トウキョウシティーの一角にある小さな横断歩道。
おりしも、一台の車がその横断歩道を通過して行く。
(今日は久しぶりにメグミちゃんと一緒だったよね)
その車の後部座席には、アイドルグループとして人気の絶頂にあるホウメイガールズのサユリが座って
いた。
彼女がふと視線を窓の外に向けた時、本来はそこに居る筈の無い人の姿を見た気がした。
(あ、あれは・・・)
彼女はそう思うが早いか、車の中で大声を上げていた。
「マネージャー、車止めて!」
「え、サユリちゃん、こんなとこで止めてどうするのよ」
「いいから、止めて!」
車は横断歩道をだいぶ通りすぎてから止まる。
サユリは車から飛び降りると、横断歩道に向かって走った。
だが、そこには空間だけが広がっており、彼女が見掛けた人の姿はどこにもなかった。
「アキトさん・・・」
誰も居ないその場に、彼女の呟きだけが吸い込まれていった。
あの日から二ヶ月が過ぎたその日、ルリはヨコスカシティーにある宇宙軍病院に来ていた。
救出以来、深い眠りについていたユリカの意識が戻ったと連絡を受けた為である。
“ふぅ”
彼女は、ユリカの病室の前に立つと、大きく息を吐き出した。
(多分、話さなければいけないのでしょうね)
何故アキトとユリカが連れ去られる事になったのか。
ユリカを救出するために、アキトがどんな事をしていたのか。
そのアキトがどんな状態になってしまっているのか。
そして、救出後にアキトが姿を消してしまったという事実・・・。
それらの事をユリカに伝えなければいけないのかと思うと、ルリは自分の肩に圧し掛かる物の重さを強
く感じ、つい俯いてしまう。
「でも、話さなければいけない事ですから・・・」
彼女は自分に言い聞かせる様に呟くと、顔を上げてドアのノブに手をかけた。
「ルリちゃん!」
ドアの開く音に振り返ったユリカは、そこに懐かしい人の姿を見つけ、大きな声を上げた。
「お久しぶりです、ユリカさん。体調はいかがですか?」
ルリはベットに近づくと、側にある椅子に腰掛けながら静かに語り掛ける。
「うん、ちょっと体がだるいんだけど、こんなの直ぐに治っちゃうよ」
「そうですね」
ユリカの昔と何も変わっていない口調に、ルリは小さな微笑みを見せた。
「ルリちゃん、全て話してくれるよね」
暫くの間、取り留めもない会話が続いた後、ユリカが真剣な表情でルリを見ながら小さく問い掛けた。
「ユリカさん・・・」
「イネスさんもお父様も何も教えてくれないの。今迄私に何があったのか。どうしてアキトが側に居て
くれないのか・・・。ルリちゃんは話してくれるよね」
ルリは、話す事の内容によってユリカが受けるであろう衝撃を考えると、全てを話す事に躊躇いを覚え
た。
「ルリちゃん、大丈夫だよ。何があっても私は大丈夫」
ユリカはそう言って、ルリに向かって微笑みを向ける。
その微笑みを見たルリは、意を決したように小さな声でポツリポツリと話し始めた。
「そっか・・・、そんな事があったんだね」
ルリが話し終えた時、ユリカは小さく呟いた。
その顔は、ルリが今迄に見た事が無い位に陰を見せていた。
「ユリカさん・・・」
「でも、やっぱりアキトはアキトだね」
「え?」
「だって、ユリカを助けるために、アキトはそんなに苦労してくれたんだよね。自分だって色んな事さ
れて大変なのに、私を助けてくれる為に戦ってくれてたんだ。やっぱりアキトは私の王子様だね」
ユリカの言葉に、ルリは何と答えていいのか判らず、ただ黙って彼女を見詰めている。
「ルリちゃんの言う通り、アキトは必ず戻ってくるよ。だって、アキトの帰る場所は、私とルリちゃん
の所だもん。多分、ネルガルに問い合わせればどこに居るのかは判ると思うよ。だから、私が退院した
ら、一緒に聞きに行こうよ」
ユリカはそう言うと、ルリに向かって昔と同じ魅力たっぷりの笑顔を見せた。
その日、ルリは面会時間の延長を特別に許可してもらい、午後八時頃までユリカの病室で過ごした。
だが、翌日から彼女は一週間の予定でパトロール業務に就く事がスケジュールされており、その準備も
ある為、名残惜しそうに帰って行った。
ルリが帰った後の病室に静けさが戻ってくる。
