〜曇りのち雷〜

 次のバイトの時に晴は、分厚い本を持ってきた。

 「すぐ分かるお天気学入門」 しかし題名に反して読んでいても、
何がなにやらさっぱりである。難しそうな図形や低気圧、高気圧など聞いた事もないような言葉が並んでいる。
 こんな事を覚えてなんの役にたつのだろう。
天気なんて「宣言士」に任せておけばいいのだ。
「明日のお天気は晴天です」 毎日同じ事をキッチリ教えてくれる。


 昔は雲の動きなどを観察し「予報」していたらしいけど、
今のように管理している世の中では無駄な知識だ。

 「珍しい、紙の本をもってるぅ」

  「あ、おはようございます。」

 虹子は、晴の本を勝手に手にとると眺め始めた。
紙の本は珍しいのだ。
この本を借りた図書館の紙本コーナーも年々とスペースを削減している。
やはりデータで持ち歩く方がはるかに楽だ、
それでも
 
  「なんか。紙の本のほうが読みやすいんですよ。まあ、内容は古いものが多いですけど。」

  話を横にそらせつつ、さりげなく本を取り戻す。

 「そうよねぇ。昔から古いもの好きだもんね、晴は。」

  え?呼び捨てにされた?その時記憶がよみがえった。
向田虹子、小学校の同級生だ。
化粧が濃すぎて分からなかったが、図工の時間に誰よりも響いていた笑い声がそこにあった。

 晴は彼女が苦手だった。

 「思い出したみたいね?凄い偶然よね。嬉しいわ!」

 彼女は本当に嬉しそうに笑った。
そんな偶然の再会(実際には初バイトの日に再会済みだが)から始まった一日は、
晴にとっても特別な日になった。

 朝からいつもと違う緊張感を感じていたが、 昼頃になると、周りがバタバタと騒がしくなった。

 「あ。そうか、今日と明日はゴロの日じゃん。」

 虹子が「珍しく活気が溢れる日だよ」と嬉しそうに教えてくれた。

 晴は曖昧に微笑み返した。 太陽のエネルギーにも水力にも頼らない
曇天地区では主に雷発電が主流となりつつある。

 何年か前にモデル地域が選ばれ、大きな鉄塔が何本も建てられた。
そこに建設されたのが雷発電所だ。
鉄塔に雷を落とす事でエネルギーをえるのだ。
その莫大なエネルギー量の為に一ヶ月分の電力が2回ほどの落雷で補えてしまう。
 雷が落とされる日時はその都度指定されていたが、最近では毎月五、六日で固定されつつある。
五日である今日の落雷は十一時ジャストに行われる事になっていた。

 俄かに騒がしくなる部内のいつもとは違う緊張感を晴は楽しんでいた。
しかし、自分自身は特にやる事はない。
ペラペラと先ほどの本をめくると、可愛らしいイラストが付いているページを発見した。
何か簡単に出来るマスコットみたいだ。
身近にあるものを使えばいいようなので早速、作成を始める。
柔らかな紙を丸めて…えーと

 夢中で作成していると、虹子が覗き込んできた。
晴は気にしながらも作成を続けていた。すると、今度は本を勝手に読み始めた。

 「前半堅苦しいなぁ、この辺は面白そう。『天気と伝説』だって、
  雷太鼓と雷様。なんか暑苦しいわね。わあ、雪女って綺麗ねぇ。
  こんなクールな女になりたいわ♪ねえ、聞いてる?晴ぅ」

  「うん、聞いてる聞いてる。よいしょ、完成」

 「わあ、出来たんだ。見せて、窓際に飾るんでしょ?」

 「え?そうなの?」

 「肝心なところ読んでないのね、えーと…」

 虹子はしばらく本のページをめくっていたが、
いきなり立ち上がると完成した晴のマスコットに紐をつけて、手早く窓際の端につるしてしまった。
そこへ成田が入ってきたので、晴は慌てた。

 「アルバイトの皆さん。落雷観察会を行いますよ」

 そう言った成田の視線は窓際に移る、途中目が合い晴は更に慌てたが、虹子は平然と言った。

  「あ、御免なさい。つるしておいていいですか?」

 「へえ、珍しいもの作ったね。さあ、ともかく急いで。」

 急かされて虹子と二人で成田の後を追うと、画像室に通された。
大きなスクリーンに街の映像が映し出されている。沢山の鉄塔が建っている。
しばらくして映像が切り替わり、「雷電力のすべて」というVTRが始まる。
微妙に可愛いキャラクターが登場し、雷電力の素晴らしさを順を追って説明している。

