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それは遥か遠い昔の夢 運命の一瞬、そして永遠の恋 〜エピローグ〜 杉浦喬と藤堂深雪が初めて出逢ったのは11年前、中学一年の春のこと。 大恋愛に陥る二人がえてしてそうであるように、喬と深雪も初めて相手を見たその瞬間から互いに他とは違う“何か”を感じ取った。 けれどもそれが何なのか気付かないまま二人は時を重ねることになる。 運命に気付かぬまま二人は別れ、再び巡り逢う。 ・・・そして扉は開かれた。 運命はすでに二人に訪れた。 後はひたすら道なりに進むだけ。 片方は坂を転げ落ち、片方はゆっくり着実に歩を進めながら。 それでも運命の糸は二人を決して放さない。 時にほつれ、時にからみつきながら二人を縛り続ける・・・永遠に。 〜Vol.1 再会〜 「絶対来るわけない」 何度この台詞を繰り返しただろうか。 杉浦喬は雪でも降りそうに寒い冬の日、愛用の黒いダッフルコートにくるまりながら一人来ない人を待っていた。 我ながら馬鹿な行動を取っているとは思う。 絶対に来る訳なんかない。もう忘れてるに決まっている。 それでも喬は待っていた。 6年前の約束を果たすために。 喬が待っているのは藤堂深雪。 深雪とは6年前のうそ寒い終業式の日に『6年後にここで待ち合わせよう』と約束して以来、ただの一度も会っていない。 それでも喬はここにやって来、そして深雪を待っている。 寒さでかじかむ手先を眺めながら、喬は昔に思いを馳せた。 ―今は、別れてた方がいい。6年後、お互い無事に大学を卒業したらまた会おう― どちらからともなく言い出した提案。 『傷を舐めあうのではなくお互いに高めあう。それができなくなったら遅れた方を置いて行く。』 その暗黙の了解が破れそうになった時、二人は別々の道を進む事を決めた。 精一杯大人の振りをして。 自分達がどれほど大切な物を失おうとしているのかも知らずに。 そこまで考えてからふっと現実に帰り、喬は腕時計に目をやった。 ―6年後の12月25日、初めてデートしたあの場所で12時に― 現在12時25分過ぎ。 約束の時間からおよそ半時間ほど過ぎている。 もう深雪が来る事はないだろう。 どちらかというと時間正確な方だった。 それでも。 6年間の想いを葬るにはもう少しの時間が必要だと考えた喬は、今までもたれていた壁に身をもたせ直して目を閉じた。 そして再び白昼夢の扉が開きそうになったその時。 「喬?」 記憶の向こう側から声がする。 忘れたくて、でも忘れたくなくて何度も何度も暖めなおしたその声。 目を閉じたままで『これは夢では?』と疑ってはみたものの。 閉じた目の前から感じる懐かしくて慕わしい、小柄な人の気配が消える様子もない。 「・・・?」 恐る恐る目を開けてみると。 そこには。 あれほどまでに焦がれた覚えのある人影が目の前に立っていた。 〜Vol.2 誤算〜 「覚えてたんだ」 深雪が呟くように言う。 懐かしいその笑顔。 はにかみと微笑みの中間に位置しそうな曖昧な表情。 「お前こそ、本当に来るとは思わなかった」 「・・・だって約束したじゃない?約束したら来るわよ。」 それを聞いて喬の顔には思わず笑みが浮かんできた。 何のひねりも掛け値もない言葉。 どこまでも真っ直ぐなその気持ちが大人の世の中というものに慣れ始めた今の喬には 心地よかった。 「俺だって約束した」 「でも絶対来ないと思ってた」 「俺は時間きっちりに来てたぞ。遅れたのはお前の方だ。」 それを聞いて深雪は返事ができなかった。 言葉が喉のあたりに引っかかって出てこない。 “わざと遅れた” それは深雪本人以外は知りえない秘密。 遅刻して行けばたとえ喬がいなくても、『遅刻に怒って帰っちゃったんだろう』 そう自分をごまかす事ができる。喬は時間に遅れるのをとても嫌った。 そこまで考えての遅刻だった。 深雪は喬が自分の名を呼んだその瞬間まで、絶対に喬は来ないと信じていた。 もう終わったことなのだからと。 引きずっているのは自分だけだと、6年かけて自分に言い聞かせてきた。 ―今日で終わりにしよう― 昔の夢に縋るのは。 そう自分に言い聞かせて、約束の時間を回ってから家を出た。 