そんな中、ユリカはベットから降りて窓の側まで来ると、空に浮かんでいる月を見上げる。
「アキト・・・」
彼女が呟いた言葉、それは彼女が一番愛している人の名前だった。
「アキト、どうして側に居てくれないの。寂しいよ・・・。会いたいよ・・・」
ルリの前では明るく振る舞っていた彼女だったが、やはり伝えられた真実は、彼女に衝撃を与えていた。
「ゴメンね、アキト・・・。私の為に心まで傷ついちゃったんだね。ゴメンね、本当にゴメンね・・・。
私もう離れないから、アキトの側にずっと居るから・・・。
どんな姿になってても構わないから・・・。だってアキトはアキトだもんね。
だから、だから戻って来て、アキト・・・」
今の彼女は、その奇麗な瞳から大粒の涙を流しながら、ただ月に向かってそう呟く事しか出来なかった。
その日から三ヶ月後、全ての検査で異常無しと判断され、体調も以前と同じに戻ったユリカは退院の日
を迎えた。
「うーん、やっぱり外の空気は美味しいね」
「でも、思ったより早く退院できましたね?」
「当り前だよ。だって私は何ともないんだからね」
出迎えに来たルリに、ユリカは明るく言った後、そのまま言葉を続けた。
「それじゃ、ルリちゃん、行こうか?」
「どこへですか?」
「決まってるでしょ。アキトの行方を聞くためにネルガルにね」
ユリカはそう言いながら、ルリに向かってウィンクをすると歩き始めた。
「申し訳有りませんが、お話する事は何もありません」
ネルガルでルリとユリカを待っていたのは、二人の質問に対する冷たい言葉だった。
「何故ですか。ユーチャリスがどこに居るのか知りたいだけなんですよ」
担当者の冷たい答えに、ルリがくってかかる。
「お答えできません」
「私はユーチャリスに乗っているテンカワアキトの妻です。その妻にも教えられないんですか?」
「お答えできません」
「では、軍を通しての問い合わせであれば、きちんとした回答を頂けるんですか?」
「例えあなた方がどなたであろうと、軍を通じての問い合わせであろうと、企業秘密ですので、お答え
できません」
二人がどんな言葉を投げ掛けようとも、担当者から帰ってくる言葉は同じだった。
「アカツキ会長に会わせて頂きたいのですが」
「会長はアポイントの無い方にはお会いになりません」
担当者に冷たくあしらわれた二人は、今度は受付でアカツキとの面会を申し込んだ。
だが、そこでも返ってきた答えは、冷たい言葉だった。
「それじゃ、会長秘書のエリナさんでも、会長室のゴートさんでもプロスペクターさんでも構いません
ので、会わせてください」
「少々お待ちください」
受付に座っている女性は、そう答えるとどこかに電話を始める。
「誠に申し訳ございません。三名とも現在外出しております」
電話を終えた女性の口から出てきた言葉は、またも同じものだった。
「ユリカさん、これは一体どういう事なんでしょうか?」
ネルガル本社の側にある喫茶店に腰を下ろした途端、ルリがユリカに向かって話し掛けた。
「うーん、どういう事なんだろう・・・」
ユリカはルリの言葉に答えるでもなく、そのまま考え始める。
そのまま暫く黙り込んでいた二人だったが、突然ユリカが顔を上げた。
「ルリちゃん、これは何かあるよ」
「何か?」
「そう、だって私達が名前を名乗っているにも拘わらず、四人が四人とも会おうともしない。それに、
いくら企業秘密だからと言っても、家族である私達に何も教えないなんて言うのは、余りにもおかしす
ぎるよ」
ユリカの言葉に、ルイは何かに気がついた様な顔付きになる。
「じゃあ・・・」
「うん、多分ネルガルは何かを隠してる。私達には知られたくない事をね」
「どうしましょう、ユリカさん・・・」
「ルリちゃん、そんな情けない顔をしないの。私達はどこに所属してるの?」
ユリカはそれまでの厳しい顔付きを一転させると、ルリに向かって問い掛けた。
「どこって、宇宙軍ですけど・・・」
「ユーチャリスの確認コードは、ナデシコCが記憶してるんだよね?」
「あっ・・・」
「大丈夫だよ、ルリちゃん。調べる方法なんていくらでもあるんだからね」
ユリカはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
