過去 11

 

 

 

何かがおかしい。

今日の透は絶対変だ。

 

いつもなら俺が入ってきても迷惑そうな視線をちらっと投げかけるだけで、こっちがうるさく話し掛けない限り声一つかけてこない。

やっと口を開いたら開いたで、あからさまに嫌そうな声を出すか、反抗的な物言いをするか、もしくはその両方を同時にするかだ。

 

絶対に、絶対に反抗期だ。

男は年頃になったら男親(?)に反抗するもんだ。

俺もそうだった。うんうん。

 

俺はそう考えて我慢してやってたんだ。

それくらい最近の透の態度はひどかった。

俺に対する迫害も日に日に増していくし。

畜生。俺は悲しかったんだぞー。

 

そんな無愛想な透が今日に限って「いらっしゃい」と妙に愛想のいい声を出した。

猫なで声とまではいかないが、やっぱり不気味だ。

しかも俺が玄関で靴を脱いでる間に、自発的にだぞ。

 

絶対何かある。

何となく嫌〜な予感がした。

 

「最近あんま来なかったんじゃない?」

 

ソファにどっかと座った俺にいそいそと冷たい麦茶を出しながら、飲み屋のねーちゃんみたいな事を言い出した。

 

やっぱこいつ今日はどっかおかしーぞ。

いつもなら「ソファに乱暴に座るなよ」ぐらいの文句が口から飛び出すところなのに。

それを期待してわざと乱暴に座ってみたんだが。

そんな文句なぞ言った事もございません、みたいな涼しい顔すんなよ。

お前いつもは出戻りの小姑みたいに口うるさいじゃねーか。

 

それに「最近あんま来なかった」と言ってもここ2日来なかっただけだぞ。

その時だって『さっさと帰れよ』みたいな顔してたじゃねーか、お前。

何なんだ?この態度の変わりようは。

 

 

 

 

 

 

過去 12

 

 

 

やっと来たか、権藤の野郎。

 

人が待ってる時に限って来ないんだからな。

マジこいつとは波長が合わないぜ。

 

まぁいいさ。

今日は上手い具合に都がまだ帰ってきていない。

こいつにしちゃ上出来のタイミングだぜ。

 

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど・・・」

 

俺がそう切り出したら権藤の野郎、何やら怯えたような目をこっちに向けやがった。

何だよ。

さっき麦茶も出してやったじゃねーか。

まだ足りねーのか?

 

「あのさぁ、権藤兄って親父とか都と同じ高校だったよね」

 

「ああ。お前のお袋とも同じだったぜ。」

 

「ちょっと聞きたいことあるんだけど」

 

「何だよ」

 

何だぁ?権藤の野郎肝心な時に限って無口じゃねーか。

何か聞かれてまずい事でもあるんか?

 

「親父とも仲良かった?」

 

「何だよ、いきなり。」

 

「親友だったって言ってたじゃん。」

 

「ま、そんな感じだな。」

 

「じゃあさー、親父が付き合ってた女の名前とか知ってるよね」

 

権藤の奴、口元まで持っていったコップを急にテーブルに戻して俺の顔を見やがった。

何だよ、その芝居がかった仕草は。

俺、そんなに変な事聞いたかよ?固まるなよ。

 

 

 

 

 

 

過去 13

 

 

 

透がますます変な事を言い出した。

親父が昔付き合ってた女の名前を教えろ、だとさ。

何でまた突然そんな事に興味を持ち出したのやら。

 

高校時代の事しかしらない、としらばっくれる俺に不満そうな顔をしていたかと思うと

「ちょっと待ってて」と言い捨てて部屋に戻っていった。

今度は何が出てくるのかと内心びくびくしている俺に、最終兵器といわんばかりの得意げな顔で何やら小さいものを右手の親指と人差し指につまんで突きつけた。

 

それは古い指輪だった。

 

「何だよ、これ」

 

「これ親父の結婚指輪なんだけどさぁ。内側、ちょっと見てみてよ。」

 

促されるまま手にとって見てみると、そこには文字が彫られていた。

近眼の俺にはちょっときつい大きさだったが、それでも目を少し細めれば読めない大きさでもなかった。

 

“forever yours M.K”

 

これは一体何だ?

