小説 いんこな日々
| 13章 さよならの向こう側 結婚が決まってからの日々 飼い主と彼氏さんは 準備で 忙しく飛び回っていたようだ。 私達いんこ的には 二人の結婚準備の流れの中で 引越しが 一番の事件だった。 住み慣れたアパートは 二人とセキセイ六羽とオカメ一羽 には確かにちょっと窮屈だったから 結婚を前に私達は 新しいアパートに引越したのだ。 引越し作業のドタバタと新しい環境とで 私以外のいんこ 達は 引越しの前後しばらく 緊張していたけど 私は一羽 このイベントを多いに楽しんでおった。 部屋の内装は明るく綺麗で 新婚さんにピッタリで とても いいじゃない、と私はウキウキした。 引越して三日間 飼い主は 仕事を休んで 一人でびっしり 荷物整理にあけくれた。彼氏さんは 仕事を口実にとんずら したらしい。 「こういう時に仕事が忙しいって いい訳にしか聞こえない んだけどなー」 ブツブツ言いながらも 作業を進める飼い主は とても嬉し そうだった。 この三日間 私は すごく幸せだった。 他のいんこはまだ 環境になじめず 放鳥時間も尻ごみし ていたが 私は邪魔されることもなく ノビノビと飼い主の 肩にのって飼い主を独占出来て嬉しかったからだ。 部屋が綺麗に片付いた頃 彼氏さんが「仕事が落ち着いた」 とノコノコ部屋に出入りし始め 他のいんこ達も慣れて調子 が戻って元気に鳴き出し 飼い主もまた仕事に 結婚の準 備にと飛び回りだした。 朝 飼い主と彼氏さんが大慌てで部屋を飛び出して行く。仕事 だったり 結婚式の準備だったり。 日中は いんこ達だけの時間だ。餌を食べて毛繕いをして昼寝 して また餌食べて 隣のかごに出かけてみたりして 日が落 ちるとまたちょっと眠って 二人の帰りを待つ。 電気が点いて まぶしい光の中に飼い主が帰ってきたのを 確認すると ノビをして また餌を食べて かごから出して もらう準備をする。しばらくして かごから出してもらったら 飼い主の肩争奪戦始めてさ そうこうしているうちに彼氏さん が帰ってくる。彼氏さんの相手を少ししてあげてるうちに 飼い 主に呼ばれて かごに戻され 一日が終わるのだ。 こうして 新しい日常が 徐々に構築されていった。 軌道にのった日常の時間の流れの中で 私はその日が近づ いてくるのを感じていた。私はそれに向かって歩き始めた。 夜 暗いかごの中で 私はふうっと深く息をついた。 二人の結婚式が終わるまで…結婚式が終ったら…。それは 祈 りに近い私の想いであった。 そして 結婚式。朝 二人は仲良く 式場に出発した。 私は 部屋から出ていく二人を見送った。 二人が出て行ったドアをどれほど 眺めていたのだろう? 出来るものなら 二人がこの部屋に帰ってくるまで待っていた かった。でも もう限界だ、と私のからだは主張していた。 グラリとからだが傾きそうになった。必死に私は かごの外 に出た。ドタッ…力が入らない。しょうがないなぁ。そのまま ズルリズルリ這い始めた。 「りょうちゃん、どうしたのっ!?」 異変を感じたのだろうか、セキセイのグリ子がかごにへばり 付いて 私を呼んでいる。私はゆっくり顔を上げた。 グリ子も ちゅう坊も グレ子も 若い衆三羽も みんな 私を見ていた。みんなの顔を目にしっかり焼きつける。素敵 ないんこな時間をありがとう。 そして またズルズルと這って この部屋の隅っこの まだ 新しい私のお気に入りの場所を目指した。 ようやくの思いで壁際に着くと 私は壁紙をひっぺがし始めた。 壁紙をはがすのがいけないことは 元人間だったから 重々 承知していた。でもね。私はどうしても この部屋に自分の 印を刻んでおきたかったのだ。 