〜運命〜

【過去 番外編】

 

 

『・・・だからさあ。権藤兄、そろそろ身を固めた方がいいって。だから、ね?』

 

いつも通りに都ん家で晩メシ食った後、家に帰って風呂に入った後に珍しく透から携帯に電話がかかってきた。

何か忘れ物でもしたかな?と思ったんだが、透の用件はそんなものではなかった。

突然俺に「もう34なんだから結婚しなよ」と仲人が趣味のオバハンよろしく説教を垂れだしたのだ。

 

こいつ新しい趣味でも見つけたのか?

俺は花の独身貴族様なの。

だーれがそんじょそこらの女のためにこの優雅な生活を捨てたりするもんか。

 

「だから一体何なんだよ〜?」

 

携帯を右手に持ったまま、左手に持ったビールの缶をあおる。

ぷは〜。これだから風呂上りの一本はやめられない。

 

『明後日俺、一日中出かけてるんだ。都は明後日は午後からオフ。この意味分かる?』

 

分かる訳ねーだろ。お前は何を言ってるんだ?

俺様は明後日は夜までばっちり仕事が入ってんだよ。

 

『権藤兄、都にプロポーズするなら明後日だよ。大安だし。』

 

げほっ。突然何言い出すんだ。

大人をからかっていいと思ってんのか、お前はぁ。

ビールにむせると苦しいんだぞ。

お前も16ならそれ位は分かるだろ?あ、分かってちゃマズいのか。

 

『急な話で指輪とか買う金無かったら、あの指輪貸してもいいよ。親父も都にはめてもらいたかったんだろうしさ。第一都のイニシャルが彫られてんだからちょうどいいじゃん。』

 

げっ。あの指輪か。

この間の騒動の諸悪の根源。

こいつも誰に似たのか、最近考える事が普通じゃなくなってきたぞ。

 

「・・・お前、あれはお前の両親の結婚指輪だろーが。それに榊の形見だろ。」

 

『親父も都に貰ってもらえば本望だろうさ。あんなイニシャル彫ってたくらいだから。

もし使うんなら、俺の机の右の一番上の小さな引出しの中の箱に入ってるから。』

 

「お・・・おいおい。透。俺はそんなつもりは・・・」

 

『とにかく俺は明後日一日中いないからね。頑張れよ。じゃあな。』

 

がちゃ。つーつーつー。

一方的に電話は切れた。

そして電話のこちら側には、妙にどぎまぎしている俺がいた。

 

 

エレベーターのドアが開く。

降りた所で深呼吸。

スーツもおろしたてだし、多分皺も寄ってない。

靴もちゃんと磨いてある。

そして俺は襟元に手をやり、乱れても無いそこを整えた。

 

よしっ。

行くぞ。

 

ピンポーン。

 

一呼吸あって、「はぁ〜い」と都の声。

インターホン越しに「俺だ」と言うと、急にテンションの下がった声で「勝手に入ってよ」のすげない一言。

・・・何だか緊張感が萎えてしまった。

 

仕方なく自分で鍵を開けてドアを開ける。

玄関からすぐ右手の所に透の部屋がある。

いつもなら決して開けることのないそのドアを開けて、俺は透の部屋に入った。

探さなきゃならない物があった。

 

それは透が言った通り、机の右の一番上の引き出しに入っていた。

小さな箱を取り出すと、蓋の隙間に小さなメモ用紙が挟まれていた。

 

権藤兄へ

  どうやら実行する事にしたらしいね。頑張れよ。

  P.S 上手くいったら後で何か奢れよ。 透

 

思わず胸がじんとなった。

とおるぅ〜。

何てかわいい息子なんだ。パパって呼んでくれ。

って、まだ息子じゃないか。息子になるかどうかも分かんないしな。

そう思った途端に心臓がばくばく言いだした。

これってもしかして、一種のプレッシャーかも。

 

部屋から出たところで都とはちあわせした。

都はついぞ見慣れないほどにばしっと正装した俺に驚いたらしい。

 

「何よその格好。祐一郎、これからデートなの?折角晩御飯一緒に食べようと思ってたのに。今日透いないのよね〜。」

 

「い、いや。デートじゃない。」

 

