真夏の月 6

 

 

 

その日はあの後すぐに待ち合わせをしていた友人が来たので、それ以上聞き出すことは

できなかった。

だが、あの雇われマスターっぽい男もそれ以上話す気は無さそうだったから、あれ以上

粘ったとしても無駄だったろう。

 

夕貴自身もほとんど奥から出てくることはなく、たまに出てきても俺と目を合わせる

ような真似はしなかった。

どうやら夕貴の仕事はカウンターの奥でカクテルや簡単な料理を作ることみたいだった。

 

その日は家に帰ってもなかなか寝つけなかった。

 

仕事とかが急がし過ぎた日、神経が昂ぶって眠れない事ってあるだろ?

まさしくあんな感じで、ちっとも眠くなんねーんだ。

ついぼんやりして、今日の久々の再会について考えてしまう。

 

はっきり言って俺はいまだに半信半疑だった。

確かに面影はあったが、人間あれほど変われるものなのか?

どっちかと言うと赤の他人が夕貴の真似してるって感じだぜ。

でもそんな事する人間がいるとも思えないしなぁ。

 

第一あの男だって『夕貴』って呼んでたし。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 7

 

 

 

夕貴。木原夕貴。

確かにその名前の女とは古い馴染みだ。

 

高校3年の時に不幸にも(?)くじ引きでクラス委員を押し付けられた者同士、

あれこれと語り合ったり一緒に勉強したりした仲だ。

 

木原は…いや夕貴は当時、ぽっちゃりした感じの健康的なタイプで正直言って

俺の中では女とは認定されていなかった。

 

いるだろ?クラスに一人はそういう奴が。

悪い奴じゃないし、付き合いやすいんだけど“女”には見えないってタイプ。

夕貴はまさにそういうタイプだったんだ。

 

何を言っても気にしない、泣かない、根に持たない。

そんな『何を言っても大丈夫』という気安さが俺にはあった。

 

当時俺が付き合っていたのが、その一番の取り得は顔というえらく気難しくて

扱いにくい女だったせいもあって、そんな夕貴が新鮮に思えたんだ。

 

でも文系、理系の違いもあって、受験本番に近づくにつれ疎遠になり、俺は

今日の今日まで夕貴の事を忘れていたわけだ。

 

顔も思い出せないほどすっかり忘れていたのも確かだけど、あの変わりようは尋常

じゃない。

 

体格一つを取ってもそうだ。

昔のあいつと今のあいつじゃ、着ぐるみ着用後と着用前ほどの違いがある。

 

顔だって絶対かなり変わってる。

どこが、とはっきり指摘するのは難しいが何かが違う。

全体的に綺麗になってるって言うか、作り物っぽくなったと言うか。

ま、化粧と激ヤセのせいだとは思うが。

 

Mサイズの肉襦袢の中にあの顔が埋まってたって事かな。

しかし見事に化けおおせたね。女ってのはは分かんねーな。

 

こんな事なら前もってツバ付けとくんだった。

めちゃ俺好みなのに。今からでも遅くないかな。

 

結局その夜俺が眠りについたのは午前4時を回ってからだった。

 

 

 

 

 

 

真昼の月 8

 

 

 

あれから何やかやと理由をつけて『華影』に入り浸っている。

あの日待ち合わせをしていた友人が結構な常連だったというのもあって、口実には

事欠かなかった。

 

二度目に店を訪れる時はさすがに緊張したが、例の店長みたいな男が俺の顔を覚えてて

親切にしてくれたのと、夕貴の態度が幾分か柔らいでいたのが俺を調子づかせた。

 

もともとこの店自体も一目で気に入ってしまっていたので、いい気になった俺は

事あるごとに『華影』に足を運ぶようになっていた。

 

ちょくちょく顔を出すようになってから知ったのだが、この店のオーナーはあの

気さくな男じゃなかった。

 

『華影』のオーナーは20代後半くらいの、その色の白さといつもかなりの原色で

彩った指先が印象的な女の人で、俺も何度かカウンターの内側でシェーカーを振る

その姿を見かけたことがあった。

 

印象としては一週間に一回から二回だけ店に出てきて、その他は一切合切例の男―寛

に任せているようだ。どうやら寛にかなりの信頼を寄せているらしい。

だから平常は夕貴と寛の二人だけで店をやっていることになる。

 

ここは結構繁盛しているみたいなのによく二人できりもりできるね、と言ってみた

ことがある。

すると寛は相変わらずの人懐っこい喋り方でこう言ったものだ。

 

