【この作品は700番目のお客様だったtottoさんに進呈致しました】
腐れ縁 1
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「だからさぁ、一体どうなってるわけ?ちゃんと説明しろよな。」 俺はちょっと不機嫌だった。 当たり前だ。当直明けなんだよ。 それなのに何でオフ早々他人の恋路の愚痴聞かなきゃならないんだよ? 「だから聞いてよ。あいつ最低最悪なんだから。」 都がテーブルに肘をついたままで言う。 何なんだよ、その態度。 それが一晩中仕事してた人間に対する態度かぁ?勤労は尊いんだぞ? しかも電話とかなり態度が違うぞ、おい。 かなりへこんでる様子だったから夜勤が終わったその足で来たんじゃないか。 なーのーに、何なんだ、そのふてぶてしい態度は。こら。 「だからどうしたんだよ。」 溜息を隠しもせずに聞く俺に待ってましたとばかりに喋りだす。 話を聞いてみれば相変わらずの馬鹿馬鹿しい痴話喧嘩。 痴話喧嘩は犬も食わないって言うけれど、俺はどちらかと言うとこいつらを犬に食わせたい。 俺が犬の立場なら絶対に食いたくないけど。口が腐っちまう。 「いーじゃねーか。いつものことだろ。」 さすがに馬鹿馬鹿しくなって遮る。 お前ら四六時中喧嘩してるじゃねーか。いー加減飽きねぇかぁ? 第一そんなに嫌ならさっさと別れろよ。そしたら俺も下らない愚痴聞かずに済むし。 「何よ、その言い草。それが十年来の付き合いの友人に言う言葉?」 …好きで十年も腐れ縁引きずってんじゃねーんだよ。 単に中学高校大学と計十二年も同じ学校に通っちまっただけの話だっ! 第一俺はもともと医学部志望だったの。分かる? オメ―が途中で進路変更、っつーか滑り止めで医学部に入ってきたんだろーが。 だから本来ならそこで縁が切れるはずだったんだよ!!ったく。 「だからって何で俺がそんな話聞かなきゃなんないんだよ。勘弁してくれよ〜。」 頭を抱えたままの格好でテーブルにうつぶせる。 ガラスのテーブルの感触がひんやり気持ちいい。ああ、このまま眠りたい。 いっそ寝ちまおうかなぁ。こいつの部屋に泊まるの初めてじゃないし。 「ちょっとぉ起きなさいよ〜」 口ではそう言うが、実際揺り起こしたりしないのがこいつのいいところだ。 何気に実は優しいんだよな。多分。 そう思いながら頭をちょっと横向きにして目だけで見上げる。 都は煙草を持ったほうの肘を反対側の手で支えるような格好で煙草を吸っていた。 さっきまでは俺に面と向かって吸っていたのに、俺が眠りそうになったんで煙を吐く 方向を変えたらしい。 好きなんだよなぁ、こいつのこういう気の遣い方。 気ぃ遣ってんのか遣ってないのかって微妙なところがわざとらしくなくって。 人によっては“起きてる時に人に向かって煙吐くなよ!”って思うかも。 ま、感受性の問題だな。これは。 「もういいわよ。寝ちゃえば?どっかその辺でいつもみたいに。」 適当にやってよ。そう言いながら煙草を灰皿にもみ消し、灰皿ごとキッチンに持っていく。 そうだな。そう言いながらも頭は半分眠りかけてる。 普通ならこんなシチュエーションになったら居心地悪そうなもんだけどな。 だって恋人でも何でもないのに独身の女の部屋に合鍵で上がりこんで、泊まってくなんて。 でもこいつとは何の不自然さも感じないんだよなぁ。都ってもしかしたら女じゃないかも。 そう。初めてこいつの本性を知ったとき、こいつとなら色恋抜きで付き合えると直感した。 その頃の俺は煩悩の塊みたいなやりたい盛りの高校生で、女=やるっきゃない!ってのを 三平方の定理よりも信奉してたからな。 自分でも全く予想外のことだったぜ。女とダチになりたいと思うなんて。 しかもただのダチじゃなくて、腹を割って話せる間柄になりたいなんて。 目が覚めたら床の上だった。 どうやらソファまで這っていけるほどの根性がなかったらしい。 