ルリやユリカがアキトを捜し始めて、早くも一年の月日が流れた。
だが、二人の努力にも拘わらず、アキトの行方は依然として不明のままであった。
その頃、シティーテレビの楽屋で、ホウメイガールズとメグミが顔を会わせていた。
「サユリちゃん、その話本当なの?」
今聞いたサユリの話に、その場に居た全員が一斉に声を上げた。
「うん。絶対とは言えないけど、あれはアキトさんだったと思う」
「どんな姿だったの」
「ちらっと見えただけだからハッキリとは判らなかったけど、何か車椅子に乗ってた」
「車椅子?」
「うん。それで、その横にエリナさんに似た人と、10歳位の女の子がいたの」
サユリは、さっき目撃した景色を思い出すかの様に、天井を見上げながら静かに話している。
「それ、見間違いって事はないよね。第一、アキトさんが車椅子に乗ってるなんて、信じられないんだ
けど・・・」
「そんな、私がアキトさんを見間違える筈がある訳ないじゃない」
ミカコの言葉に、サユリが怒った様に言う。
「そっか、そうだよね。サユリはアキトさんの事、好きだったもんね・・・」
「うん」
サユリの小さな返事と共に、楽屋の中に静寂が訪れた。
「ユリカさんやルリちゃんは、この事知ってるのかな」
不意にメグミが、小さな声で呟く。
「どうだろう、多分知らないんじゃないかな」
「知らせなくてもいいのかな?」
「うーん、まだハッキリとした訳じゃないからね・・・」
ジュンコの言葉に、再び沈黙が流れる。
「ねえ、私達で確かめるって出来ないかな」
沈黙を破るかの様に、サユリが一つの提案をした。
「確かめる?」
「うん。私が目撃したのが、本当にアキトさんだったのかどうなのか、私達で確かめるの」
「でも、どうやって確かめるのよ」
「だってさ、目撃した場所は判ってるし、もし車椅子に乗ってるんだとしたら、そんなに長い距離は移
動出来ないでしょ。だから、その辺りで見張ってれば、また目撃できるんじゃないかな」
「でも、お仕事どうするの。ただでさえ、みんな忙しくってオフですら取れない状態なんだよ」
「そっかぁ・・・」
ミカコの言葉に、全員が黙り込んでしまったが、その時、メグミが助け船を出した。
「何も、私達だけでやろうとしなくてもいいんじゃないかな」
「え?」
その言葉に、全員の視線がメグミに集まる。
「だからさ、ナデシコのみんなに手伝って貰えばいいと思うんだ。だって、ユリカさんを助け出す為に
集まってくれたみんななんだもん、アキトさんを見つける為だって言えば、みんな協力してくれるんじゃ
ないかな」
「そっか、そうだよね。私達だけが無理なら、みんなに手伝って貰えばいいんだよね」
「じゃあさ、みんなで手分けして連絡取って、明日どっかに集まるってのはどう?」
「うん、それがいいよ」
「だったらさ、明日の夜に日々平穏に集合って事でどう?」
「そうだね、そうしようよ」
自分達の悩みの答えに方向性が見えてきた為か、彼女達の顔に、最初の頃の暗い陰はもう無かった。
翌日の夜、都合の付いた元ナデシコのクルー達が、ホウメイの経営する日々平穏へと集まってきた。
そこで彼等は、ホウメイガールズやメグミから驚くべき話を聞く事になった。
「お、おい、その話マジなのかよ」
あまりの内容に、大半のクルーが呆然とする中、最初に声を上げたのはリョーコだった。
「事実だと断定は出来ないの。何せ、ハッキリと見えた訳じゃないから」
「そっか・・・」
「だから、確かめたいの。サユリちゃんが見た人が、本当にアキトさんなのかどうなのか」
メグミが、全員に訴えるように話し掛ける。
「で、私達は一体何をすればいいの?」
そのメグミの言葉に、ミナトが素朴な疑問をぶつける。
「目撃した場所はハッキリしてます。だから、その辺りを重点的に見張っていれば、必ず確認できると
思うんです。ですから、その見張るのを手伝って欲しいんです」
店内を流れる一瞬の沈黙。だが、その沈黙はすぐに破られた。
「いいぜ、俺は手伝うぜ」
ぶっきらぼうにだが、はっきりとリョーコが言い切る。
「ちょっと、リョーコ、あんた仕事はどうするのよ?」
「確かに仕事はあるさ、だけどよ、それでもやるしかねーだろーが!」
