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in the USA

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2月27日

十日ほど前、歯医者に行った。アメリカに来る直前に治療したところが、また痛み始めた。少し前から、じわじわとイヤな感じはあったけど、再発なんて認めたく無かった。でも、レントゲンを撮ったら、バッチリと悪くなってるのが写ってた。しかも、普通の歯医者じゃ治療出来ないなんて言われて、専門医まで紹介される始末。かなり悪いらしい・・・。専門医の方に電話すると、来月の半ばまで予約がいっぱいで、それまで待たなくちゃなんない。なんてこったい!!とりあえず、この前行った歯医者で出された抗生物質十日分を飲んでれば、治療の日まで持つからって言われた。ほんとかなぁ・・・。もし痛むようだと、また薬もらって飲んでねなんていわれてもねぇ・・。しかも、会社で入ってる健康保険は、歯の治療は適用外だから、とんでもない治療費になるらしい。全く、踏んだり蹴ったりとはこのことだ。でも、歯が痛いとなんにも集中できないし、眠れない。バカ高いけど、仕方ない。飛行機で日本に帰って治療した方が、きっと安い。でも、帰るわけにもいかない。はぁ〜。と言うわけで、ガックリしてるので、旅行の話は、次回に延期。

2月23日

更新が十日もあいてしまった。もっと、こまめに更新しなきゃね。最近ちょっと何かと忙しい。授業は、前学期よりも楽なはずなんだけど、生活そのものでいろいろやることが増えてきて、そっちが忙しくなってきている。友達に誘われて出かける機会も増えてきているんでそれはそれで良いことだ。さて、サンフランシスコだが、なんと世界的に有名な、ホモとレズビアンの街である。町中を歩いていると、男同士のカップルとかが手をつないで歩いているをよく見かけた。最初は、げっと思ったけど、何度か男同士のキスシーンを見かけてからは、手をつないで歩いているぐらいはなんとも思わなくなった。女のカップルは、仲がいいだけなのか、恋人同士なのかの区別がつかない。まぁ、どうでもいいけどね。ここは、中華街も有名で、ホントの中国に迷い込んだような気がするほど中国的だ。食材店の立ち並ぶとおりは、夕食前の買い出しの活気がすさまじい。鶏の丸焼きが店の軒先にぶら下がっている。もう、一月以上も前の事なんで、だんだん記憶があいまいになってきてるけど、つぎもサンフランシスコのはなしにしよーっと。

2月13日

金曜日に、日本食をみんなで作って食べたら、感激した。焼き鳥とか豚汁とかうどんとか、ホントに普通の日本食って、久しぶりに食べるといいもんだね。毎日おんなじ食堂のめしは、さすがにあきるね。体重もふえるしね。さてさて、旅行の話だけど今回はサンフランシスコの話。西海岸の風光明媚な街で、こじんまりとしたところは日本によくにてる。ただ、都市計画がしっかりしていて、街が碁盤の目のように区画整理されてるところはアメリカ的だ。すんごい上り坂でも無理矢理まっすぐな道をつくってる所はすごくアメリカ的だ。有名なケーブルカーにも乗ってみたけど、日本のチンチン電車とはわけが違う。上り坂がきついんで、乗客に人数制限がある。下り坂の途中で止まる時は、運転手は、自分の身長ぐらいあるでっかいレバーを、体重をフルにつかって引っ張ってたしね。何かにつかまってないと、ちゃんと座ってられないしね。話は変わるけど、泊まった所は、フィッシャーマンズワーフっていう有名な観光地の近くのユースホステルだ。地球の歩き方に出ているせいか、日本人が多くてびっくりした。すれ違った瞬間に、日本語でこんにちはって挨拶されちゃうしね。そんなわけで、次回はサンフランシスコの詳しい話だ。