クーラーはきちんと温度設定されてて、俺の腹の上には薄い毛布がかかってる。 相変わらずの快適さだ。だからここは居心地いいんだよなぁ。 一樹もなぁ。こんないい女と付き合ってるんだからもう少し大事にしてやればいいのに。 あの口の悪さと、態度の悪ささえ除けば結構いけてると思うんだけどね。都って。 ふわぁと大きく伸びとあくびをしてからもそもそと起き上がる。 昨日は当直だったから、今日は午前中はオフだ。 できれば一日中オフって言いたい所だが、医者って商売はそこまで暇でもないしなぁ。 時給からいけばマックの店員以下だしなぁ。 呑気にそんな事を考えながらキッチンの方へ歩いていく。 何はともあれ飯を食おう。よく考えてみたら昨日の昼から何も食べてない。 テーブルの上にメモが置いてある。 『勝手に何か食べてね。あるものを適当に。 なんでも勝手に。私は仕事なんで先行くわ。』 思わず笑ってしまった。いかにも都らしい。 さて、お言葉に甘えて勝手に何か食べるとしよう。 言われるまでもなく、いつもそうしているけど。 しかし都ん家の冷蔵庫にはいっつもろくな物が入ってない。 あの女、なに食って生きてんだぁ? いくら炊事洗濯家事一般オールマイティに駄目だからって、余りに侘しい食生活だよ。 むさい男の一人暮らしの俺ん家だってもうちっとマシだぜ。 そう思いながらかろうじて見つけ出せた卵やベーコンなどを使って食事を作った。 あらためて出来上がりを眺めてみれば、完璧なブリティッシュ・スタイルのモーニング じゃあーりませんか。 …別にそんなもんを毎朝食うほど俺は格調高くない。 単にありあわせの材料で作ったらそうなったんだよ! 思いがけず格調高い朝食に何となく照れながら一人貪るように食事を済ませた。 ぷはーっ。美味かった。満足満足。 やっぱ俺って料理の才能、あるかも? とか何とか自画自賛の嵐の中、時計を見たら午前十一時をまわったところだった。 |
腐れ縁 2
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今日は遅番だったから午後二時過ぎに出勤した。 これぞ優雅な生活…なワケねーだろ!このボケっ!! 俺は昨日36時間働きっぱなしだったんだぞ。一日くらい休ませろ!! 結局メシ食ってだらだらしてたら自分の部屋に帰る暇がなくなった。 慌てず騒がず都の部屋でシャワーを浴び、都の部屋に常時置いてある服に着替えれば は〜い、準備OK!! あー俺自分の部屋に帰んなくても十分生きていけるぜ。 いっそ都ん家に住んじまおうかな。家賃もったいないしなぁ。 どうせ今でも月の半分くらいは今日みたいに都ん家に寝泊りしてるんだし。 一応礼だけは言っとこうか。今日の予定とかも聞きたいし。 時間が合えば久しぶりにメシ→飲み行くってのもいいなぁ。 そう勝手に思って、通りがかった看護婦をつかまえ「都は?」と聞いた。 そしたら「神崎先生は帰っちゃいましたよ〜。」って答えてくれた。 甘ったるい満面の営業用スマイル付きで。 ふ〜ん。そうか今いないのか。そうかそうか。 …ぬぅわぁにぃ〜、帰ったぁ? え、でも俺さっき都ん家から来たばっかだぜ。 歩いて来たから、どっかですれ違いでもしそうなもんだけど。 そう思ったんでもうちっと詳しく聞いてみる。 「いつ帰ったんだ?ちょっと用があったんだけどな。」 この看護婦はかねてより俺に色目を使ってた女だ。 だからちょっと構ってやれば何でも喋り出すさ。ふっふっふ。 ほら、案の定こんな簡単な質問にもえらく張り切って答えだした。 本当に単純な思考回路してるのね、あなた。 お礼にいい事教えて差し上げましょーね。 あのなぁ、俺、どちらかというとお前みたいな女は守備範囲外なんだ。残念でした。 頭蓋骨の中に脱脂綿が詰まってるようなタイプは疲れるからな。 昔は結構好きだったけど。一回限りでもで後腐れないからな。 