家族であるという事

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 アキトが目を覚ましたとき、部屋の中にカーテンの隙間から朝の光が差し込んでいた。
枕元に置いて有る目覚し時計は、午前6時20分を指している。
(よし、今日も目覚しの鳴る前に起きたぞ)
目覚し時計との戦いに勝った勝利感に、一瞬だが酔いしれる。
その後、小さな伸びをしたアキトは上半身を起こし、自分の両隣に寝ている2人の寝顔を確認する。
その行動は、ここ最近の彼の日課になっていた。
彼の両隣では、彼の同居人であるミスマルユリカとホシノルリが安らかな寝息を立てていた。
(家族の暖かさって、こーゆーもんなのかな・・・)
実際には、ユリカとルリが押しかけてきて始まった同居生活ではあったが、アキトはこの朝の一瞬を心地よ
く感じていた。
(さってと、飯でも作るか)
彼は頭を切り替えると、二人を起こさないようにそっと布団を抜け出して台所へと向った。
 

  

 話は一週間程前にさかのぼる。
 

  

 その日、屋台の売り上げの集計を終えたアキトは、いつも通り午前2時半に布団に入った。
元来寝付きが良い彼であるが、屋台を始めてからは疲れもあり、布団に入るとすぐに深い眠りについている。
だが、その日の彼の睡眠は、すぐに破られる事になった。
アキトの住むアパートの階段を上る複数の足音。
時間は午前4時である。
「あ、ここだここだ。ジュンくん、ルリちゃん、アキトの部屋があったよ」
「随分古いアパートですね」
「と、ともかく、早く中に入ろうよ」
部屋の外から、小声ではあるが男女の話し声が聞こえる。
“カチャッ”
小さな音を立ててドアが開く。
その瞬間、外の冷たい空気が部屋の中に流れ込んだ。
 

  

 「鍵も掛けないなんて不用心ですね」
「えっと〜、電気のスイッチはっと・・・」
「この荷物、どこに置くんだい?」
冷気とともに部屋の中に3人が入り込み、アキトの寝ている枕元でどたばたとやりはじめた。
(ん?何だ・・・)
アキトは、自分しか居ない筈の部屋の中から物音が聞こえるので、目が覚めてしまった。
だが起き抜けであるため、思考がはっきりとせずに状況が掴めない。
「あ、アキト起こしちゃったかな。ごめんね」
「夜中にどうもすいませんね、テンカワさん」
どこからか聞いた事のある声が聞こえてくる。
「まったく、何で僕がこんなことを・・・」
更に聞いた事のある声が耳に入ってくる。
(空耳かな?)
そんな事を一瞬考えたアキトの思考は、次の瞬間には音を立てて消失した。
「私とルリちゃんは、今日からここに住むからね。よろしくね、アキト!」
「え?あ、お、おま・・、ユ、ユリカ・・・、な、何でここに居るんだ?」
「だから、家を出てきたから、よろしくね」
「よ、よろしくって・・・、お前・・・」
アキトは、自分の目の前でにこやかに微笑むユリカを指差したまま、固まる事しか出来なかった。
 

  

 「で、何で家を出て来たんだ?」
取りあえずお茶を一杯飲んで落ち着いたアキトは、何故来たのかをユリカに問いただし始めた。
「だって、お父様が分からず屋なんだもん。だから出てきたの」
「分からず屋って、一体提督と何を争ったんだよ」
「お父様ったら、アキトの事を『どこの誰か判らない馬の骨』なんて言うんだよ。だから、私は『アキトは
馬の骨なんかじゃなくて、私の王子様です』って言ったら、怒り始めちゃってさ」
「はぁ〜、お前、議論が全然噛み合ってないぞ・・・」
「それで、お父様が反省するまで、私は家を出る事にしたの」
ユリカは、ニコニコしながら家出の経緯を説明するが、説明になっていない事には本人は気が付いていない。
「で、何でルリちゃんまで連れて来るんだ?」
「だって、あんなお父様と一緒に暮らしてたら、ルリちゃんまで分からず屋になっちゃうもん」
「『なっちゃうもん』って、そーゆー問題か?」
「うん」
自信を持ったユリカの返事にアキトは頭を抱えてしまうが、気を取り直して今度はルリに質問する。
「ルリちゃんはそれでいいの?」
「はい、私は構いません。私は少女ですから、どなたか保護者がいらっしゃらないと困りますので」
「保護者ねぇ・・・」
「はい」
冷静なルリの返事は、アキトにはため息の原因以外の何物にもならなかった。
 

