サンタからの贈り物


「当研究所上空にボソン反応確認」
「識別確認は?」
「照合回答、ネルガル重工所属、試験戦艦ユーチャリスです」
(終わったのね、何もかも・・・)
ネルガル月研究所の本部施設の中で、エリナは上空にボソンアウトしてくる戦艦を見つめていた。
「ユーチャリスより通信、研究所ドックへの入渠を求めています」
「許可しなさい」
「了解」
エリナの返事を聞いた通信員が、ユーチャリスに向かって連絡を取る。
「ネルガル月面研究所よりユーチャリスへ、貴艦の入渠を許可する」
(さてと、黒い王子様を迎えにいきましょうか・・・)
通信員の声を耳にしながら、エリナはドックへと向かって歩き始めた。


「お帰りなさい」
「ああ」
出迎えたエリナと、ユーチャリスから降りてきたアキトとの間に交わされる短い会話。
この会話が交わされるのも、既に六回目となっていた。
「お姫様は無事に救出したみたいね?」
「ああ、ルリちゃん達が救出した」
「そう、よかったわ」
「そうだな」
そう言いながら、アキトは彼の傍らに居るラピスと共にエリナの横を摺り抜けて行く。
「テンカワ君!」
「何だ」
「今日はゆっくり休んでね」
「ありがとう、そうさせてもらう」
エリナの言葉に短く答えると、アキトはドックを出て行った。


アキトと別れたエリナは、自室に戻るとネルガル本社との回線を開いた。
『いよー、エリナ君、全部終わったみたいだね』
「はい。ユーチャリスも先程無事に帰還しました」
『で、テンカワ君は?』
「ラピスと共に自室に戻って休養中です」
『そう。じゃ、僕も近々そっちに行くから、それまで彼がどっかに行っちゃったりしない様に気を付けてね』
「え?」
『彼と話をするのが目的だからね。何せ彼は大切な人なんだから、勝手にボソンジャンプなんてされたらちょっと困るからさ』
アカツキの軽い口調に、エリナは一瞬眉をひそめる。
「会長、それはネルガルとして困るのですか?それともアカツキナガレ個人として困るのですか?」
『さあ、どうだろうね』
エリナの問いに、逸らかす様に肩をすくめて見せるアカツキ。
『どっちにしろ、今後の事も話さなきゃいけない訳だし、そっちに行く日は追って連絡するよ』
「判りました」
『じゃ、よろしく頼む』
アカツキはそいう言うと、回線を切った。


ユリカは、遺跡から切り離された後再び意識を失い、そのままの状態でナデシコCの医務室へと運び込まれていた。
「それで、ユリカさんの意識は戻るんでしょうか?」
ベットの横たわるユリカを見ながら、ルリがイネスに問い掛ける。
「断定は出来ないけど、多分大丈夫だと思うわ。実際、遺跡から切り離した時に、一度は目覚めてるんだからね」
「そうですか・・・それならいいんですけど・・・」
「それよりも、問題はこれからよ」
「これから?」
「そう、これから。
何せ今まで見た事も聞いた事もない事象だからね。はたしてどんな治療をしたらいいのか、今のところ皆目検討もつかないわ」
「じゃ、じゃあ、このままという事も・・・」
イネスの言葉に、ルリが顔を曇らせて俯く。
「まあ、奴等がどんな事をしたのかさえ判れば、それなりの対処方法は見付かる筈だから、あんまり心配しない方がいいわ。
二十世紀には『不治の病』と言われていた癌を克服した医療よ。大丈夫、そう簡単に諦めたりはしないわよ、私はね。
絶対に治療方法を見つけ出して、ユリカさんを元の体に戻して見せるわ。ユリカさんが元に戻ってアキト君が戻って来る事、これがあなたや私の望みなんだし、ナデシコのクルーの願いなんだからね」
イネスはそう言って、優しい微笑みをルリに向けた。


