小説 いんこな日々
| 11章 懸案のいんこ問題 セキセイカップルのちゅう坊とグリ子夫婦が初めての巣引き に入った時 その問題に考えが及ばなかったのは 私が甘 かったからだ、と思う。 「いっぱい食べて体力つけて乗りきってよね」 などと応援しては グリ子の為に 餌を運ぶちゅう坊に 餌の栄養バランスをやかましく喚いては ちゅう坊にすっかり 嫌われていたなんて おめでたすぎて涙がでそうだよ。 グリ子は産卵した五個の卵から三羽のヒナを孵した。 失敗に終ることの多い初めての巣引きとは思えぬ大成功で ある。 グリ子のかごの中に設置された巣箱から ヒナがゾロゾロ 這い出てきた時は 新しい後輩いんこ達を暖かく迎え入れる 先輩いんこ気分に満ち溢れていたものである(遠い目)。 一番大きいヒナはもうほぼ羽も開ききっていたけれど 一番チビ はまだ尻のあたりがフワフワとして とても小さくて 世にも はかなげな存在に見えたわけよね…ふっ(更に遠い目)。 「おばさん、じゃまだから どけよ」 放鳥時間 いつものお気に入りの場所でくつろいでいた時 背後から声がした。 おばさんっ!?それって まさか 私のことなわけ!? 愕然としつつ 振り向いた先に 邪険のないヒナの顔がそこに あった。しかも尻のフワ毛の残りが三本しつこくこびりついて いる一番チビではないか! そりゃこいつから見れば 私は充分年上だけどもさ…。 人間だった時の私は 二十歳になったばっかりだったから 「おばさん」呼ばわりは 生まれてこの方 これが初めてで ある。当然のごとく 怒りがフツフツ湧いてくる。 「なんでどかなきゃ ならないの?」 気持ちを押さえつつ 私はチビいんこに静かに問いただした。 チビっこには 大人な態度で対抗すべきなんて 思った私がバカ だった。 「えー?じゃまだから、だよ」 チビは悪びれもせず そう言うと いきなり私のしっぽを くち ばしでくわえ、なんの躊躇も遠慮もなしに しっぽをぐいぐい引っ 張りだした。 「だからぁ〜、とっとと どいてよぉ〜」 「ひょえええ〜〜っ! 全身に怖気だつ寒気が走り 私は思わず情けない悲鳴をあげ た。 悲鳴をあげながら 私は自問自答した。こんなチビに好き勝手 されていいのか?こんな状況を むざむざ許してしまっていい のか? 答えは否、だ。いんこ同士の駆け引きは 引いた側の負けであ る。セキセイならば 押して押して押しまくるのだっ!情けない 悲鳴をあげている場合ではない。攻撃こそ最大の防御じゃーー ーっ! 私は息をとめて からだを思いっきりひねって チビが齧りついて いるしっぽを強引に引き抜いた。すごく痛かった。ほんとに痛かっ た。でも 私は負けないっ!!! 「チビのくせに…」 私はジリッと一歩 チビに近づいた。初めてチビがたじろいだ。 形勢逆転。 「力関係 わかってないようだから…」 ジリッジリッ。 「教えてあげなくちゃ…ね」 次の瞬間 私はチビに飛びかかった。 「ぴゃあぁ〜〜」 それまで 生意気な口をきいていたのが 途端にはかなげな ヒナっぽい叫び声をあげるところが 小憎たらしい。 「いきなりか弱いフリなんかするんじゃないわよっ!」 叫びながら 体当たりして突き飛ばしてやった。 再びチビはの悲鳴を上げた。 ヒナの悲鳴に反応したのは 意外なことに父親のちゅう坊だ った。 「おいっ!チビ相手に大人げないことするなよっ!」 私とチビの間に割り込むと 彼は怒鳴った。いつもの弱気を 押し殺して ちゅう坊は怒鳴った。私はすっかり驚いて ちゅう 坊をまじまじ見つめてしまった。子供をかばう親の姿を 私は そこに見た。 『深夜バスにこれから乗るから 明日の朝には着くからね』 『気をつけて来るんだよ、待ってるからね』 電話口で母が言い、その後ろから 『到着ターミナルに迎えに行ってやるから 伝えておけよ』 と話す父の声が小さく聞こえた。 ー電話で話したっきりになってしまった親のことが ふいに頭を よぎった。お父さん、お母さん、心配かけているんだろうか? 私 いんこになっちゃったんだよ…。 一瞬 私は立ち尽くした。が その隙をついてすかさず チビが ちゅう坊の後ろに逃げ込んだので ハッと我にかえった。 考えるのはよそう、今はいんこな自分を生きるだけだ! 「ちゅう坊、どかなかったら あなたも蹴り飛ばすよ」 私は凄んだ。もともと弱気なちゅう坊ゆえ 絞り出した勇気も あっという間に飛散してしまったようだ。私の迫力に負けて チビをかばいつつも ちゅう坊は一歩後ずさった。 今だっ、私は ちゅう坊の後ろに隠れたチビに飛びつこう、とし た。んが 寸での所で、すっとんで来た飼い主にとッ捕まってし まった。間髪おかず ガミガミ説教が始まった。悪者にされた のは 当然私であって ヒナをいじめた大人気ない行動ってわ けである、けっ! 