熱帯夜 6
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「だからさー、俺のバスケ部の後輩と竹内は付き合ってたのさ。」 ふんふん。こいつが紫乃と同じ高校出身だったとは知らなかったな。 世の中狭いねー。さすが同じ県出身なだけはあるな。 でもこいつの「〜さ」喋り、相変わらずだよな。どこで習ってきたんだろ。 やっぱあれかな。こいつの前の彼女、沖縄出身だったせいかな。 確かあの娘も同じような喋り方してたし。 「〜さぁ、〜さぁ」って、めっちゃ濃い顔で。 「そいつもオンとオフの時の差がすごい奴だったけどさ、竹内ってあれだろ。年中二十四時間オフみたいな女だろ。いやー、何がいいんだろうなって皆で話してたんだよな。」 「何だよ、そのオンとかオフとかって。」 「だーかーらー、明るい時と暗い時の差が激しいんだよ。たまにいるだろ、文化祭とかの時とかはちゃーんと激しくハジけてるけど、時折みょ〜に陰気になったりする奴。宮下の野郎もそんな感じの奴でさぁ。ま、良く言えばどこか陰がある、ってんだろうな。実際勘違いした女子に結構モテてたぜ〜、あいつ。だから何もあんなガリ勉女と付き合わなくてもいいのになぁ、皆そう思ってたぜ。」 そこまで一気に喋りたててから目の前のアイスコーヒーをすする。 そりゃーあんだけまくしたてれば咽喉も渇くだろうさ。 それにしてもあの紫乃がガリ勉だって? おまけに年中陰気だって?おいおい、一体誰の話してんだかな。 「紫乃ってガリ勉だったのか?」 「あーもーそりゃーすごかったさ。だってあいつ東大受けたくらいだぜ。落ちたけど。」 「東大?何だよそれ。」 「あー、お前知らなかったの?やっぱあれ本当だったんか。」 「何が?」 「竹内が前期で東大受けた事隠してて、人には前期もうちの大学受けたけど落とされたって嘘ついてるって噂。やっぱお前もそう言われた?」 「いや、はっきりそういう話したことないから…」 「あー、まーそうだろうな。噂によると紫乃のやつ大学デビューしたついでに馬鹿のフリまでしてるらしいから。ま、俺もちょっと見かけたことあるけどさ。女は化けるよなー。ぱっと見別人だぜ。ありゃ。それに今のあいつじゃどう見たって賢くは見えねーよな。」 確かにな。紫乃を見て「賢そうだな」って思う奴はいねーだろーな。 ぽけーっとした馬鹿面してることも多いし。 「だけどさ、あいつ本当は超頭いいのよ。今でもそうなのかは知らねーけどよ。だけどさ、あんまり頭良すぎるのも考えものだよな。あんな冷てー女、俺ちょっとパスね。パス。」 「お前さぁ、何か紫乃のこと嫌いっぽいよな。何でだ?」 「いや、だからさ。さっき俺の後輩の宮下っていうのと付き合ってたっていったろ?もともと冷たそーな女だなーって思ってはいたけど、あれほどとは思いませんでしたね。」 一人勝手に納得している宮崎。 連ドラじゃねーんだから、いい所で話を切るな、っつーの。 「何が“あれほど”なんだよ?もったいぶらずに話せよ。」 |
熱帯夜 7
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「あぁ。そんでその宮下が一年アメリカに留学することになったんよ。うちの高校、あっちに姉妹校があるから。宮下の奴、本当に努力して試験に受かったのにさぁ、竹内の奴、あっさり振っちまった。一年も待てないからって。今年受験だからって。いやー、すごい女だよなー。他にはなーんの理由も無かったのによ。」 「それ、誰から聞いたんだ?」 「何を?」 「一年も待てないとか、今年受験だから、とかさ。」 「あぁ、噂さ。噂。バスケ部では公然の秘密になってたからな。」 そう言うだけ言ってから目の前のグラスを取り上げ、残ってたコーヒーを一気飲みした。 どうやら今俺に喋った噂の真偽などどうでもいいと思っているらしかった。 