腐れ縁 11

 

 

 

その話をしてから約2週間後、俺達二人は榊の病室のパイプ椅子に座っていた。

 

8年ぶりに見る榊はすっかりやつれていた。

なるほど、これじゃ都が「死ぬな」と思ったのも無理はない。

何だか表情もぼんやりしてるし。間違いなく頭打ってるな、こりゃ。

 

それでも俺たちが尋ねたその日、榊の頭はこれ以上なく正常だった。

俺達が誰なのか、俺達の間に何があったのか。

何もかも覚えていた。忘れていなかった。

 

さすがに俺を最初に見た時は表情を変えた。

まさか再び俺と会う日があるとは思ってなかったらしい。

悪いな。都のある所に俺あり、ってんだよ。知らなかったか?

 

それでも俺が「大変だったな」って声をかけると、俺の友好的なスタンスが理解できた

らしい。「来てくれてありがとう。」なんて言いやがって。

畜生。ほろりときちまったぜ。

 

親友だった男の変わり果てた姿を見て平常心でいられるほど俺は人間が洗練されてない。

それに…正直言って懐かしかったんだ。どうしようもなく懐かしかった。

俺の親友。たとえ最悪の別れ方をしたとしてもその事実に違いはなかった。

 

そんなこんなで病室に入って30秒後、俺にはそれ以上何も言えそうになかった。

べらべら喋ったら、言葉と一緒に涙まで出てきそうだったんだよ!

悪かったな。どうせ俺は涙もろいさ。

三歩歩いたら何でも忘れるトリ頭さ。ああそうさ。何とでも言え。

 

そんな自分を隠そうと、窓際に立って隣のビルの壁を凝視する俺に榊が不安な視線を

向けているのが背中で分かった。

不安そうな榊に、今までほとんど無言だった都が説明し始めた。

 

「あのね。例の話だけど…もしそっちの気が変わってなければ…。あの…その子に会って、本人の意見を聞いてみたいと思って、それで…来てみたんだけど。」

 

榊は一言も発せずただ都をじっと見ていた。

ベッドの上で体をできるだけ横向きにねじって。

二人の絡み合う熱い視線が、背中越しにも感じられた。

 

8年経っても変わる事のない想い。8年越しだからこそ濃縮された想い。

それが今、こんな形で再会を果たしたのは運命なのだろうか。

それなら限りなく底意地の悪い運命だ。

こんな状況でなければ、この二人は十分やりなおせたのに。

それほどお互いを必要とし続けていたのに。傍から見ても分かるくらいに。

 

この場に俺は間違いなく邪魔者だろうけど、今立ち去る訳にはいかない。

俺はなりゆきをきちんと見守らなくちゃならないんだ。

俺にはその責任があるんだ。俺が今そう決めた。

 

「でも…透には俺は大丈夫だと言ってあるんだ。だからあの子は何も知らない。」

榊の不安そうな声。

まぁな、8歳の息子に「俺はもうすぐ死ぬぞ」なんて言える父親がいたらその方が異常だ。

 

「じゃあ…どうしよう。もし、その…時になってその子が嫌だ、って言ったら?それに

親戚とか…明日香とかが引き取るって言ったら、私どうしたらいい?」

都の負けず劣らず不安そうな声。

まぁな。都の言う事も榊の言う事ももっともすぎてどうしようもないよな。

 

しかし今日は本当にやたらと口ごもる日だぜ。舌噛んじまわなけりゃいいが。

この二人は揃ってびしばし物を言うのがウリなカップルだったが。

やっぱり話題がデリケートだからか。

それとも8年ぶりの激情を無理に押さえてるからかな?

激情万歳。シナリオライターが見たら泣いて喜びそうな情景だぜ。

俺は別の意味で泣きたいが。

 

「大丈夫だ。親戚連中は今から押しつけあいを始めてる。明日香は…はっきり引き取る意思がないって電話してきた。誰に預けても構わないし、施設に入れても構わないって…。

あいつ再婚してて、もう他に子供がいるから無理だって…」

 

おいおい明日香〜。それあんまりじゃねーか。

一応お前の息子だぜ?もう少し配慮してやれよ、断り方もよぉ。

 

「だから…多分大丈夫だと思う。でも…やっぱりお前にそんな事頼んでいいのか…。

正直言ってよく分からないんだ。それがいい事なのか悪い事なのか。複雑な事を考えるとぼんやりしてきて…。だから、もし迷惑なら断ってくれ。な?な?」

 

一瞬、都がつまったのが分かった。

ハッと息を飲む音が聞こえ、「そんな…」という掠れた声が聞こえた。

でも都はそれ以上続けられなかった。

 

「都は引き取ってもいいって言ってる。ただ一応その子の気持ちを確認した方がいいって俺が言ったんだ。後々の事もあるしな。」

 