「イネスさん、アキトさんは戻って来てくれるんでしょうか?」
ルリが不安を湛えた瞳で、イネスを真っ直ぐに見つめる。
「ルリちゃん・・・」
「私とても不安なんです。
アキトさんは、ユリカさんが救出される事を確認すると、すぐにどこかへ行ってしまいました。ユリカさんに一番会いたかったのは、アキトさんな筈なのに・・・。
このまま、私達の前に二度と姿を現してはくれないんじゃないかと考えると、不安なんです・・・」
イネスはそんなルリの姿に、驚きと同時に微笑ましいものを感じ取っていた。
(あの初代ナデシコに乗っていた頃のこの娘だったら、今みたいな言葉、そして表情は見せなかったでしょうね。これもあの二人のお陰なのかな)
そんな事を考えると、顔に自然に笑みが浮かんでくる。
「イネスさん、私何か変な事いいましたか?」
「え?ああ、何でもないわよ。あなたも昔に比べればだいぶ柔らかくなったなと思ってね」
「それって、どういう意味ですか?」
「悪い意味ではないわよ。
それより、アキト君の事だけど、あの最後の戦いの時、あなたが自分で言った台詞を覚えてる?」
「私の台詞ですか?」
「そう、あなたの台詞よ」
イネスの言葉に、ルリは少し考え込むが、判らないといった表情を見せる。
「あなた、確か『あの人に任せます』って言ったわよね」
「確か言った様な気もします」
「あの時、どうしてそんな事を言ったのか。それは、あなたがアキト君を信じていたからじゃないの?
アキト君が心の中に持っている気持ちをね」
「・・・多分、そうだと思います・・・」
暫く考えた後、ルリは小さい声でイネスの言葉を肯定する。
「あの時は信じられたけど、今は信じられない?」
「いえ、今でも信じてます。信じては居るんですけど・・・」
「じゃあ、何を迷う事があるの。あなたには、あなたと一緒にアキト君を信じている仲間が沢山いるのよ」
その言葉に、ルリは驚いた様に顔を上げた。
「確かに独りで考え込んでいると、希望より不安の方が大きくなってくるわ。それは人間なんだから仕方が無い事よ。でもね、あなたは決して独りじゃないの。あなたを支え、あなたを助けてくれる人、このナデシコっていう絆を持った人は沢山いるのよ。
独りで解決出来る事なんてたかが知れているわ。でも、一人より二人、二人より三人となれば話は別。不安だって希望に変える事が出来る。
だから、もう少し気持ちを楽に持ちなさい。何か不安になった時、何かに迷った時、そんな時には遠慮せずに何でも言って来なさい。私達は自分達が出来る範囲で協力を惜しまないわよ」
「イネスさん・・・」
「多分、あなたが辛い以上にアキト君は辛いでしょうね」
「あっ・・・」
「それが判るなら、信じて上げなくちゃね。アキト君は必ず帰ってくるってね」
イネスはそう言って、ルリを静かに抱き締める。
そんな二人を乗せ、ナデシコCは静かに地球へと向かっていた。


ナデシコCが地球に帰還し、ユリカが軍病院に入院してから一ヶ月後・・・


その日、ルリは朝起きてからずっとそわそわしていた。
壁の時計に視線を送り、玄関のドアに視線を送り、用も無いのに部屋の中を歩き回ったりしていた。
(もうそろそろだと思うんですが・・・)
何度目かの視線を送った時計は、既に午後一時を指している。
(やはり迎えに行った方がよかったんでしょうか・・・)
そんな事をルリが考えた時、アパートの階段をゆっくりと登る足音が聞こえてきた。
(もしかして・・・)
ルリはその足音に、何かを期待するかの様に玄関のドアを見つめる。
“カチャッ”
そして足音が部屋の前で止まると、静かにドアのノブが回る。
「うーん、このアパートも変わってないんだね」
「ユリカさん!」
「ただいま、ルリちゃん。ちゃんとここまで一人で帰ってきたよ。えっへん」
そこには、笑いながらVサインをしているユリカの姿があった。


同じ頃、ネルガル月面研究所に一隻のシャトルが到着していた。
「お疲れ様です、会長」
シャトルから降りてきたアカツキに向かって、エリナが声を掛ける。
「出迎えご苦労さん、エリナ君」
笑いながら、アカツキはエリナの言葉に答えるが、すぐに顔を引き締めると逆に質問を投げかけた。
「ところで、テンカワ君はどうしてる?」
「あれ以来、自室から出てきません」
「まさか、既にジャンプでどっかに行っちゃったって事はないよね?」
「それはありません。テンカワ君の部屋の内部はモニターで確認していますし、毎日の食事もきちんと取っていますから」
「そうか。そりゃよかった」
そこまで言うと、アカツキは廊下を歩き出す。
「会長・・・」
慌てて後を追ったエリナが、歩きながらアカツキに向かって話し掛ける。
「ん、何だい?」
「この後、この後はどうなさるおつもりです?」
「んー、どうだろうね。ま、全ては彼次第って事だろうね」
「テンカワ君次第・・・ですか?」
「そう言う事。ウチとしては、彼がウチに残ってくれれば有り難いんだけどね。
ま、彼の事だから、どうせ色々と悩んでるんじゃないのかな?」
「どうもその様です」
「やれやれ、いいかげん自分が中心に居るって事に気が付いて欲しいもんだね」
アカツキは呆れた様に肩を竦めると、そのまま言葉を続ける。
「どうせそんな事だろうと思ってね、彼の為にプレゼントを用意してきたんだ」
「プレゼント?」
「そ、人は誰でも帰るべき場所があるんだよ。彼が帰るべき場所、それはどこだろうね」
「え?」
エリナはその言葉の意味が判らず思わず立ち止まったが、アカツキはそんなエリナを気に留める事もなく、廊下をアキトの部屋に向かって歩いて行った。