  

 「あれから一週間か・・・」
アキトは漬物を切る手を休めて、ユリカとルリが来たときの事を思い出していた。
すると、後ろからルリが声を掛けてきた。
「テンカワさん」
「あ、ルリちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「ユリカは?」
「艦長はまだ寝てらっしゃいます」
「ユリカも仕方が無いな。ルリちゃん、悪いんだけど起こしてきてくれないかな」
「はい、いいですよ」
ルリはそう返事をすると、部屋の方に戻っていく。
「『テンカワさん』に『艦長』か・・・。あの呼び方もどうにかしないとな」
ルリの後姿を見ながら、アキトは小さく呟いていた。
 

  

 そんなある日、屋台の仕込みをしているアキトにルリが話し掛けた。
「テンカワさん」
「ん、何だいルリちゃん?」
「私、ここに居てもいいんでしょうか?」
突然の言葉に、アキトは驚いてルリの方を振り返る。
「いきなりどうしたの?」
「いえ、私が居るとテンカワさんや艦長のお邪魔になるのではないかと思ったものですから」
そう言うルリの姿は、アキトには、ルリが体全体で不安がっている様に見えた。
アキトはガス台の火を止めると、ルリの前にしゃがみ込んで彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「ルリちゃん、俺やユリカは、ルリちゃんの事を邪魔だなんて思った事は一度だってないよ」
「でも・・・」
「ルリちゃんはね、俺達にとってはかけがえの無い家族なんだよ」
「『家族』ですか?」
「そう『家族』なんだ。そりゃあルリちゃんと俺達とは、血の繋がりっていう絆はないかもしれないけど、
一緒に暮らしてるだろう。俺やユリカにとって、ルリちゃんの居ない生活なんて考えられないんだよ」
アキトは優しく諭すように言葉を続ける。
「俺が居て、ユリカが居て、ルリちゃんが居る。この部屋はね、その三人がそろってこそ、この部屋なんだ。
誰一人かけても成り立たないんだよ」
「・・・・・・」
「それとも、ルリちゃんはここに居るのがいや?」
ルリは、アキトの言葉に黙って首を振る。そして呟くように言葉を紡ぐ。
「私は自分から作った過去の想い出がほとんどありません。有るとすれば、それはナデシコで作った想い出
だけです。自分でも思いますが、感情を表現するのもうまく出来ませんし、こんな私が居ても・・・」
「ストーップ!」
俯きながら言うルリの言葉を、アキトが途中で止める。
「ルリちゃん、過去なんてどうでもいいんだよ。大事なのは、これからどんな想い出を作っていくかなんだ。
過去を気にしていたら、人はいつまでも成長できないままだよ。
俺やユリカ、ううん、ナデシコのみんなは、今のルリちゃんが大好きだし、これからのルリちゃんと沢山の
想い出を作っていきたいと思ってるんだ。
それにね、居ちゃいけない人なんて何処にもいないんだよ。こんな親も居ない俺だけど、ユリカは俺を必要
としてくれてる。あんなわがままなユリカだけど、あいつの親父さんはあいつを必要としている。そしてね、
俺達はね、ルリちゃんの顔を見ると「よーし、明日も頑張ろう」って思えるんだよ」
「私はここに居てもいいんですか?」
「当たり前だよ。ここはルリちゃんの家だし、俺やユリカはルリちゃんの家族なんだからね」
アキトは優しい、そう、見る人の心が暖まるような笑顔をルリに見せた。
 