俺にはすぐには事情が飲み込めなかった。

透は呆けたように口をつぐんでいる俺に独自の推理をとうとうと述べ立て始めた。

 

「これさあ、この間掃除中に見つけたんだ。で、内側にイニシャル彫られてるじゃん。

でもこれって絶対お袋のイニシャルじゃないんだよねー。それにさ、M.Kの部分だけさ、字体が違うんだよね.これって絶対後からひそか〜に彫らせたんだよ.だからさぁ、きっと親父が付き合ってた誰かのイニシャルじゃないかと思って。」

 

それっぽい人、誰だか知らない?

 

16歳という年相応に無邪気な顔でそう聞いてくる透の顔を俺は直視できなかった。

 

その頃までには俺にも事情が飲み込めてた。

どうやら俺が知らなかった新事実が出てきたってことらしい。

榊が結婚指輪にわざわざ彫らせた、イニシャルがM.Kの人間。

そんなの俺には一人しか心当たりが無い。

 

 

 

 

 

 

過去 14

 

 

 

「ねえ、これって都のイニシャルと同じだけどさ、二人が付き合ってたって事はないの?」

 

おれのそんな複雑な心中を知ってか知らずか、透はいきなり爆弾を落とした。

奴にとっては何気ない一言でも、俺にとっては原子爆弾なみのダメージがあった。

俺、細切れのの肉片になってないか?

 

「えぇ?いや・・・知らないなぁ」

 

「あっそ。やっぱりなぁ。でもさ、親戚でもない俺のこと引き取ってくれたくらいだからもしかしたら・・・って思って都に聞くのは遠慮してたんだけどさ。だって、もしそうだったらバツ悪ぃーじゃん。ま、そういう事なら都にも一応事情聴取しよっ。」

 

このガキは瀕死の俺にさらにとどめを刺すようなことばかりほざく。

都に聞くだとぉ?

だめだだめだ。そんな事絶対に許さんぞっっ!!

お前を絞め殺してでも阻止するぞ。俺は本気だぞ。

 

「み、都に聞いても無駄だと思うぞ。転校した先の高校で付き合ってたとか、社会人になってからとか、色々あるだろうし。な?な?いい考えだろ?」

 

「えー、でも親父とお袋って学生結婚じゃん。てことは結婚指輪はその時買ったって事だろ?だからその付近が怪しいじゃん。」

 

・・・鋭い指摘。

何でこんな時に限ってこうも勘が冴えるのかね。

 

「いや、ずーっと後になって運命の相手に出会ったかもしんねーじゃねーか。」

 

透は必死に話をそらそうとする俺に冷たい視線を送ってきた。

 

「あのさぁ、いくら何でもそりゃ馬鹿だと思わない?」

 

ま、確かにそりゃそうだけどさ。

でもお前の親父は正真正銘の馬鹿だ。

あぁもうそれはそれは、俺の知ってる中では最上級の馬鹿だ。

お前の名前の件もあるしな。

 

そう喉元まで声が出かかっていたが、やっとの事で飲み込んだ。

やれやれ。それにしても榊の野郎、いい加減にして欲しいよな。

お前って奴はどこまで問題をややこしくすれば気が済むんだ?

