5月の手抜き日記(2001)。



5月1日。
 1日1回外出しようキャンペーン実施中。


5月4日。
 おじさんが新居を建ててから初めて、その家に遊びに行った。じーちゃんばーちゃんに会うのも、多分数年ぶりのこと。親不孝どころか祖父母不孝をしているなぁ、私。で、じーちゃんばーちゃんの部屋でまったりしていたら、じーちゃんに出されている「眠れないときの薬」というのがあったので、何気に中を見てみた。ビックリ。セルシンでやんの。あのねぇ、それは精神科で頓服などで出される薬で、しかもけっこう強くて、私でさえそれを飲んだら1時間ほどで眠ってしまうぐらい強力なお薬だよ、とは言えなかった。心の中で、「やべぇよ、やべぇよ」と思っていた。っていうか、かかりつけの医者ができて、そこから往診も来てもらってるんだから、他の怪しげな病院に行かないでほしい、祖父母よ。ちなみにセルシンを出した病院は「入ったら出られない病院」としてこの辺で有名です。っていうか4年前の薬だったし(滅)
 久々になんか知らない家(親戚なんだからこの言い方はマズイとは思うが)に行ったので、ちょっとしんどくなって頓服を飲んだ。どうしようもない衝動がわき起こり、自分の手には負えないと思った。原因は分かっているのだが。ちなみに、4月に切った原因と似ているようで似ていないような謎な感情。あ、別にじーちゃんばーちゃんのせいではありませんよ。で、多分切るだろうなぁと思っていたが、やっぱり夜中に切ってしまった


5月5日。
 NBW(中野ブロードウェイ)オフ。NBWの命名はKっち。調子が悪いらしく、Bは来れなかった。残念(泣)。Cちゃん、Mちゃん、Kっち、私で中野ブロードウェイをねり歩く。探検と言ってもいいかも知れない。怪しげなお店がいっぱいでとっても面白い。浅草仲見世の比じゃないね、怪しさ加減が。男性陣はビックリマンシールを見てウォーッと興奮していた。Mちゃんと私は「コロス」「ブッコロス」と書いてあるTシャツがとても可愛くて、欲しくてたまらなくなりウォーッとなった。けど、金を持ってきていなくて2人とも買えなかった。是非ともリベンジしたい。カタカナの文字は物騒だけどかなり可愛いのだよ、そのTシャツは。私はその反動か、勢いあまって帽子を2つ買ってしまった。その金があるならTシャツを買えば良かったと思っても後の祭り。
 夜になってCちゃん帰宅。残り3人でオールでカラオケ。私は途中で仮眠した。じゃないと帰りの電車で眠ってしまいそうだったから。帰りの電車で眠るのは危険、危険。と前科者の私の理性がそう言っていたので。オールが終わる時間になって起こされて、目を開けてみたらKっちが立って歌っていたのでその元気さにビビった(笑)。若いっていいね・・・・(老)。


5月6日。
 朝一番の特急で帰宅。朝一番だっていうのに、乗るのに行列ができていた。すごいね。明らかにゴルフに行くと思われるおっさん達が妙に元気ではしゃいでいた。MDウォークマンを聴いていたからまだいいけど、うるさいよ(毒)。こっちは疲労困憊でほうほうのていで乗っているというのに、まったく。


5月7日。
 カウンセリング。また切ってしまったことを伝える。その切った原因を掘り下げて考えてしまうと私がまた調子を崩してしまうので、さらっと流すことになった。私はこのキーワードに極端に弱い。まだ切りたいぐらいだ。っていうか切り足りない。それから「呼ばれなかった事件」について話す。現時点で、私がその当事者を出し抜いてると思うし、喧嘩をしても私が後味悪いだけなので、現状維持が良いでしょうということに。けっこう尾を引いてるな、この事件。
 帰ってからはいつも通り、事務所でネット三昧。


5月8日。
 ゴールデンウィークのため、不規則に診察。「切った」と言ってるのに薬を減らそうとするO先生。腕を切っている私が落ち着いているようにでも見えるんだろうか。謎を通り越して憤り。もちろん、減薬は断固拒否。眠剤は、ドラールが翌日に残って日中も眠くて眠くて仕方ないので止めることにして、その代わりベゲBベゲAに。やっと出てくれたよ、ベゲA(喜)。粘り勝ちだね。しばらくこの処方が続くことを祈ろう。
 最近になって携帯メールにはまる私。手軽でいいね。何処でもできるし。