お手軽・簡単・ディスポーザブルなそこのお嬢さん、君の事ですよ。 ちゃーんと聞いてますか〜?もしも〜し。 …たく。いい加減に喋り止めよ。 分かったって。都は誰かから電話貰って慌てて出てったんだな? 何でこんな簡単な事説明するのに3分以上もかかるかな。 そーいや、何時出てったのかは話してないぜ。 おいおい、いらん事ばっか話さんと要点ちゃきちゃき話せよ。 何?出勤してから一時間位経った頃?それってかなり昔の話じゃん。 おいおい都〜。仕事どうすんだよぉ。 こんな日に限って患者たっぷりいるんだぜ。嫌になるほどたっぷりと。 結局都はその日は病院に戻って来なかった。 しょうがないから頑張って都の分まで働いたさ。 あいつめ〜、絶対何か美味いもん奢らせちゃる。 だけど一体何の用事だったんだろう。 あいつが仕事放っぽらかして出かけるなんて珍しい。 多分これが初めてじゃないかな。 う〜ん、気になる。気になるぞぉ〜!! 何より初めてってのが気になる。 俺達、十年来の仲だけどお互いについて知らない事ってほとんどない。 少なくとも俺の側にはない。幸か不幸か全部ばれてる。 俺って酒飲むと何でもゲロしちゃうタイプなのよね。 都も結構悪ノリして根掘り葉掘り聞いてくるし。 だからアレの時の癖とかも全部ばれちまってる。 う〜恥ずかしい。 不覚にもそれを喋っちまったって知った時には死にたくなった。あぁ。 その次の日、都が言うに俺は振り付きで説明しちまったらしいし。 「やっぱこうだろ。これが正統派だぁ!」って叫んでたんだって…。 俺って酒飲むの金輪際やめた方がいいかも。マジ落ち込んだぜ。 …何だか気分が落ち込んできたぜ。 過去の苦い記憶…苦すぎる…。くぅ。 い、いやとにかく都だ。都。 あいつは一体どういうつもりなんだ? この俺様に仕事を押し付けるとは。 仕事を人に押し付けるのは俺の専売特許と決まってる。 よっしゃぁ、帰ったらすぐに電話してやる。 それより直接押しかけようかな。鍵持ってるし。 やっぱ飯くらい奢らせないとやってられないでしょう。 よ〜し、やっぱり都ん家に行って飯食おうっと。 |
腐れ縁 3
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ピンポーン。ピンポーン。 まだ帰ってきてないのか? しょうがねーなー、テレビでも見て待ってるか。 入るぞー、よし。入っちまうぞ。 ガチャ。 あれ?都の靴あるじゃねーか。 何だあいつ、帰ってるのか? まさか俺様に居留守つかおうっていうんじゃねーだろーな。 「都ー。いるのか〜?」靴を脱ぎながら大声で呼んでみる。 すると一呼吸置いてからボソッと返事があった。 「…いるわよ」 思いがけず陰気な声が聞こえてきた。 都がこの声を出すのは真面目になった時だけだ。 一体どうしたっつーんだ。 慌てて声がした方に行ってみる。リビングだ。 リビングに入るとそこにはベランダの前の床に座って煙草を吸っている都がいた。 ガラス越しに夜空を見ているらしい。 おいおい今夜は十五夜か?違うような気がするぞ。 俺がすぐ後ろに立っても振り向きもしない。 俺に向けたままの都の背中が何だかいつもと違う。 第一、微動だにしない。 膝を抱えた姿勢のまま何かを注視しているかのようにじっと夜空を見ている。 今夜の空には月なんか出ていないのに。 ただ煙草を持つ右手だけが口元と膝とを往復していた。 何かを拒んでいるような都の様子に一瞬躊躇したが、とりあえずナチュラルに 自然な感じで声をかけてみた。やっぱ自然が一番でしょう。 「おい、何やってんだよ〜。いるなら返事しろよな。」 またあいつと喧嘩したのか。だったら俺が慰めてやるって。 そう言いながら都の横に胡座をかいた姿勢で座る。 場の雰囲気を和ますために「どっこらしょ」とじじむさい掛け声までかけたのに、 やっぱり反応ゼロ。 