小説 いんこな日々

6章 人間だった頃のこと

半額になったクリスマスケーキを見つけて つい買って
しまった。
これ 明日までバスの中で腐らないかな?
ショウウインドウに ケーキをぶら下げ ショルダーバック
を背負った自分の姿が映ってるのが あまりにもかっこ悪くて
がっくりしてしまう。

一人暮しに もうちょい憧れがあったけれど 現実との
ギャップはやっぱり大きかったよ。
田舎から都会に出てきて、隙を見せないように 失敗しない
ようにボロが出ないように…って気を付けて生きてきた。
でも いつから歯車が狂ったのだろう?気付く余裕なんて
なかったもの、私は一生懸命 生きてきただけなのだから。

いっしょにクリスマスケーキ食べるはずだった彼氏は
他の子が好きになったからと言って去っていった。
別れ際の言葉が ふるっている!
「涼子といても 楽しくなかった」
つまんない人間で悪かったわね!でも 好きだと言って
きたのは あんたの方だったのよ?
「私も ちっとも楽しくなかったわよ!」
ほんとは楽しかったのに 別れたくなんかなかったのに。
泣いて捨てないで!本心は 口が避けても言えなかった。
「涼子なら そう言うと思ってたよ」
彼の捨て台詞に 心が凍り付いた。彼の思う私って
どんな人間だったわけ?

アルバイト先では 店長から
「山瀬さん もうちょっと 融通きかせて 後からきた子
にも教えてやってよ、みんな あなたのこと 怖いって
言ってるよ。」
と言われ 頭に血がのぼってしまった。楽しくない人間の
次は 怖い人間だと。ほほほ、ここまでむちゃくちゃ言われ
なくちゃいけないもんかしら?
「融通ったって 駄目なものは駄目って言っただけですよ?
納得いきません。なんだったら辞めましょうか?」
店長は待ってましたとばかりに
「納得いかないなら 辞めていただいてかまいません」
と言ったのは 予想外だった。これから 年末繁忙期って
時期なのに、だよ?辞めさせたかったってこと?渡りに船だ
ったってこと?

立て続けだった。何もかも いっぺんにだったから
どうしていいかわからなくなった。
私の何が悪くて こうなったのだろう? 
「一旦 故郷に帰ろうかな?」
そうだ 家に帰ろう、深夜バスに乗って。
家族団欒や 故郷の友達が 急になつかしくなった。

手荷物をまとめて 街に出て来た。
「そっか 今日 クリスマス・イブなのか」
深夜バスの発車まで時間 街の中をぶらついた。
クリスマス用に飾りつけたイルミネーションが光輝く
街の中 たった一人で歩き回る自分が 寂しかった。
こんなかっこ悪い姿で 故郷に帰るんだ、と思うと
ますます みじめな気持ちになっていった。
バスに乗るのやめようかな?そんな気持ちが頭をもた
げそうになってくるのを 振り払うのに必死だった。

「あ ペットショップだ、なつかしいなぁ」
以前 いんこ飼っていた時 餌を買いによく来ていた
お店だった。
実家から上京する時 二羽のセキセイインコのカップル
を連れてきたから。
「もう年とってるから 家に置いていけば?」
と母は言ったけど どうしても置いてこれなかった。
あいつらだけは どんな私でもクリクリした目で見つめて
受け入れてくれた。毎日 部屋で仲良く留守番をして
学校とバイトから帰宅すると大喜びで飛び回っていた。
そのセキセイは 今回はいっしょに帰れない。
上京して一年後 あいつらは続けざまに 静かに私のとこ
ろから旅立って行ったから。十年のつきあいだった。

気持ちを紛らわせるにはもってこいの場所である。
私は ペットショップに入って行った。犬や猫には ほと
んど目もくれず 鳥のコーナーにすっとんで行ってしまう
癖は相変わらずである。いんこのヒナは今日はほとんど
いなかった。
いんこのヒナ かわいいから見たかったので ちょっと
残念だったけど なつかい気持ちで ゆっくり売り場を
見て回る。
看板いんこのモモイロインコの桃ちゃんも相変わらず
元気そうである。
「いや〜 久ぶりだねぇ」
かごの前の非売品と書いたプライスカードだけは 最近
変えたらしく やけに白くて綺麗だった。

青いセキセイが かごに一羽ポツンといるのに 目が
行った。すっかり成鳥になってしまった 売れ残りで
ある。
「おまえも クリスマスなのに寂しそうだねぇ」
と ついつい 自分と重ねて見てしまう。
んが。このセキセイ
「別に寂しくないけど?何勘違いしているの?」
とでも言いたげに 突然 頭を脚でカキカキして
猛烈にフケを飛び散らせやがった。あたりの空気が
もうもうと煙くなる。むぅ、非常にセキセイらしい
強気の性格のようである。そうそう セキセイはこう
でなくっちゃ!
「いいなぁ 私もいんこになってしまいたいよ…」
ピタッと頭かきを止めてセキセイがまじまじ 私を
凝視したような気がした。気がしたんだけど…そこから
記憶が砂嵐になってしまったんだわ。

…んで。今 いんこになった私が ここにいるわけで
ショップで眺めていたのが青いセキセイインコで
今の私がやっぱり青いセキセイインコである、ってこと
考えれば 事のなりゆきは だいたい想像できるっても
んである。
今 私の意識がいんこの中にいるってことは バスに乗り
そこねた私の人間のからだは どうなったのか?とか
帰るからねと連絡した家族が心配しているのではなかろ
うか とか 半額のクリスマスケーキは腐ってしまったの
か?とか それならいっそ 歩きながら食べてしまえば良
かったとか そういう諸々の重大な疑問からくだらない
後悔までないわけではなかったけれど 今やいんこに
なってしまった私には わずらわしい人間だった頃の問題
を解決する術なんて ないんだから しょうがない。
放っておくしかないだろう。投げやりと指摘されそうだが
これが本音である。それに指摘する誰がいるっていうの?
単なるいんこ相手にさ!
ただひとつ。青いセキセイの意識はどこに いるのだろう?
と それだけは気がかりであった。 

(つづく)
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