「ふぅん。じゃ、どっか行くの?そのスーツ中々似合ってるからかわいい子引っかけられるかもよ。最近正美ちゃんと上手くいってないんでしょ?」

 

「な、なんでそんな事知ってるんだよ・・・」

 

「ナース達がお昼食べながら喋ってたわ。あんたの事無茶苦茶に言ってたわよ。」

 

がくっ。

正美というのは俺が今付き合ってる、いや昨日まで付き合ってた女の名前だ。

同じ職場の看護婦だから都も当然知ってる仲だ。

でも今からプロポーズしようってのに、何で他の女の話しなきゃなんねーんだよ。

人生って辛く厳しいものなのね。とほほほほ。

 

「と、とにかくお前にちょっと話があるんだけど・・・」

 

「何よ。それよりあんた、ご飯一緒に食べるの?一応透が作ってってくれたんだけど。

ロールキャベツ。美味しそうよ。」

 

ロールキャベツは都の好物だ。

今日のために都の好物をわざわざ作って行ったらしい透の気の利かせ様が思われた。

 

「あ、ああ。食べる。でもその前に話があるんだ。」

 

さっさと台所に歩いていってしまいそうな都の肘を掴んでソファに誘導する。

ん?って顔をしたけど、別段何もいわずに大人しくソファに座ってくれた。

俺も低いガラスのテーブルを挟んだ向かい側のソファに座る。

 

「何?」

 

座ったっきり中々口を開こうとしない俺に都が言った。

どうやらかなりメシが食いたいらしい。

そわそわしているし、振り返って台所の方を見たりしている。

仕方ない。さっさと切り出すか。

 

「都。俺と婚約してくれ。」

 

また後ろを振り返って台所の方を見ようとしていた首が急にこっちに戻ってきた。

はぁ?という声が聞こえてきそうな表情をしている。

 

「俺と婚約してください」

 

沈黙に耐えられずに、意味もなく繰り返してみる。

さっきより少し下手に出て言葉遣いも丁寧にしてみた。

 

「・・・何言ってんの。正美ちゃんに言いなさいよ、そんな事は。喜ぶわよ。」

 

「あいつとは昨日別れた。」

 

「まさか」

 

「本当だ。だから俺と婚約してくれ。な?」

 

昨日恋人と別れました、今日俺と婚約してくださいと言われて喜ぶ女は少ないだろう。

少なくとも都はそう言った類の女じゃない。

クソみたいに気位が高いからな。

 

それに俺達はあまりにも長い間男女の関係を無視した関係に甘んじ過ぎていた。

お互いに恋人だっていたし、その相手が共通の知り合いな事も多かったし。

俺はずっと都に惚れっぱなしだったが、その都に男―しかも知ってる奴―ができても平然としていられるほど、俺達の関係はいわゆる普通の好いたの惚れたのを超越していた。

そんな相手から突然結婚を迫られて、都が戸惑うのも当たり前だろう。

実際のところ俺だって二日前までは自分が今日こんな事を言うなんて、毛先ほども思っちゃいなかったさ。

俺だって負けず劣らず当惑してるんだ。

だからさっさと「はい」って返事しろよ。

そしたらメシも食えるし。俺だって腹減ってるんだからな。

 

「何でまた急にそんな事言い出したのよ。正美ちゃんにふられたの?」

 

・・・お前の頭の中では俺は最悪にカッコ悪い男みたいなのか?

何でそんな無様なシチュエーションしか思い浮かばないわけ?

月9のドラマとかなら、この辺で俺の数年来の熱い思いにはたと気付いて感涙にむせぶところだろうが。

それなのに何でそんな悲しい事ばかり言うかなぁ、お前は。

本当にデリカシーの無い女だよな、お前って。

 

「違う。俺がふったんだよ。」

 

げんなりしながら返事をする。

何で劇的なプロポーズの言葉にこんな返事が返ってくるんだか。

 

「何でまた。どーりで昨日くそみそに言われてたのね。」

 

「正美の事はどうでもいいから、お前の返事はどうなんだ?」

 

「・・・突然そんな事言われてもねぇ」

 

都の野郎、目を伏せやがった。

お前、この期に及んで断る気か?