なのに、そこには。 〜Vol.3 交錯〜 ―深雪は綺麗になった― 喬はしみじみそう思う。 本当に綺麗になった。大人になったと言えばいいのか。 昔は感じなかった何か、“異性”を感じさせ、惹き付ける何かがある。 自分のいない間にそんな風に変わってしまったかつての恋人に、喬は嫉妬のような感情を抱いてしまう。 そんな感情を深雪の恋人とかならともかく、深雪本人に感じるのはこの上ないお門違いだと分かっていても、かつて身に覚えのある感情が体の深いところから湧き上がってくるのを喬は止められずにいた。 ―喬はちっとも変わらない― 深雪は一目でそう感じた。 約束の場所に喬が立っているのを見つけたその瞬間に。 それは嬉しくもあり、ある種がっかりさせられる事実だった。 女なら誰でもかつて愛した相手に変わらずにいて欲しいし、より素敵な白馬の王子様に 変身して自分を迎えにきてくれるという幻想も持っている。 深雪だって女の端くれとしてそんな感情が全くなかったといえば嘘になる。 ややもすれば期待と不安で狂ったように沸き立ちそうな心をなだめなだめ約束の場所に 着てみれば、そこには寸分たがわぬ昔のままの彼がいた。 そういう、複雑な気持ちで深雪は目の前の喬を見つめていた。 再会して十五分、すでに二人の間には微妙な温度差が生じていた。 二人の思いが交錯しそしてすれ違ったこの瞬間、二人の運命の歯車がかすかに音を立てて軋みながら回り始めた。 〜Vol.4 憂鬱〜 深雪はとても不愉快だった。 自分自身の感情を思うようにコントロールできない事ほど不愉快な事はない。 世の大方の人間はこの意見に賛成するだろうが、深雪はことに自律を尊ぶ性質だった。 つまり平たく言えば計算高いのだ。 深雪自身、自分が計算高い性質を持ち合わせているという事実には何の異論もない。 それどころか、そうありたいと願い自分自身をそう作り上げてきた節さえある。 何が嫌いと言ったって、情に流される事ほど嫌な事はない、深雪は常々そう考えていた。 それなのに。 深雪は新年早々自分を朝から晩まで悩ませつづけている悩みの元を呪った。 もちろん喬のことだ。 感動の再会から約一週間、深雪は自分達の関係を過去と割り切ろうと躍起になっていた。 昔とは違う、いい意味での“友達”としてのこれからを切り開こうと。 なのに。 頭では完璧なシュミレーションがなされているのに、心のどこかが納得しない。 最初は片隅でかすかに主張するだけだったそれは、今では心のど真ん中に堂々と陣取ってじくじく痛みつづけている。 熱くて、痛くて、仕方ない。 悪い事に現在深雪には恋人がいる。 正確に言えば恋人になったばかり、もしくはなる直前の、とにかく今が肝心な相手がいるのだ。 その相手は、“恋愛は半分情熱、半分打算”と密かに親しい友人だけに豪語している深雪から見ても惚れ惚れするほどのいい男。 つまりこれ以上の“掘り出し物”はない、というほどの優良物件。 努力半分運半分でやっと射止めた金星なのに、どうして今更・・・。 つくづくあの日あの場所に足を運んでしまった自分を絞め殺したい。 なお悪い事に、あの当時ならともかく、現在の深雪の判定基準に当てはめてみると喬は見事に不合格だ。 挫折癖が付いていそうだし、どこでどう間違ったのか霞や夢、それどころか辛気臭さを食って生きる人種に遠からぬ将来成り下がりそうなオーラを体中から発散している。 そんな人種と付き合うのはこっちから願い下げだ。どんな意味でも。 ああ、それなのに。 深雪は堂々巡りの悪循環の中、今年何度目かの悪態を付いた。 〜Vol.5 白昼夢〜 『・・・彼女は約束を守った。昔とは全く違う彼女がそこにいた。一度だけ瞬きをしてから 再び見てみると昔のままの彼女がそこにいた・・・』 喬はふぅとため息をついてパソコンの画面から目を離した。 深雪との再会の後、歓喜の波に押されるままに書き始めた小説。 喬が小説家になりたいと思い始めたのが2年前のこと。 もともと文章を書くのが好きだったのだが、骨折で入院していた時暇に任せていわゆる 処女作を書き始めてから癖になった。 そして今では、いつ日の目を見るともない、自分の目から見ても才能のひらめき 一つ探す事のできない哀れな小説がパソコンの容量を大量に食い荒らしている。 