5月9日。
 何処にも出かけなかった。早くも「外出キャンペーン」挫折。


5月10日。
 拒食症に本気でなりたいほど太った(またかい)。なんとなく運動らしきものをしてみる。1日じゃ変わらないか・・・・。


5月11日。
 ダイエットレシピを夢中で検索する。それを山ほど印刷して母親に渡す。私は家事恐怖なので料理ができないので作るのは母(鬼娘)。


5月12日。
 髪を切りに行った。「2ヶ月半ぶりですね」と言われる。あちゃー。その2ヶ月半前に来たときはカットだけだったから、もっと長い期間、髪を染めていなかったことになる。みっともない頭になるわけだ。プリン状態のカラメルがたっぷりって感じで。なるべくこまめに美容院に行こうと思った。切った今は、ちゃんと染まったし、髪も短くスッキリしたのでいい気分♪


5月13日。
 えっと、何処にあるか忘れたけど、東京のライブハウス「グッドマン」に行った。お客さんも参加したりして、何でもアリの即興ライヴ。あれぐらい自在に楽器が操れたら気持ちがいいだろうなと思う。流れで打ち上げにも参加。レバ刺し、美味かったです。


5月14日。
 「ショコラ」という映画を見た。チョコレート屋さんの親子の話だ。この親子の娘の方は、「ポネット(ポレット?)」という映画で、ベネツィア映画祭史上最年少主演女優賞をとったというスゴイ女の子である。確かに演技は上手いし、かなり可愛い。そして映画自体も、ほのぼのとしていてとても良かった。(内容は見てない人もいると思うのでひかえます) 見終わったあと、かなり気持ちが良くなれます。ホント、いい映画でした。お勧め。
 ただ、開演を待つロビーが「ショコラ」をやっているせいか、とても甘ったるい匂いで充満していたのは謎。帰りにチョコレートを買って帰りましたとさ(ベタな私)。


5月15〜16日。
 調子が悪くて外出できず。


5月17日。
 診察。調子が悪いことを伝えると「なかなか薬を減らせないねぇ」と苦笑いされる。私ってば、さらに頓服ももらってくるし。頓服は何錠か手元にないと不安なのですよ。4錠もらったけど、本当は3錠しか飲んでいない。・・・・ま、いいでしょう(笑)。でも一応「減らすならアモキサン」と言っておいた。アモキサンは副作用の便秘が辛いんです(泣)。
 帰ってから? お決まりの事務所でネット三昧ざんす。


5月18日。
 午前中に起きることができたので事務所に行くことにした。ちょっと仕事を手伝って、結局やることはネット。ここには書いてない日も事務所に行ってネットばかりやっているので、今月の電話代はすごいことになっているだろう。ヤバイ。制限されるかも知れない。それはイヤだー。
 自分のHPに用語集を作ろうか思案中。


5月19日。
 前の日にワインのフルボトルを1人で1本あけてしまったので二日酔い(自業自得)。でも意地で午前中は出かけた。母の買い物に付き合い、そのあと昼飯を食う。何を血迷ったのか、二日酔いの胃に焼き肉をぶち込む。当然帰ってきてから気持ち悪くなってしまい、横になっていた・・・・ら眠ってしまった。爆睡。


5月20日。
 「作業所を作る会」。この日は「ちょっと来てみた」的な父兄が多かった。私はそんな中30分の遅刻。でも上には上がいるもので、あとから2人来た。こーゆー時助かるね、自分が目立たなくってさ。父兄がいるあいだは真面目なミーティングをして、帰ったあとは真っ昼間だというのに飲み会。しかも駐車場にテーブルと椅子を出して、炎天下で、である。いい天気だったのでビールが上手い。私の後ろに私の車があったが見ないことにした(ぉぃ)。そして、なんか知らんが6月9日から私も働くことになった。大丈夫かいな・・・・。


5月21日。
 万歩計を買った。これで少しは動くなるようになるといいんだが。
 夜ご飯の時に、父親が冗談で「自分一代で終わりだな」(仕事のこと)と言った。完璧な冗談と分かっていても、その言葉が重く重くのしかかる。父親の職業は「継ぐよ」と言って継げるものではないだけに厄介だ。言われた瞬間から、途端に鬱入る。「私がいない方が両親は安心なのかも」と久し振りに考える。


5月22日。
 5000歩も歩いた。神社に行ったり(近くにあるんだよ)、コンビニに行ったり。疲れた。


5月23日。
 事務所は家の中を徘徊老人のようにうろうろ歩いてやっと5000歩越え。でもこれって、運動になってるのか?