いーや、ここまで言ったからには絶対に「うん」と言わせて見せるぞ。

鳴かぬなら、鳴かせてみしょうホトトギス。

いや、鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス。

16年待ったんだ。あと何年でも待ってやる。

 

「他に好きな奴いるわけじゃないんだろ?」

 

「・・・何で否定形で聞くのよ?」

 

「お前、透を引き取ってからほとんど男と付き合ってねーだろ。」

 

「付き合ってたでしょーが。何回も。」

 

「もって3ヶ月だろうが。そんな相手と電撃結婚するわけにもいかないだろ?」

 

「あんただって似たようなもんでしょうが。大体ねぇ、私あんまり結婚願望が無いのよ。」

 

「俺もあんまり無いんだけどさ。やっぱり結婚するならお前とがいいかな、って思っちゃったりしてさぁ。気心も知れてるから楽だし。な?だから婚約しよ?」

 

「だーかーらー。何で突然そっからそーなるわけ?しかもあんたさっきから『婚約しよ』って連呼してるけど、それは普通『結婚しよ』って言うべきでしょーが。男のくせに何あがってんのよ。小心者ねぇ。」

 

「違うんだな〜。俺はちゃんと分かってて言ってんの。俺が婚約しようって言ってんのは、お前が結婚したいって思う時まで待つ、って言う意味なの。お前結構国語力無いのな。」

 

俺に国語力がないと言われている都は実は高校時代は文系の生徒だった。

T大の文一を滑ったからうちの大学の医学部に入学したんだが。

T大も案外大した事無いな〜、と純理系の俺は内心思っていた。

 

「はぁ?」

 

「お前が結婚する相手は俺、って分かってるんなら俺は何年でも待つぞ。だから、一応婚約だけはしときたい訳よ。そしたら変な虫が付く事もねーだろ。俺のだって分かるからな。」

 

「だから私は結婚する気がない・・・」

 

「榊のせいか?それとも透のせいか?」

 

榊の名が出て、都は急に静かになった。

また、目は逸らしている。

 

「別に・・・」

 

「俺はお前と十年来の腐れ縁だ。いい所も悪い所もお前の事は大体分かってるつもりだ。お前の榊に対する気持ちも、透も何もかもひっくるめて引き受ける。榊の事を忘れろとも言わないし、俺の事を一番好きになれとも言わない。二番目で手を打ってやる。家事が出来ないのも重々承知の上だし、仕事を辞めて家庭に入れとも言わない。お前が仕事を辞めてぐうたらしたいんだったらそれでもいい。どーだ?こんな好条件、34にもなったら滅多に無いぞ。容姿端麗で将来性有り、先着一名様限定の超レアなお買い得物件だ。」

 

「・・・私まだ33なんだけど」

 

「どーせそのうちすぐ34になるだろ。ごちゃごちゃ言ってるうちにすぐババアになっちまう。一人の老後は淋しいぜ〜。それよりかは俺と楽しい老後を過ごそうぜ。な?この指輪受け取ってくれよ。」

 

そう言って透の机から持ってきた指輪をテーブルの上に置く。

かつて榊の左手に光っていたその指輪を見て都は唖然とした。

 

「何よこれ・・・和仁の指輪じゃない」

 

「そっ。これが俺達の婚約指輪になるの。金が無かったんじゃないぜ。これには俺はこの榊の指輪ごとお前を引き受ける用意ができてるって言う意味があるんだな〜。榊もお前に持ってて欲しいと思うしさ。」

 

「何言ってんのよ。それ透のでしょ。勝手に持ち出してどーすんのよ。」

 

「透がそうしろって。どーやら俺にパパになって欲しいらしいぜ。」

 

「・・・あんた達、この間から勝手に盛り上がってない?それでこんな事言い出したのね?」

 

「違う。確かにあれもきっかけだったけど、昔からお前が嫌いじゃなかったんだよな〜。」

 

「あらそーですか。それはどーもありがとう。」

 

どうやら全く信じていないらしい。

鈍いのもここまで来れば立派なもんだ。

近々名誉市民ぐらいにはなれるかもしんない。

 