深雪と再会してからというもの、他の題材で何かを書くなんて到底できたものではなかった。 寝ても覚めてもあの再会のシーンが瞼を離れない。 思い返す度毎に記憶が美化されている現実に喬は気付いていなかった。 離れ離れの6年の歳月は片方をよりシビアで現実的に、片方を夢見人へと変貌させた。 二人の隔たりは間違いなく大きくなっているのに、それでも運命の糸は二人を絡め取ったまま放そうとはしない。 そして絡まる糸にもつれながら、二人は運命という名の坂を転げ落ちていくのだった。 〜Vol.6 挫折〜 『残念ながら今回応募された作品は・・・』 またか。 喬はため息をついた。 これで一体何本の小説が日の目を見ることなく葬られた事だろう。 もう自分でも思い出せないほどの本数にはなっているはずだ。 思い出したくもない。 喬は気分が滅入ってきたのを自覚しながらパソコンの電源を入れた。 大学に入学した時に両親からプレゼントされた愛用のノート型は今ではかなり使い込まれて古びてきている。 起動も想像を絶するような時間がかかるけれど喬にはそれさえ好ましく思えた。 書きかけの小説が大量に詰め込まれたフォルダを開けて目的の文書をクリックする。 『夢の続き』 そういう仮題のついた文書の中には喬の頭の中で思い切り美化された、二人の日々が 綿々と綴られていた。 今までに書き溜めた分をチェックし、所々表現を直す。 それからおもむろに新しく書き足し始める。 “満は玲子を見て考えていた。どうしてあの時、彼女を手放したりできたのだろうと。 彼女こそが魂の友だと今ならはっきり言える。満は昔読んだ小説の一文を思い出した。 『たとえそれが土であろうと岩であろうと私達は同じ物からできている』・・・玲子と 別れてかなり経ってから読んだ本だったが、何故かその部分を読んだ瞬間玲子の 存在をとても近くに感じた。まるで並んで座りながら本を読んでいたかのように。“ そこまで一気に書いてから、ちょっとずり下がってきた眼鏡に手をやる仕草をした。 そしてそのまま彼の思いは過去へと彷徨い始めた。 深雪。 どれほど愛していた事だろう。 あの時、あの瞬間。 −じゃあ、また− そう言って別れた最後の瞬間でさえ、心から愛していた。 もう少し、ほんの僅かでも弱い想いだったなら喬は間違いなく「別れたくない」と 言って引き止めようとしていただろう。 けれどその時すでに、そんな自己主張が出来ない程に喬は深雪を愛してしまっていた。 今にして思えば、喬の深雪に対する想いが『恋』だったのはほんの僅かな時間だけだった。 あまりにも、無分別なほど性急に喬は深雪を『愛して』しまったと思う。 それが果たしていい事だったのか悪い事だったのか。 六年経った今、喬はまだ判断する事ができずにいた。 〜Vol.7 逡巡〜 「今日はずっと居られるんだろう?」 優一がそう聞いてくる。 深雪は密かにため息をついた。 やれやれ。 いつかはそうなると分かっていても、何て間の悪い時に・・・。 大体何の障害もない時にはだらだらしていたくせに、今更この男は何なのよ? いらいらする気持ちを押さえながら深雪は注意深く返事を考えた。 −さて、ここでなんと返事をするべきか?− 打算だけで考えれば返事は即刻OKだ。問答無用に異論の余地はない。 でも・・・ 何かが引っかかる。 深雪には何がその“何か”なのか分かっていた。 今までの人生の中で少しずつ着実に築き上げてきた深雪の価値観、人生観そのものを 根底から覆す何か。 「なぁ」 優一が思考の中に割り込んでくる。 何だってこいつはこうも自己中なのだろう。 いつだって自分の望むものしか考えてない。 いつもいつも苛々させられる。 「深雪?」 声が少し変化した。 いよいよ何か返事をしなくてはならないが、まだ考えがまとまっていない。 返事に窮した深雪を救うような携帯の着メロ。 これは・・・。 本来なら天の助けと飛びつきたい所だけど、この着メロは・・・ バッグから携帯を取り出して見てみれば、ディスプレイに予想通りの名前が 表示されていた。 結局深雪は携帯には出なかった。 それから「いいのか?」と尋ねる優一に「自宅からメールが入ったから」と答えて 不満げな優一を残してその場を後にした。 |