「ねぇ…別れよう…」

「………」

これが恋人同士として交わした最後の言葉だった。









〜 手紙 ― I'll give you a letter with my wish ― 〜









師も走っちゃうのよ12月。

猫の手も借りたいくらい忙しいから、借りてみたら肉球がぷにってはにゃーん。

街には年末大セールの文字が躍り狂うこの時期。

裕介は1人で歩いていた。

「何でなんだよ…」

裕介は先週彼女である智子から別れを告げられた。

唐突に。

何の前触れもなく。

「…いや、前触れはあったのかもな」

そう言えば、先月の終わり頃から避けられていた気がする。

「何かあいつの気に障るようなことしたかな…」

ずっと考えていることだ。

付き合い始めてから今までのことを思い返す。

からかったり喧嘩もしたが、その度に謝って仲直りをしていた。

もしかして、仲直りが出来たと思っていたのは俺だけだったんだろうか。

俺の思い込みでしかなかったんだろうか。

考えれば考える程、泥沼になるだけだった。

それでも、裕介はある場所を目指して歩いていた。

考えに夢中にもかかわらず、人とぶつからないのだから中々器用だ。



「あれで良かったんだよね…」

智子は部屋であの日のことを考えていた。

「こうすることが、2人にとって一番いいんだよね…」

ずっと考えていたことだった。

裕介と別れる。

ずっと悩んでいた。

特に不満があったわけじゃない。

たぶん、あのまま付き合っていても楽しかっただろう。

でも。

自分が本当に裕介を好きなのか分からなくなっていた。

最近は、裕介のことを考えることが減っていた。

昔は四六時中考えていたのに。

もう裕介のことを恋人として見ていないのかもしれない。

もう友達と見ているのかもしれない。

見極めるために、裕介と少し距離を置いてみた。

距離を置いて、考えた。

考えた結果が『別れ』だった。

「これで良かった…んだよ…ね…」

か細い智子の呟きは、舞い始めた雪に飲み込まれるように消えていった。



「雪か…」

目的地である時計台の下に着いた裕介は、雪が降ってきたことに気づいた。

行きかう人々は、傘を差したり早足になったりと、自分の行くべき場所へと急ぎ始めていた。

そんな人達を見つめながら、裕介は想い人を待っていた。



「智子〜、夕刊取ってきてくれ〜」

父親に頼まれ、嫌々ながらポストへと向かった。

「寒っ」

早く家の中に戻ろうと少し乱暴に新聞を取りだした。

すると、一通の手紙が落ちてしまった。

「あれ?手紙なんて入ってたんだ」

とりあえず拾って宛先を見ると、智子宛だった。

「私宛?珍しいなぁ。誰からだろ?」

手紙を裏返してみると、たった一言『裕介』と書かれていた。

「裕介…?」

何で裕介から手紙が?