どうも紫乃の言いそうにない台詞だと思うんだけど。 でも、俺の知ってる紫乃と昔の紫乃って違うみたいだしなぁ。 俺としてもあんま自信無いなぁ。今の話の後では。 第一俺の知ってる紫乃って変身後(?)の紫乃だしなぁ。 「その宮下って奴が言ってたのか?」 「あ?ああ。宮下ね。あいつその後結構ヘコんでてさ。その話をすることさえタブーだったよ。留学するまさにその日まで浮かない顔してたぜ。」 「あぁ、まあそうだろうな。」 「すごかったんだぜ。送別会の二次会で行ったカラオケでさ、あいつ『僕ならばここにいる』っつーえらく悲惨な曲歌ったのさ。お前この曲知ってっか?」 「ああ。聞いたことあるような気がする。」 「あっそ。浮かない様子のあいつがやっとこ歌ったと思ったら、そんな陰気な曲。おまけに内容がさ、『僕ならばここにいる 君がどこに行っても』なんてさ。現実とオーバーラップしすぎてて皆引いてたぜ。あいつはあいつで周囲なんか見えてません、って感じで自分の世界に入り込んで歌ってるし。あーもー気が滅入ってしょうがなかったぜ。ある意味アメリカ行ってくれてほっとしたね。それにしてもあんなお高くとまった女のどこが良かったのかね。いまだに俺の中では最大の謎だなぁ。」 う〜ん、確かに気が滅入るような話だ。 でも何だかなぁ、俺が聞いてるのは本当にあの紫乃の話なんだろうか。 そう悩む俺を尻目に宮崎はその後延々と喋りつづけた。 出所不明の“噂”ばかりを、たっぷりと。 結局俺は4時限目の授業を受け損ねてしまった。 |
熱帯夜 8
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「先輩、今付き合ってる人います?」 はぁ…。 日曜日に『大事な相談がある』って呼び出されたと思ったらこれか。 この子悪い子じゃないのにねぇ。外見だってそんなに悪くないし。 サークルの後輩がきゃあきゃあ言って狙ってたような気がするけど。 あの娘、結構かわいかったけどね〜。お似合いな感じがするし。 それなのに何を血迷ってるんだか。 告白ずれするほど慣れてるわけじゃないけど、全く興味のない相手からの告白と いうのはどうしてこうも退屈なのかな。 全くときめいてないし。ドキドキしないし。 確かに最初はびっくりしたけど。それでもばっちり冷静だし。 『いかにして最小限のダメージでお断りを入れるか』 店に入ってきて5分後にはそればっかり考えてたわよ。 こういうのって後味の悪さだけが残るのよねぇ。 よっぽど脈がない限り、告白とか控えてくれればいいのに。 だって後々サークル内とかで顔合わせても気まずいでしょ? ちょっとは気ぃ使ってよね。 それとも私、脈ありげな素振りとかしたかしら? あ、ほらまた上目遣いで見てる。 この腰が低くて肩身の狭そうな所がイヤなんだよね。 実はタメ年の私にも敬語とか使ってるし。 あれほど止めろって言ってあったのに。 いくら浪人して一年後輩になったからって。 慎ちゃんのあのふてぶてしさとは大違い。 私どっちかと言うと威圧感のあるタイプが好きなのよね。 人好きのしないタイプというか。 これが慎ちゃんだったらなぁ…哀願するような目で私を見ている晶を前にして ついついそんな事を考えてしまう。 さすがにそれは悪いと思ったけど、でもね〜それも仕方ないよね〜。 今もほら、慎ちゃんほどじゃないけどそれでも十分馬鹿でかい体を縮こませる ようにして私の返事をじーっと待ってる。 気の弱い犬みたいなその目を見ると、無下に断ることもできないし。 あーもう。だからイヤなのよ、このタイプ。 結局その日は返事を保留して、すがるような目の晶と店の前で別れた。 |
熱帯夜 9
