過去 6

 

 

 

「よければ一緒に暮らさない?」

あの日都はそう言った。何故かとっても恥ずかしそうに。

 

親父が死んで二日後の木曜日、陰気な葬式を更に陰気にするように雨が降っていた。

そのせいか参列客の出足も鈍く、出席してるのはほとんど親戚か職場関係という

有様だった。

誰もが皆、喪主席に座る俺に機械的に挨拶して過ぎていく。

俺も機械的に会釈を返す、それで終わりだった。

 

と、門前にタクシーが止まった。

ここの寺は駅にかなり近いので、タクシーで乗り付けてくる客はほとんどいなかった。

珍しいなと思ってそっちの方に目をやると小柄な女が一人急いで降りてきた。

そのまま小走りで走りこんでくると急いで記帳し、焼香の列に加わった。

よほど急いで来たらしく息が上がっていた。

 

もう夕方でほとんど客が引けた後だったので、すぐに順番は回ってきた。

その女は祭壇の前に落ち着いた態度で正座すると、香炉から灰を三回つまみあげて

型どおりに焼香した。

それから他の参列客がしたようにさっさと席を立っていく代わりに、胸のところで

手を合わせたまま親父の遺影をじっと見つめた。

その行動自体が珍しかったのもあるが、俺はその表情が気になった。

悲しんではいるようなのだが、どうもそれだけとは言い切れないような、

妙に真剣な表情で遺影を見つめているのだ。

 

1分か2分の間そうして遺影を見つめてから女は俺たちの方に向き直り、型通りに

挨拶をし始めた。

喪主の俺は一番祭壇がわに座っていたが、その俺を見て女は驚いたようだった。

はっと息を呑むのが分かった。

 

驚かれた俺の方も驚いた。

俺の顔に何かついているのかとも考えたが、女の表情からしてそれは違うだろうと思った。

一体何なんだろうと思っている間にその場にいる全員に挨拶を済まして女は立ち上がり、出て行った。

 

 

 

 

 

 

過去 7

 

 

 

「おーい、都。いるか〜?」

ちっ。俺はベッドの中で舌打ちした。

また権藤の野郎だ。一体何時だと思ってんだ?今日は日曜だぞ。

 

権藤祐一郎。その中身とはうらはらにエラくご立派な名前の持ち主だ。

こいつは都の高校時代からの友人で、今では同じ病院に勤務している同僚なんだそうだ。

こんなやつが医者だなんて・・・怖くて病院なんか行けたもんじゃないぜ。

しかし何で都はこんな奴と親しくしてんだろうね。

俺にはゲテモノ食いの物好きとしか思えね〜。

 

俺と権藤の相性は初対面から最低最悪だった。

野郎は俺が都と暮らし始めたまさにその日、突然押しかけてきたのだ。

それも夜の11時過ぎに。

 

俺が来る以前からちょくちょく都の部屋には遊びに来てたらしく、そんな時間の襲来

にも都は平然としていた。

 

都と暮らし始めて分かった事だが、医者の生活リズムなんて滅茶苦茶。

朝も夜もなければ平日も休日も無い。

 

睡眠パターンなんて無いに等しい。いや、無い。

36時間寝てないなんてざらだしな。

 

夜勤明けの医者は特にハイパーだぜ。

俺は身をもってよ〜く知ってるぞ。

 

とにかくそれは別に構わないのだが、その時の権藤の野郎の態度が最悪だった。

リビングで大人しくテレビを見ていた俺の所にずかずかとやって来て、俺に声一つ

かけるでもなくしげしげと見つめ始めたのだ。

「おい都、こいつがそのガキか?」その挙句に言った言葉がこれだ。

 

“そのガキ”って何だよ。

しかも俺のことはてんで無視してないか?

 

むっとした俺に気を使った都が権藤に「自己紹介くらいしなさいよ」と言ってくれた。

でも都も笑ってた気がする…。

 

第一印象は『失礼な奴』だったが、一応都の長年の友人(?)てなことで友好的に

いこうと考えた俺は大人しく「榊透です。」とこっちから自己紹介してやった。

普通ならここで正気に戻ってまともな返事を返すはずだよな、なっ?

それなのにあの野郎、「ふぅん」って言いやがった!

「ふぅん」だと?なめてんのか、お前?

 

それから野郎は急に友好的になり、「仲良くやろうぜ。これから長いんだし。」

とぬかしやがった。いけしゃあしゃあと。

誰がおのれなんぞと仲良くするか〜っっ!!

 

 

 

 

 

 

過去 8

 

 

 

その後十二時も過ぎてるってのに、権藤の野郎の提案でファミレスに飯を食いに行った。

俺も緊張していたのか、夕飯はちゃんと食った後だったのにハンバーグをぺろりと

平らげてしまったのを覚えている。

 

そしてその席で権藤は俺を半ば脅迫して自分の事を『権藤のお兄ちゃん』と呼ばせる

ことに決めてしまっていた。

何で養い主の都が『都ちゃん』で、お前が『権藤のお兄ちゃん』なんだ?

 

俺は内心納得していなかった。

今でも納得していない。断固納得してないぞ!