「それで、これからどうするか決めたのかい,テンカワ君?」
アカツキは、アキトの部屋のソファーに腰を下ろすと、挨拶もそこそこに話を切り出した。
「いきなりその話か、アカツキ?」
「そりゃそうだろ。今の段階ではその事が君にとっても僕にとっても重要な事だからね」
アキトの多少怒りを含んだ言葉に、アカツキは真っ正面から答える。
「今の俺に行き場所はないさ。五感を損ない、夢を無くし、体中血塗られた男にはな・・・」
自嘲気味に話し始めるアキト。その言葉をアカツキは黙って聴いている。
「地球に戻ったとしても、自分で行動する事も出来ない俺には、何もする事がない。
かと言って、ネルガルの裏の世界で生きていく為には、ラピスを今までと同じ様に俺に縛り付ける事になる。それだけはしちゃいけないんだ。
ラピスは、あの娘は普通の女の子として生活していかなくちゃいけない」
アキトはそこまで一気に言うと、言葉を切ってアカツキを見つめた。
「君を待っている人達はどうするつもりだい?」
「俺を待っている?」
「そうさ。少なくとも、君には二人の家族が居る筈だ。その家族が君の帰りを待っていないとでも思ってるのかい?」
軽い口調ではあるが、アカツキの視線はアキトを捕らえて離さない。
「今更どの面下げて会えと言うんだ。
俺はユリカを守る事が出来なかっただけじゃなく、ルリちゃんまで戦いの場に巻き込んでしまったんだ。
その上、今の俺には、あの二人にしてやれる事は何も無い・・・」
「・・・・・・」
「俺と居る事は、あの二人には不幸しか呼び込まないのさ」
そう言って、アキトは自嘲的な笑みを浮かべた。


「君は昔と何も変わってないんだね」
アキトの笑みを見たアカツキが、思いの丈を口にする。
「何?」
「だってそうだろう。相変わらず、何でもかんでも自分で背負い込もうとしている。
いいかい、テンカワ君。艦長を危険な目に合わせたという点では、僕たちネルガルだって同罪だよ。何せ、あの時救い出す事が出来なかったんだからね。
それに、ルリ君が動いたのは君の責任じゃない。彼女の意志だ。彼女が自ら決断し、そして行動しただけだ。それを君が責任に感じるのは筋違いってもんさ」
「しかし、根本的な原因は俺が・・・」
「いいかげんにしないか!」
アキトの言葉を遮って、アカツキが声を荒げる。
普段からは想像も出来ない声の大きさに、アキトは唖然としてアカツキを見つめた。
「ルリ君はね、あのアマテラスで君のブラックサレナと出会い、遺跡と融合させられた艦長を見て気が付いたんだ。君達二人が生きてるって事にね。だから危険も省みずに動く事を決断した。君達を、家族を取り戻すためにね」
「・・・・・・」
「それに、軍を既に辞めているナデシコのクルーが、何のために集まったと思うんだい?」
「・・・・・・」
「それはね、君達二人が、皆にとってかけがえの無い仲間だからさ。ナデシコっていう絆で結ばれたね」
「アカツキ・・・」
アキトは、アカツキの言葉に返す言葉が無かったが、それに構わず、アカツキは言葉を続ける。
「だからみんな馳せ参じたんだ。仲間が苦しんでるのに見て見ぬふりなんて出来る訳がないんだよ。
君達を助けたい、君達に帰ってきて欲しい。それが僕やエリナ君を含めたみんなの気持ちだ」
アカツキはそこで言葉を切り、アキトを黙って見つめた。