ヒカルの言葉に、リョーコが怒った様な口調で答え、更に言葉を続ける。
「俺はナデシコに乗ってる時、あいつらに何度も助けてもらった。何度も勇気をもらったんだ。俺はそ
の恩返しをまだしてねぇ。
それに、あの時ルリが言った言葉、覚えてるだろ。『帰って来なければ追い掛けるまでです』ってあい
つはハッキリ言ったんだ。ルリやユリカの事だ、アキトを見つけ出そうと必死になってるに決まってる。
俺達に迷惑をかけねえ様に自分達だけでな。
俺は、そんな二人を黙って見ているほど薄情な人間じゃねえよ。
第一、家族は一緒にいるのが一番いいに決まってんだ」
リョーコの言葉は、クルー達の背中を押すのに十分なほどの迫力を持っていた。
一ヶ月後、メグミとリョーコとミナトの三人は、サセボシティーにある一軒のアパートの前に立っていた。
「どうしよう・・・」
「ここまで来て、どうしようも何もねーだろうが。ともかく二人に言っとかなきゃなんねーんだからな」
リョーコはメグミの言葉に答えると、目の前にあるインターホンのボタンを押す。
“はぁ〜い”
部屋の中から聞こえてくる懐かしい声。
そして、鍵を開ける音の後に開かれるドア。
「あれ、リョーコちゃんにメグちゃんにミナトさん・・・。一体どうしたんですか、三人揃って?」
ドアから顔だけを覗かせたユリカが、驚いたように目を丸くする。
「ああ、ちょっとな・・・」
「ユリカさんとルリルリ、あなた達二人に話しておきたい事があるの」
口篭もってしまったリョーコの後を継ぐように、ミナトが訪問の目的を告げた。
「それで、私やルリちゃんに話したい事ってなんですか?」
三人を部屋の中に招き入れ、お茶を出し終えたユリカが単刀直入に言う。
「その前に聞いておきたいんだけど、アキト君は見つかった?」
「!?」
ユリカの言葉に答える形で出てきたミナトの言葉に、ルリとユリカは一瞬息を呑む。
「ミ、ミナトさん、何でそれを・・・」
「二人とも、何も変わっていないのね。相変わらず自分達だけで解決しようとする。あなた達の周りに
は、沢山の仲間がいるのにね」
ミナトが冗談めかした口調で言うが、その顔は決して笑ってはいなかった。
「はっきりと言っとくぜ、アキトはこの日本に居るよ」
“ガシャン”
突然のリョーコの言葉に、ユリカが持っていた湯飲みを落とす。
「リョーコさん、それは本当なんですか・・・」
ルリが真っ直ぐにリョーコを見詰め、呟く様に問い掛ける。
「本当です。間違いなくアキトさんは日本に居ます」
メグミはそう言うと、この一ヶ月の間にあった出来事を伝え始めた。
「やっぱり、アキトは生きてたんだ・・・」
メグミの話を聞き終えた時、ユリカは細々とした声でそう言うのが精一杯だった。
「アキトさん・・・、アキトさん・・・」
ルリはそう呟きながら、俯いて涙を流す事しか出来なかった。
そんな二人の姿を見ながら、ミナトは言葉を続けた。
「でもね、判ったのはアキト君が生きて日本に居るという事だけ。この事にネルガルがどう関係してい
るのか、何故車椅子に乗っているのか、そう言った事は何も判っていないのよ」
ミナトの言葉にユリカは顔を上げると、涙を拭きながら明るく言った。
「じゃあ、直接聞いてみればいいんですよ」
「直接聞く?」
ユリカの言葉に、ミナト達は訳が判らないといった顔をする。
「はい、エリナさんがその場に居たと言うのであれば、エリナさんに電話をしてみればいいんですよ」
ユリカはそう言うと、部屋の隅にある電話の受話器を取り上げてネルガルに電話をする。
「私、テンカワユリカと申しますが、会長秘書のエリナさんをお願いしたいんですが」
『会長秘書のエリナですか?』
相手が出た瞬間に、ユリカはスピーカーボタンを押し、相手の声が部屋の中に流れる様にする。
「はい、そうです。エリナ・キンジョウ・ウォンさんです」
『少々お待ちください』
暫く保留音が受話器から流れていたが、不意にその音楽が止まる。
『大変お待たせしました。エリナ・キンジョウ・ウォンですが、三ヶ月前に退職しております』
その言葉は、ユリカ達に衝撃を与えた。
「えっ、退職されたんですか?」
『はい』
「そ、それで、退職後はどちらに・・・」
『そういう事につきましては、私どもの方では判りかねます』