今日 夫婦としてスタートする二人と 仲間のいんこ達と いっしょにこの部屋で暮らしたかった。でも それは もう 無理だから。せめて 私の痕跡を残したかったのだ。 ゴリゴリ…ビリッビリリッ。こんなもんかな。はぁ…疲れた。 はがした壁紙に寄りそうにからだを横たえた。目が だんだん 霞んできたみたい。 ありがとう、そして さようなら… 目から溢れた涙が頬をつたった。 「ねぇ ねぇ」 誰かが呼ぶ声がきこえた。ん? 「もしもし、聞こえてる?」 ゴシゴシ腕で涙をぬぐって 目を開けてみて 思わず腰を抜か しそうになった。そこには かご越しに青い色のいんこな私が 私をのぞきこんでいたからだ。 私が私を見てるって どういうことさ? 無意識に 頬に手をやる。涙流してたよね,私?いんこって 涙 なんて流したっけ??? そこまで考えて 自分のからだに視線を落として またびっくり した。うおっ!人間だっ!いんこじゃないぞ! じゃ ここどこ?ぐるりとまわりを見回す。…ペットショップ? 足元には ショルダーバッグとクリスマスケーキが置いてあって。 クリスマスケーキとペットショップ…五秒の空白の後 私が元の 姿で元の時間ークリスマスイブ 実家に帰省するバスに乗る前ー に戻ったことが だんだん理解できてきた。 夢…夢を見ていたのか? 私はぼんやり自問した。 しかし その問いを否定するがごとく 目の前の青いセキセイ (私?)が 私にぎゃあぎゃあ しゃべりかけてきた。夢だと いうなら なんで私はセキセイの言葉がわかるのだ? 「どうだった?楽しかった?」 目をキラキラさせて いんこが尋ねてきた。 「ってことは…あんたの仕業だったの?」 青いいんこは大きくうなずいた。 「だって いんこになってみたいって言ったでしょ?」 そう言われておぼろげながら 自分の発言を思い出した。 そう バイトはクビになるし 彼氏には捨てられるし 私 すっ かり気持ちがクサクサしていたのだっけ。 「だから 私の未来の時間をちょっと貸してあげたってわけ」 ちょっと得意げないんこの態度に 私はちょっとムカッとした。 「どうして そんなことが出来たわけ?今まで あんた どう していたの?私のからだに入っていたの?」 矢継ぎ早に私は質問をとばした。 いんこは クスクス笑いながら答えた。 「なんで 人間のからだなんかに入らなきゃならないの? からだの持ち主でさえ 嫌がってたってのに?」 非常にするどい指摘に 私は反論に グッとつまってしまった。 いんこは続けた。 「私は横でちょっと眠っていただけだよ」 そう言うとちょっと間を置いて いんこはキラキラした瞳で私を見 つめた。 「今日は クリスマスイブだから。クリスマスプレゼントって思えば いいんじゃないの?」 クリスマスイブだから…?私はぼんやりと いんこをながめた。 まだ 状況を理解しかねておったのだ。 いんこが 突然モジモジと下を向いた。それから 顔を上げると 私に言った。 「で。相談なんだけど。これって運命の出会いって呼べる状況 だと思わない?」 「運命の出会い?」 いんこは更に モジモジしながら でも ようやく言葉を続けた。 「だから、ね、私の飼い主になってもらえない…かな?」 ほんとにオズオズといんこは 私の顔を伺った。 平気そうな顔で頭のフケとばす態度と裏腹に 彼女は まだ 見ぬ飼い主を待ちつづけていた、というのか? クリスマスイブ、外のイルミネーションを眺めながら閉店時間 が迫る店内でいんこは 自分の前に立ち止まった女が「いんこ になりたい」とつぶやいたのを どんな気持ちで聞いていたん だろう? 瞬時にその考えが 私の頭をよぎった。 