都は隣に座った俺を見さえしなかった。 やっぱりこりゃーただ事じゃないな。 それは分かっても、その原因がさっぱり分からない。 原因が分からなければ対処のしようがねーじゃねーか。 仕方が無いから俺も黙って煙草を吸うことにした。 こんな風にお互い黙って煙草を吸うだけって事は今までにも結構あった。 でもいつもとなんか違う。落ち着かない。 だから二・三回口を付けただけで、脇に置かれた灰皿にもみ消した。 我ながら落ち着きのない動作だ。傍目にも嫌になるほど明らかだろう。 でも俺のそんな様子にも都は無反応だった。 顎を少し上げた姿勢で、やっぱり夜空を見つめていた。 結局この場の空気に耐えられず、俺は再び口を開いた。 「今日早引きしたんだってな。何かあったのか?」 都の沈んだ様子に引きずられて、俺の声も知らず知らず真面目なものに変わっていた。 滅多に聞けない俺様の真面目な声に反応したように都がこっちを向いた。 そして今度は不気味なほど静かに俺をじぃっと見つめる。 その目は何かを思いつめたようだった。 こんな目をした都は見たことがない。 いや、昔一度だけ見たことがあるかもしれない…。 「…私ね、子供引き取ろうかと思うの…」 そう言った声はひどくか細く自信なげだった。 台詞を棒読みしたような喋り方がそれを一層強調していた。 しかも何より、その発言の内容は俺にとって全くの寝耳に水だった。 「子供ぉ?」 子供?何だよそれ。子供って…あの、大人の一歩手前の生物だよな。 改めて驚いた俺が思わず間抜けな声を出すと、都は俺から目をそむけた。 そして俺のほうを見ないまま、また口を開いた。 「…どう思う?やっぱり反対?」 反対も何も…何なんだその話は。順を追って詳しく話せ。驚いたじゃねーか。 「…う〜ん。反対とかそう言う問題じゃないだろ。 第一なんで突然そんな話が出てくるんだ?お前確か結婚もまだだろ。」 「まあね。」 「まあねじゃねーだろ。その子供って親戚か何かか?」 「違う。」 ずっと目を伏せたままだ。どうやら俺と目を合わせたくないらしい。 言いにくい話らしいな。だが、そうはいくか。 「じゃー何で独身でガキの世話なんかまともに出来そうもないお前に そんな話が舞い込んでくるわけ?」 返事はない。 「そのガキはお前とどういう関係なんだ?他に引き取り手はいないのかよ。」 また返事はなし。 どうやらその子供の素性が言いにくいらしい。 それならまず当り障りのないことから聞いてみるか。 押して駄目なら引いてみろ。俺は溜息を隠しながら言葉を続けた。 「男?女?」 「…男」 「何歳だ?」 「…8歳」 8歳。不吉な影が頭をよぎる。 8年前。俺達が17の時に生まれた子。 「どこの子だ?誰の子なんだ?」 自分の不吉な予感が当たらない事を祈りながら重ねて聞く。 つい押さえつけるような言い方になってしまったが、今はそんな事構ってられない。 「和仁の…」 俺の強い語調に押されるように都がぼそっと白状した。 俺は耳を疑った。 「あの時のか?」 努めて平静さを装ってみたがどうにも上手くいかない。 声が震えてたんじゃないかと不安になる。 誰に対してかは分からないが、とにかく腹が立ってたまらなかった。 返事をする代わりに都がかすかに頷く。 今はまた夜空を注視している。その目は暗闇のどこかを見つめていた。 もしかすると8年前を見ているのかもしれなかった。 |
腐れ縁 4
