| 十一月七日 二日後にある論文の中間発表に向けてレジュメを用意する。本当にこんな内容でいい
んだろうかという感じの論文の体裁になりそうだ。というか、色々調べていて解ったの
だけど、Uvaasagadasaao
はどうもその構成がヘンなのだ。で、多分他の散文経典を
読破しない事にはなかなか何も言えそうにないのだ。うーむ。
十月二十八日
博士後期課程の募集要項を貰ってくる。うちらの試験は「専門(独語とサンスクリット語の
語学力を含む)」と書いてあった。試験時間はたったの二時間なのですけど・・・どうも非
常に盛り沢山な試験の気がする。ドイツ語の文法なんて半分くらい忘れている気がする
し、ううむ。修士論文が終わったらドイツ語の文法の復習をせねばならん。まあーサンス
クリット語は辞書持ち込んでも流石に良いだろうとタカをくくっておいて、多分来年から二
ヶ月はドイツ語しか勉強せん。
明後日から私は『第2回国際ヴェーダ学ワークショップ』に行って来ます。
十月二十四日
猛烈に久々だが、三日坊主になっていたというわけではない。忙しいのだ。はっきり言っ
てやばい。論文のタイトルは、結局「Uvaasagadasaao
第1章解読研究」に落ち着いた。
変に細かい内容をタイトルで提示してダメが出るとマズイので。まあでも自分の中では
やる事決まってるしそれで押し切るでしょうけども。
sapadaana
は、もうわからん。八方塞とはこの事かと感じる今日この頃である。
九月二十八日
今日は大学院演習。述語に性が一致するとかしないとかで散々もめる(もめていたの
はひとりだけだが)。aalambanam mato dharmah
をどう読むかという事だったのだが、
こんなん「dharma とは aalambana
と考えられた」としか読めないって。ちなみに私の
方はつづがなく(かどうかは知らないが)今日で発表が終了。思えば昨年の11月くらい
からやっているのだから、殆ど一年やりつづけた事になる。我ながら、あまりの愚鈍さ
に呆れる次第である。さあ、論文を書かなくては。はあ〜。
九月二十七日
ようやく今日で、谷川先生の授業が終わる。浅学の僕にとっては、本当に刺激的であ
り、また非常に実りの多い半期だった。私の出来の悪さに、谷川先生が呆れ返って
いない事を祈るのみである。今日は明日の発表の予習。とはいえ分からない事だら
けなのだが、でも明日で私の発表も終わりだ!
九月二十二日
今日は MBh
の授業。出席率は低調。忙しいのでノルマぎりぎりの15ヴァースしかや
っていかなかった。金曜日に製本屋が来るというので、準備。昨日コピーした
Dundas
の The Jains
を裁断し、片方は仮製本(大学用)にして、片方を製本に出す予定。あと
アヴァダーナ・シャタカの仏訳も今回は製本にだすつもりである。
Dundas の本の layperson
の項目を読み始める。長いので途中で投げ出す可能性が
大である。
九月二十日
本日は谷川先生の授業。現在絶版の
P.Dundas, The Jains を持ってきていただく。少
し見てみたが、膨大な量の書き込みである。出来ればこの書き込みもろともコピーし
てしまいたいのだが、悲しいかな鉛筆書きなので写るかどうか不明である。在家信者
の項目もあるので、是非読んで見なければならない。あと
Tatia の講義集みたいなも
のも持ってきてくださった。ううむ、やっぱうちの大学でも
Jain Journal と Sambodhi を
買って欲しい。ジャイナ教研究書はインドが盛んなのに、ここではインドの情報が殆ど
手に入らない。西洋の情報しかないというのも片手落ちではないかあ??
九月十八日
水曜日の授業の予習をやる。水曜日はマハーバーラタを読んでいるのだが、今は第
一巻の 93.
の辺りである。全体として難解というわけではないが、時折
Epik らしい(?)
文体が出てきて困る。そういや僕はまだ
Holtzmann の Grammatisches aus dem MBh
を持ってないのだった。誰か一緒に両面コピーをしてくれる人がいればいいんだけど。
あと今日は、十三日に谷川先生にお借りした
Tatia の本をコピーする。
九月十六日
京都に旅行。ゆえにインド学もクソもないのだが、泊ったペンションがうちの教授の家
の近所で焦った。もし会って「え、論文は?」とか聞かれたらマズイよなあ・・・という感
じでしょうか。まあそれだけなんですけど。
九月十三日
嫁の調子が悪いので、朝から家事をこなす。おかげで大学に来たのは12時過ぎ。うう、
明日からはもっと早起きしよう。谷川先生の授業はいつも勉強になる。と同時に、如何
に自分がジャイナについて無知かを知らされるのである。
今日は谷川先生に N,Tatia Aspects of Jaina
Monasticism という本をお借りする。序文
によると、Encyclopaedia of Jainism
へのプレリュードなのだという。論文を四本ほどコ
ピーする。どんどん読むものが増えて、論文はいつになったら書き出せるのだろうか?
