真夏の月 11

 

 

 

う〜ん。いらん話を聞いてしまったかもしれない。

お陰で俺は眠れない…。

 

あの夕貴にそんな異常な点があったとはねぇ。

昔の、俺の記憶の中のあいつは至極正常に見えたけど。

 

でもよく考えたら、複雑な性格だったのかもしれない。

 

人付き合いが特に良くも悪くもない感じかと思えば実はすごく人見知りだったり。

笑ってない時の顔は無愛想な感じで近寄りがたいかと思えば気さくだったり。

さばさばしたいい性格なのに無口だったり。

 

もしかしたらすごく矛盾した性格だったのかもしれない。

 

俺はあいつを女として見てなかったから、そんな細かい点まで観察していた記憶が無い。

全く無い。全然無い。

 

仕事上必要だったから口を聞くようになったまでだし、実は扱いやすい奴だったから

あれこれ便利使いしていたまでだった。

あいつは俺より頭も良かったし、何より話をしていて楽だった。

気を使わなくていいからな。うん。

 

…何かここまで考えてちょっと気が咎めた。

俺って実はろくでなしかも。とにかくヒドい奴だよな。

 

でも寛が話してくれた夕貴の様子は明らかに異常だ。

確かに昔とは一味違う。それは俺も薄々感じてた。

きっと今の夕貴と居ても、俺が昔感じた気楽さを感じる事など到底できないだろう。

この数年の間に、一体夕貴に何が起こったのだろうか。

 

ここ数日の間、俺がベッドの中で考えることといったら夕貴のことばかり。

俺がベッドの中で女の事を考えるのは、そいつに熱を上げているときだけだ。

 

ということは…俺は夕貴にマジ惚れちまったのか!?

おいおい、マジかよ〜。

いくら使用前使用後並みの大変身を遂げたって言っても、あの木原夕貴だぜ?

勘弁してくれよ。

 

そこまで考えて俺は居たたまれなくなり、布団を頭からかぶって目を固くつぶった。

願わくば明日の朝までに今の気違いじみた考えを忘れていますように。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 12

 

 

 

今日は4限目の授業が休講だった。

後期試験も終わったばかりだし、他にやる事も無かったので足は自然と『華影』の方へと

向いていた。

この時間だとまだ開店までには間があるが、寛が一人で開店準備に励んでいるはずだ。

最近の俺はそれを手伝うまでに急速に寛との友情を深めていた。

 

今日ももちろん寛が一人で居るものだと思って、洒落たガラスのドアをノックした。

するといつもなら『開いてるよ』というあのあっけらかんとした声が聞こえるはずなのに、

今日に限っていきなりドアが開いた。

俺はまさかドアが急に開くなんて思ってなかったから、すんでのところでドアにぶつかりそうになって、慌ててよけた拍子にドア脇に置いてある観葉植物の鉢をひっくり返してしまった。

 

「すいません!」

 

しゃがんで鉢を元に戻しながら俺は慌ててドアの陰に居る人物に謝った。

 

「いいのよ。怪我なかった?」

 

あんまり聞き覚えの無い声に顔を上げると、ドアの傍に心配そうな顔をしたオーナーが

立っていた。

 

「いえ、大丈夫です。」

 

植木鉢を直し終えて、そういいながら立ち上がった。

期せずしてオーナーとかなりの至近距離で向き合う格好になってしまった。

 

こうして間近に見てみると、彼女はかなり身長が低い。

世間一般と比べても低い方に入るだろう。

でも全体のバランスがいいせいで、いままでそんなに小さいとは気付かなかった。

 

それに何より、大きく胸をくった豹柄の上着とぴったりした黒の革パンという格好

にもちっとも負ける気配の無い量のフェロモンを放出している彼女の存在感たるや

凄まじいもので、初めて近くに寄った俺はクラクラっといってしまいそうだった。

 

そんな俺の気持ちに気付いたのか気付いてないのか、全くさりげない身振りで

ドアから―つまり俺から―離れた彼女は店の中へと俺を招き入れた。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 13

 

 

 

「何か飲む?」

 

カウンターの中からオーナーが声をかけてきた。

 

「あ、いえ…」

 

思わず口ごもる俺にオーナーは嫣然と微笑んだ。

嫣然と言う言葉は知っていたが、それにぴったりな相手を始めて見た。

 

「ふぅん。でもいつもはマティーニ飲んでない?」

 

これにはちょっと不意を付かれた。

そんな事まで気がついていたとは…。

 

「じゃあ…それもらえますか?」

 