いんこの気持ちが せつなくて 愛らしかった。今すぐ彼女を 手のひらに包み込んでしまいたくなった。 「運命の出会い」とよくいうけれど 今まさしく その「運命」と 私は出会ったのだ。 こいつを連れて行こう、と私は決心した。 一晩バスに揺られるが成鳥なら なんとか 我慢してくれるだろう。 必要なのは 移動用のキャリーだな。 「ちょっと待っていてね」 私は そういんこに言い残すと 出口付近のレジにいる店員の元 に駆け寄った。 「すみません、セキセイ用のキャリーありませんか?」 「あ ちょっと待ってくださいね 裏にあるはずなんで」 そういうと 店員は店の奥に姿を消した。 私はいんこのかごの前に戻った。期待で目をキラキラさせて いんこは待ちかまえていた。 「連れて行ってもらえるのっ?」 私は ニコニコして大きくうなずこう、とした。 その時。店の入り口が開く音がした。 「うひゃ〜 閉店前に間に合ったぁ!」 転がり込んできた女の人が言った。それは聞き覚えのある声だった。 私は 反射的に振りかえった。そこにいたのは「飼い主」だった。 「な…」 事態は私の理解の範疇を超えていた。声が出ない…。 呆然と立ち尽くす私の横を「飼い主」 足早にすり抜けて 鳥の 餌売り場で 餌を選び始めた。 混乱した頭で しかし 私は必死にバラまかれた事態の破片をかき 集めた。やがて。 ああ そうなのか、そういうことなのか。 私は飼い主さんを見て それから もう一度期待で胸ふくらませた いんこを見た。言いたくなかった。でも…私は頭を振ると いんこ に話しかけた。 「ごめんね、私 あなたの飼い主にはなれないみたい」 言ったとたん 目から涙が溢れてきそうになった。 期待が大きかっただけに いんこの落胆ぶりも大きかった。 「どうしても どうしても 連れて行ってもらえない?」 私はそれには答えず 震える声で 「さっき いんこになって楽しかったか?ってきいたよね?すごく 楽しかったよ。だから あなたの未来も とても楽しくなる、私が 約束する」 ようやくそれだけ言うと ショルダーバッグとクリスマスケーキ を持ち上げるといんこのかごの前から足早に立ち去った。 「ねぇ!待って!」 背後からいんこの声が叫んだ。私が理解できたいんこの言葉は ここまでだった。 「ぴーーーっ!」 続いての叫び声は いんこの鳴き声になっていた。叫びながら いんこはかごに飛びついた。ちょうどそこに 通りかかった飼い 主が 餌を抱えたまま 立ち止まった。飼い主といんこの視線 が合った…。 「お客さん かご ありましたよ」 店の奥からキャリーを抱えた店員さんが 出てきた。 「ごめんなさい、買うのやめました。お手数かけて ごめんなさい」 こぼれ落ちる涙を拭い あっけにとられている店員さんにあやまると 私は店を飛び出した。 悲しかったわけではなかった。ただ 青いいんこが愛しくて愛しくて たまらなかった。道を歩きながら ポロポロと涙がこぼれた。やが て 涙は止まり 凪の海のように静けさが 心に広がって行った。 バスターミナルに着くと 待合室の端っこのイスに腰掛けた。 「そうだ、腐って後悔する前に クリスマスケーキ 食べようかな」 クスッ。私はちょっと笑みがもれた。いんこになって 食べなかった と後悔したことを思い出したのだ。 ガサゴソと包みをほどくと クリスマスの小物に彩られたホールケ ーキが姿を現した。付属のカット用のプラスティックのナイフを 手にとった。 「メリークリスマス」 小さくつぶやくと 一口大に切り取ったケーキをパックリ頬張った。 今日の出来事を 私は一生忘れない。 やがて定刻 故郷に向かうバスが出発した。 (おわり) |