  

 「テンカワさん、ありがとうございます」
ルリはほっとしたのか、明るい声でアキトに礼を言う。
「ルリちゃん、家族にそんな堅苦しい言葉はいらないよ」
「でも・・・」
「『ありがとう』だけでいいんだよ。それと、俺達の呼び方も『テンカワさん』とか『艦長』なんて堅苦し
いのはやめて欲しいな」
「それでは何て呼んだらいいんですか?」
「俺の事は『アキト』でいいし、ユリカの事は『ユリカ』でいいよ」
「そんな・・・」
「いいからさ、そう呼んでよ。俺達はその方が嬉しいんだからさ。だから呼んでみてよ」
「ア、アキトさん・・・」
アキトの言葉に、ルリは恥ずかしそうに呼んでみる。
「そう、それでいいんだよ。今日ユリカが帰ってきたら『ユリカさん』って呼んでみてよ。あいつの事だか
ら、物凄く喜ぶと思うよ」
その晩、仕事から帰ってきたユリカに、ルリが「お帰りなさい、ユリカさん」と言った時のユリカの喜びぶ
りは言うまでもない事だった。
 

  

 その日以来、ルリは少しずつではあったが変っていった。
自分を必要としてくれる人が居る。
自分の居場所がある。
そして何よりも、家族と呼べる存在がある。
これらはルリに間違いなく力を与えており、見る人によっては“感情を出さない冷たい少女”と思われてい
たルリの印象を変えるのに役立っていた。
 

  

 「ね、ルリちゃん。今日お買い物に付き合ってくれないかな?」
ある日、朝食を食べながらユリカがルリを買い物に誘った。
「今日ですか?別にいいですよ」
「じゃ、お昼ご飯食べたら行こうね」
ルリの返事を聞いてユリカが妙に浮かれているのをアキトは不思議に思った。
「なあ、俺も行こうか?」
「アキトはいいの。今日は女の子だけで買い物に行くんだから」
「なんだよそりゃ」
「アキトはいつもルリちゃんと居るんだから、偶には私がルリちゃんと居るの」
「はいはい」
ユリカの訳の判らない論理にはいいかげん慣れていたので、アキトはそれ以上突っ込むのをやめた。
 

  

 「ユリカさん、お買い物って何を買いに行くんですか?」
ルリがデパートへ向う道すがら、ユリカに尋ねる。
「うん、実は今日ね、アキトの誕生日なんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。多分本人も忘れてるみたいだけど、おめでたい日だからね。私とルリちゃんでお祝いしてあげるの
に、プレゼントとケーキを買いに行こうと思ってね」
「プレゼントですか?」
「そうだよ。大切な人の誕生日にはプレゼントを上げるの。『今までありがとう。これからもよろしく』っ
て意味でね」
「じゃあ、私も何か買った方がいいですか?」
「ルリちゃんから貰ったら、アキトきっと喜ぶと思うよ」
「でも、プレゼントなんて何を上げたらいいのか判らないです」
今までプレゼントを上げた事も貰った事もないルリとしては、一体何を上げたらいいのか想像もつかない。
「ルリちゃん、プレゼントってね、『何を上げるか』じゃなくて心を上げる物なんだよ。だからどんな物で
もいいの。その中にその人を想う気持ちが詰まってれば、何だっていいんだよ」
ユリカは、ルリを見ながらにっこり笑うとそう言った。
 

  