いいわよ。

そう言ってシェーカーを振るその姿は何とも言えず様になっていてカッコ良かった。

こういう商売をしている人間に独特の雰囲気をまとった彼女は間違いなく生粋の

夜の生物だと思った。

恐らくこの手の商売以外の仕事に就いたことはないに違いない。

 

「どうぞ」

 

寛よりも数段手早く作ったマティーニを俺に差し出したその指先は、今日は限りなく

黒に近いダークレッドに塗られていた。

 

 

 

 

 

 

真夏の月 14

 

 

 

「ねぇ、あなた夕貴の昔の友達なの?」

 

酒の入ったグラスを受け取る俺に突然彼女は話を切り出してきた。

 

「ああ。はい。高校時代のクラスメートなんです。」

 

「ふぅん」

 

訳知り顔で話を切り上げようとする彼女に不審を覚えた。

 

「夕貴が何か言ってたんですか?」

 

「いいえ、夕貴は何にも。寛がそんな事をちらっと言ってたから。」

 

ははあ。話の出所は寛か。

そう言えば今日はやけに遅いな。もう開店時刻を回ってるのに。

 

「今日は寛さん、どうしたんですか?」

 

「ああ。今日は休みよ。だから私が出てきたの。」

 

なるほど。じゃ今日は寛は出てこないのか。

悪い日に来ちまったな。

ま、もう少しオーナーと話してみてそれでつまんなかったらさっさと帰るとするか。

 

「夕貴はこの店長いんですか?」

 

とりあえず話の接ぎ穂が欲しかったので夕貴をサカナに話を繋げることにする。

 

「まあね。この店オープンした時からずっといるから、もう2年位かな。」

 

「でも夕貴がこういう感じの店で働いてるのって意外だったな…」

 

俺はそこまで言ってからはっとした。

これではこの店をけなしたと取られても仕方が無い。

慌ててオーナーの表情を伺ったが、彼女は別に気にしていないらしく素知らぬ顔を

していた。

 

「まぁそうね。夕貴と私は従姉妹なの。だからそのツテでね。」

 

 

 

 

 

 

真夏の月 15

 

 

 

「えっ、オーナーと夕貴って従姉妹なんですか?」

 

「玲子」

 

「え?」

 

「私の名前、玲子って言うの。別に呼び捨てにしてくれても構わないわよ。」

 

さすがに呼び捨てはちょっと心苦しい。

オーナーと呼ばれるのは心外らしいので、とにかく言いなおすことにした。

 

「夕貴と…玲子さんって従姉妹だったんですか?」

 

「そう。母方の従姉妹。彼女の母親が次女でうちの母親が長女だったの。」

 

俺が麗子さん、と名前で呼びなおしたので満足したらしく、やっと答えてくれた。

 

「へ〜。ちっとも知らなかった。」

 

「そりゃあそうでしょうね。高校に入るまではあんまり行き来がなかったから。」

 

突然妙な事を言い出した。

唐突に変なことを喋りだすのはこの一家の特徴らしい。

 

「あ、そうなんですか。」

 

返事に困って、適当な相槌を返す俺に構わず彼女は説明しつづけた。

どうやら話はきちんと完結させないと気がすまないタチらしい。

 

「うちの親父と母親が離婚しててね、で、私途中までは父親の実家で育ったの。

だから夕貴とはあんまり会ったこともなかったんだけど。」

 

そこで話を切った。

でもそれは追憶に耽るためではなく、単に手に持った煙草に火をつけるためだった。

 

「でも私が大学に入った年、待ってましたとばかりに親父が再婚してね。

何となく居辛かったから一人暮らし始めたの。で、何となく面白くなかったから

あてつけがましく母方の親戚とかと久しぶりに連絡取り合うようになって。」

 

煙を吐き出す。

夕貴とは別の意味で色っぽい吐き出し方だった。

唇の開き具合が絶品だ。男心をそそる。

 

「その時確か夕貴が高校二年くらいだったかな。私は一人っ子だったし、夕貴も

女の兄弟はいなかったから、すぐに仲良くなってね、それ以来。今じゃ妹同然。」

 

煙草を持ったほうの手で前髪をかきあげた。

その仕草一つを取っても夕貴とは違う、大人のフェロモンを感じずにはいられなかった。

 

ますます彼女に惹かれるのを感じながらも、そんな私的な話を聞いてしまった手前

俺はマティーニ一杯で退散する事にした。

彼女自身は爪の先ほどにも気にしていないようだったが。

 

 

 

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