「確かにね〜、来る人はしょっちゅう来るんだけどね。誰かさんみたいに。

でもまあ、ここって場所が良くないから知ってる人自体が少ないんだ。」

 

なるほど。確かにここは気付かれにくい場所にある。

繁華街からは通りを2・3本挟んでいるし、かと言って住宅街というわけでもない。

おまけに普通に人が住んでいたりする雑居ビルの2階にあったりする。

これじゃあ確かに“知る人ぞ知る”状態になるわけだ。

 

でもね、知ってる人ばっかりってのも気が楽でいいもんだよね。

オーナーは儲かんないだろうけどさ。

 

今日も機嫌よさげな寛はシェーカーを振りながらこう言って笑った。

俺も同感だった。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 9

 

 

 

寛は第一印象通りのすごくいい奴で、俺達はすぐにうちとけた。

今では一人で『華影』に来て、カウンターに陣取り寛と延々閉店まで喋ってる

って事も珍しくなくなった。

 

夕貴は相変わらずあんまり笑ったり喋ったりしなかったが、俺の隣に座って

煙草を吸ったりしながら一応話には参加している。

無愛想な態度は今も変わらなかったが、それは単にそういう性格なだけだと今では

ちっとも気にならなくなった。

 

それに…どれほど昔に比べて無愛想になったからと言ってあの顔、あの姿を見れば

そんなもの帳消しにしてお釣りが来ると、俺は内心思っていた。

 

ある日夕貴が店を休んでいた。

その日は雨が降っていて客の出足もさっぱりだったため、たまに店を手伝いに来る

臨時のアルバイトを呼ばないことにしたらしく店には俺と寛の二人だけだった。

 

俺はこれ幸いと夕貴について聞き出すことにした。

水を向けてみると、果たして寛もいつもの調子で喋り始めた。

 

夕貴はね、最初うちの店に来た時は今よりもっと垢抜けてなかったんだ。

ここ1年か2年でもの凄く綺麗になったよねぇ。

 

寛さんと夕貴ってどんな関係なの?普通の間柄には見えないけど。

 

俺のそんな問いかけに寛は、恋人以上保護者未満って感じかな、と笑いながら

答えた。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 10

 

 

 

やっぱり付き合ってたんだ。

 

寛は俺のそんな呟きに俺の心を見透かしたらしく、大丈夫、昔の話だから、

そう言って作り終わったばかりの俺の酒が入ったグラスを渡してくれた。

 

別れたの?

 

いいや。もともとはっきり告白して付き合ってたわけじゃないから…。

ただ何となくそういう関係を持たなくなっただけ。

 

ふぅん。

 

夕貴、多分今はフリーだから、アタックしてみれば?

 

そう言われても…。こういう時なまじい昔からの知り合いというのは困る。

一旦出来上がっている『友達』という枠を壊さなければならないから面倒だ。

 

寛さん、何で夕貴の事好きになったの?

 

何でだろうね。多分…痛々しかったから。守ってやりたい気分になったんだ。

保護者みたいに。2歳しか年違わないのにね。

 

痛々しかった?

 

うん。綺麗になるのはいい事なんだけど、夕貴の場合その過程がすごいんだ。

 

すごいって?

 

一度、拒食症になりかけた事があるし、色白になるために夏の間中ほとんど昼は外に

出なかった事もある。そんな極端な事をするんだ。

 

そんな事をして今の姿になったのか…。俺はただただ驚いていた。

それにしてもちょっとそれは常軌を逸した行動なんじゃなかろうか。

 

拒食症になりかけた時くらいから、すごく気になってて…。

一度吐いているところを見たことがあるけど、彼女、食べたから吐くんじゃなくて、

自分の姿を鏡で見て吐くんだ。本当に自分の事が嫌そうな顔してね。その頃は別に全然

太ってなくて、普通の体型だったんだけど。

 

寛さんと付き合って拒食症が治ったの?

 

いや。ある日鏡で自分が痩せすぎた事に気がついたらしい。今度は痩せた自分が

嫌になったみたいで、突然食べだして…。とにかく今は普通に戻ったから安心だよ。

 

そこまで話してから、寛は喋りすぎた自分を後悔しているようだった。

 

その穴埋めをするかのように、その日俺が店を出て行くのを送りながら、

「絶対今日の話は誰にもしないでくれよ」と何度も何度も繰り返していた。

 

 

 

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