小説 いんこな日々
| 12章 世話焼きいんこ 時は駈けぬけるように過ぎて行く。 飼い主と彼氏さんは いつしかこの部屋で同棲を始めていた。 私はこの彼氏さんとすっかり仲良しになっていた。 初対面で私が彼氏さんを怖がらなかったのが 好印象だった のだと思うが 飼い主が留守で暇な時なんかは 私を肩にの せて よく独り言をつぶやいた。元人間なので話の内容が わかるだけに 私は飼い主より彼氏さんのことに詳しくなっ たと思う。この事実に彼氏さんが気づいたら きっと 恥ず かしくて家出しちゃうかもしれないな。そういう性格だって ことね(お見通し)。 いんこ軍団は ちゅう坊&グリ子夫婦の最初の巣引きで 増員した三羽の若いセキセイ衆以来 メンバーに変化は ない。私と若い衆の妨害作戦が効を奏したのかどうか はわからんが 夫婦の巣引きへの情熱は いつしか失わ れたようである。 若い三羽衆も すっかり大人いんこになって それぞれ 自分のライフスタイルを確立していた。 一番上の兄セキセイは なんとオカメのグレ子との 不 毛の恋に走っておった。でも グレ子が幸せそうに 冠毛 に愛のゲロこびりつけて(オカメの背中にのっかったセ キセイは サイズ的に愛のゲロを 冠毛になすりつける のが精一杯なのね(情けなや〜))歩き回っているのを 見ると 不毛でもいいのかも、と私も思うようになった。 二番目のメスセキセイは やはりメスらしい強気の性格 だったので 私は彼女に次世代のボスになるべく 心身 を鍛えるように伝えた。そろそろ世代交代の時期である ことを 私自身も はっきり感じていたからだ。 三番目のチビセキセイ(成鳥だけどもさ)が 一番私 を慕って 金魚のフンのようについてまわってきていた。 「僕はいつまでも おばちゃんの弟子だよ!」 が彼の口ぐせであった。 そんな生活を私は送っていた。幸せだ、と私は思った。 不満ばっかり感じていた人間だった時を思うと 私も 随分おとなになったのかもしれない。 ある日 飼い主が留守で 一人残った彼氏さんがいつも のように 私をかごから出して 肩にのせた。と 突然、 「けっ、けっ、けぇ〜〜〜 ゲヘゴホゲヘゴホ」 何事さ?私は びっくりして 彼氏さんを覗き込んだ。 真っ青な顔に汗がタラリと一筋流れた。ちょっと!大丈夫? んが 私の心配など眼中にない彼氏さんは 真っ青な顔の まま 私を肩から指にのっけて 私に食いつかんばかりに また 絶叫始めた。 「けっ、けっ、けっこん!!」 何?何だって? 「けっこん!けっこん!ゲヘゴホ、して、ゲヘ くださいっ!」 彼氏さんは 私を凝視したまま 一気に声を吐き出した。 と とたんにガックリ肩を落とし 顔をふせてしまった。 けっこん…もしかして プロポーズの練習? ようやくその気になったってわけね、つきあいだして何年になる んだったけ?そうか そうか 遂にね…。おめでとう! しかし 彼氏さんは ちっとも おめでたそうな表情でない。 私はまた 彼氏さんの肩に飛び移った。 「駄目だっ、言えないっ!」 「断られたら?でも 怖がっていたら 前に進めないだろ…」 とブツブツ言うと う〜〜んとうなって頭を抱えこんでしまった。 そういえば…。私は この苦悩を眺めているうちに ちょっと 嫌な予感が頭をもたげてきた。 お互いの気持ち告白するのに このカップル 一年かかったんだ よな。で。今回のこの状態を照らし合わせると。つまり 実際の プロポーズにたどり着くまで 一体 どれだけの時間 費やすこ とになるんだろう? 考えるうちに 私の心にも暗雲がたちこめて 彼氏さんと肩の上 の私のまわりの空気は おめでたい話とはほど遠く ドヨドヨ と澱んできてしまった。 