智子は父親に新聞を手渡すと、部屋に戻るなり手紙を開けた。

ベッドに腰掛け、手紙を読み始めた。

「…っ!」

智子は手紙を読み終えるなり、急いで時計台へと向かった。

2人の始まりであり終わりの場所でもある時計台へ。

「智子、こんな雪の中どっか行くのか?」

そんな父の言葉など、耳に入らなかった。




雪も積もり始め、比例するように気温が下がっていった。

空の色も赤と黒のグラデーションになっている。

そんな中、智子はようやく時計台に着いた。

「お、やっと来たか。遅刻だぞ?」

笑いながら『いつも』通りに話しかけてきた。

「私が手紙に気づかなかったら、どうする気だったのよ!」

「いや、来たじゃん」

「そうじゃなくて!」

「来たんだから、それでいいんだよ」

「まったく…変わんないんだから」

呆れ顔で、けれど少々の嬉しさを込めた声で言った。

すると、急に裕介が真面目な顔になった。

裕介が真面目な顔をしたのなんて、いつ以来だろう。

「お前は変わったのか?」

「え?」

「お前は、あの頃の智子と、変わったのか?」

「………」

「…俺のこと、嫌いになったのか?」

「違う!そうじゃない…」

「じゃあ、何でなんだよ」

「それは…」

理由は、一応ある。

けれど。

身勝手な理由だから、言いたくなかった。

2人のことを考えた結果だとはいえ。

全て自分で考え結論を出してしまった。

相談をしなかったことが後ろめたくて。

言えなかった。

まぁ、別れること自体、身勝手だったわけだけど。

「…言えないのか」

「………」

裕介は軽い溜息と共に、道路の向こう側にある店を指差した。

「とりあえずあそこの喫茶店でも入ろうぜ。寒くて死にそうだ」

「そうだね…」

移動しながら、智子は考えていた。

理由を話すべきかどうか。

今までずっと考えていたけれど。

いざこういう事態に直面すると、余計に考え込んでしまう。

考え込むと周りが見えなくなる。

智子の悪い癖だった。

だから。

横から車が来ていることに気がつかなかった。

「あぶねぇ!!」

誰かの怒鳴り声が聞こえたと思ったら、突き飛ばされた。

突然すぎて、思わず尻餅をついてしまった。

すると、近くで甲高い音と鈍い音が聞こえた。

そうしてようやく智子は我に返った。

























我に返った智子を待っていたのは
























ガードレールに突っ込んでいる車と
























血を流して倒れている裕介だった。

























「ゆ、裕介ーっ!!」

急いで駆け寄った…つもりだった。

けれど、足が動かなかった。

足が震えていた。

周りが騒がしいが、今は関係ない。

今は裕介の傍にいくことが最重要だった。

「裕介!裕介!」

「…そんなに怒鳴らなくても…聞こえてるっての」

裕介は笑いながら答えた。

話すだけで、尋常ならぬ痛みが体を駆け巡るというのに。

それでも、笑っていた。

智子に心配をかけないようにと。

泣いて欲しくないから。

そして何より、智子が無事であったから。

ようやく裕介の傍へついた智子は、裕介の頭を膝にのせた。

「裕介ぇ…」

「そんな顔すんなよ。俺は死んでねーぞ?」

「でも…でも…」

「でも、じゃないだろ…?ちょっと理由聞くのが遅くなるだけだろーよ」

「もう喋らないでいいよ!すぐ救急車が来るからね!」

「大丈夫だって…俺が悪運強いの知ってるだろ…?」

「お願いだから今はじっとしてて!」

「…分かったよ。んじゃ、ちょっと寝るわ。何か眠いんだ…」

「そのまま起きなかったら、承知しないんだからね!」

「分かったよ…」

結局、最後まで笑顔のままだった。

裕介が寝ると同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。






病室の外は快晴。

外では子供たちが凧を飛ばしたり、独楽を回したりとはしゃいでいた。

「全く…本当に心配したんだからね」

「ははっ。わりぃわりぃ」

「もう…」

「でもよ」

「ん?」

「良かったよ。お前が無事で」

そう言うと、裕介は微笑んだまま窓の外を見た。

外は快晴、日向ぼっこするには最高の天気だった。

それを眺めている人の気持ちとは裏腹に。

「…あのね、裕介」

「うん?」

「別れようって言った理由なんだけど…」

「ああ…」

今まで忘れていましたと言わんばかりの裕介の対応。

痩せ我慢だったのが見え見えだった。

ホントに気にしていなければ、溜息なんてそうつくもんじゃないはずだから。