2月8日

昨日は、バスケットの試合を見てきた。学生の試合だけど、いい選手は卒業すると、NBAに入るわけだから、かなりレベルは高い。背も高い。2メートル級の選手がごろごろしてる。対戦相手はあのマイケル・ジョーダンが学生時代に所属していたノースカロライナだ。当然、強豪だ。試合は序盤からじわじわと引き離された。一度だけあと二点というところまで追いついて、えらく盛り上がったけど、残り時間が少なくなってきた焦りからか、ファウルを連発。またもや引き離されて、そのまま試合終了。負けたのは残念だけど、試合は楽しめた。さてさて、話を旅行の方に戻そう。グランドキャニオンへは、ホステルから出ている格安ツアーに参加した。箱バンに揺られること数時間。途中、ジョシュアの森の曲がりくねった砂利道で、ガンガン揺れたおかげで、すっかりフラフラになった。ちなみにジョシュアの木は、乾燥地帯に生える変な格好の木である。グランドキャニオンの上に到着したとき、なんとあの乾燥地帯に雪が舞い始めた。標高が高いから、異常なくらい寒かったが、まさか雪まで降るとは・・・。グランドキャニオン国立公園を管理しているネイティブアメリカンでも雪は珍しいらしい。崖っぷちに立った時、あまりの高さに吸い込まれそうになった。大昔は、千メートル以上の巨大な崖が水の底にあったらしい。良く探せば、魚や貝の化石が見つかるらしい。実際に一つ貝殻の化石が岩にくっついてた。しばらく、崖っぷちをウロウロした後、沈む夕日で赤く染まってゆく崖をしばらく眺めていた。自然は、あまりにも大きなモノを作ったもんだとすっかり感心してしまった。あの、巨大な崖を眺めてると、自然にとっては自分の存在なんて無いに等しいほどのちっぽけなものだと感じるしかない。

2月2日

はやいもんで、もう二月が始まってしまった。春学期が始まってから、すっかり以前の生活のペースに戻った。まだ、旅行から帰ってから二十日ほどしか経ってないけど、あれは本当にすっかり日常から離れた旅だったような気がする。さて、ニューヨークを離れて、ラスベガスに飛んだ。眠らない街、砂漠の中の不夜城。どのホテルも24時間営業のカジノを持っていて、にぎわっている。一つ一つのホテルがそれぞれのテーマを持っていて、超巨大で見事な建物だ。それを見て回るだけでも、かなり歩き回ることになる。もう、ホテルからホテルまでの移動は、バスでないとつらい。かなり、豪華なホテルでも、他の都市に比べると、驚くほど安く泊まれる。でも、さらに節約するために、ユースホステルに泊まった。一泊$12で朝食付き。8人部屋だけどね。周りは、汚い服を着た黒人がウロウロしていて、夜の一人歩きは、けっこう怖いモノがあった。ラスベガスと言えばギャンブルだけど、マジックやダンスなんかのショーがみたかったんだよね。でも、それって見ると夜遅くなるし、これがまた、けっこう高いんだ。残念だけど、ショーはあきらめて、そのかわりにユースホステルから出ている”グランドキャニオンで夕日を見よう”というツアーに参加した。と言うわけで次回はグランドキャニオンの話だ。

1月25日

今朝も冷え込んで、地面に残った雪が固まって、歩くとばりばり音をたてる。ここは、九州並に暖かいはずなんだけどなぁ。さて、ニューヨーク旅行の締めくくりは、ヘリコプターのお話だ。マンハッタンの夜景をヘリコプターに乗って眺めようと、ノリさんと二人で、ヘリコプター乗り場に向かった。そこは、マンハッタンの真ん中の西の端っこの川辺にある。順番待ちをしているあいだ、飛び立っては帰ってくるヘリコプターを眺めながらドキドキしていた。いよいよ自分たちの順番がまわってきた。救命胴衣の説明ビデオを見ながら、”落ちたらどうしよう?”なんて少しおもいながらも、ついにヘリコプターに乗り込んだ。ヘリコプターは6人乗りで、少し窮屈だったが、プロペラがバラバラと音をたてて機体が浮かび始めたとたん、そんなことはどうでもよくなった。目の前に乱立するビル群の幾何学的なシルエットをなめるようにて上昇し、あっというまに摩天楼の上へ。その時にはもう言葉を失っていた。摩天楼の周りにはニューヨーカーの住宅地がどこまでも広がっていた。光の洪水。金色の絨毯。そして、あまりにも人工的なビル群が作り出す光のオブジェ。ヘリコプターはいったん川に沿って北上し、180゜方向転換した。遠心力で視界が90゜傾く。光の絨毯が縦方向に広がった。そのまま川を下り、エリー島の上空へ向かう。あの自由の女神のそびえたつ島だ。女神の顔を上からのぞき込むようにして、頭の上をぐるりとまわった。その景色を見た瞬間、頭の中で「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマソングが流れ始めた。ヘリコプターは再びマンハッタンへ向かい、飛び立ったあたりの位置で高度を下げ始め、無事着陸。高層ビルが元の景色に戻り始めた。開いたままだった口もようやく閉じることが出来た。ほんの10分程度のフライトだったけど、一生モノの想い出になることは間違いない。マンハッタンの夜景は、言葉で語るにはあまりにも美しすぎる。人間の作り出した文明の力をそのまま視覚化したのが、あの美しさなのだろう。