突然割り込んできた俺の声に榊は敏感に反応した。

都のほうに身を乗り出すような仕草をして、「本当か?都、本当か?」とうわ言のように

繰り返した。

そんな榊の様子を見て、俺は榊がどれほど息子の事で心を痛めていたか知った。

さっきのは、日に日に弱っていく榊の精一杯の理性だったんだろう。

都に迷惑をかけまいとする最後の理性。

 

都が頷くのを見て榊は激しく安堵したらしい。

目に見えて表情が安らぎ、俺の気のせいかもしれないがぼんやりしてきたみたいだった。

 

「都、透を頼むな。」

そう言った後、小声でこう言うのが聞こえた。ごめんな。

 

いいの、気にしないでと呟く都を見つめる透の表情が今度は明らかに曇ってきた。

おいおい。どうしたんだ?

慌てる俺を尻目に、都はやけに落ち着いて榊の布団をかけなおしていた。

 

そうして言った。「出ましょう」と。

 

病室から先に出た都はドアの側で待っていた。

ああやって急に眠くなるみたいなの、そう説明する都はやけに目頭をいじっていた。

上を向いたりなんかして。

まるで涙をこらえてるみたいに。

 

 

 

 

腐れ縁 12

 

 

 

俺達が榊の病室を訪ねてから2ヶ月くらい経って、榊は死んだ。

 

徐々に衰弱し、徐々に意識がぼんやりとしていく榊の元を都はたびたび訪れていた。

二人がその短すぎる期間の間に、離れていた8年間の溝を埋める事ができたのかどうか、俺は知らない。

でも都の呆気に取られたみたいな憔悴した様子を見れば、どれほど辛い思いをして

いるのかくらいは察しがついた。

 

それでもそれは都だけの感情。

俺にはどうする事もできない。

そこには俺の入り込む余地は無いから。

 

また、俺にとってもそれは辛い別れだった。

どんなに久しぶりでも、どんなに最悪の別れ方をしても、俺達が過ごした5年間は

そのままに残ってるから。奴は俺の親友だったから。

 

それでも俺達はただぼんやりと悲しみに浸っている訳にはいかなかった。

榊に最後に頼まれた仕事が残ってる。

 

結局、榊は死ぬ前に息子を都と養子縁組させていた。

そうする事で、万一の時にトラブルが起こるのを防ごうとしたんだろう。

 

でも榊と都の心配は奴の予言どおり杞憂に終わった。

親戚一同、厄介なお荷物を回避できた喜びではちきれんばかり。

都が透を引き取りたいと申し出た時はまるで救世主扱いだったぜ。

何の支障も無く引き取れたのは良かったけど、これってちょっと可愛そうだよなあ。

 

とにかく何事も不気味なほどスムーズに進み、榊の葬式が終わって3日後には透は

すでに都のマンションに引っ越してきていた。

口にこそ出さなかったが、都と俺が一番恐れていた事態―明日香が透を引き取りに来る

ような事態も起きなかった。

 

何はともあれ、俺達の新生活は順調なスタートを切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

腐れ縁 13

 

 

 

透は両親のどちらにもあまり似ていなかった。

いや、どちらにも似ていた、と言うべきか。

とにかく二人の特徴が素晴らしくよく混ざり合ってて、結局どっちにも似ていなかった。

 

世間並みの8歳のガキとはちょっと変わった感じがする子供だった。

8歳児に相応しい可愛げ、っていうのが全く無かった。

子供にありがちなべたべたした喋り方もしなかったし。

聞き分けも良すぎるほど良かったし。

なーんか、悟りきったような辛気臭い顔してさ。

 

だって考えてもみろよ。

いくら親父が死んだばかりでぼーっとしてるからって、初対面の相手に「これから

一緒に暮らしましょう。あなたは私の養子ってことになってるの。」って言われて即座に

納得するか、普通?

 

ま、お袋には冷たくされて、親戚連中には厄介者扱いされて、頼みの綱の親父まで

死んじまったとあれば辛気臭い顔にもなるだろうけどさ。

そう考えるととびっきり不幸なガキだよなぁ。こいつ。

もしかしたら人知れず覚悟を決めてたのかもしれないし。

そう考えたら何か、すごく不憫だよなぁ。ううう。

 

よっしゃ。今日から俺を親父だと思ってくれ。

お前の人生、俺が引き受けちゃる!!

キャッチボールでも何でも相手してやるぞ〜。遠慮せずにかかって来い!

 

透が都に引き取られた日、そんな意気込みでやって来た俺の視線の先には能面のように

無表情でこの上なくかしこまったガキがソファにじっと座っていた。

そしてその傍では都がやたら落ち着きなくうろうろと動き回っていた。

 

そんな光景に背広を脱ぐのも忘れ、俺は目の前に座っているガキを思わずしげしげと

眺めてしまった。

携帯で前もって都から大体の様子を聞いてはいたが、実物を目の当たりにして俺は

絶句してしまった。

 

…こいつ本当に大丈夫なのか?