 

 

 

 

 

 

過去 15

 

 

 

「じゃあ権藤兄、何も知らないの?」

 

マジ親友だったのかよ?とか何とか文句を言ってみても権藤はうんともすんとも口を開こうとはしなかった。

いつもと恐ろしく勝手が違うだんまり作戦に俺はとうとう屈服した。

まるで“私は貝になりたい”みたいじゃないか。

て言うかおめーは貝だよ。もう化石になっちまってるぜ。

 

「仕方ねーな、じゃ、都に聞くとしよーっと。」

 

俺がそう言った途端、権藤の態度が急に変わった。

何故か目に見えてうろたえだした。視線がうろうろしてるぞ。

おまけに何だよその手は。

おい、お前なんで俺の腕を掴んだりしてるんだ?

 

「や、やめろ。それだけはやめろ。な?な?」

「何で」

「い、いや。都は何も知らねーと思うぞぉ。うん。」

「え、でも知ってるかもしんないじゃん。駄目もとだしさぁ。」

 

その時玄関ドアの前で物音がした。

都かな?と思って立ち上がりかけた俺を権藤の野郎、慌てて掴んでいた手に力をこめて椅子に引きずり倒した、いや、座りなおさせた。

 

今までこんな風に力づくでどうこうされた事が無かったので、かなり驚いてしまった。

都も権藤も、この8年というもの一度も俺に手を上げた事など無かったから。

殴られた訳ではないけれど、それでも俺はそれと同じくらいのショックをうけた。

 

「な、何?」

「いいか、絶対都には聞くな。あの指輪も見せるな。」

 

・・・おいおい。声がマジじゃん。

初めて見るかもしれない、その真面目顔に俺は怯んだ。

でもこれほど都に聞くな、ってことは何かあるってことだよな。

 

「何で」

 

内心の動揺を見せないように、努めてクールに言ってみる。

どうやらドアの外の物音は都じゃなかったみたいだ。

鍵の開く音もしないし、物音自体どっかに行っちまった。

 

「とにかく何でもだ。絶対聞くなよ。いいな?」

 

ふぅ〜ん。絶対何かあるな。こうまでしつこく念を押す所を見ると。

こいつ、都が帰ってきたと勘違いしてボロ出しやがった。

絶対何か知ってるぞ。こいつ。態度でバレバレじゃん。

よっしゃ、都をネタに強請ったれ。

 

「え〜、でも自分の親父について知りたいと思うのは当然の権利じゃん。」

 

俺のまっとうすぎる意見に権藤は詰まった。

詰まりながらもとにかく俺を説き伏せたいらしい。

頭をフル回転させて口実を見繕ってるのが見て取れる。

自然、権藤は劣勢になり、俺は追うものの強さをかさに着てきびしく追及を続けた。

 

「そうやって都に聞くなって言う所を見ると、権藤兄、絶対何か知ってるでしょ?

ねぇ、教えてよ。俺親父の事知りたいんだよ。だって気になるじゃん。お袋のイニシャルがあるべきところに他の女のイニシャルがあるんだぜ?」

 

『まさか男のイニシャルって事はないよな〜』という考えがちらっと頭を掠めたが、そんな邪推はおくびにも出さずにひたすら情に訴える表情をしてみせた。

 

案の定単純な権藤は心を動かされたらしいが、それでも強情に知らないと言い張った。

ああそうかい。そんなら俺にも考えがあるぜ?

 

「あっそ。だったら都に聞くしかね〜な。もうすぐ帰ってくるだろうし。」

「ダメだって言ってるだろ!絶対ダメだ!!」

 

おうおう、動揺してる動揺してる。

どれ、もうひと揺さぶり。

何だかちょっと楽しいかも。

 

「分かった。じゃあもし、権藤兄が教えてくれたら俺絶対都にこの事話さないよ。

指輪の事も絶対に知らせないし。ね?教えてくれない?」

 

権藤が疑わしそうな目で俺を見た。

俺のちゃちな駆け引きに気が付いてはいるだろうが、今の権藤に取れる道はたった一つ

だけだった。

俺はそれを重々知った上で、これでもかとダメ押しをした。

 

「大丈夫だって。男同士の約束だろ?」

 

 

 

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