読むと、昔の人も今も人を恋しいと思う気持ちは同じなんだなぁ。。ってつくづく思います。
現代は飛行機や新幹線があるから、多少遠くても行き来する事は不可能ではありませんが、昔の人はそうはいかない。。
何かの集まりで見初めた相手が遠い人だったりしたら、もう大変!
恋しい気持ちは募るもののままならない。。
そんな時の歌なんでしょうねぇ。。
「あまつそらなる人」と言うのは他に「身分の違い」「既婚・未婚」などと解釈する事、できますね。
この時代の人達は今の人達よりはるかにインモラルなとこがあって、それがまた読んでいて面白いところなんですが。。
「いけない、いけないって事はわかっていたのよ、でも、強引なんだもの」
なんて具合に旦那さんの部下や知り合いの御主人と契りを結んでしまったようです。
そう言う、感受性の豊かさが(?)良い歌をたくさん世に出しているのでしょう。
石田純一もこの時代に生まれていたら、何、言われる事もなかったんでしょうに。
真珠物語
6月の誕生石が真珠、っていうのはダイヤモンドの次に有名でしょう。
真珠くらい、柔軟につける人の年齢にマッチするものはないと思います。
昔、アグネス・チャンが「おっかの上、ひぃなげしのはぁなでぇ〜♪」って歌っているマイクを持つ手首のブレスレットがたまらなくほしかったのを覚えています。
18金の途中に等間隔でベビーパールがチョンチョンってついているものでした。
彼女の癖で歌う時に手首をキュッキュッって動かすのですが、その度にブレスレットがキラキラと揺れて、綺麗だったなぁ。。
後に私の手首にも似たようなブレスレットをつける事、できましたが。。。
今だに、お気に入りの一品です。
さて、真珠というのは、特定の貝が作りだす異物の刺激による「かさぶた」のようなものなのですが、天然では砂の粒や貝殻の破片が核になるようです。
子供の頃に「チコと鮫」という映画を見たが、南太平洋の島の少年チコが鮫と仲良しになるという話で、その中に、チコが大人になって島の娘に恋をし、素潜りで取った真珠を娘にプレゼントする場面が子供心に印象に残っている。
大人になったらチコのような男の人の恋人になろう、って真剣に思っていたっけ。。。
真珠の主成分は炭酸カルシウムで、その形で、バロック、マベ、ベビー等と分けられ、色は黒、金、黄、クリーム、ピンク、ブルー、白がある。
また形に特徴のある淡水パールは海ではなく、その名のごとく、淡水の貝によって作られる。
海の中の貝に作られる真珠だけど、汗には弱いので、気をつけましょうね。
ちなみに私、今日は真珠のピアスをつけています。
6月の唱歌
[ 花嫁人形 ]
きんらんどんすの帯締めながら
花嫁御寮は何故泣くのだろ
文金島田に髪結いながら
花嫁御寮は何故泣くんだろ
あねさんごっこの花嫁人形は
赤い鹿の子の振袖着てる
泣くに泣かれぬ花嫁人形は
赤い鹿の子の千代紙細工
6月のなつめろ
[ あじさいの想い出 ]
おかあさんの膝の上で耳のお掃除を
してもらうと僕は決まって眠くなるのでした
いつも気がつくともう日が暮れかかっていて
ほっぺたを畳にくっつけたまま
目をさますのです
眠っている間に夕立も
行ってしまったようで
あじさいの花がぬれていました
[作詩:門谷憲二]
[ 明日天気になあれ ]
お化粧しただろ 頬紅塗ったの
しないほうがいいのに ごめんなさい
木の葉が揺れて光が洩れた
明日天気になあれ
明日天気になあれ
今日、写真撮ろう ミーロも連れてくわ
セルフタイマーなんだ ころんじゃだめよ
芝生の上を子犬が歩く
明日天気になあれ
明日天気になあれ
ずっと友達でいよう そんなことうそだ
僕の目を見てごらん やっぱりうそだ
また明日ね 遅れちゃだめだ
明日天気になあれ
明日天気になあれ
[作詩:佐藤公彦]
<追伸>
今月のなつめろを読んで、涙、ちょちょ切れるほど懐かしがってくれたあなた!
是非メール、下さい。(メール送信は下から)
昨年、なにげなく見たCDの棚にこれを見つけた時にはかなり、嬉しかった!
彼、佐藤公彦は私のコンサート、初体験の人です。
彼はエレックレコードに所属していたシンガー・ソング・ライターで、愛らしい顔と詩の良さから当時圧倒的な人気を誇ったフォーク歌手でした。
エレックレコードには元々、あの吉田拓郎がいて、移籍した後に佐藤公彦(愛称:ケメ)が入った、と言ったところです。
当時のエレックには他に古井戸(後にRCサクセションの仲井戸麗市 )泉谷しげるがいて、後期になってからはずうとるび、海援隊がいました。
海援隊はケメの前座をやっていたんですよ。
二日続けて行った軽井沢プリンスの野外ライブでは調子に乗った泉谷しげるが
ゴルフ場を横切るプレーヤーに暴言を吐き、それがプリンスのお偉方夫人だったものだから、次の日出場停止になってしまった、なんて事もありました。
私はたまたま二日とも見る事が出来たものだから、暴言を吐いた時の調子に乗った勇ましさも、出場停止になったしょげかえった姿も見る事ができました。
時の流れとともにフォークソングもエレックレコードも衰退してしまい、今はもうないレーベルとなってしまいました。
とみたけいいちろうの「12時すぎのシンデレラ」あれはいい曲だったな。。
ちと「天国への階段」に似ていたが。。。
最近、ゆずの曲を聴くと、あの頃のフォークソングのようで、とっても懐かしい思いがするのは私だけでしょうか。。。
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