 

「都の奴、心配しすぎだっつーの」

そうたかをくくっていた俺は実物を見た途端、急激な不安に襲われた。

 

俺は無意識のうちに知り合いの精神科医の顔を思い浮かべていた。

ショックが強すぎてこいつ、どうにかなっちまったのかもしれない。

ちょっとカウンセリングが必要かな。

 

「これからは、友達みたいに暮らしましょう。仲良くしてね。」

 

透が都のマンションに連れられてきてすぐ、都は透にこう言ったんだと。

それに対し、すっかり観念しきった顔の透は「よろしくお願いします」って答えたそうな。

 

それを聞いて俺は溜息ついちゃったよ。

おいおい。本当に8歳なのか、お前は?

8歳って言ったら普通、生まれたてのぴよぴよで脳も未発達なはずだろ。

何でそんなに礼儀正しいの?敬語とか使っちゃってるし。

 

都の聞き違いならいいなぁって思ったりもしたんだよね。

でもなぁ。

さっき俺が「仲良くやろうぜ。これから長いんだし。」って声かけた時も無表情に

頭下げて「よろしくお願いします」って実際答えたしなぁ。

 

そんな事を考えていたら、目の前の能面面のガキが急に口を開いた。

これには傍で見ていた都も驚いたようだ。

どうやらこいつもこのガキの打ち解けないのに頭を悩ませていたらしい。

 

「あの…何て呼べばいいんですか?」

 

あ、あぁ…そうね。そうよね。と妙にうろたえる都。

あーそうだよなーと意味不明の相槌を返す俺。

まさかこんな事言い出すと思ってなかったから、準備ができてなかったんだ。

 

「えーとね、私は都っていうの。だから…何て呼びたい?」

あげくに逆質問する始末だ。よほどいい考えが浮かばなかったらしい。

 

「みやこ…さん?」

ガキも質問返しされていい迷惑だろう。気の毒に。

 

「う〜ん。それはちょっとよそよそしいから…。呼び捨てでもいいわ。」

「みやこ?」

 

う〜ん、それもしっくりこない。

第一こんなガキに呼び捨てさせるのもちょっとムカつく。

てめーが俺と同じ呼び方すんのは100年はえーんだよ!!

 

「おい、その呼び方はちょっとやめとけ…夫婦みたいで不気味だ。」

「確かに夫婦ってのはマズいわよね…」

 

こんな事に大の大人二人が真面目に頭を悩ませているのが余程面白かったらしい。

無表情な仮面が剥がれ落ち、突然無邪気な子供の顔が現れた。

ふん。やっぱり8歳のガキだったか。

もしかしたら80歳の死体なんじゃなかろうかと思ってたんだが。

 

「分かった。みやこちゃんだ!」

 

思い切り楽しそうに発言するガキに正直俺も都もかなり面食らった。

でもさっきの能面よりは不気味さが薄れた分まだマシか。

何と言っても不気味なのはいただけない。

 

どうやら都も俺と同意見だったらしく、「じゃーそうしよう」とあっさり決めちまった。

ガキの顔がまた能面に戻る前に話を決めちゃいたいってのが見え見えだったがな。

 

でももう透が能面に戻る事は無かった。有難い事に。

多分奴なりにいろいろ緊張してたんだろ。

親戚中に邪魔者扱いされたあげく、赤の他人の家に引き取られたんだから無理も無い

けどさ。

でもまぁ、一旦それがほぐれりゃ後はやっぱり8歳児。

野郎はちゃーんと普通のの8歳児だったさ。心配させやがって。

 

その日は三人で近所のファミレスに飯を食いに行った。

とっくに午前0時を回ってたが、そこはそれ、二十四時間営業は市民の強い味方。

 

結局都は「都ちゃん」、俺は「権藤のお兄ちゃん」って呼ばれる事に決まった。

「呼び捨てにしたらしばくぞ〜」と、俺がそう脅迫したのは内緒だけどな。

 

ハンバーグを美味そうに食ってる透とそれを笑って見守る都を眺めながら俺は、

これも運命なのかも、と考えていた。

 

他人から見れば家族の団欒のようにも見えるだろう。

俺と都と、そして榊と明日香の息子。

そんな三人が結びついて、一緒に暮らし始める(俺は一応別の部屋だが)現実。

8年の後に花開いた、狂い咲きの三位一体。

俺にはそれが楽しい運命に思えさえした。

 

―完―

 

 

 

おお〜っ!やっと完結しました。

これでこいつらとサヨナラすることができます(T_T)。やっと。

しかしこれほど恋愛小説ばなれした話もないですね。

一体全体私は何がしたかったんでしょうか。

それにしても漠然とした中途半端な終わり方でした。

もし続きに興味のある方がいらっしゃれば、続編:『過去』の方を御覧下さい。

できるだけ早くそちらも完結させるようにしますんで(^_^;)

 

 

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