二人の間を静寂だけが流れていく。
「俺はどうしたらいいんだ・・・」
その静寂を破ったのはアキトだった。
彼は俯いて、体の奥から絞り出すように言葉を吐き出した。
その言葉に、アカツキが側に置いてあった封筒を手にすると、アキトの目の前に差し出した。
「ここに、面白い物があるんだよ」
アキトに向かって話すアカツキの言葉は、さっきまでとは異なり、いつもの軽い口調に戻っている。
「面白い物?」
アカツキの言葉に、アキトは思わず顔を上げる。
「そう、面白い物。奴等のコンピュータの中にあったデータでね、ドクターが見つけ出した物さ」
「何だそれは?」
「『被験者テンカワアキトに対する実験の内容』って題の報告書さ」
「俺に対する実験の・・・」
「そう。奴等が君に対して行った実験の内容。どんなタイプのナノマシンをどの部分に埋め込んだのか。ナノマシンの設計図も含めた詳細な報告書だよ」
「と言う事は・・・」
話の内容に、アキトは期待と不安の混ざった視線をアカツキに向ける。
「そういう事。確約は出来ないけど、これさえあれば、君が失った感覚を取り戻せる可能性は高くなるよ」
「俺の感覚が戻る・・・」
「ま、君にはネルガルに多大な貢献をしてもらったしね。手術については、ウチが全て面倒見よう」
「本当か、アカツキ?」
「ああ、本当さ。ただし条件があるけどね」
「条件?」
「そ、条件」
アカツキはそう言って大きく頷いた。
「何だ、その条件は?」
アキトが先を急ぐように聞き返す。
「そう焦りなさんなって。何も逃げたりする訳じゃないんだからさ」
そんなアキトの反応を楽しむかの様に、アカツキはゆっくりと言葉を口にする。
「条件は二つ。どっちも簡単な事だよ」
「だから、その条件は何なんだ」
「一つは、手術の為に地球へ戻り、艦長やルリ君と一緒に暮らす事。これは、手術を含む治療が長期間に及ぶんで、その間のアフターケアーを彼女達にしてもらう為。
そして、もう一つは、君がコックになる夢を叶えたら、その店の最初の客として僕を含むナデシコのクルーを招待する事。
どうだい、簡単な事だろ?」
「なっ・・・」
「あ、ちなみに、この条件を飲まなかった場合、君にはすぐにここから一人で出てってもらうから」
「アカツキ・・・、貴様・・・」
「君に感覚が戻って、またあのラーメンを食べられると知ったら、艦長やルリ君はどんなに喜ぶだろうね」
からかう様な口調でそう言った後、アカツキはアキトに向かってウィンクをして見せた。


「あーあ、今日も退屈だな・・・」
部屋の壁にもたれ掛かる様にして、ユリカが誰に言うでもなく呟く。
ユリカは退院してからと言うもの、アパートで暇を囲っていた。
軍からは半年間の休職期間を貰っている為、どこかへ出勤するという事もない。
かと言って、ルリには軍の仕事がある為、いつでも相手をしてもらえるという訳でもなく、結局は買い物に出掛けるほかにはアパートでテレビを見ている事が多かった。
そんなある日、何気なく付けたテレビの画面に、懐かしい番組が映っていた。
(ゲキガンガーか・・・。アキトが好きだったんだよね・・・)
そんな事を考えたユリカは、視線をテレビの画面から箪笥の上に移す。
そこには、あの『火星の後継者事件』が起こる前、屋台の前でアキトとユリカとルリの三人で撮った写真が飾ってあった。
「アキト・・・」
ふと、彼女が誰よりも愛している人の名前を呟いてみる。
「アキト・・・どこに居るの・・・」
「ユリカはね、ユリカはこんなに元気になったんだよ・・・」
「アキトに見て欲しいのに・・・」
「アキトに側に居て欲しいのに・・・」
そう呟くユリカの脳裏を、様々なアキトとの想い出が駆け巡って行く。
そしてその想い出は、あの日、シャトルの中で彼女を庇うように立ち塞がった後ろ姿を最後に途切れてしまう。
「アキト・・・会いたいよ・・・アキト・・・」
彼女は、両手で自分の体を抱き締めると、いつまでも涙を流し続けていた。