 デパートでプレゼントとケーキを買った二人は、時間潰しの為に喫茶店に入った。
結局、二人が買ったプレゼントは、ユリカが包丁、ルリが写真立てだった。
「ユリカさん、アキトさん喜んでくれるでしょうか?」
ルリは写真立てを選んだものの、果たしてそれをアキトが喜んでくれるのか不安だった。
「大丈夫だよ。一所懸命ルリちゃんが選んだんだもん、アキトが喜ばない筈がないよ」
「それならいいんですけど・・・」
それでも不安が消えないルリを見て、ユリカは真面目な顔で話し始める。
「ルリちゃん、家族ってね、何かをしてもらったり、何かを貰ったりした時は、物凄く嬉しいもんなんだよ」
「でも、私はそういう気持ちがよく判らないですから・・・」
ルリが俯きながら小さな声で呟く。
「判らなかったら、これから覚えて行けばいいんだよ」
「え?」
驚いたようにルリが顔を上げて見ると、自分を真っ直ぐ見詰めるユリカの視線があった。
 

  

 「ルリちゃんさ、アキトに御飯を作って貰って嬉しい?」
「はい。アキトさんの御飯ってとても美味しいですし、嬉しいです」
「私とこんな風に買い物に来て楽しい?」
「はい、楽しいです」
「それがね、家族の気持ちなんだよ」
「え?」
「家族ってね、物凄い偶然の積み重ねなんだよ。私がアキトと火星で出会ったのも偶然、ルリちゃんが遺伝
子研究所からネルガルに引き取られたのも偶然だし、ルリちゃんとアキトと私がナデシコに乗り合わせたの
も偶然。でもね、こんな偶然が無くちゃ今は無いし、家族もないんだよ」
「・・・・・・」
「ルリちゃん、アキトに『過去の想い出がない』って言ったんだってね?」
「聞いたんですか?」
「聞いたって言うか、私が無理矢理聞き出したんだ。だって、アキトが物凄く心配そうな顔をしてたから・・・。
アキトが言ってたよ『俺達で沢山想い出を作ろう。俺とお前とルリちゃんの家族三人の想い出を沢山作ろう』
ってね」
「・・・・・・」
「その気持ちは私も一緒だよ。想い出なんて幾らだって作れるよ。だって、今こうして私とルリちゃんが話
しているのだって、明日になれば立派な想い出なんだよ」
「あっ・・・」
「これからはね、ルリちゃんが大きくなってお嫁さんに行ったって、三人は家族だよ。家族の絆はね、たと
え一緒に暮らしていなくても切れる事はないの。でも私達は一緒に暮らしてるんだから、私達の絆は物凄く
強いものなんだよ」
「ユリカさん・・・」
「だから、どんどん私達に甘えてね。私達も甘える時は甘えるし、怒る時は怒るからね」
にこやかに語るユリカの目を見ていると、ルリは自分が抱えている不安が薄れていくのがよく判った。
その晩、二人からプレゼントを貰ったアキトが、飛び上がらんばかりに喜んだのは言うまでもない事だった。
 

  

 ある雨の日、アキトはいつもの様に屋台の仕込みを始めていた。
ルリは、アキトが仕込みをしている姿を見るのが好きだったが、こんな雨が降る日にまで、屋台を出せなけ
ればならないのかが判らなかった。
「アキトさん、聞いてもいいです?」
「ん?何だい?」
アキトはルリに背中を向けたまま返事をする。
「こんな大雨の日でも、屋台出すんですか?」
「うん、出すよ」
「でも、こんな日に出しても、お客さん来ないかもしれないじゃないですか。もしお客さんが来なければ、
今仕込んでいるものも無駄になっちゃいますよ。それに、雨に打たれてアキトさんが風邪でも引いたらどう
するんですか」
ルリの口調は、少し詰問口調になっていた。
アキトは、ルリが自分の事を心配してくれているのがよく判った。
ただ、判ったからこそ言わなければいけない事があるのも知っていた。
 

  