5月24日。
 カウンセリング。カウンセラーHさんの都合で不定期になってしまった。あ、いやいや、カウンセリングの前に診察があったんだっけ。で、父親の一言について話したら「考えすぎ」と言われた。あのなー、考えすぎるような奴だから精神科にかかってるんだってばよ。そこら辺、もう分かってくれよ。
 それからカウンセリングの時間までオールマスターズで暇つぶし。あんまり暇だったので携帯メールとかしていた。相手してくれた人、さんきゅー。私もだいぶ携帯でメールを打つのが早くなったよ。えへへ。
 やっとカウンセリングの時間。父親の言葉で鬱に入ったことをやっぱり伝える。そうしたら、その後の私の考え(いない方が安心、というやつだ)を指して、「また極端思考に走ってますね」と言われる。カウンセラーHさんに言われるとすんなり受け止められて、O先生に言われると反発を感じるのは何故だろう。どうやったら治るのかしら、と思った。
 終わり際に、重大なことを聞かされた。カウンセラーHさんが9月から1年間いなくなるらしいのだ。突発的に素直な感情が出ない私は「気を付けて行ってきてね」などと言ってしまう。泣きわめいたりすりゃあ、まだストレスは蓄積されないのに。それを押し殺して、「大人な」反応をしてしまう自分が嫌いだ。カウンセリングの場ぐらい、素直な感情をストレートに出したい。・・・・出来ないから、カウンセリング受けてるのだろうな・・・・。


5月25日〜27日。
 体調悪くてぶっ倒れ。精神的なものかも・・・・また・・・・。


5月28日。
 やっと身体が動くようになったので事務所に行く。パン屋に行ったり、犬の散歩したりして7000歩越え。すげぇ。


5月31日。
 診察。ハルシオンに耐性が付いたようなのでマイスリーに変えてもらう。あんまり前評判が良くないので期待は薄い。しかも、ハルシオンは上限ギリギリもらっていたのに、マイスリーは初歩的処方からだ。効く訳ないような気が・・・・あああ。
 待ち時間のあいだ、「呼ばれなかった事件」の当事者と話していたら滅茶苦茶ムカついてしまった。ここからは、その当事者限定のこととして、暴言を吐かせてもらいます。すいません。イヤな人は読まないでね。




 いいかな?
 経済的にも恵まれていて、パートとはいえ働けて、生活自体もストレスから解放されている、そんな奴が病気だぁ? ふざけんじゃねー。ただの甘えじゃねぇのか? え? とっととしみじみ働いて苦労してみれば、本当に心因性の鬱の人間の痛みが分かるから、早くそうしてくれ。嫁姑の苦労ぐらいで精神科に通われちゃ、本当に困って通ってる人間の待ち時間が増えて大変だろうがよぉ。その誰にでも声かけてくる、無神経なところがどうにも病気に見えねぇんだよ。精神科に来てる人間は調子が悪い時もある、そして、言っちゃいけないこともあるって事も分からねぇのか、馬鹿野郎。ぜぇはぁ。まぁ、一言で言っちゃえば、自分の境遇と見比べてのひがみですけどね(ふ)。


<総括>
 また腕切ってますねぇ。うーむ。っていうかね、31日のふざけた馬鹿野郎のせいで調子悪かったんですよ、日記の更新が遅れたのはね。そうじゃなくても、4〜5年もかかっていたカウンセラーHさんがいなくなるっていうんで調子悪いのに、余計な事しやがって・・・・って感じです。
 この馬鹿野郎(完全に「当事者」から「馬鹿野郎」に格下げ)は、歳が一回りも下の女の子に余計なことを言って、「過食症の人に言う言葉じゃないですよ(苦笑)」とたしなめられるほど馬鹿です。その女の子は多分過食症なんでしょう。ちなみに謝りもしていなかったように記憶しています。その女の子がタバコを吸うと「だーめーよー?」と妙に年上ぶったりするので、この前はムカついていたのもあって、思い切りその女の子をかばってしまいました。この女の子、6月9日から働く相棒だし。
 馬鹿野郎のことは一過性のことで、まぁいいんですが、現在困ってるのはカウンセリングです。文通することは決まっているのですが(海外に行くんですよ)、そのあいだ、他のカウンセラーにかかるか、じっと待ってるか、どちらかを選ばなければならないので。まだ私は決めかねています。まだ、カウンセラーHさんがいなくなってしまう淋しさを感じないので、それほどショックなのでしょう。つれぇ。時間がたてば、色々感情がわいてきて、素直になれるかも知れないのでそれに期待します。
 カウンセラーHさんは、決して遊びで1年いなくなる訳ではないのです。勉強しに行くのです。ならば、私のためにもなることです。それに、カウンセラーHさんが一回り大きくなるチャンスでもあるのです。快く笑顔で送り出してあげたいと思います。本当にそう思います。なのに、身体がついてきません。こんな自分が嫌いです。自分の感情を吐き出せたうえで、気持ちよく送り出してあげたいです。早く気持ちの整理がつくことを祈ります。
 ではまたね(^.^)/~~~


6月8日。