その晩、夕食を食べようとしたルリは、箸を止めるとまじまじとユリカの顔を見た。
その視線に気が付いたのか、ユリカが言葉を口にする。
「ルリちゃん、どうかしたの?」
「ユリカさん、何かありましたか?」
「え?」
「目の下に隅が出来てます」
「え?そうかな?」
「はい。もしかして体調でも悪いんじゃないですか?」
ルリの言葉にちょっと慌てた様子を見せるユリカを、ルリは心配そうに見つめる。
「ははは、ルリちゃんには隠し事は出来ないね。今日ちょっとアキトの事を考えてたんだ」
「アキトさんの事ですか?」
「うん。そしたら、涙が出てきちゃってね。別に体調が悪い訳じゃないから、心配しなくても大丈夫だよ。
でも・・・」
「でも?」
「アキト、どこに居るんだろうね・・・」
ユリカが顔を曇らせて、俯きながら呟く。
「ユリカさん・・・」
「どうして、戻って来てくれないのかな・・・。もうユリカやルリちゃんの事なんて忘れちゃったのかな・・・」
「そんな事ある訳ないですよ」
そんなユリカに、ルリは励ますように言う。
「アキトさんがユリカさんの事を忘れる訳がないじゃないですか。自分の奥さんの事を忘れる人なんて居ませんよ。
大丈夫です。その内帰って来ますよ」
「そうかな・・・」
「そうですよ。それとも、ユリカさんはアキトさんの事が信じられませんか?」
「もちろん信じてるよ。信じてるけど・・・」
ユリカはそう言って下を向いてしまう。
「そんな事言ってると、私がアキトさんの事取っちゃいますよ」
「え?ちょ、ちょっとルリちゃん、それって・・・!?
そ、そんなの駄目。アキトは、アキトは私の旦那さんなんだから!!」
驚いて顔を上げたユリカの目に、ルリの笑顔が飛び込んでくる。
「その元気があれば大丈夫ですね。アキトさんを信じましょうよ、ユリカさん」
ルリはそう言って、ユリカを励ますように笑った。


「そうだね、いつまでも落ち込んでても仕方がないか・・・」
「そうですよ。こういう時は、何か明るい事でも考えましょうよ」
ユリカの考えを別の方向に向けるかの様に、ルリが言う。
「うーん、明るい事かぁ・・・」
ルリの言葉に、ユリカは天井を見上げる様にして考え始める。
「そうだ!!」
暫くして何かを思い付いたのか、目を輝かせながらルリの方を向く。
「何か思い付いたんですか?」
「うん。パーティーやろうよ、ルリちゃん!」
「パーティー・・・ですか?」
あまりに突拍子もない話に、ルリが首を傾げる。
「ほら、もうすぐクリスマスでしょ。だから、みんなを呼んでクリスマスパーティーを開くの」
「みんなって、一体誰を呼ぶんですか?」
「そりゃ、ナデシコのみんなに決まってるじゃない」
ユリカはニコニコしながらきっぱりと言い切る。
「ユリカさん、パーティーをやるのはいいですけど、このアパートのどこにそんなに大勢の人が入れるんですか?」
その言葉に、ルリが呆れたような表情を見せる。
「あそっか・・・。うーん、じゃあさあ、ミナトさんやユキナちゃんを呼んでこじんまりとやろうよ」
「どうしてもやりたいんですね」
「うん。だって、帰って来てからあんまりみんなとも会ってないし、こういう機会でも作らないと会えないでしょ?」
「それはそうですけど・・・」
「それじゃ、いつにしよっか。やっぱりクリスマスだから12月24日にやるのがいいよね。だったら、早めに連絡しないとミナトさん達の予定が埋まっちゃうかも。
うん、早速明日にでも連絡してみるね。
それと、ケーキもやっぱり外せないよね。ここら辺だと永松堂のが一番美味しいかなぁ。じゃあこれも早めに予約してっと・・・」
ルリの返事も聞かずに、ユリカはどんどん話を膨らましていく。
(そうですよ、ユリカさん。ユリカさんはそうじゃないといけませんよ)
「ん?ルリちゃん、何か言った?」
「いえ、何でもありません」
「あっ、そう」
そして、再びパーティーの事を考え始めるユリカ。
そんなユリカの姿を、ルリは嬉しそうに見つめていた。


翌日、部屋の中にミナトに電話をしているユリカの姿があった。
『はい、ハルカです』
「あ、ミナトさんですか?私、ミスマルユリカです」
『え?、もしかして艦長なの?』
「はーい、そうです」
ミナトの言葉に明るく答えるユリカ。
『ちょっとぉ、いつ退院したのよ。まったく心配してるんだから、連絡ぐらいしてよね』
「ははは、ごめんなさい。ちょっとびっくりさせようと思いまして」
『ほんとに人が悪いんだから。それで、体調とかはもう何ともないの?』
「ええ、お蔭様ですっかり元気になりました」
『そう、それはよかったわね。ルリルリもよろこんでるでしょ』
「はい」
ユリカにとって、ミナトと話すのは、アキトとの新婚旅行に出発する当日以来の事であったが、何の違和感も無く話せる事が嬉しかった。