「そうですか・・・。どうもありがとうございました」
ユリカはそう言って静かに受話器を置き、崩れるように座り込むと小さな呟きを発した。
「あはっ、希望の糸、切れちゃった・・・」
その呟きを聞いた瞬間、ルリは立ち上がると部屋を飛び出して行った。
「ちょっと、ルリルリ!」
ルリが部屋を飛び出して行ったのを見て、ミナトが慌ててその後を追い掛ける。
そんなミナトを目で追いかけた後、メグミが視線をユリカに移して声を掛けた。
「ユリカさん、しっかりして下さい。大丈夫ですよ、まだ糸は切れた訳じゃないんですから」
「そ、そうだぜ、ユリカ。糸なんてもんは一本だけじゃないんだからよ」
メグミの言葉に、リョーコも横から口を出す。
「でも、エリナさんに連絡が取れなきゃ、どうしようもないよ・・・」
普段のユリカからは考えられない位の小さい声でユリカが答える。
「ユリカ!てめーは何言ってやがんだよ。おめーがそんなに弱気になっててどうすんだ。俺はな、俺は
そんなユリカにアキトを任せた覚えはねーぞ。
ナデシコに乗ってた頃のおめーは、いつも明るくてアキト、アキトって言って、どんな時にも諦めなかっ
たじゃねーか。
俺達だって居るんだ。おめーには沢山の仲間が居るんだよ。
だから、頼むから弱気になんてなんねーでくれよ。いつものユリカで居てくれよ!」
気弱なユリカの言葉に、リョーコが怒鳴りつける様に言葉を返す。
「そうですよ、ユリカさん。エリナさんに連絡が取れなくたって、きっと他にも方法はありますよ。だ
から、その方法を一緒に考えましょうよ。
そんな弱気のユリカさん、アキトさんだって見たくない筈ですよ」
メグミもリョーコと一緒になってユリカを励ます。
「・・・そうだね。ルリちゃんの為にも弱気になんてなってられないね・・・。
ありがとう、二人とも・・・」
そんな二人の言葉に暫く黙っていたユリカだったが、ゆっくり顔を上げると二人に向かって小さく微笑
んだ。
「はぁはぁはぁ・・・」
部屋を飛び出したルリは、そのまま近くにある神社へと走り込んでいた。
「もう会えないのですか、アキトさん・・・」
暫く膝に手を置いて息を整えていたが、顔を上げると木々の中に向かって小さく呟く。
しかし、その声は木立の中へと吸い込まれていくだけだった。
「アキトさん・・・」
「ルリルリ・・・」
ルリが再びアキトの名前を呼んだ時、彼女は後ろから声を掛けられた。
ルリには振り向かなくても、その声の持ち主が誰なのかが判った。
どんな時にでも自分を力付けてくれる女性。
ナデシコの中でも、アキトやユリカを失ったと思った時でも、そして二人を助け出そうと決めた時にも。
だが、今はその女性に自分の顔を見られるは、ルリには耐えられない事だった。
「ミナトさん、お願いですから、今は一人にしておいて下さい」
「今のあなたを一人になんてしておけないわよ」
「アキトさんにもう会えないんです。私の家族に、私の大切な人に、私の大好きな人にもう会えないん
です。こんな辛い時、誰にも会いたくありません!」
“パァーン”
ルリが叫ぶ様に言った瞬間、彼女は右頬を叩かれていた。
突然の事に大きく目を見開いたルリの目の前に、瞳に涙を溜め、自分の右手を摩っているミナトの姿が
あった。
「ルリルリ、あなたのアキト君に会いたいって気持ちは、そんなに簡単に諦められるものだったの?」
「・・・・・・」
「ルリルリ答えなさい!あなたのアキト君への想いは、そんな簡単に諦める事が出来るものなの?」
「・・・・・・」
「ルリルリ答えて!!」
ミナトが今迄に聞いた事が無い位のきつい口調でルリに問い掛ける。
「そんなに、そんな簡単な筈、無いじゃないですか・・・」
ルリが何とか聞き取れる位の小さな声で答える。
「じゃあ、何で『もう会えない』なんて言うのよ!」
「だって、エリナさんに連絡が取れないんですよ。希望の糸が切れちゃったんですよ」
「何を言ってるの!エリナさんに連絡が取れないなんて、一つの方法が駄目だっただけじゃない。
方法なんて言うものはね、人の数だけあるものなのよ。その内一個しかチャレンジしてないのに、もう
駄目だなんて諦めちゃうの?」
「ミナトさん・・・」