 「ルリちゃんの言う通り、お客さんは全然来ないかもしれない。けど、もしかしたら来るかもしれないよね」
「それはそうですけど、屋台なんですから、雨の日位休んでもお客さんも解ってくれるんじゃないですか?」
ルリの言葉に、アキトは一瞬考えた後に言葉を続ける。
「じゃあさ、例えばルリちゃんが好きなお店があったとして、折角行ったのにそのお店が突然お休みだった
らどう思う?」
「ちょっと悲しいです」
「それと同じなんだよ。俺の屋台もね、何とか常連さんみたいな人も出来てきたんだ。そのお客さんはね、
一週間に2回位来て、いつも黙ってラーメンを食べてるんだけど、食べ終わった後に、いつも『ごちそうさ
ん、美味しかったよ』って言ってくれるんだ。
そーゆーお客さんが一人でも来るかもしれないんだったら、俺はどんな天気だって屋台を出すし、結局来な
くて仕込みが無駄になったとしても、俺は全然構わないよ。だって、そのお客さんは俺のラーメンをわざわ
ざ食べに来てくれるんだからね。
大勢で来るお客さんも、たった独りで来るお客さんも、俺にとっては大切なお客さんなんだよ」
「・・・・・・」
「ルリちゃんが、俺の事を心配してくれるのはすごく嬉しいよ。でもね、人には決して譲れないものがある
のも事実なんだ。俺にとってはそれは屋台であり、お客さんを大切にするっていう気持ちなんだ。
解ってくれるかな」
「はい・・・」
アキトの優しい言葉に、ルリは自分が言った言葉に後悔していた。
「アキトさん、ごめんなさい・・・」
「謝る必要なんてないよ。ルリちゃんは、俺の体を心配して言ってくれたんだからね」
アキトはそう言うと、仕込みを続ける為に台所に立った。
 

  

 「あのー、アキトさん?」
「何だい?」
「私にも屋台を手伝わせてもらえませんか?」
「えっ?」
ルリの言葉に、アキトは驚いた様に振り向く。
「私も、アキトさんがそんな風に感じる物を経験してみたいんです。それに、家族としてアキトさんを手伝
いたいんです」
ルリの視線は真剣にアキトを見つめている。
アキトはその視線の中に強い意志を感じた。
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ。実際一人でやるのって、なかなか大変だからね。それじゃあ、
今日から手伝って貰おうかな」
「はい!」
ルリはアキトの言葉に、とても嬉しそうに返事をした。
その日から、公園の側に出ているラーメンの屋台を、一人の少女が手伝っている姿が見られる様になった。
ちなみに、ルリが屋台を手伝うと聞いたユリカが、「自分も手伝う」と言って、仕事が終った後に屋台に来
る様になったのは、また別の話である。
 

  

 ルリやユリカが屋台を手伝う様になってから2ヵ月位過ぎたある日、ルリが夜中に目が覚めると、いつもは
隣に寝ている筈のアキトが居ない事に気がついた。
(あれ?アキトさん、何処に行ったんだろう・・・)
ルリはふと心配になり、周りをキョロキョロ見回してみると、台所に電気が点いている。
「アキトさん?」
「あ、ルリちゃん、起こしちゃったかな」
「いえ、それは構いませんけど、一体何をやってるんですか?」
アキトはラーメンのスープを作る為の寸胴鍋を火にかけ、一所懸命にスープ作りをしているように見える。
「うん、ちょっとね」
「スープ変えるんですか?」
「いや、屋台のスープは変えないよ。ただ、今度特別なラーメンを作るんで、そのラーメン用にちょっと味
を変えてみようと思ってね」
アキトは何気ない口調でルリに返事をする。
「提督に出すラーメンですね?」
「うん。って、ル、ル、ルリちゃん何で知ってるの??」
アキトは心底驚いた様に目を丸くしている。
「家族ですから」
そんなアキトのリアクションに、ルリは“クスッ”と笑いながら答えた。
 

  