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榊和仁の息子を引き取りたいという都の言葉は俺の理性に多大なダメージを与えた。 冷静に話を聞くことなどもはや不可能だった。第一聞く気もなかった、 こんな馬鹿な話ってあるか? 頭の血管が切れるとはこの事だろう。俺は腹を立てていた。 よりによってあの時の子供を引き取るなんて…。 こいつは一体何を考えているんだ? 「お前何考えてるんだよ?」 語調につい怒りがにじんでしまう。あぁ俺って何て素直。 「別に、何も。」 ふて腐れたように都が言う。 事実がばれてしまった事で気が楽になったらしい。 少なくともさっきより滑らかに喋っている。 開き直る気か?てっめ〜。 「何もじゃねーだろ。第一何でお前が引き取るんだ?榊はどうしたんだよ。」 今まで二人並んで空を見上げるようにして話していたが、こうなっては そんな悠長なマネしてられない。 俺は横向きにに胡座をかき直し、都の側面と真っ向から向き合う姿勢になった。 ふて腐れた様子で俺の質問に答えようとしない都の左腕を掴んで左右にゆする。 「榊はどうしたんだよ。都。黙ってないで答えろって。」 腕を掴む俺の手を邪険に振りほどく。軽く掴んでいたので簡単にはずされた。 「ちょっと、痛いじゃないの。」 むっとした様子で文句をつけてくる。 それから黙ってパジャマの腕をめくって俺に差し出した。 なるほど指の跡がついている。ちょっと力が入りすぎたかな。 それにしても軟弱な腕だ。なまっちろいから余計に赤いのが目立つんだ。 …おっと違った。今は榊の話だ。 無言の非難をこめてじっとりした目で見つめると都はしぶしぶ口を開いた。 「今日病院から電話があったのよ。和仁が入院してる病院。」 「あいつ病気なのか?」 「事故よ。車にはねられたんだって。」 でもなんで榊が車にはねられたら都が病院に呼ばれるんだ? しかも何で息子を引き取るって話になるんだ? 明日香はどうしたんだよ。母親だろ? まさか二人して車の下敷きになった訳じゃないよな。 全く否定できない所が怖いが。 「だからってお前が呼び出されるのもおかしいじゃないか。」 そう言ってからある可能性に気がついた。もしかして。 「お前達…連絡とか取り合ってたのか?」 おずおずと聞く俺の態度が気に障ったらしい。都は眉を寄せた。 「な訳ないでしょ。あんた毎日のように家に来てるんだから分かりそうなもんだけど。」 「毎日じゃないだろ。」 「ほぼ毎日じゃない。おまけに職場も一緒。毎日毎日一緒。 それでどうしてそんな馬鹿らしい事言うかな。」 あぁそうかいそうかい。気をつかった俺が馬鹿だったさ。 じゃあ言わせて貰うぜ。びしばし問いただしちゃうよ、俺? 「じゃ、何でお前が呼び出されるのか言ってみろよ。 第一なんであいつがお前の携帯の番号知ってるんだ?え?」 再び煙草を抜き出し、火をつける。 大きく一口煙を吸い込み、それからすぱーっと吐き出した。 ハリウッド映画の主人公みたいにワイルド。あぁ、俺ってカッコいいぜ。 でも唯一の観客である、隣に座っている都には何の効き目もないらしい。 はなから無視された。「フン」って鼻息が聞こえそうだった。くっそぉ〜。 「知らないわよ。誰かから聞いたんじゃないの。 今日電話で呼び出されて私もびっくりしたわよ。」 都も新しい煙草を箱から抜き出し火をつける。 「そんで、病院に行ってみたら車に轢かれたって言ってベッドに寝てるじゃないの。」 驚いたわよ。そう言って一口煙草に口をつけた。そしてまた続けた。 「そんで言うのよ。もう俺は歩けるようにはならないって医者が言う。 医者は治るとも治らないともはっきりとは言わないけど、もしかしたらヤバいかもしれない。最近思い出せないこととか多くて…、って。どうも頭打ったらしいわ。」 そこまで言って夜空を見上げる。きっとその時の場面を思い出しているんだろう。 それにしてもずいぶんはしょった説明だ。 都はいつでも話をはしょるが今日は特にひどい。 多分再会した時の様子を他人に喋りたくないんだな。 自分の胸だけに収めておきたいとかそんなんだろ。ガラにもなく感傷的な事しやがって。 そう邪推しているうちにまた都は話し始めた。 「“お前に頼みがある。こんな事頼めた義理じゃない事も良く分かってる。 でも最後の頼みだ。俺にもしものことがあったら息子を頼めないか?”