『それで、今日はいきなりどうしたの?』
「あ、そうでした。大事な事を忘れちゃうトコでした」
ユリカは、相手に見えないと判っていながらも、ついつい舌を出してしまう。
「実は、ミナトさんとユキナちゃんをパーティーにお招きしようと思いまして」
『パーティー?』
「はい。もうすぐクリスマスじゃないですか。だから、女の子四人でパーティーやるのも楽しいかなって思ったんですよ」
『成る程ね。ちなみにそれって艦長の提案よね』
「あれ、判っちゃいました?」
『そりゃ判るわよ。そんな事ルリルリが考えるとは思えないもの』
電話の向こうで、ミナトが笑いながら答える。
『それで、いつやるの?』
「今の所、12月24日を考えてるんですけど、大丈夫ですか?」
『うーん、ユキナの都合も聞いてみないと判らないけど、多分大丈夫だと思うわ。
それに、久しぶりに艦長やルリルリにも会いたいしね』
「じゃあ、はっきりしたら連絡もらえますか?」
『判ったわ。今晩にでも連絡する』
ミナトがそう答えた時、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。
「あ、何かお客さんが来たみたいなんで、これで切りますね」
『うん、じゃあ今晩ね』
「はい、それじゃ電話待ってますから」
そう言って電話を切ると、ユリカは玄関へと向かった。


「はーい、今開けます」
ユリカがそう言いながらドアを開けると、そこにはアカツキが立っていた。
「あれ、アカツキさん?」
「いよー、艦長、お久しぶりだねぇ。そうそう、退院おめでとう。これ退院のお祝いね」
びっくりした表情のユリカを尻目に、退院祝いと称してケーキの箱を渡すアカツキ。
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、気にしなくていいよ。で、上がってもいいかな?」
「あ、はい、どうぞどうぞ」
アカツキの言葉に、ユリカは慌てて部屋の中に招き入れた。


「今日はどうしたんですか,アカツキさん?」
お茶を差し出しながら、ユリカがアカツキに問い掛ける。
「ああ、ちょっと近くまで用事で来たもんだからね。元気かどうか顔でも見ようと思ってさ」
「そうですか、わざわざありがとうございます」
「いいよいいよ、勝手に僕が寄っただけだし。それより、体調の方はもう何ともないのかい?」
「もう、全然大丈夫ですよ」
アカツキの問いに、ユリカは笑いながら答える。
「そうか、そりゃ良かった。そうだ、今度艦長の快気祝いも兼ねて、みんなを呼んでパーティーでもやろうか」
「いいですよ、快気祝いなんて。でも、みんなには久しぶりに会いたいですね」
その後、ユリカは何かを思い出したかの様に“クスッ”と笑うと言葉を続けた。
「本当は、みんなを呼んでクリスマスパーティーをやろうってルリちゃんに言ったんですよ。そしたら、ルリちゃんに怒られちゃいました」
「怒られた?ルリ君にかい?」
「はい。『このアパートのどこにそんなに大勢の人が入るんですか』って」
「ははは、そりゃ確かにそうだね。で、結局どうしたんだい?」
「結局は、ミナトさんとユキナちゃんを呼んで、女の子だけでやろうって事になったんですけどね」
「成る程ね」
「サンタさんが素敵なプレゼントを持ってきてくれると嬉しいんですけどね」
ユリカはそう言って、黙って天井を見上げた。


「ねぇ、アカツキさん?」
「ん、何だい?」
「アキト、どこに居るんでしょうね・・・」
突然のユリカの言葉にアカツキは一瞬驚いた顔をしたが、ユリカはそれに気付かずに言葉を続ける。
「アカツキさんの方には、何か情報は入ってませんか?」
「いや、僕の方には何も来てないな。何だったら、シークレットサービスにでも調べさせようか?」
「いえ、アキトは必ず帰ってきてくれますから、そこまではして頂かなくてもいいですよ」
ユリカは、アカツキの言葉に首を振りながら答える。
「いつまで待つつもりだい?」
「いつまでも・・・」
「いつまでも?」
あまりにも素直すぎる答えに、アカツキが聞き返す。
「ええ、いつまでも待ってます。だって、ユリカはアキトの奥さんですから」
ユリカは笑顔を見せながら、アカツキに向かって答えた。だが、その笑顔は、アカツキには寂しげな物にしか見えなかった。


