(逐語訳)はじめに まんじゅ宣言
だれかに性交渉をお願いするとき、私の故郷では
「まんじゅどん、しっくれもはんどかい」と懇願します。いろいろなことが面倒臭いという心の状態は、やはり故郷では、「よだきい」とか「よだっか」と言います。
だいたいの意味は説明できます。でも、あの鼻の曲がるような、自分の尻のにおいをかいだときのような懐かしい気持ちはわいてきませんね。
どうしてでしょうか。
それは、空気のすき間にいるせいしくんたちが働いてくれないからです。進軍ラッパで行進しているせいしくんのおかげで、まんじゅもいろんな形になります。具体的には、ふぁっきどんが教えてくれます。
本筋さえあればいいという人たちは、戦後の民主主義や経済発展をなんの疑いもなく受け入れる連中です。そんな人間たちに、「まんじゅ」「ごろた」「めめじょ」「ちょのげ」などという言い方は、品のない隠語くらいにしか思われておらぬのではないでしょか。
もちろん標準的なものの言いかたにも、ニュアンスはありますが、しょせんは標準語。宮崎県西もろかた地方とか、血捨之木部落とか、実に多くの地域の尻のにおいがあるというのに、まこち、切ない気持ちになります。
私たちは、今こそ、「まんじゅ」「よだきい」「ちょのげ」の出番があると確信しちょります。よだきい連の中心人物であるふぁっきどんは、春一番が吹いた日の夕方、こう言い放ちました。
「にっぽん奇人革命とね、あらゆる快楽はそこにあるとよ」
不慣れなもろかた弁で、ふぁっきどんが叫ぶのを聞いて、私は涙を流しました。私だけじゃござんせん。「待ってました」という快哉が、その日から、四六時中、銀座・数寄屋橋交番の屋根のスピーカーの奥で流れております。
よだきいの心は、スペインのシエスタである。これは、「連」の会員番号3番、大分からやって来たおなごのことばです。なんもかんも放り出して、つぶやいてみてくれんかな。「よだきい」と。「かったるい」などとほざくより、よかよ。
とにかく、よだきい連をよろしくね。
まんじゅどん
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