だってさ。」 途中榊の声色を真似て言う都の顔は複雑な表情だった。 自嘲しているような、それでいて沸きあがる喜びを無理に押さえつけているような 微笑を浮かべていた。 それにしても呆れた。榊の野郎、どういうつもりなんだ? 何で今更都にそんな事頼むんだ?もう8年経つってのに。 古い傷を無理にこじ開けて塩をすり込むような事しやがって。 俺の咎めるような視線に気付いたのか、都はちょっとばつが悪そうな顔をした。 「そりゃあ私だって腹が立ったわよ。8年ぶりに急に電話寄越したかと思ったら これでしょ?何言ってんのよ、って。何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ。」 その通りだ。都ぉ〜、お前は正しいぞ。よーく分かってるじゃないか。 意見の一致を見たので、俺はちょっとだけ気をよくした。 「それに…明日香はどうしたのよって。ちゃんと親がいるのに何で私が…。」 ちょっと言葉に詰まった。都が明日香の名を口にしたのは8年ぶりじゃないだろうか。 今もその名を口にする心の準備が出来てないのに、無理に口にしたような様子だった。 「それだよ。明日香はどうしたんだよ。」 気まずさを救おうと口を挟む。 本当は俺にとっても苦い思い出なはずの名前。それでも俺はその名を口にした。 「離婚したんだって。」 そう言う都の目は夜空のどこかをさまよっていた。 それはある意味最悪の展開だったかもしれない。 都の凍りついたような表情がそれを物語っていた。 「…いつ?」 「4年前。結構昔よね。」 また都は口をつぐんだ。それでも話を進めなければならない。 俺は心を鬼にして話を続けた。 「それで?」 「明日香、再婚したみたい。子供もいるみたいだって。」 「それでも榊が死んだらあいつが引き取るべきだろ?自分の子なんだから。」 一瞬都はまた黙り込みそうな様子を見せた。 でも思い直したように煙草を持ったほうの手で顔を擦り、そして続けた。 「明日香には引き取らせたくないみたい。明日香も多分引き取りたくないだろうって。」 なに?だから都に引き取らせようってのか? 怒りの余りこめかみの血管が脈打つのが分かった。 もし目の前に本人がいたら間違いなく首を締めていただろう。 最近のガキどもが簡単にキレる理由がなんとなくわかる気がした。 今なら俺も何かしでかせそうだぞ。いや、しでかすぞ。 「…あいつ、どういうつもりなんだ?ふざけやがって…」 お前もお前だよ。腹立たないのかよ。 腹立ちをそのままぶつける俺に都は目を向けた。 とても悲しそうな顔をしていた。 |
腐れ縁 5
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遠い昔、榊…榊和仁と都は付き合ってた。 二人は本気で愛し合ってた。 ずっと都の傍にいた俺には分かってた。 そして榊の親友でもあった俺には痛いほど分かってたんだ。 だから俺は諦めた。 ほのかに育ち始めてた淡い特別な感情。 その正体が何なのかはっきり言えるようになる前に、自分から息の根を止めてやった。 俺は都の一番の親友。 男だとか女だとか、性別を越えた本物の友達。 そのポジションで手を打ったんだ。 都の周りには俺がいて榊がいて、そして…もう一人小野寺明日香がいた。 明日香はいつも都と一緒にいた。 だから周囲の人間からは俺と並んでもう一人の“親友”だと思われてた。 俺もそう思ってた。 俺も明日香が都を好いてるんだとばかり思ってた。 いつも一緒だったし、迷惑げな都の様子にもめげずにやたらべたべたくっついてたし、 何かと言っちゃあ「都は、都は」と連発してたから。 だから明日香も俺と同じ様に都のことが好きなんだと思ってた。 思ってなかったらあいつと付き合ったりしなかったさ。 都を取り巻く俺達四人組み。 その核は都。そしてその一番近くにいるのが榊。 