1月21日

今日の午後から、なんとこの南国に雪が降り始めて、あたりが真っ白になってる。ニューヨークの旅行用に買ったダウンジャケットが大活躍だ。おぉ、さむ〜〜。さてさて、冬休み中にニューヨークに行った目的の残りの半分は、スピーチセラピーだ。いわゆる、発音、訛りをなおして、キレイに英語の発音が出来るようになろうというわけだ。これは、今回の留学研修のプログラムの一環で、一緒に留学してる連中もみんな時期はバラバラだけど、とにかく行くわけだ。このセラピーは、外国人と役者だけが受けられる。この役者っていうのは、役柄でなまりが必要な時に、その訛りをここで勉強するわけだ。ここのレッスンを受けた役者は、ジュリア・ロバーツ、ロバート・デニーロ、そしてあのレオナルド・ディカプリオなどの大物が揃っている。待合室の壁には、たくさんの役者の写真とサインが飾ってある。まず、これに驚いたね。毎日、1〜2時間程度のレッスンだったけど、これで本当に効果があるのかは、いささか疑問だけど、とにかく大物スターがレッスンを受けたのと同じ部屋に来れたっていうだけで満足かな。う〜ん、ミーハーだ。

1月19日

ニューヨークと言えば、ミュージカルの本場として有名だ。日本で舞台演劇やミュージカルなんてみたことは無かったけど、今回の旅行の目的の半分ミュージカルを見ることだった。トータルで11泊したわけだが、見たミュージカルの本数は12本。よくもまぁ、こんなに見たもんだ。そのうち二本は立ち見だ。有名な CAT'S や、あのライオンキングもしっかりと見てきた。ライオンキングは去年のトニー賞をとっただけあって、チケットが手に入らなくらくて、あきらめかけていたけど、当日の朝だけ売り出す立ち見チケットを朝早くから並んでGET!がんばったかいがあったってもんだ。どのミュージカルも、世界レベルの役者やダンサーが出てるだけあって、歌も踊りも十二分に楽しんだ。いやぁ、ミュージカルって、ほんとぉーにいいもんですね。

1月17日

さてさて、ようやく長旅の報告書を書き終えて、やっとこのページの更新の余裕が出来た。前回に書いた、セリーヌ・ディオンの件について話そう。ニューヨークのタイムズスクエア(2000年を迎えたときに、アメリカ中から人が集まって、バカ騒ぎしてたところ)のそばに、MTVのスタジオがある。そのスタジオのあるビルの駐車場に、20〜30人の人が集まってたんで、なんだろうと思って、一緒になって待ってたら、なんと、出てきたのがセリーヌ・ディオンだったってわけだ。3人ぐらいのボディーガードに囲まれながらも、ファンの差し出す紙切れに、にこやかにサインをしていた。それを見て、持ってた手帳を差し出すと、さらさらとサインしてくれたってわけだ。セリーヌは、あっというまにリムジンに乗って去って行ってしまった。ほんの1〜2分の出来事だった。こんな事があるなんて、さすがニューヨーク!!次回は、ミュージカルについて話そう。

1月12日

このあいだの夜中に、ようやく長旅から帰ってきて、今日からさっそく授業が始まった。それにしても、一ヶ月の旅行ってながかったなぁ。ニューヨーク、ラスベガス、サンフランシスコ、サンディエゴをまわってきた。ニューヨークでは、オドロキのハプニングがあった。なんと、超有名人にばったり会って、サインをもらったのだ。それも、世界的な有名人。あの映画「タイタニック」の主題歌を歌っていた、セリーヌ・ディオンだ。

2000年の日記♪

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