 「毎回、同じ映像なんだもんぁ」

 虹子があからさまに嫌な顔をした。
多分、このバイトって「天候管理の良さ」をアピールするものなんだよ、
晴はひそかにそう思った。
 案の定、最後に天候管理技術を利用して
「雷発電所」を増やそうというメッセージを残し、VTRは終わった。

 「晴久物語」が出てこなくて晴は内心ほっとした
やはり。音声で「晴」がつく言葉を連呼されるのは嫌なのだ。
なんだか自分が呼ばれたような気がするから。

 「さて、それではそろそろ落雷が開始されます」

 映像は高い鉄塔の立つ街に戻っていた。
家の窓には明かりがともっている。

 晴は、急に不安になって聞いてみた。

 「あの、居住区に雷を落として平気なんですか?」

  「大丈夫です、安全性は保障されていますよ。
  落雷時間には建物内にいる事が義務づけられてますしね」

  いかにも頭の良さそうな青年が太鼓判を押した。

 ごろごろ

 雷の音が大きくなる、稲妻も走った。
この建物のどこかで雷を操作しているのだ。どうやって操作しているのかは分からないけれど。
所詮、一般民に明かされていることなんて少ないんだから。
思わずそんなことを思ってしまう。気にしない方が楽でいい。

 ピカッ 
どーん ピカッッ 
どおーん ピカッッッッッッッッッッッッッ・・・・・・・・・・・・!

 突然、目の前が真っ白になった そして直後、凄い音が鳴り響いた
ざわざわ、あたりが騒がしい 部屋全体が緊張感に包まれている。
何かが、おかしい

 ばたん、ドアを開けて作業員が駆け込んできた。
先ほどの青年に話し掛けている。

  「・・・どんが……で、…具合………」

 途切れ途切れ聞こえてくる会話に思わず耳を傾ける
具合が………?
虹子と晴は思わず顔を見合わせた。

 
 その日『雷管理機 どんがら5号』が暴走したことによって、センター内に緊張が走った。
無防備な地区に落雷が行われたら大変である。
極力、雷発生を食い止めようと職員達は努力した。

 ピカッ ゴロゴロ

  しかし事態は悪化するばかりであった。
雷は雨を呼んだ。
『雨管理機 あまがさ4号』もまた暴走し始めたのである。
激しい雨と雷。 雨や雷に慣れない地区の人々は驚き慌てて、
センターに連絡してきた。
そのために回線は混雑してセンター内の連絡にまで影響を与えた。

  アルバイトの面々は何も出来ずに部内に取り残されていた。
成田はひっきりなしにかかってくる電話の応対に追われている。
  虹子は帰ると叫びだし、皆に引き止められた。
激しい雨と雷はどこへ行くかも分からないのだ。
そんな中を表に出るのは危険である。
 緊急用の電波によって、全国的に室内避難の警報が出された。
晴は為す術もなく立ち尽くしている。

 窓の外は見慣れた晴天、しかしスクリーンの中は嵐である。
雨にさえ、殆ど濡れた事がない晴にとってまさに違う世界の出来事のように思えた。
しかし 「あ、お花見センターだ」 スクリーンの中に
この前遊びに行ったばかりの、お花見センターのビルが見えた。

 ビルの中に植えられていた生花や幻想的なイリュージョンが目の前に浮かぶ。
見慣れた街が雨と雷に脅かされている
そんな風に感じた。

 ふり向くと窓の外には青い空
しかし、何時灰色の雲に覆われてしまうかわからない。
とても不安になった時、ふとマスコットが見えた。
そよそよと風に揺れている。
とめ方が悪かったのだろうか、逆さまになってしまっている。
 晴はマスコットの頭を上にしてきっちりと止め直す。
何かしていないと後ろ向きな考えばかり起こしてしまう。
 皆にお茶でも入れよう。
自分に出来る事はそれくらいだ。晴は給湯室へ向かった。