俺と明日香は少しだけ、そして比較できないほど遠い位置にいた。 そんな日々が続くと同じポジションにいる者同士、妙な連帯感も湧く。 だから明日香が俺に「あたし達、付き合わない?」と言ってきた日、自然な成り行き だと考えてその提案を受け入れたのだ。 俺は何も分かっちゃいなかった。 俺たちの関係はこれ以上なく不自然なものだった。 何もかもが不自然で、ぎこちない均衡の上に成り立ってた。 俺と明日香が付き合い始めたことで、その均衡はゆっくり破綻し始めた。 俺と明日香が付き合うようになっても表面上は何も変わらなかった。 恐る恐る都に報告する俺に都は「良かったじゃない」と言った。 どうやら祝福しているらしかった。榊も同じだった。 そんな都の反応を伺うような俺を明日香は無言で見ていた。 それでも平凡な、変わらない日々が過ぎていった。 そして、そうこうするうちにあの運命の日が、四人で過ごす何度目かの夏がやって来た。 破綻は突然やってきた。 クソ暑い、夏休み中のある日の昼下がり、俺の家の電話が鳴った。 うだるような暑さに声までだらしなくなった俺がやたらとふにゃけた声で 「もしもし」と答えたのは何故かはっきりと覚えている。 今でも耳に蘇ってきそうだ。 そしてそれに続く、電話での会話の一部始終も…。 「…権藤か?榊だ。」 真夏の昼下がりに不似合いな暗く沈んだ声。 けれど俺はすぐにはその異常さに気付く事はできなかった。 かき氷片手に気がつけと言う方が無理だ。 「おう、榊。どうした。」 「今、ちょっといいか…?」 「おお、いいぜ。何だよ。それにしても暑いなぁ〜」 「あのな…」 なぜか言いよどむ榊。普段は決して言いよどんだりしないのに。 「何だよ。はっきり言えよ。どうしたんだ?」 それでも俺は迫り来る悲劇に気が付かず、かき氷を食いながら応対をしていた。 しゃりしゃり。しゃりしゃり。 俺が食っている間中榊は黙っていた。かと言って電話を切るわけでもなかった。 何かを待っているような重苦しい時間。 俺もようやくそれに気が付き始めていた。 言い出しにくくて、榊がわざわざ俺に電話してくるとなると…都関連の話か? 途端に心配になった。この時明日香の事は毛ほども頭に浮かばなかったのを覚えている。 「榊、どうしたんだ?はっきり言えよ。…何か都に関係あることか?」 俺がそう水を向けると榊は意を決したように口を開いた。 「違う・・・。明日香が…妊娠したんだ。」 俺は驚いたね。かき氷のかけらをを気管に落としてしまうほど驚いたさ。 すぐさま頭に浮かんだのは“責任”の二文字。 一瞬都の顔が浮かんだ。都は何と思うだろう。 それだけが気掛かりだった。 でもこの期に及んでそんな事は言ってはいられない。 男らしく責任取ろう、って決心したその時、榊が再び重い口を開いた。 「俺の…子らしいんだ。」 それを聞いて俺の思考回路は完璧にショートしたね。 その証拠にそれを聞いた後にもかき氷を何口か食ってるし。 しゃりしゃり。しゃりしゃり。 電話口で榊に氷を噛み砕く音を実況中継しながら忙しく考えた。 何で都と付き合ってる榊が俺と付き合ってる明日香を妊娠させるんだ? 都はどうなる?俺は?一体どうなってるんだ? 俺は知らなかったんだ。榊と明日香がそんな関係になってるなんて。 明日香にそんな様子は見られなかったし、榊に至っては都にぞっこんだったし。 何故だろう。何でそうなったんだろう。 結局俺には最後まで理解できなかった。 ただ俺に理解できたのは、榊が責任を取って明日香と籍を入れたこと、明日香が嬉し悲しそうに「ごめんね」って言ったこと、そして都が何もいわなかったこと。 都は何も言わずに受け入れた。いくら問い詰めても腹が立たないのかとなじっても。 だから俺も最終的にはそれにならった。榊を一発殴る事は殴ったが。 明日香は出産に備えて高校を中退した。榊は転校した。 そして俺たち四人組の最後の夏は終わった。 |