小説 いんこな日々

10章 恋の始まり

いつもの通り 夜 飼い主が帰ってくる時間、ドアの向こう
でガチャガチャ鍵を開けるまでは いつもの手順だったが
「どうぞ 入って」
という声。どうやら 飼い主一人でない模様。

灯りが点いて 私らいんこが まぶしそうに頭を上げると
人間の若い男が目の前に出現しておった。
飼い主に彼氏が出来ていたっつう私の勘は やっぱり当たっ
ておったのだ。
それにしても ちょっと黒づくめな感じの衣装は いんこには
威圧感あるから…ほら、ね。
「きょ?きょ?…ぎょえ〜〜〜〜〜っっっ!!!」
オカメのグレ子が悲鳴とともにかごん中で暴れだした。
オカメパニックである。
「うおっ…どうしよう、なんか暴れてるよ」
オロオロとしたその口調 むう、あんまりいんこ慣れしておら
んな、と私はチェックを入れた。
「グレ子、わかった わかった 落ち着こうね」
飼い主が素早く かごの中のグレ子を掴むと 両手で包むよ
うに抱っこした。グレ子の恐怖の波が さっと引いていくのが
傍目にもわかった。さすがに手慣れておる。
飼い主は グレ子を抱っこしたまま 男に向かって
「これがオカメインコのグレ子。すごい怖がりなの」
「あと こちらがセキセイ。ちゅう坊とグリ子とりょうちゃん」
と私らいんこを紹介しているが あのね。んで この男の紹介
は?
やっぱり私達には 紹介なしかね?
「オカメインコってのは 初めて見た…小さい頃 実家で飼って
いた鳥 セキセイだったから なつかしいな。こんな感じの緑色
の鳥だったよ」
男はグリ子を指差して 飼い主の方に振りかえった。指をささ
れたグリ子にもさっと緊張が走った、目が小さく からだがこわ
ばっている。っんとに 内弁慶なやつらだなぁ。

んが いんこ達の緊張もどこ吹く風で 飼い主と黒服男はすっ
かり 二人の世界を構築しつつあった。
飼い主が 男に話しかけた。
「あの、コーヒーでも飲む?」
「え?いいの?嬉しいな」
飼い主の声が ドギマギしているのがわかるのは 元人間ゆえ
かもな。そっか 好きなわけね、この男?
飼い主は落ち着きを取り戻したグレ子をかごに入れると
コーヒーの準備をするのに部屋を出て行った。台所からお湯の
沸く音がシュンシュンきこえてきた。

改めて私は 男をまじまじ見つめた。黒いコートは威圧的だっ
たが 顔はおとなしめ、ちょっと弱気な感じさえする。頭のちょ
っといきがったツノツノヘアーは顔に似合ってないから減点対
象だ。まぁまぁ 合格点あげとくわ、と判断を下す。
飼い主も おとなしい性格だし 並んでる感じが雰囲気よさげ
ではある。
男は 三つのかごを交互に眺めていたが オカメのグレ子は
鼻息荒いし セキセイの他の二羽も 警戒警報は解除できな
いでいるらしく 興味津々で男を眺めている私が どうやら気
に入ったらしい。男は私に向かって語りかけた。
「動物の話題振って 正解だった、鳥飼っていたとはなぁ。どう
りで遊びに出かけても そそくさと帰るわけだ。『鳥 見たいな』
は ここに来るいい口実になったよ、とりあえず一歩前進だ、
うん」
ほぉ〜〜、私らを だしにしたわけね。
利用したっていいんだけど 後々 変に嫉妬しないでよね?
「僕と鳥と どっちが大事なんだ?」
なぁ〜〜んて言うんじゃないわよっ!…ちょっと気を回しすぎ
かしらね(汗)