 あんまりセンター内をうろついた事がないために、思わずきょろきょろしてしまう。
誰かにあったら道を聞こうと思いながらも誰にも会うことなく、
しばらく歩くするとドアが半開きになっている部屋を発見した。

 半開きというのが気になるではないか、
しかもその部屋のドアは旧式の自力開閉ドアである。
重要なものがある部屋にはこんなちゃっちいドアはつけないはずだ。

 誰か居るかもしれない。道を聞かなきゃ。
言い訳じみた事を考えつつ、そーっと中をのぞく、 しかし誰もいない。

  「すみませーん」

 一応ノックをして中に入ってみる。

 ガコン 

 何かを蹴飛ばしてしまったようだ。
心臓が飛び出るほど驚いて、慌てて逃げ出そうとしたが足が思うように動かない。
深呼吸して、蹴飛ばしたものをみる。
それは、古めかしい太鼓であった。
 すぐそばには木で作られたバチが二本転がっている。
虹子が居たら叩きたがるだろうなあ、そんな風に思った。
そう思ったら叩いてみようかなという気になった。
バチを握り締め力いっぱい太鼓に向かって振り下ろす。

 カコン

 なさけない音が出て、腕がちょっと痺れた。

 「この太鼓壊れてる」

 「壊れてるんじゃないよ」

 独り言に、言葉を返されて晴は髪の毛が逆立つほど驚いた。
その声に聞き覚えがある、声の主は成田であった

 「驚かせたかい?でも、こっちも驚いたよ。こんな時にいなくなるんだもの」

 「あ、御免なさい。お茶を入れようと思って」

 「まあ無事でなにより。先に部屋に戻ってて、
  ここを真っ直ぐだから。寄り道はしないようにね」

 「はい。気をつけます」

  「神尾さん、君は何を思って太鼓を叩いた?」

 「え・・・・・・・別になにも」

 「昔の太鼓ってね。叩けばいい音が出るってもんじゃないんだよ。
  ただ押せばいい楽機(がっき)のスイッチとは違うんだ。まあ、ともかく早く戻って。」

  ゴロゴロ

 雷は確実に近づいてきている。
晴は慌てて雷部門の部屋に戻った。
部屋の窓から外を見ると空には灰色の雲が立ち込めて 今にも雨が降り出しそうだ。
 
 晴は「天気の本」を掴んでページをめくる。
何か不安を解消できるもの知恵が載っているのではないか、
しかし目に付くのは不安を掻き立てる記事ばかり「水害」「落雷」「竜巻」
お天気を管理する術を知らなくて、災害に遭った昔の人々の不幸な記録。

 晴の住む晴天地区は大丈夫だろうか。
ただでさえ雨になれていない晴天地区は、この暴走の大雨に耐え切れるだろうか。
 さらにページをめくる。
「雨乞い」という言葉がでてくる。
昔の人々はどうしても雨を降らして欲しい時に神に頼んだのだ。
その方法なども様々に載っていたが、今、雨を降らしても逆効果なだけである。

 お天気にする方法、お天気にする方法 涙目になりながら探した。

  「晴ぅ、必死になって何を探してるの?」

 虹子が聞いてきた。
晴は目に溜まった涙を拭って、振り返ると照れくさそうに微笑んだ。

 ポツリ

  とうとう、雨は落ちてきた。
大粒の雨は瞬く間に本降りになって地面をぬらしている。
もう自分にはどうにも出来ない。そう思った方が楽である。
雨を浴びた木や土が何となく優しい香りを放っている。

 「あ、雨の匂いだ」

 晴は分かった気がした。
「水」の匂いがする 何となく落ち着く匂いがする。

 「晴がさっき作ったやつさ『照る照る坊主』って言うんだってぇ。
  かつて翌日の晴れを願う時によく作られたらしいよ。窓際に吊るすといいみたい。」

 「え?」

 何時の間にか本を手にしている虹子は、窓際のマスコットを指差した。

 「まあ可愛いから吊るしただけなんだけどね。」

 虹子は呟く。

 「翌日の晴れ願う時に作られる」

 説明書きなど何も読まずに作ったマスコットはそんな願いを込めるものだったのか。

 「明日が晴れになりますように」

 そんなこと考えた事もない。だって天気は管理されているんだもの。
管理センターも晴れ女の晴も
やって来る嵐に対して何も出来ずに立ち尽くしている。

 こんな状況を誰が想像できるだろう?