ルリがそう言ってミナトを見上げた時、彼女はミナトに優しく抱きしめられた。
「アキト君に会いたいんでしょ?帰って来て欲しいんでしょ?」
「はい・・・」
耳元で囁く様に言うミナトの言葉に、ルリは小さく肯定の返事を返す。
「いい?今は辛いかもしれないけど、あなたやユリカさんが「アキト君に会いたい」って思い続ける事
が大事な事なの。どんな時でも、何があっても家族であるあなた達がその気持ちを失っては駄目よ。
エリナさんに連絡が取れなくったって、いざとなれば、アカツキ君を捕まえて聞き出すっていう方法も
あるんだからね。
ともかくしっかりしなさい。
あなた達が諦めない限り、私達は一緒になって頑張るから」
そう言いながら、ミナトはルリの頬を流れる涙を拭った。
「アカツキさん!」
会社の玄関で車を降りた時に不意に声を掛けられ、アカツキは声のする方に振り向いた。
「おや、艦長にルリ君じゃないか。随分と久しぶりだけど、一体今日はどうしたんだい?」
「アカツキさんにお聞きしたい事があります」
「僕にかい?」
彼は、ルリの言葉に強い意志が込められている事を感じ取ったが、出来るだけ平静を装って問い掛ける。
「アキトは、アキトはどこに居るんですか?アカツキさん、知っているのなら私達に教えてください」
「テンカワ君?」
「呆けないで下さい。アキトさんを見掛けた人が居るんです」
ルリは叫ぶように問い掛け、ユリカはアカツキの事を真っ直ぐに見詰めていた。
(とうとう来るべき時が来たのか・・・)
自分の目の前に居るルリとユリカの姿に、アカツキは、自分やエリナが恐れていた時が来た事を悟った。
アキトの事を多分この世で一番必要としているであろうルリとユリカ。
この二人が真実を知る事を、彼やエリナは一番恐れていた。
だが、そんな考えはおくびにも出さず、彼は改めて二人に問い掛けた。
「どうして僕がテンカワ君の事を知っているというんだい?」
「アキトさんが目撃された時に、側にエリナさんが居たんです」
「そうか・・・。で、どうしてテンカワ君の事を知りたいんだい?」
「アキトは、私やルリちゃんにとってかけがえの無い人です。私達の大切な家族なんです!」
「この二年間、アキトさんを捜し続けました。大切な人がどこに行ってしまったのか、それを知りたい
のは、家族として当り前の事じゃないですか!」
ユリカとルリは、アカツキを責める様にそれぞれの言葉を投げつける。
「君達二人の気持ちは痛いほど解るよ。だけど、知らない方がいいって事もあるんじゃないのかい?」
「お願いです。アキトさんを私達に返してください!」
叫ぶ様に言うルリの頬を涙が流れる。
その涙を見た時、アカツキは一瞬にして覚悟を決めた。
「全てを知る事は、君達にとって辛い結果になるかもしれないよ」
「構いません。私達は真実が知りたいんです」
アカツキの言葉にユリカは躊躇なく答え、ルリは黙って頷く。
「判ったよ。それじゃ明日の午後1時に会長室に来てくれたまえ。そこで全てを話すよ」
アカツキはそう言うと、踵を返して建物の中へと入って行った。
「ま、そこに座ってくれたまえ」
翌日、指定された時間に訪れたルリとユリカに、アカツキは目の前にあるソファを薦める。
「最初に言っておくけど、これから話す事はすべてが事実だ。ネルガルにとって都合のいい事も悪い事
も、その全部を話すよ。その上でテンカワ君に会いたいと言うなら、この後に君達を彼の所へ連れて行
く事を約束する。それでいいね?」
「はい」
「構いません」
アカツキの言葉に、二人は緊張気味にそれぞれが同意の言葉を述べる。
その同意を確認したアカツキは、静かに言葉を発し始めた。
「艦長を救出したあの日、火星から月に帰還したテンカワ君は、ユーチャリスを降りた所で意識を失っ
て倒れたんだ」
「原因は『火星の後継者』によって埋め込まれたナノマシンの暴走。多分、月までのボソンジャンプを
コントロールするのが、彼にとっての限界だったんだろうね」
「我々は出来る限りの治療を行ったさ。何せ彼は数少なくなってしまったA級ジャンパーの一人だから
ね。我が社としては、貴重なサンプルを失う訳にはいかなかった」
「彼があの戦いの時に、五感がすでに正常でなかったのは知っているよね」