案の定 彼氏さんはプロポーズが出来ないまま 飼い主の 留守中にプロポーズの練習を繰り返す日々が始まった。 練習しては 「やっぱり駄目だっ!」と絶望する、繰り返しは いつ果てるともなく続いたのだった。 ある日 私は 三番目のチビセキセイを呼ぶと 「実は 頼みたいことがある。厳しい訓練を積まねば ならん作戦だが やってもらえるか?」 と尋ねた。巣引き妨害作戦以来の話だったからチビは 興奮した面持ちで 「もちろん!やるよ!」 と即答した。 チビと私の厳しい訓練が始まった。すっかり成鳥になった いんこが最初から挑戦するのは つらかったに違いない。 が、チビは一生懸命件頑張った、と思う。 二人とも部屋に居ない時間 私は自分のかごを抜け出す と三兄弟のかごに入って行って チビにびっちり指導し また 放鳥時間になると チビを引きつれて 彼氏さん の肩に二羽でべったりのっかって過ごすことが多くなった。 彼氏さんの近くにいることが 訓練上必要不可欠だった からだ。 そして ある日。 放鳥時間 私とチビは いつものように彼氏さんの肩に飛び ついた。彼氏さんが 飼い主に話し掛けた。 「最近 りょうちゃんといっしょに チビも肩にのって くれるようになったんだよな、どうしたのかな?」 「カップルになったのかな?色恋沙汰がまったくなかった りょうちゃんにも とうとう春がきたのかな?」 飼い主が頭をかしげてニコッと微笑んだ。 「春…」 ボソリと彼氏さんがつぶやいた、その口調が変で私はサッと 顔を上げた。ちょうど目の前にあった喉ぼとけが ゴクリと 鳴った。もしかして、その時が来たということか?私はチビ に目配せした。 (スタンバイして!)(了解!) 「春といえば、さ」 「うん?」 飼い主が彼氏さんに顔を向けた。途端に彼氏さんは 視線をそ らしてしまった。ちっ!やっぱり心配した通りだよ!作戦決行 だ。 「春といえば 花見…花見だ」 「う、うん?それで?」 「それでって…えっと…僕の故郷は 桜の名所なんだ」 微妙にちぐはぐした空気が 二人の間をただよい始めた。 私はチビにゴーサインを出した。小さくうなずき一呼吸置いて 「ケッコン シテクレ シテクレ ケッコン!」 チビは 彼氏さんの声そっくりで わめき始めた。 チビの突然のおしゃべりに 二人はびっくりしてチビを見た。 「プロポーズ イツカナ イツカナ イツカナ」 畳み掛けるように 私は飼い主そっくりの声で叫んだ。 彼女が 何度何度も口にしたつぶやきだった。 「え?」 「これって…」 あまりのことに 二人は言葉もなく お互いを見つめた。 私とチビは 壊れた時計のように ケッコンとプロポーズ を繰り返しわめき続けた。 扉は開けたよ。あとはあなた達が歩きだすだけ、なんだよ。 二人の沈黙がどれくらい続いたのか 私はわからない。 先に口を開いたのは彼氏さんの方だった。 「ほんとに?」 「え…?」 「プロポーズ待っていてくれてたの?」 飼い主がみるみるうちに顔を真っ赤にして俯いた。 「結婚…してくれる?」 彼氏さんの声は緊張で上ずっていた。 飼い主が俯いたまま小さくうなずいた。 私とチビは 彼氏さんの肩からかごの上に飛び移った。 あとは二人で勝手に盛り上ってくれ、って感じだ。 「あなた達 わかっていたの?」 飼い主がつぶやいたが チビはこの作戦の意味なんぞわかっ てなかったし 私も何のこっちゃとばかり猛烈な勢いで頭 をカキカキしてフケを散らかし始めた。 彼氏さんが 飼い主の肩をそっと抱いた。二人は 夢か幻 でも見てるように 私達いんこを見つめて いつまでもたた ずんでいた。 しばらくして二人の結婚が正式に決まった。 (つづく) |