 職員達は必死に走り回っているから、もしかしたら何とかできるかもしれない。
しかし、晴は、晴に出来る事は今のところ 祈るだけだった。
目をつぶっていると不安が溜まってくる。晴れを願う以外には何も考えないように考えないように頑張った。

  どーん どーん どーん

 お腹に響く音が聞こえる、雷の音ではない。
何だろう・・・・・・・・・・太鼓の音だ 太鼓の音が聞こえる。

 雷は徐々に遠ざかっていった
雨もまた次第に弱まっていった。

 

雷一過〜

その時、『どんがら5号』には何が起きたのか?
にわかに浮遊力を弱め、海に落ちてしまったらしい。
どんな仕組みの機械だったのか晴には想像もつかないのだけれど、
ともかく『どんがら』は壊れてしまった。それに伴って『あまがさ』の勢いもおさまったのだ。

 
 最悪の事態は免れたとはいえ一連の騒動で、
お天気管理センターは大きな被害を被った。
人々の信用を取り戻さなくてはならない。安全面を再確認するために業務を一時停止することになった。

 管理を停止するとどうなるか 天気はすべて自然任せになるということである。
人々からの反対も大きかった。
そんな不安がる人々に救世主が現れた。 「全国気象研究会」のメンバー達だ。
以前から「管理派」に馬鹿にされながらも陰ながら活動していた。
 かなり昔の記録なども研究した結果、まだ天気を管理していなかった頃の
「予報」の仕方もほぼ特定していたのである。

 「管理から予報へ」
そんなキャッチフレーズと伴に颯爽と現れた人々の言う事は
そこそこ、よく当たった。
 管理センターの衛星の使用許可がでてからはさらに、その正確さを増している。  

 管理センターの方は着々と再運営の作業を進めているが、
再びセンターが運営を始めたら、「予報派」の人たちをどう扱うのか、
世間の人々の注目を集めている。

 晴はというと、バイトをクビになった。
センターにバイトなど雇う余裕がなくなったのだ。

ある日、晴は虹子に買い物に行こうと誘われた。
別に買いたい物などなかったが、虹子の勢いに押されたのだ。
 たまには商品を見ながらの買い物もいいだろう。

  あの暴走の日以来、晴天地区では傘が飛ぶように売れた。
雨天地区の傘工場では生産が追いつかない程であった。
傘を持つのが面倒な晴はワンタッチで開閉する折り畳み傘を一本だけ買ったが、
虹子はデザインの良いものを多量に買い込んだらしい。
 そして今回も

 「雨対応のPスーツを買うんだ♪」

 「あんなピッタリした服、良く着れるね」

 「そう?動きやすいし、スタイル良く見えるわよぉ」

 「雨対応って、雨に濡れないの?」

 「水を弾くのよ。帽子もお洒落なんだから」

  「Pスーツに帽子って変じゃない?」

 「それが、お洒落なんだから。傘差さなくていいし」

 多量に買い込んだ傘はどうするんだろう。
晴の心配をよそに、ショッピングセンターでの虹子は夢中でスーツを品定めしている。
いずれも脱ぎ着が大変そうで晴には興味がない。
仕方なくぶらぶらと歩いていると

 どーん

雷のような音がした。

 音のしたほうを見てみると本屋があった。
映像絵本の視聴会をしているようで、子供達が集まっている。
晴は思わず子供達に混じって本を覗き込んだ。  

 帰り道、大荷物を抱えた虹子が呆れ顔で言う。

  「晴ぅ。あんたって変わってるね。映像絵本なんか買 ったの?それで他には何も買わないなんて」

  「うん『雷様』のお話なんだけどね」

 「雷?私はもうこりごりだわ」

 「でもね、面白いんだよ。虎皮のパンツ穿いた雷さまが
  雲の上からジョウロで水を撒くと雨になって、背中に背負ってる太鼓を叩くとね、雷が鳴るんだって」

  「そんなの、子供騙しの作り話じゃない」

 「分かってるよ。こんなのは作り話」

 多分ね。
心の中でそう付け加えると晴はにこりと笑った。

〜おしまい〜


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