「待たせて悪かったね。このまま本社に向かってくれ」
アパートを出たアカツキは、外に待たせてあった車に乗り込むと、運転席に居るプロスペクターに声を掛ける。
「いかがでしたか、ユリカさんの様子は?」
「ああ、元気そうではあったよ。ただ、心の底から元気って訳でもなさそうだったけどね」
「やはり、テンカワ君の事が・・・」
「まあ、仕方が無い事ではあるんだろうけどね。
しかし、相変わらず鋭いんだか鈍いんだか判らんね、あのお姫様は」
「と言いますと?」
「いきなり聞かれたよ、『アキト、どこに居るんでしょう』ってね」
「ほう、それはそれは。で、会長は何とお答えに?」
「もちろん『判らない』としか答えようがないさ」
「それはそうですな」
二人の会話はそこでいったん切れ、アカツキは窓の外の景色を見ながら呟くように言う。
「信じる心・・・か・・・」
「は?今なんと?」
「いや、何でもない。
それより、艦長とルリ君だけどね、クリスマスパーティーをやるそうだよ」
「そうですか。それでは、プレゼントには最高のものを用意しないといけませんね」
「そうだね。ま、僕がサンタ役ってのも、いい余興かもしれないね」
アカツキはそう言うと、再び視線を窓の外へと移した。


クリスマスパーティー当日、ユリカとルリは昼食を終えて、食後のお茶を楽しんでいた。
「うーん、やっぱりお茶は美味しいね」
「ユリカさん、それって何かおばさんくさいですよ」
「あー、それはひどいんじゃない、ルリちゃん?」
「いえ、思った感想を正直に言っただけですから」
「もう、ルリちゃんってば」
ユリカの言葉に、二人は顔を見合わせた後、笑い出した。
そんな時、ルリが思い出した様にユリカに質問する。
「そういえば、ミナトさん達って何時頃いらっしゃるんですか?」
「うんとね、確か三時位だって言ってたよ」
ルリの言葉に、ユリカが天井を見上げながら答える。
「じゃあ、そろそろ準備を始めた方がいいかもしれませんね」
「そうだね、じゃあさ、ルリちゃんはまずお昼ご飯の後片付けをしてくれるかな。私は部屋の片付けと飾り付けやるから」
「いいですよ」
「うん、さっさと始めちゃおっか」
「そうですね」
そう言って二人は立ち上がると、ルリはキッチンへ、ユリカは奥の部屋へと向かった。


“ピンポーン”
二人がそれぞれの作業を始めてから暫くして、玄関のチャイムが部屋の中に響き渡る。
「あ、もしかしてミナトさん達がもう来たのかな。ルリちゃん、悪いけど玄関開けてくれる?」
部屋の飾り付けから手が離せないのか、奥の部屋からユリカがキッチンに居るルリに声を掛ける。
「いいですよ」
ユリカの声に、ルリは返事をしながら玄関へと向かった。
「はい。今開けます」
“カチャッ”
「いらっしゃ・・・」
ルリはドアを開けて顔を上げた時、途中まで口にしていた言葉を飲み込んだ。
彼女の視線の先、そこにはミナトではなく一人の男が立っていた。
「ア、アキトさん・・・」
その男に向かい、信じられない物を見ているかの様に言葉を紡ぐルリ。
彼女が、いつかは戻ってきてくれると信じていた人。
でも、もう戻ってきてはもらえないかもしれないと恐れていた人。
ルリやユリカにとって、かけがえのない人であるテンカワアキト。
その人が、今、間違いなくルリの目の前に立っている。
「アキトさん・・・、ですよね?」
夢でない事を確認するかの様に、呟くようにアキトに向かって問い掛けるルリ。
そのルリの問い掛けに、アキトは黙って首を縦に振った。


「ユ、ユリカさん!」
アキトが肯くのを見たルリは、部屋の中に向かって声を上げる。
「どうかしたの、ルリちゃん?」
部屋の中からは、飾り付けに熱中しているユリカの間の抜けた返事が返ってくる。
「ちょ、ちょっと来て下さい!」
「えー、今ちょっと手が離せないんだけどな・・・」
「いいから来て下さい!!」
ルリはユリカの返事に、最後には叫ぶ様な声を上げてしまう。
「もうルリちゃんってば、そんなに大きな声を出さなくても聞こえてるよ」
そんなルリに、ぶつぶつ言いながらユリカは玄関までやってきたが、彼女の視線が玄関に立っているアキトを捕らえた時、彼女の中の時間が止まった。