「彼が意識を取り戻したのは、一週間後だったよ」
「僕もエリナ君も、彼が意識を取り戻したと聞いてほっとしたよ。これで彼はもう苦しまずに済むと思っ
たからね」
「病院からの知らせを受けてすぐに飛んで行ったさ。エリナ君と二人で『後はいつ艦長やルリ君に伝え
るかだな』って話ながらね。だけど、病院で僕等を待っていたのは、絶望だった・・・」
「まず知らされたのは、彼が自分の意志で体を動かす事が出来ないという事だった」
「そして、彼の記憶の中には僕やエリナ君の姿は無かった。それどころか、あの戦いの事も、ナデシコ
の事も、自分が誰なのかすらも覚えていなかったんだ」
「そう、まるで生まれたての赤ん坊の様に、何の記憶も持っていなかったんだ」
「彼が僕等へ示した態度は、恐怖でしかなかったんだ。まるで、迷子になった子供が、自分の周りを知
らない大人達に取り囲まれた時の様にね」
「彼の中には、艦長もルリ君も存在していないんだよ」
「僕等はこの事を君達に伝えられなかった。いや、伝えるすべを知らなかった・・・」
「そんな彼に、僕等が出来る事といえば、これからの一生の面倒を見る事しか残されていなかった。結
局、彼をあんな姿にしてしまったのはネルガルだからね。僕等は償いをしなきゃいけないんだ」
「だから、その為にエリナ君には退職してもらった。ラピスと一緒に彼の世話をする為にね」
「僕等は必死に看病したよ。一年経って、彼はやっと僕等に心を開いてくれる様になった。少しずつだ
けれどもね」
「そして、治療も続けた。ナノマシンが作り出した補助脳を少しずつ除去して行く治療をね」
「最近になって、やっと上半身だけは自分で動かせるまでに回復してきたんだ」
「だけど、記憶はいまだに戻ってないんだ・・・」
アカツキが全てを話し終えた時、部屋の中は重たい静寂によって支配されていた。
ルリとユリカにとっては、余りにも信じられない言葉の羅列に、二人はただ呆然と俯いている事しか出
来なかった。
どの位、部屋を静寂が支配していたのだろう。その静けさを嫌ったかの様に、アカツキが言葉を吐き出す。
「これが、今迄二年間の真実だよ」
その言葉に、ルリとユリカが我に返った様に顔を上げる。
「何で、何でアキトさんがそんな目に会わなきゃいけないんですか・・・」
絞り出すように、ルリが言葉を発する横で、ユリカはアカツキを睨み付ける様に見ていた。
「アカツキさん、アキトに会わせてください」
「いいのかい?会っても彼は君達の事を覚えていないんだよ?」
「どんな姿になっていようとも、アキトは私とルリちゃんの家族です。例えアキトが私達の事を忘れて
いたとしても、私達は覚えています。一緒に過ごしたアパートでの生活、屋台での出来事、そして結婚
式の事・・・。
アキトが忘れているなら、思い出させればいいんです。家族はその為に居るんです。
もしアキトがこのまま居ないなら、私にもルリちゃんにも未来は有りません」
「そうか・・・」
「今日ここに来た時点で、私達はどんな事があってもいい覚悟は出来ています。だから会わせて下さい」
ユリカは真っ直ぐにアカツキを見詰め、そう言い切った。
「判ったよ。それじゃ、これからテンカワ君の所へ行こうか」
アカツキはそう言うと、席を立つとドアに向かって歩き始めた。
「ここにテンカワ君は居るよ」
車から降りたルリとユリカに、アカツキが言う。
二人は、黙って目の前にある建物を見上げる。
「じゃ、中に入ろうか」
どれ位そうしていたのか、暫くして二人はアカツキに促される様に、建物の中へと入って行った。
建物の中をアカツキに案内されて歩くルリとユリカ。
そして、ある部屋のドアの前に来た時、アカツキは立ち止まって二人の方を振り返った。
「この部屋の中で、テンカワ君は生活してるよ」
その言葉に、二人は黙って目の前のドアを見詰める。
「最後にもう一度だけ確認するけど、何があったとしても大丈夫だね?」
「・・・大丈夫です」
アカツキの問い掛けに、ユリカが一瞬の間の後に答える。
「判った」
アカツキは短く答えると、ドアの方を向き大きく息を吐いた。
「エリナ君、僕だ。入るよ」
彼はドアに向かってそう言うと、ノブを回して部屋の中へと入って行った。
