| 塾長の独り言 |
教えてもらわないと学べないのでしょうか==================== 教育というと、教えることだと思われています。数学なら、たとえ ば「方程式をどのように解くのか?」を教えることが、教育だと思われているのです。こういう問題には、「誰もが納得せざるを得ない答」 、つまり「正解」があります。「正解」にたどり着くことは、誰かに教えてもらわなくてもできます。本を読めば、誰でもわかることだからです。 もちろん、どの本のどこから読めばわかるかは、人によって違います。しかし、基本的にはやさしいところ、自分が理解できるところから、順番に読んでいけば、誰でも「正解」には納得がいくはずなのです。本当は自分一人でも、誰に聞いてもたどり着ける「正解」を、先生に教えてもらうことだけが「教育」だと、たいていの人が思ってい るようです。 こういう教育を、私は「教える教育」と言っています。 もちろん「教える教育」であっても、先生によって、教え方の「上手下手」はあります。解説がわかりやすいかどうかとか、シンプルに本質だけを教えるとか、雑談の方がおもしろいとか、いろいろな特徴 があるのです。ですから「『正解』は教えてもらう必要がない。」などと言うつもりは、まったくありません。それに、私も「正解」を教えることは、ままあります。 けれども「正解」を身につけるのなら、まずは自分で本を読みこなし、どうしてもわからないところだけ、先生に聞けばいいと考えているのです。 「正解がある問題」・「正解がない問題」 ====================== ところで、人が直面するのは「正解がある問題」だけではありません。「正解がない問題」があるからです。 学ぶ上での原則は、「自分で決めた量の学習を毎日続けること」です。学びはじめた頃は、子 どもも大人も、たいてい調子よく学べるのですが、遅くても数カ月後、たいていは数週間、早ければ翌日に、原則通りには学習できなくなり ます。 こういう問題の起こり方は、実にさまざまですし、原因もさまざまです。当然、解決に向かうプロセスも、人によってみんな違います。 「いったいどうしたら、自分が決めたことを、自分が決めたようにで きるように、ぼくはなれるのだろうか?」 という問題に対する答は、人によってみんな違うのです。つまり「正 解」はありません。 また、「学習は自分で毎日やると決めて、自分が決めたようにすす めるのが一番効率がいい。」と、私は思っています。これは私が出した答です。しかし、反論はいくらでもできます。 実際、「素晴らしい先生を見つけて、その先生に言われたように学ぶのが一番いい。」と考える人は少なくありません。「毎日しなくても、気が向いたときに気が向いただけやるのが一番効率がいい」と思 う人もいます。「どのように学習をすすめるといいのか?」という問 いにも、正解はないのです。 「教えない教育」とは 「正解がない問題」への私の答を伝えること ======================== しかし、こういった正解がない問題に対する私の答を、私は生徒にも、生徒ではない人々にも、心の底から伝えたいと思っています。それは教えることができません。わかれば納得がいくという性質の答ではないからです。説得しようとしたところで、 「ふーん。そう思うのか。」 と思われればいい方で、 「そんなことはあり得ない。」 とか 「馬鹿言ってるよ。」 と思われることもしばしばなのです。 解説したり、説得しようとすること、つまり、普通「教えること」 だと言われていることをしても、「正解がない問題」に対する答は、決して伝わってはいかないのです。 体験してもらうこと・インタビューすること・編集すること ======================== ではどうすれば伝わるのでしょうか。まずは体験してもらうことです。 「どんなことか、今までやったことがないことだから、まずはやって みない?」 と提案して、とりあえず体験してもらうことが、「教えない教育」のスタートです。 たとえばプリントを一枚やってもらいます。すると、どんな人でもそれなりの感想を持ちます。それを即座に聞いてみるのです。 私が解説するのではなく、体験した本人が感じたことを話してもらう のです。 そうすると、相手が感じたことを素材にして、私が伝えたいことを編集することができます。伝えたいことの根拠は、その日その時の相手の体験なのです。 もちろんそれをしたからといって、必ずしも「私が出した答」を、生徒が「自分の答」として採用するとはかぎりません。強要することはできないからです。生徒が自分で考えて、納得したことでなければ、伝わったことにはなりません。仮に、私の前ではわかったふりをして いても、教室のドアを出たとたんに、忘れてしまって、自分流に戻ってしまうからです。 私がしたいことは「教えること」ではなく「伝えること」です。だから、その日の結論も、生徒が自分で決めます。ですから、指導のコンセプトは「押しつけない・命令しない・強制しな い」なのです。 しかし、同じことは二度と起こりません。ですから、私が「伝えた いこと」は次から次へと、形を変えては立ち現れてくるのです。 というわけで、「教えない教育」のひとつの形式 は、「生徒本人が自分で決めたことを、自分で体験する」「その結果、生徒が感じたことを、私がインタビューする」「インタビューした内 容で、『私が伝えたいこと』を編集する」「次にどのように学習をするのかを提案する」「私が出した選択肢と生徒本人の希望との間で、すりあわせをして、次にどうするかを生徒本人が決める」というステ ップを踏むことになります。 |
|