飼い主の説教なんぞ 右から左へ聞き流し 私は今後に思い を馳せた。 今目の前に存在するチビッコギャングだけなら 飼い主や親い んこの目を盗みつつ しっかり誰がえらいのかを教え込めば 済む話である。問題は…私は 深いため息をついた。 問題は ちゅう坊とグリ子カップルが 再び巣引きをして 新たなチビッコギャングが登場しかねない、ということだ。 「おばさん」と生意気なチビいんこはのたまいやがったが 今ま で心の奥底では感じながら 目をつぶってそっぽを向いていた 現実、すなわち自分が もう若いピチピチギャルではないと いうことを認めないわけにはいかなかった。 ならば 尚更。今後 ますます「おばさん」になって体力的にも 劣っていくであろうなかで 新たなチビいんこに 立ち向かっ ていくなんて 出来なくなっていくはずだ。 ならば どうするか?答えは 一目瞭然である。私はキッと 顔を上げた。 今だ説教を続ける飼い主の手の中だったもんだから 飼い主と 視線が合った。私の視線に凄みを感じたのか 飼い主は説教 をやめ 「りょ、りょうちゃん?」 と私に呼びかけたが 私は一点を見つめたまま(たまたまそれが 飼い主の視線と合ったが んなこたぁ知ったこっちゃない!) 自分の中の決意を 何回も何回も 繰り返し 心に刻み付けて いた。 ちゅう坊とグリ子の巣引きを徹底的に邪魔してやる! そうさ、簡単な話である。巣引きできなきゃ チビッコギャン グも発生しないっていう話だ。なんて素晴らしい作戦なんだ、思わ ずニヤリと心の中でほくそえんだ。いんこなんだから 顔の表情 がニヤリとするわけないはずだけれど 内側から滲み出る何か を感じたのか飼い主は 不気味そうに 私を解放した。 それ以来。放鳥時間になると 私はちゅう坊とグリ子を徹底的に マークしては 二羽がいい雰囲気になりかければ 強引に割り込み 二羽の仲を邪魔しまくってやったさ。 「あんた 私に何の恨みがあるわけ?どういうことよっ!?」 とグリ子がブチ切れて 言い募ってきたが 私はすかさず 「ちゅう坊!あなたの奥さんてば怖い!助けてぇぇぇ!」 と ちゅう坊にすり寄り ちゅう坊を誘惑することさえ 私は 厭わなかった。 「りょ、りょうちゃん どうしたっていうの?」 そんな私の真意をわかるはずもないちゅう坊は いきなりの私 の行動にただただ とまどい うろたえるばかりであった。 んが これでいいのだ、ちゅう坊のとまどった行動は グリ子 の目には 迫られてはっきり断れない優柔不断男に見えたはず で 案の定 グリ子とちゅう坊は その後しばらく 夫婦仲が 冷えたのだった。 作戦は予想どおりに成功を収めたんである。 「おばちゃん すごい策士だねぇ 僕を弟子にしてくれない?」 ある日 あの生意気なチビがそう言いながら 私に近づいてき た。一心に作戦を遂行する私にすっかり惚れこんだのだと チビは語った。 私は声もでず ただただチビを見返した。作戦だと見抜いたの に驚いたのと こんな作戦を実行するハメになった そもそも の原因に すっかり尊敬の眼差しを向けられるとは 非常に 複雑な気持ちがしたからだ。 しかし 尊敬をかちとった若い衆を味方にしておくのは 後々 の為にも決して損ではないし 私の作戦を見抜くとは 見所 もある、と私は冷静に分析した。 「わかった弟子にしてあげよう」 と私は言った。 「ほんとに!おばちゃん!?」 「ただし 条件がある。あんたの兄ちゃんと姉ちゃんも 私に弟子入りするよう 説得すること、わかったね?」 「うん わかった、仲間に引き入れる、約束だよ!」 そうして 私と若いいんこ衆連合が形成されたんである。 ターゲットは 若いいんこ衆の両親、使命は両親の仲を邪魔 することである。 再び開始されたこの妨害工作は しかし 結果的に グリ子 の恋心に火をつけてしまった。ほれ 障害の多い恋ほど燃え るってやつだ。グリ子は やっきになって ちゅう坊との仲の 修復にとりかかり始めた。負けず嫌いな性格って ほんと めんどい。んが 若さと数で圧倒する我々が 二羽の恋路 を粉砕するのは 時間の問題であった。 二羽が巣引きの準備を始めると 我々はとことん邪魔を しまくった。いちゃつく二羽の間に突進し ちゅう坊の愛の吐 き戻しを奪い取ったのである。そのあまりの迫力に ちゅう 坊は 恐れをなして 吐き戻しをしなくなり 吐き戻しの楽し みを奪われたグリ子は激怒した。 「あの連中に邪魔されて びびるあんたなんか 大っ嫌い よーーー!」 ボカッ!グリ子がちゅう坊を蹴り飛ばした。 ものかげから覗いていた私は「ヨシ」とつぶやいて ほくそえ んだ。 飼い主と例の彼氏さんが 一年をかけて ようやくお互いの 気持ちを確認しあう段階に到達した、ちょうどその頃のこと であった。 (つづく) |