「とにかく!もうこの期に及んで、俺はお前以外の奴と結婚してる姿が想像できないの!ぶっちゃけた話、お前だってそうだろ。だから観念して『はい』って言えよ!」

 

「あんたと結婚してる姿も想像できないわよ!」

 

「俺にはできてるからいいんだよ!!」

 

お定まりの言い合いになった後、都が皮肉っぽく笑って言った。

 

「あらそう。じゃあ婚約するだけして、私がその気にならずに10年とか20年とか経っちゃったらどうすんのよ。その時にはもうババアだし、子供だって産めないわよ〜?」

 

「待つ。俺は16年待ったんだからな。後10年くらい余裕で待ってやる。もう子供は一人いるから別に構わない。ま、たくさんいるにこした事はないけどな。」

 

「何よ。あんた隠し子でもいたの?」

 

分かりきった事を聞く。だから俺も分かりきった返事を返した。

 

「ああ。16にもなる、カワイクねー男のガキだ。」

 

もう口答えする元気がないのか材料がないのか、都はぐったりと黙り込んでいる。

よし、あと一息だ。

こいつは昔から押しに弱いからな。

それにこいつは本当は誰かに支えてもらいたがりなんだ。

だからあと一押しで奇跡が起こる可能性が無いとも言えない。

いや、何が何でも起こしてみせる。

 

「なぁ都。この指輪を受け取ってくれるだけでいいんだ。お前が結婚したい気になるまで俺達の仲は今まで通りだ。何も変わらない。俺のことが嫌いじゃないんだったら、これを受け取って俺を安心させてくれよ。何なら死ぬまでその気にならなくったって絶対文句なんか言わねーからさ。な?」

 

機嫌を取るように、俯いたままの都の顔を下から見上げる。

しかし都は頑として目を合わせようとはしない。

ああそうかい。これでもまだ足りねーってか。

おーし、分かった。上等じゃねーか。

こうなりゃ俺は手段を選ばないぜ?

泣き落としてやる。

 

「・・・それとも俺のことが嫌いなのか?」

 

殊更悲しそうな顔で聞いてやる。

案の定都は慌てて「そんなこと・・・!」と否定しにかかった。

あったぼーよ。俺ははなっからそんな事考えた事もないぜ。

このワイルドでハンサムでダンディな、『第一内科のプリンス』の異名を取る俺様を嫌いな女なんてこの世にいる訳ねーだろが。

さて、もう一押ししてみるか。

 

「ならこれを受け取ってくれ。俺の一生の頼みだ。頼む、都。俺以外の男と結婚したりしない、その保証が欲しいだけなんだ。それ以上は何も望まないから。頼む。」

 

さっきまでの悲しげなツラを持続したまま、より一層悲痛な声音で続ける。

ここまで哀願されて断れるほど都は情の強い女じゃない。

そして案の定。

 

都の右手は条件反射的に前に出て、指輪の置かれたテーブルの上まで来た。

それから一瞬我に返り、手を出してしまった事を後悔するかのようにためらったが、ここで手を引っ込めたら俺が傷つくこと分かっていたので、都はその手を引っ込めるような事はしなかった。

できることならそうしたかったんだろうが、都にはできなかった。

それが出来ない女だからこそ、俺はこいつが好きなんだが。

 

祈るような気持ちでじっと待った。

16年間待ちつづけた、来るべき瞬間を。

ずっと俺の事を忘れ続けていた運命の女神が、俺の事を思い出してくれることを期待して。

 

どうやら運命の女神もとうとう俺のことを思い出すことにしたらしい。

諦めに似た表情をちらっと浮かべてから、都は自分のイニシャルが彫られたその指輪を手に取った。

 

―完―

 

 

え〜とですね、権藤のかなり突然&一方的なプロポーズの場面です。

まあ、ここまで好条件を提示されて心が動かない女もどうかと思いますが。

女冥利につきますよね(^^)

ま、これがこのシリーズの実質的な最終回です。どうでしたか?

私的にはこの三人組にお別れできて嬉しいやら楽しいやら(^^;)

ちなみに『楽園』の人気投票に一票を投じてやろうと言うご親切な方がいらっしゃれば、すごく嬉しいです。

その時は、本編『過去』の方にお願いしますね(^^)

 

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