 「そっかー、ユリカの奴、ルリちゃんに話してたのか・・・」
「ええ。それは嬉しそうに話してくれました」
「参ったな〜」
アキトはルリの言葉に照れた様に鼻の頭を掻く。
そんなアキトをルリはにこやかに見つめながら言葉を続けた。
「でも、特別なラーメンなんて意識しなくていいと思いますよ」
「え?」
「だって、アキトさんのラーメンを食べるという事では、提督も他の屋台のお客さんも一緒じゃないですか。
それなのに、提督だけ別の物を作るなんておかしいですよ」
「だけどさー、結婚が掛かってるし・・・」
「そんなのアキトさんらしくないですよ。大丈夫ですよ、アキトさんのラーメンは世界一美味しいんですか
ら、自信を持っていつものラーメンを作ればいいと思いますよ。今のラーメンの味を作り出すのに、アキト
さんがどれだけ苦労したのかは、ユリカさんも私も知ってます。だからもっと自信を持っていいと思いますよ」
「そうかなー」
「そうですよ」
「でもなー」
「大丈夫ですって」
そう言うと、ルリは急に笑い出した。
「どうしたの、ルリちゃん?」
アキトはルリが何故笑うのか解らず、キョトンとしている。
「だって、いつもと逆じゃないですか」
「逆?」
「はい、いつもはアキトさんが私の事を元気付けてくれるのに、今日は私がアキトさんを元気付けてるんで
すから」
「そう言えばそうだね」
ルリはなおも笑い続けている。
そんなルリの笑いにつられる様に、アキトも笑い始めていた。
 

  

 結局、ユリカとの結婚が掛かったラーメン勝負には、アキトはいつものラーメンで挑んだ。
ルリの一言もあったが、いつもの自分を見てもらう為には、その場だけのラーメンを作っても仕方が無い事
に気がついたからであった。
提督は黙ってそのラーメンを食べ終ると、アキトに向って一言だけ言った。
「娘を、ユリカを頼むよ、アキト君」
その瞬間、アキトとユリカの結婚が決まった。
 

  

 結婚式の前日、ルリが買い物から帰ると、ユリカがウエディングドレスを見つめながら座っていた。
「ユリカさん、どうしたんです?」
ルリの言葉に、ユリカはゆっくりと振り向いたが、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ユリカさん、泣いてるんですか?」
「えへ、恥ずかしいトコ見られちゃったね」
ユリカはそう言うと、手の甲で涙を拭う。
「何かあったんですか?」
ユリカが涙を流しているのに動転したルリは、ユリカに何かあったのではないかと心配する。
「何にも無いよ、ルリちゃん。ただね、明日アキトと結婚出来るかと思うと嬉しくてね。そしたら涙が出て
きちゃっただけだよ」
「嬉しくてですか?」
「うん、そうだよ。涙ってね、嬉しくても出るもんなんだよ」
「そうなんですか」
ルリはユリカの言う事が、今一つピンと来なかった。
 

  

 「私ね、ずーっと小さい時から、アキトのお嫁さんになるんだって決めてたんだよ」
「え?」
突然、ユリカが話始めたので、ルリは思わず聞き返してしまう。
「火星で初めてアキトに会った時、まだ8歳だったのに『この男の子は、将来私の旦那さんになる人だ』って
思ったの」
「初恋の人って事ですか?」
「そうだね。それで、私が地球に戻るときにも、いつかはここに戻って来るって思ってた。
でも火星があんな事になっちゃって、もう会えないのかもって思った事もあったけど、どこかに必ず生きて
てくれる、必ず再会できるって信じてた。
そう信じてたらナデシコで会えた。
だから『やっぱりこの人とは結婚する事になってるんだ』って思ったんだ。
そんな事思い出してたら嬉しくってね、何だか涙が出てきちゃた」
「そうですか」
ルリは何と言っていいのか判らず、ありきたりな言葉しか言う事が出来なかった。
 

  