「あれ…私の勘違いだったの」

「勘違い?」

「うん。裕介のことが恋人として好きなのかどうか分からなくなってたの。だから、距離を置いたの」

「………」

裕介は目で先を促した。

「それで自分の気持ちを確かめる気だったの。それで出た結果が別れるってことだったんだけど…」

「……うん」

「でもね、あの事故のおかげで分かったの」

「おかげってのも、何か変な言い方だな」

裕介は苦笑した。

それはそうだろう。

大怪我を負った事故のおかげで、気持ちがはっきりしたなんて言われたのだから。

それでも、怒らないあたり裕介らしいと言えばそれまでだが。

「あ…ごめん」

「いや、いいよ。で?」

「…やっぱり、私は裕介のことが好き。大好きなの」

「…ありがと」

「ホントだよ!ただね、あの時は忘れてたみたい」

「忘れてた…?」

「うん。空気みたいに当たり前すぎて、気づかなかったみたい」

「……?」

「あのさ、空気がなければヒトは生きていけないでしょ?」

「…うん」

「それと一緒で、裕介が傍にいることが当たり前になってたの。無ければ生きていきないのにね」

「そっか」

裕介は晴れ晴れとした気持ちだった。

智子が好きと言ってくれたからじゃなく、全てが分かったから。

智子の言う『好き』がどれくらいなのかは分からないが、これで一つの区切りにはなる。

これで前に進める、裕介はそう思った。

…未練がない、とは言いがたいが。



「でね、裕介。ここからが本題なんだけど…」

「え?」

「私と…もう一度付き合ってくれないかな?身勝手なのは分かってる。でも、裕介がいないと駄目なの」

「………」

「………」

「…確かに身勝手だな。1人で別れるって決めて、人を振ったと思ったらやり直してください、だもんな」

「…やっぱり、駄目だよね」

「でもな、やっぱりオレはお前が好きなんだよ」

「え…?」

「だから、好きなんだよ、お前が。それに、別れようって言われた後、俺は返事してないしな」

そういうと、裕介はいたずらが成功した子供のように笑った。

「それじゃあ…」

「ああ。これから、またやり直そうぜ。これからもよろしくな、智子」

「…うんっ!」

嬉しくて、つい裕介の胸に飛び込んでしまった。

怪我人だという認識は遥かM78星雲にまで飛んでいったようだ。

「いてぇ!俺が怪我人ってこと忘れてんのか!?」

「裕介ぇ…」

気が緩んだのか、智子は裕介の胸で泣き始めてしまった。

自分の不注意のせいで、大怪我を負ってしまったこと。

自分の身勝手な理由で別れて、それでもよりを戻してくれたこと。

嬉しさと罪悪感とがごちゃ混ぜになって、制御不能だった。

裕介はそんな智子を見て、何も言わずに頭を撫で続けていた。







「ごめんね…急に泣いちゃったりして」

「気にすんな。それに、お前の胸の成長ぶりも分かったしな」

「なっ…!」

「はっはっは。俺の方が一枚上手だったようだな!」

「もう…ばかぁっ!」

「うおっ!怪我人に手あげんなって!ごめんなさい、私がわるぅございました!」

「…じゃあ、お仕置き1回で許してあげるよっ」

「むぅ…しょうがない、今回は俺に非があるしな。んで、何すんだ?」

「何もしなくていいよ」

「はっ?」





不意打ちだった。

急に視界が暗くなったと思ったら、唇に柔らかい感触。

女の子特有の甘い香りとともに。




「えへへ…これで許してあげる」

「許してあげるって…」

「さっきのお仕置きと、あの時助けてくれたお礼」

「…ん、そっか」

「うん、そうだよ」

満面の笑み。

いつ以来だろうか。

智子が心から笑ったのは。

いや、それすらもちっぽけなことだろう。

今、こうして目の前で、智子は心からの笑顔を向けている。

それだけで、十分だ。

一生、こいつと生きていこう。

何があっても、守り抜こう。

そう、思った。










白い部屋。

吹き込む優しく柔らかい風。

その名の通り、『新春』の訪れとともに。


















「ねぇ、裕介」

「んー?」

「退院したら、あの時のお礼、ちゃんとあげるからね」

「さっきのキスじゃないのか?」

「…あれ以上のことだよ」

「…喜んで頂きます」









-----------------------------------------------------------------------------------------------
後書きっていうやつ。

んー、未消化かも。
たぶん、もっと広げることはできるだろうけど。
俺の今の筆力じゃ、これが限界のようです。
ではでは。