てきとーどいんこ概論

人間といんこのてきとーコミュニケーション論

今日の話は なんで いんこが 人間と仲良くなれたか?がテーマ
である。
いんこが人間に取り入る為 様々に画策したのは これまで2回の
講義で論じてきた。これは いんこ側の話である。
そんじゃ 一方 人間が いんこを受け入れることが出来たのは 
何故か?これについて 今回 論じていく。
つまり。人間の何が いんこを受け入れる素養になったのか?という
話になるわけだ。

1 直触れの重要性
仲良くなるっていう根本を 理解しなくてはならない。仲良くなるとは
どーいうことか?こりゃ もう お互いのコミュニケーションだ。
人間どうしなら 言葉と言葉でコミュニケーションを図る、といのも
ありかもしれんが 言葉の通じない人間といんこ同士が コミュニ
ケーションをとるには これはもう肌と肌のふれあい、直貼り ならぬ
直触れ が なんとしたって必要なんである。
例えば 今 流行のインターネットで いんこHPを訪ねて かわいら
しい写真がアップされておったりするわけで このいんこ 可愛い
なぁ 仲良くなりたいなぁ、と思っても 飼い主さんにその思いを
吐露することは出来ても 当の本いんこには 馬耳東風、何のこっち
ゃのどこ吹く風、なんであり 片思いは片思いのまんま 過ぎ去って
ゆくのみ、なんである・・・。

しみじみ語るには訳がある・・・とあるHPの某A@WFオカメ様(仮
名^^;)(参照はHP鸚鵡屋潮路さんへ どーぞ〜(^^)/)に一目惚
れして以来 うちの♀オカメの婿になってくれ〜と叫び続けてお
ったが 当の某A@WFオカメ様に思いは ミジンコほども届かず
直触れな同居オカメちゃんとよろしくなってしまって ラブラブ新
婚生活を送っているのだな。
その仲良しぶりばっかHPにUPされる^^;のを ヨダレたら〜りで
指くわえて読むしか術がない状態の中 思い知ったわけさな
(るるる〜)。
直触れなくしては いんことコミュニケーションはとれぬのだ(−−)b
、と。

話を本線に戻そう^^;。
空間を超えて いんこと人間がコミュニケーションをとるのが 不
可能ならば。逆をいえば いんこと人間の間の空間が狭ければ
狭いほどコミュニケーションがとりやすいは 自明の理、といえ
る。
しかし 問題はまだ残っておる。
いんこと人間のサイズって あまりにも違いすぎやしないかね?
同じ地球上の生き物、として 並んで地上に立ってみろ、人間には
いんこの姿なんぞ 視かいの外になっちまうし いんこにとっちゃ
横に小山があるのみ な話になっちまって そりゃ いんこと人間の
間の空間は狭いかもしれんが これで コミュニケーションが成立
しているのか?といえば 甚だ 疑問である。
よくアイコンタクトなどといわれるように コミュニケーションをとる為
に 相手の表情を読みあう重要性も語れておるのも うなずける
話である。

では サイズの違う人間といんこが 同じ目線で相対するには どう
するのかっていうと やっぱ でかい方の人間が いんこを持ち上
げて いんこの顔を人間の顔の近くまで寄せて上げる(←某ブラジ
ャーの宣伝のよーな・・・^^;)のが 妥当な線といえよう。
実際 ごく自然にかくのごとくの一連の動作を 無意識でやっている
じゃろう?
さて。ここからが 本題なのだ。む?何をげっそりした顔をしておる
のだ?今までは 単なる前振りじゃよ、そこっ!ヨダレたらして眠っ
てるの 起きろっ!

2 直触れ否定論
直触れ及び 視線の高さを合わせることが いんこと人間のコミュ
ニケーションに必要なことは述べた。
ところで、だ。視線あわせるのに いんこ持ち上げるのはいいとし
て。
人差し指にいんこ乗せて 顔に近づけたりするんじゃろーが、考える
までもなく この体制を長時間 持続させるのは いんこには 何の
問題もないかもしれぬが 人間側には ちとつらい。
ほんでもって その解決策として「肩のせ」が 登場するわけである。
これのいい所は 体制が楽になる分 長時間 いんこを乗せてお
けることに加え 横を向けば すぐ いんこと視線を合わせること
が出来ることであり 視線を外せば お互い インターバルもおけ
る気楽さもある点である。
指にのっけて 顔のまっしょうめんにいんこ持ってきた体制では
お互い 長時間では 気疲れだって してくるってもんである^^;。
このように順序だてて考えると 「いんこの肩のせ」が 非常に
理にかなった合理性をもっていることが 理解できるのだ。