 

そんな風に俺たちの初顔合わせは終わった。

もちろん俺の野郎に対する印象は最悪だった。

こいつとは絶対近づきになりたくないとさえ思った。

いや、今でも思っている。

 

でも俺の心の底からの叫びは権藤には届かなかったらしい。

野郎は騒々しい男で、いつも自分一人怪しげな陽気さで喋りまくっては帰っていく。

その騒々しさは都に対しても俺に対しても遺憾なく発揮される。

 

都はそれを迷惑に思ってないらしいし、都がなんとも思っていないらしい以上、

厄介になってる身では俺が無下に無視したりして波風を立てるわけにもいかない。

そうやってしょうがなく相手してやってるとは知らず、権藤の野郎は俺が野郎に

懐いてるとさえ思ってるらしい。

 

まぁいいさ。それもこれも都のためだ。

俺はそうやって今日まで我慢してきたのだった。

 

 

 

 

 

 

過去 9

 

 

 

しかし…このM.Kって誰なんだろう?

 

まさか、よもや、都ってことはねーよな。

でも都と親父は昔同じ高校に通ってて、結構親しい友人で、その縁で俺を引き取った

ワケだし…。

 

うぅ。有り得るかも。

完全に否定できない自分が悲しい。

この世の中、絶対なんて言葉はありえないわけだし。

 

でも、もしそうだったとしたら何で親父はお袋のほうと結婚したんだ?

お袋のほうが好きだったから…とか?

 

でもそれなら何でお袋とペアの結婚指輪に都のイニシャルなんか彫ってるんだ?

お袋にバレでもしたら一大事だぜ。

ただの夫婦喧嘩じゃ済まないだろ。俺が女なら絶対キレるね。

 

でもそんな危険を冒してまでそんな事をする理由は一つしかない。

親父は都が好きだった。

だから密かに指輪にイニシャルを彫った、と。

 

“forever yours K.M”

 

…しかし親父も未練がましい事しやがるぜ。

それくらいなら都と結婚すりゃ〜良かったんだ。

隠れて指輪にイニシャル彫ってるよりずっと健康的だぜ。

 

そこまで考えてからはたと思い当たった。

 

…親父、もしかして振られたのか?

 

 

 

 

 

 

過去 10

 

 

 

う〜ん。何だか情けない結末になってしまった。

これが本当だったら余りにも情けないぜ、親父よぉ。

 

♪ピピピピピピ ピィピィピィ ピピィピ〜♪

 

携帯が鳴った。

“FIRST LOVE”だから千春か。

 

ったく、自分の着信音はこれにしろってしつこく言うからなぁ。

俺の初恋はお前じゃねーっての。

 

「もしもし?」

「あ〜透?今ヒマ?」

「ヒマだけど」

「ねぇ、今からカラオケ行かない?」

 

おいおい。今何時だと思ってんだ?

いくら自分の家が放任主義だからって十二時過ぎてから電話かけてくんなよな。

しかもカラオケ行こうだと?

 

「あ〜、ゴメン。俺今部屋の片づけしてるから。」

「え〜、つまんないの。」

 

やれやれ。

こいつの自己中ぶりには最近ほんとにウンザリさせられる。

そろそろ潮時かも。やっぱ別れようかな。

 

「透ぅ。透ってばぁ。」

 

俺の気持ちを察知したのか、鼻にかかった声で甘えてくる。

いい加減その手も古いんだよ。

最初のうちはそれも可愛かったけど、もう効き目ないぜ?

他の技でも編み出せよ。そろそろさぁ。

 

「え、何?」

「何考えてるの?」

「いや…別に」

 

いくら俺でも『お前と別れようかどうしようか考えてるとこだった』とは言えない。

一度それくらいキツイ事でも言われれば、こいつの自己中も直るかもしんないけど、

さすがに俺がその勇気ある人間になろうとは思わない。

いくら性格が悪くても一応女だし。

 

「え〜、絶対何かほかの事考えてた〜」

「いや別に…お、そう言えばお前さぁ、もし親の秘密とか知りたかったらどうする?」

「え?別にそんなもん知りたくないけどぉ。」

 

…絶対別れてやる。こんな女。

 

「ほら、親父の付き合ってた相手とかさ。もし知りたくなったら、ってことさ。」

「やっぱり興味ないけど。でもさ、確か透の義理のお母さん、お父さんの昔の友達

じゃなかった?その人に聞けば?」

 

…それがマズいから悩んでんじゃねーかよ。

しかも都の事『義理のお母さん』って呼びやがった。

確かに書類上は“養母”ってことになってるけどさ。

なんか気持ち悪いんだよ。その呼び方。

 

「いや、そりゃちょっと…」

「じゃあ、しょっちゅう家に押しかけてくるって人に聞けば?その人も同じ学校

だったんでしょ?」

 

おお〜!!

そうだそうだ。その手があったか。

でかしたぞ千春。別れるの考え直してやってもいいぞ。

 

そうかそうか。権藤の野郎がいたか。

あいつに聞けばいいんだ。

 

「透?」

「千春、サンキュー。じゃ、お休み。」

「えっ、ちょっと待ってよ…」

 

食い下がる千春に問答無用で電話を切った。

よし。明日にでも権藤に聞いてみよう。

当直でもない限り、どうせ明日もメシ食いに来るだろ。

 

 

 

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