 「ユリカさん・・・」
2人の間を沈黙の時間が暫く流れた後、ルリが唐突に口を開く。
「なあに、ルリちゃん?」
「アキトさんと結婚できて良かったですね」
「うん!」
突然のルリの言葉に驚いたユリカだが、すぐに本当に嬉しそうな笑顔をルリに向ける。
「幸せになって下さいね」
「もちろんだよ。アキトとルリちゃんと一緒なんだもん。幸せにならない訳がないじゃない」
「え?」
今度はルリがビックリする番だった。
「私も一緒にいていいんですか?」
「当たり前だよ。結婚して私の名前は『ミスマルユリカ』から『テンカワユリカ』に変るけど、アキトが居
て、ルリちゃんが居て、私が居るっていうこの家は何も変らないんだよ。
だって、家族なんだからね」
その言葉を聞いたとき、ルリの頬を流れるものがあった。
(これは・・・?)
突然の事にルリは何がなんだか判らなくなった。
ユリカは、そんなルリの気持ちが解るかの様に、静かにルリを抱きしめると耳元で小さく呟いた。
「ルリちゃん、それが嬉し涙だよ」
「!?」
「一緒に幸せになろうね」
ルリは、嬉しい時に流す涙は暖かい事をその日覚えた。
 

  

 快晴に恵まれた東京旅客宇宙港の待合室。
アキトとユリカが、それぞれにルリに言葉を掛けている。
「ルリちゃん、留守番よろしく頼むね」
「ゴメンね、ルリちゃん。一緒に行けなくて」
「いいえ、全然構いませんよ。それより、気を付けて行ってきて下さいね」
ルリはそんな二人ににこやかに返事を返す。
そのルリの言葉に安心した二人は、見送りに来ていたナデシコのクルー達に挨拶すると、手を振りながら
シャトルの搭乗口に向って歩いていった。
 

  

 そして、新婚旅行へ旅立って行った二人は、そのままルリの元へは帰って来る事はなく、2人が生きていた
という事は人々の想い出にと変っていった。
 

  

 アキトとユリカを事故で失ってから2年後・・・。
 

  

 「ナデシコ、発進します」
事故の後、連合宇宙軍に戻ったルリは、ナデシコBの艦長として、続発するターミナルコロニー爆発事件の
原因究明の為に,ターミナルコロニー「アマテラス」へ向って出発した。
その出発が、自分にとって大切な家族を取り戻す為の出発になるとは、その時の彼女はまだ気がついていなかった。
 

  Fin

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あとがき
 

皆さん、はじめまして。仁塩ぴよこと申します。

今回、魔角甲機さんに作品を書く機会を頂き、こちらのHPに初めて投稿させて頂きました。
これからよろしくお願いします。

さて、今回の話ですが、アキト・ユリカ・ルリの同居生活をルリを中心に描いてみました。
TV版のルリと劇場版のルリを比べた時、同じ人間なのに物凄いギャップを感じました。
そのギャップはどこから来ている物なのか?
それはアキトやユリカとの同居生活によって、ルリに大きな変化が現われたからだとぴよこは考えました。
彼等三人の生活がどういう物だったのか。 ルリはアキトやユリカから何を教わったのか。
そんな所を描けたらと思って書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

ただし、この話の中のルリは、アキトに対しての恋愛感情は持っていないものとしています。
ルリ×アキト派の方には物足りないかもしれませんが、そこの所はご了承下さいませ。

ご意見・ご感想などがありましたら、是非ともぴよこ宛にメールを頂ければと思います。
 

それでは。

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<魔角の感謝の言葉>
 

仁塩様、投稿有り難うございます。

ご無理をいってこのようなHPに作品を書いていただいたのですが、まさかこの様に素晴らしい作品が頂けるとは
思いませんでした。有り難うございます。

ナデシコの空白の3年間はゲームや小説と言った形で世間に出ていますが、この期間はSS作家の人には思った
より結構フリーなんですよね。
ですから色々と書かれているのは見るのですが、しかし、私はどうもこの期間を書くのは苦手で、しかも”家族愛”
となると正直書けないと思うんです。
それをお頼みしたテーマでしっかりと形にされた仁塩様はさすがです。
(魔角もこの様にしっかりとした文章が書けたらな・・・・・・(T_T))

皆さん、仁塩ぴよこ様に感想のメールを送りましょう。メールはこちらです。