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あれから二日。私は慎ちゃんの部屋にいた。 慎ちゃんがゲイだと分かって良かった事が一つある。 以前より気軽に彼の部屋に入り浸れるのだ。二人っきりでも。 「ねぇ、どう言ったらいいと思う?」 私は晶にどう断りを入れるべきか慎ちゃんに相談していた。 晶は慎ちゃんと同じマリンスポーツ系のサークルにも所属しているので、いわゆる 共通の後輩なのだ。 どう言えば男が一番傷つかないのか、そんな事女の私に分かるわけない。 やっぱそういうのは男に聞くのが一番でしょ。 自分の事を好きだと言ってくれた相手を傷つけるのは忍びないしねぇ。 「え…、俺にそんな事聞いたって分かる訳ないだろ。自分で考えろよ。」 何故か今日の慎ちゃんは真面目に相談に乗ってくれない。 さっきからつれない返事ばっかり。 まさか…ヤキモチ焼いてくれてるわけじゃないよねぇ… そう思い込めるほど私の理性はまだ死んでなかったわ。 この間、ビアホールでカミングアウトされた日に死ぬほど泣いて―不本意だったけど― ちゃんと気持ちに整理はつけてたし。 第一私、自分の好きな人に少しでも精神的負担とかかけるのは大嫌い。 ここでもし慎ちゃんが私によって異性愛者へと華麗な変身を遂げたとしても、それは 彼の元々の嗜好を変えちゃった事になるから、そんな事したくないの。 彼が彼の好きなように幸せならそれでいい。 偽善者っぽいけど、私はそれはそれでいいと思っているの。 その時の私は確かにそう思ってた。 彼が幸せなら自分は我慢できるって。 |
熱帯夜 10
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午前1時を回ってもはかばかしい案は浮かばなかった。 慎ちゃんは何故かご機嫌斜めでちっとも聞いてくれないし、私は私で考えられる 限りの案を出し尽くしてしまってて、まったりした空気が気まずく流れ始めていた。 シングルのベッド以外ほとんど家具らしい家具のない慎ちゃんの部屋の壁にもたれて 私はその日編み出した台詞の自己批評をして暇を潰していた。 「う〜ん、やっぱり『他に好きな人がいる』って言うのが王道かな。でも『実は今 付き合っている人がいるの』ってのも捨てがたいなぁ。それともはっきり…」 「なぁ。」 私の傍に並んで壁にもたれていた慎ちゃんが突然口を開いた。 え?という顔で見上げた私と目を合わせずに言う。 「あいつと…晶と付き合うって事は考えられねーのか?」 驚いた。そんな事一瞬たりとも考えた事がなかったから。 いくら整理をつけたからといって、慎ちゃんへの想いはまだ健在だ。 こんな気持ちで他の誰と付き合えると言うのだろう。 「え…。いや、考えた事ないなぁ。あんまりタイプじゃないし…。」 「晶の事嫌いなのか?」 「いや、嫌いってわけじゃないけど…」 「じゃあ、考えてみてくれないか。あいつ、とってもいい奴だし…」 いつもと違う、慎ちゃんの押し付けがましいプッシュに違和感を覚えた。 それに今日の慎ちゃんは最初っからおかしかった。 妙に不機嫌で、私の話を聞こうともしなかったし。 「でも…。やっぱり、ね。」 「どうしても駄目か?」 「何か今日の慎ちゃん、おかしいよ?後輩思いなのもいいけど…」 無理に笑いに持ち込もうとする私とは別次元の思い詰めた顔で慎ちゃんは私の方を見た。 うゎ、目が血走ってる…初めて見た、こんな慎ちゃんの顔。 ちょっと怖いかも…。 「俺…俺…晶が好きなんだ。だからあいつには幸せになって欲しいんだ。」 その時初めて私は、誰か私の恋敵なのかを知った。 どこかで聞いたことのあるような理論をふりかざしてくる慎ちゃんが信じられない。 これほどまでに残酷な話ってあるだろうか。 その瞬間私はその場にいない晶を憎んだ。 こんなに胸が痛むのも、こんなに好きな人と両思いになれないのも全て晶のせいだ。 何もかも… |