さて。ここで いんこが長時間 肩に乗っていられるのは 何故か?
を考えてみたい。
人間の指、ならば 止まり木がわりの感覚でいいじゃろうが 肩に
しがみついて 乗っかっておられるのは 一体 何ゆえか?
答えは 人間がいんこと直触れしていないからなのだっ!!
((−−)?←矛盾まみれの展開についていけない受講生の図^^;)
わっはっは やっぱ わからんよーだなっ!(勝ち誇った講師)

肩にのっけたいんこと人間の間には 厳密には あるものが存在
する。それは何か?服じゃよ、服!
服がないと いんこは 人間の背中に 安心してのってなんぞ い
られんのじゃよ!
うそだと思うなら 肩だしルックにでもなってみて いんこを肩に乗
っけてみろ。
ツルツルと ツメをひっかける足場のない肩の上で まるで
ダンスでも踊っているよーな かわいそうな いんこの図を目撃
するはずである。
飼い主だって いたずら心のひとつやふたつ あるんじゃから 
時々 肩で滑り踊るいんこを見たいと試すことも あるかもしれぬ。
それを攻める気は毛頭ない(←こんな寛大な発言をするのは 
自分が遊んだことがあるからに他ならぬ^^;)。
しかし 毎度毎度 これじゃ いんこの方が まいってしまう。
そんな苦労してまで なんで 肩にのらねばならんのだ?となって
しまうのは 当然の結果であり それでは 今まで苦労して論じて
きたコミュニケーション論が まったく水の泡になってしまうでは
ないか!(←そーいうことではないだろうヾ(−−; )
要するに!人間といんこが コミュニケーションをとる為に 1枚の
布の存在が 非常に重要である、これを言いたかったわけである
っ!(−−)b
ほんで つまり 人間が いんことコミュニケーションをとることが
出来るよーになったのは 人間が服をまとうようになった、という
歴史的背景が あったればこそ、なんである!(ドシン!←こぶし
を叩きつけ興奮状態に達しつつある講師の図)
歴史を学ぶことの意義とは こーいうことなんじゃよ!わかった
かねっ!(←得意絶頂でいばりまくる講師の図 ついに興奮の
臨界点に達したようーだ・・・f(−−; )

3 いんこ飼い的ファッション論
さて。ここまでの話で 服が重要であることは 骨身にしみたことと
思う(←別の意味で 骨身にしみた、と受講生も思ってる^^;)。

ここまでくれば いんこ飼いとして 正しい身なりとは何ぞや?にも
充分 答えられると思う。
さっき そこで ヨダレたらして寝とぼけておった君っ!答えてみな
さい。
うむうむ そうだ 肩がしっかり 布で覆われておれば よろしい、
その通り、おおむね 正解なので 先ほどの居眠りは大目にみて
あげよう(←眠くなるよーな講義をした己の責任には頓着しない
タイプらしい・・・)。
最近 流行りの肩ひもルックは いんこが長時間 肩に滞在する
には かなり苦しい、ということになる。
それと 更に補足すると 肩まで いんこがにじり登ることが出来
るのも重要である。毎度 人間が気がついて いんこを肩に乗せて
やれれば いいが いんこが乗りたがっておるのに 気がつかな
いことだってあるわけだ。
そんな時の為に いんこが にじり登れるよーな 服装をしていて
やれば いんこは勝手に にじり登ってくるもんである。
従って いんこ飼い的ファッションの第2のポイントは 下から
上へ服装が つながっていることである。
要するに へそ出しルックは やや 留意すべき ファッション、
ということになる。ただし、全く 駄目というわけではない。いんこ
の体長より短い幅なら 問題ない。いんこが はしご出来れば
良いわけ、だからな(−−)b
また 今年の春から夏にかけて 流行しそうなスカーフ・スカート
にも やや 注意が必要、である。
スカーフの生地で出来ておるスカートだから スカーフ・スカート
というんじゃろうが あのツルリンコとした生地は いんこが
にじり登る足がかりには やや難点がある。
ので スカーフ・スカートをはいている時は うろつくいんこには
充分 目を行き渡らせて 登りたい素振りを見せたら 肩に
乗せてやる、などの配慮が いんことのコミュニケーションを深め
ることになるもの、と思われる。

以上で今日の講義は終了である!
何か質問あるかね・・・?うっ、前回 前々回 質問した また君
かね〜(−−;
うぬっ!てきとーラブバ−ド論の講義は いつやるのか、だと?
〜〜〜(−−;(←痛い所 突かれたと思っている講師)
いや いつか やろうと思って 準備はしておるんじゃが なんせ
自分の所にラブバードおらんもんじゃから・・・モゴモゴ(←流石に
苦しい言い訳にすぎないという自覚が あるらしい)
ま そのうち、ということで・・・・そそくさ そそくさ(いつになくコソ
コソ退室する講師の図)

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