九月八日
白井駿という法学者が書いた、『古代インドの刑法哲学』という本を探している。当然の
如く本学には無い(!)のだが、この人が書いたほかの本を見つけたので、図書館で
眼を通す。どうも梵語プロパーではないようであるが、日本にはこの類の本が皆無な
ので一応眼は通しておきたい。安いし(といっても3400円だけど・・・)買おうかな。最近
借りれる本は極力それで済ませているのだけど、こういう場合は仕方ない。あ、でも今
度『原始仏教聖典の成立史研究』買おうと思ってるんだよなー(15000円!)。Ohira
さん
の本は長くて大変。
九月七日
今日は大学院演習で発表。3時間目はHさんの大乗荘厳経論の発表である。相変わら
ず大乗の論書というのは何が言いたいのか難解だ。その後、4限から私の発表。こち
らも相変わらずわけがわからない(思想的に、というのではなく、シンタックスとか語源
とかそういう問題だが)のだけれど、ちょっとずつ光明が射してきている気もしないでも
ない。ちなみに、今日は昼ご飯を食べ損ねた。
九月六日
谷川先生の授業、僕を含めて出席者は二人だけ。いや、一時前まで僕しかいなかった
から、正味焦ってたんだけど。谷川先生より「厭離考(上)
Samvega と Nivveda」という
論文を拝領する。谷川先生よりの教示で、ジャイナの経典の年代論の話題を扱ってい
る、Suzuko Ohira, A Study of the Bhagavatiisuutra の該当部分をコピー(また外国語
・・・たまには日本語の論文が読みたい)。ところで、誰か「叙事詩・プラーナにおける乞
食の諸相」などというテーマで論文を書いている人はいないでしょうか?
九月五日
良く考えたら火曜日は私、発表があるではないか。という事で、今日は発表の準備であ
る。C.Caillat, Atonements in the Ancient Ritual of
the Jaina Monks を多少読まなくて
はならなくなる。フランス語の原文が読めれば良いのだが・・・仕方ない。あと、やっぱり
長上に呼びかけるときには pl.
を使用するのではないだろうか?どうもそんな気がする
けど、こんなのってどうやって証明すんだろ?
九月四日
谷川先生の授業の予習をしていると携帯が鳴る。嫁からである。「道に迷った・・・」
迷子のときは絶対に闇雲に歩かない事!○池からダ○ハツの工場を抜けて○名
川の土手を延々歩いて気づけば池○て・・・お疲れさま。
九月一日
いよいよ九月で、共通教育の人々は小学生のように今日から授業に来ている。私はと言
えば、今日は谷川先生の予習をちらっとやった後(こればっかりやってられない)、頭陀行
の事についてまた少し調べものをする。ラモットの仏訳の英訳の出所がわかるが、買うか
どうか悩む。今後の私にとってどれほどの利用価値があるかどうか解らないからである。
洋書って高いし、注文してもなかなか来ないし。ガス漏れ屋の一群はまだ来ている。いつ
まで点検する気なんだろうか。あ、ちなみに件のラモットの英訳はPTSから出てます。
八月三十日
図書館に行く。中村元『原始仏教の成立』『原始仏教の社会思想』と、長尾雅人訳『維摩経』
と、『金沢大学文学部論集(行動科学科篇)』とを借りてくる。ラモットの仏訳の英訳はやっぱ
なさそうである。フランス語を読み間違えてそうで非常に怖い。この後谷川先生の授業の予
習に取掛かるが、相変わらず進まない。
八月二十七日
そろそろ八月も終わり。なのに研究室には誰も来ない。先生の教示により、所謂「頭陀」に
関する論文を収拾し始める。ラモットの維摩経の仏訳にある脚注が重要であるが、如何せ
んフランス語はぱーなので困る。この仏訳には英訳があるそうなのだが、本学には無い。
いつもいつも無いものばっかりで、困る(みなさんフランス語は重要です。ちゃんと手を抜か
ずに習得しましょう)。ちなみにここ三日ほど校舎のガス漏れ点検で、むくつけき人々がや
たらと出入りする。
八月二十四日
今日は文学部の説明会みたいなのを開催していたようで、やたらとわが研究室にも人がや
ってくる。すわ「遂にインド哲学の時代か?」と夢想するが、単にまだ休み中でとこの研究室
もお留守であっただけのこと。しかしおかげで研究は寸断されまくる。中には高校2年生だと
いうのにうちを訪問してた女の子もいた。「いまから受験勉強した方がいいでしょうか」とか
聞くので、そんなもん三年生の夏からで間に合うと答えておいた。丸亀から来た制服の女、
お前のしゃべりも態度もきしょい。
八月二十二日
谷川先生の授業の準備。といってもテキストをコピーしただけ。予習はなかなか進まない
のである。『五戒の周辺』をじっくり腰を据えて読む時間が無い。なんか、こんな風に何気
に毎日が過ぎて行くのって、ちょっと怖い。もっとスピードが欲しいという感覚。
明日からはもっと気合を入れてやろうっと(・・・物凄いダメ人間だよなー)。
八月十八日
杉本卓州『五戒の周辺』が遂に来る。まだ全く読んでいないのだけど、論文の参考になる
事を願う。そう言えばそろそろ授業が始まる。谷川先生の予習をしておかなければマズイ
事になる(テキストを全部読んでおくように言われたがまるでやってない)。何だか幾つに
なっても夏休み終わり直前というのは慌てるもんなんである。
八月十七日
性根を入れ替え、今日からは心機一転学業に専心するぞ!と気合を入れた初っ端から、
朝からあった煩瑣な用事が長引いて、学校へ来たのは結局十六時前。何かもう、やる気
とかそういう言葉のレベルを超えて、精神的にかなり弛緩してしまう。とはいえ時間もない
ので、またもや Jaina Yoga を読む。この人の英文は妙に長いので疲労する。日本人の
誰か、日本語でジャイナ教の概説書を書いてくれませんか?
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