「ユリカさん、アキトさんが、アキトさんが帰ってきてくれたんですよ!」
呆然と立ち尽くしているユリカに向かって、ルリが声を掛ける。
「アキト・・・なの?」
ルリの言葉で我に返ったユリカは、恐る恐るといった感じで言葉を口にした。
「ああ」
「本物・・・なの?」
「ああ、本物だ」
「夢・・・じゃないんだよね?」
「ああ、夢じゃない」
ユリカの問いに、静かに答えるアキト。
「帰ってきて・・・くれたんだね・・・」
「ああ、随分と待たせちゃったけどな」
アキトの言葉に、ユリカは静かに首を横に振るが、その瞳からは大粒の涙が零れ落ちている。
「ううん、いいの。どんなに時間が経っていても、アキトが帰って来てくれたんだから。
それに、約束したから待ってたんじゃないもの。会いたいから、帰ってきてくれるって信じてたから待ってただけだから・・・」
「そっか・・・」
アキトはそう答えると、目の前に居るユリカとルリの顔を交互に見た後、実に数年振りになる言葉を口にした。
「ただいま、ユリカ、ルリちゃん。それから、メリークリスマス」
「「お帰りなさい」」
アキトの言葉に、ユリカとルリは声を揃えて返事をすると、そのままアキトに抱き付いていった。
ユリカは、アキトに胸に縋り付いてただ泣きじゃくっている。
そして、アキトの腕にしがみついたルリが顔を上げると、そこには、アキトの照れ臭そうな、それでいて相手を優しく包み込むあの笑顔があった。
「最高の、本当に最高のクリスマスプレゼントです」
アキトの笑顔に、ルリは涙を流しながらそう言って微笑んだ。


Fin




あとがき

皆さん、こんにちは。仁塩ぴよこです。

魔角さんのHPに、実に久しぶりに投稿させて頂きました。
本当、いつもお世話になっていながら投稿もせず、申し訳ありませんでした。

さてさて、今回のSSですが、時期的にちょっと早いかなと思いながらも、クリスマスネタを書いてみました。
書き始めのきっかけは、劇場版の後に訪れるクリスマスで、ルリにとっての一番のプレゼントは何かなという思い付きでした。
まあ、その思い付きの答えはと言うと、「やっぱりアキトでしょ」というごくありふれた答えなんですね。
で、最初に浮かんだのがラストの「最高の、本当に最高のクリスマスプレゼントです」というルリの台詞でした。

じゃあ、どうやってアキトにルリやユリカの所へ帰る決断をさせるかという部分については、アカツキに頑張ってもらう事にしました。
なんでアカツキなのか?
それは、ぴよこがちょっとかっこいいアカツキを描いてみたかったからなんです。(爆)
という冗談はさて置き、実際の所、思惑はあるにしろ、アキトの復讐をバックアップしてたのはアカツキな訳ですし、そんな彼なら、悩むアキトの背中を押す位の事はするだろうと思ったもんですから。

しかし、結局家族物になってしまいました。
確か、前作のあとがきで「家族じゃないもの」って書いた気もしますが・・・。
まあ、書きたいネタがこういう話だったんで、あのあとがきは忘れて下さい。(笑)

とりあえず、ぴよこの周りで色んなトラブルが続いてますが、めげずにSSを書いて行こうと思ってますので、これからもよろしくお願いします。

作品のご感想、ご意見など有りましたら、ぴよこまでメールを下さいませ。
遅くなるかもしれませんが、返事はお返し致しますので。

それでは。



<魔角とプリンセス・ルリの座談会>

魔角:仁塩ぴよこ様お久しぶりです。そして有り難うございます!
   再びこのHPに投稿していただき涙を流して喜び舞っています。

ルリ:なんだかサバトと間違えられそうなので、お願いですから踊るのは止めてください。
   仁塩さん、本当にお久しぶりです。

魔角:それにしても良かったですね姫。

ルリ:何がですか?

魔角:今回は無事にアキト君が帰ってきて。

ルリ:本当に良かったです。(かなり安心した表情)

魔角:(ぼそっと)ユリカの元にだけど

ルリ: なにかいいましたか、魔角さん?

魔角:・・・・いえなにも(あくまでしらを切る)

ルリ:・・・・最近貴方は立場という物を忘れているようですね。
   もう一度再教育した方が良さそうですね。

魔角:な・何を!?

ルリ:ハーリー君、サブロウタさん!瞑想ルームへ連れて行って下さい!!

ハーリー&サブロウタ:イーー!!!(お前らはデストロンの戦闘員か!?)

魔角:おい、こら!そんなやばいネタは止めなさい!!
   だから、離せってば!!おおおぉぉぉぉぉ・・・・・(ドップラー効果で消えていく魔角の声)

ルリ:やっと静かになりましたね。
   仁塩様本当にこの様な素晴らしい作品を送って下さり有り難うございました。
   今後ともこのHPをよろしくお願いいたします。
   そして、これを読まれた読者の皆様、是非仁塩ぴよこ様に感想のメールをお願いいたします。
   宛先はこちらです。