アカツキに続いて部屋に入ったルリとユリカは、その中に広がる景色を把握しようとする。
いたってシンプルな色使いの壁紙。
人が一人生活していく為に必要ないくつかの家具。
窓際にある一台のベットと、その横に置いてある車椅子。
それらが、この部屋の調度品の全てであった。
更に、ベットの横に立って二人を見詰めているエリナと一人の少女の姿。
そして、最後に視線を移したベットの上に、彼女達が捜し続けていた人の姿があった。
「アキト・・・、だよね・・・」
ユリカはその人を見詰めながら、何かを確認する様に呟く。
だが、その問い掛けに、彼女が期待していた返事は返ってはこなかった。
「あなた方は誰なんですか?」
ベットの上に居るアキトは、二人に向かって抑揚の無い口調でそう言った。
その口調には、二人が良く知っているテンカワアキトの面影はどこにも無い。
そして、全てが失われてしまっている事に、ルリとユリカは気が付いた。
彼女達が気が付いたもの、それは、あの頃の楽しかった生活にはもう戻れないという現実だった。
「失った物はもう取り戻せないんですね。
でも、これから先の事はまだ失ってはいません。
ユリカさん、もう一度初めから作っていきましょうよ。アキトさんとユリカさんと私で作る家族を」
誰もが言葉を失ったかの様に静寂が広がる部屋の中を、ユリカに語り掛けるルリの言葉だけが流れて
いった。
Fin
あとがき
皆さん、こんにちは。仁塩ぴよこです。
えー、私がこのHPに投稿させて頂いていた家族シリーズも、この作品で終わりになります。
終わり方が中途半端に思われるかもしれませんが、この終わり方は、この話を書き始めた時から決めて
いました。
アキトとユリカとルリの三人に重ねあわせる家族の姿は、皆さん一人一人で違っていると思います。
少なくとも、三人はやっと再会する事ができました。それが例えどんな形であれ、再会出来た事には間
違いはありません。
これから、三人にとっての本当の家族としての生活が始まります。その生活がどんなものになるのか、
それは皆さんがそれぞれに考えてみてください。(なんて無責任な奴だ・・・)
ちなみに、この話の続編はまったく考えていませんし、将来的にも書くつもりはありません。
何せ私の中では、このストーリーは完結してしまっているものですから・・・。
取りあえず、次回作は家族からちょっと離れたほのぼのを書いてみたいと思っています。
ご意見・ご感想など有りましたら、遠慮無く
それでは。
<プリンセス・ルリと下っ端・魔角の座談会>
魔角:仁塩ぴよこ様家族シリーズ完結編「さよならは始まりの第1歩」有り難うございました。
ついに終わってしまいましたね。本当にお疲れさまでした。
ルリ:お疲れさまでした。
魔角:”空白の3年”から”劇場版その後”までの3人を描かれていたんですが、
本当に脱帽です。ここまでしっかりとされたお話を描かれると・・・・・・。
ルリ:何を今更・・・・・・前回も言ったように貴方のような人と比べる方がおかしいんです!
大体、仁塩様のスピードを見習いなさい。貴方は一体いつまで待たせるつもりなんですか。
魔角:いや、まあ、そうなんだけど・・・・・・御免なさい。(恐らく多方面)
ルリ:では魔角さん、その反省をしっかりと活かして下さいね。
魔角:・・・・・・ひ・姫、こういう言葉知ってる。
ルリ:何ですか?
魔角:”言うは易し行うは難し”
ルリ:(怒)
ハーリー君、サブロウタさんこういう人は簀巻きにしてH港に沈めてしまって下さい。
もし浮き上がってくるようならコンクリ詰めにしても良いですから。
反省のない人に容赦はしてはいけません。
ハーリー&サブロウタ:イーーーーー!(君らはショッカーの戦闘員か!?)
魔角:ごめんなさい・・・・・・・・・(連れ去られていく魔角)
ルリ:仁塩様本当に有り難うございました。そしてお疲れさまでした。
またお会いできることを楽しみにしています。
1999.8.8 魔角甲機&ルリ
有り難うございました、仁塩様。次回作でお会いできることを願っています。
今後もこのHPをよろしくお願いいたします。
これを読んだ読者の皆さん、仁塩様に感想を送りましょう。宛先は