飼い主がマグカップに入ったコーヒーを二つ抱えて 部屋に
戻ってきた。
「熱いから気をつけてね」
とか言いながら 男に一方を手渡す。
二人はコーヒーをすすりながら沈黙した。
ねぇ あんた達 今日これからどうするつもりなの?
もしかしてっ!このまんま泊まるのかしらっ!?
そうよ、そうよね この展開なら そうくるわよね。
この沈黙って 次はガバッと手を握るなり キスするなりの
前段階かしら?ワクワクするわ〜っっ。
あぁ 元人間だったからついつい想像が暴走しちゃうのよね。
その点、横にいるいんこ達は気楽よね、元からいんこだから
人間の惚れたはれたなんて 全く 興味も湧かない問題だ、と
いうか まだ緊張しているの、あんた達? 
「コーヒーごちそうさま。じゃ 今日は帰るよ」
あっさりと男は立ちあがった。
あら?帰っちゃうの、なぁんだ 若気の至りで突っ走るのかと
思って期待してたのに 拍子抜けだ。
「うん また鳥に会いに来てね」
あっさり飼い主も男を帰すつもりらしい。この二人…どうなって
るんじゃ?かすかな疑惑が頭をもたげて来た。

二人は立ちあがると 部屋を出た。玄関から二人の声が聞こ
えてくる。
「じゃ また」
「うん また電話するね」
そしてすぐにバタンとドアが閉まる音がして 飼い主がニコニコ
しながら部屋に戻ってきた。
ね、ねぇ もうちょい別れぐらい惜しんだらどうなのよ?キスする
間もないじゃん。
私がヤキモキしたって始まらんとは思うが 飼い主は それなり
に楽しかったのね、こんなんで?問いただすように飼い主を見
上げると やっぱりニコニコ満足げである。
そういえば。私は先ほどの男のつぶやきを ふいに思い出し
た。
『とりあえず一歩前進だ、うん』
とあの男は言っておった。
一歩前進って…んで 一歩前進した結果 あっさり帰ったって
ことはさ この二人の関係って つまり…。
「あんた達のおかげで あの人 うちに呼べたの。いい人で
しょ?好きなの。どうやって気持ち伝えたらいいと思う?」
つまり そういうこと?この二人 まだ互いの気持ち確認してい
ない『つきあう以前のお知り合い状態』ってこと?
んじゃ ウキウキして出かけていた今までの期間 あんた達 逢っ
ていたんでしょ?一体何しとったわけ?遊園地とか海に遊びに
出かけていたはずだけど ほんとに「遊びに出かけていただけ」
ってこと?
今日の目的は ほんとに「いんこに会うだけ」「会わせるだけ」
だったってこと?
グラリ…うおっ 眩暈がしてきたよ。知り合ってすぐ付き合って
半年で浮気されて別れた身には 信じられないような話であ
った。世の中 いろんな人がいるものなのね。


…それから二人が本格的につきあうようになったのは 約一
年後のことである。
人間の何倍も早く過ぎ去る時間の中で暮らすいんこな身に
は 人間の一年は数年も待ちくたびれた気分であったよ。
ある日 男が 部屋ん中で私らを指差して 飼い主と
「鳥と僕と どっちが大事なんだっ!?」
「どうしてそういう選択をしなきゃならないのっ!」
と喚いてケンカおっ始めたときには 予想していた展開に腹
たてる、どころか この二人が ようやくこのレベルのケンカを
出来るまでになったものか、と感極まって鼻がムズムズしたも
のである。
その結果 いんこゆえ涙は出ずに ベックション!ベックショ
ン!とくしゃみを連発したらば 驚いた二人がケンカやめてし
まったので ほんとうに悔やまれてならなかった。
「りょうちゃん 大丈夫っ!?」
心配してくれるのはありがたかったけど 記念すべきケンカな
んだから 心ゆくまでやっちゃって欲しかった、ベックション!

ともあれ無事カップル成立して良かった、良かった。
これで 懸案のいんこ問題にかかりきりになれるってもんであ
る。懸案のいんこ問題は深刻さが増してきておった。かごが
全部で 四つになってしまったのだ。もう この部屋に余裕は
ない。あいつらが私のかごに侵入してくるのも まさに時間
の問題といった緊迫した状況の中 私の必死の防衛戦が続
いておったのだ。
私の闘いぶりについては また次回 話そうと思う。

(つづく
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