熱帯夜 11
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『おい宮下、お前クラス会来るだろ?絶対来いよな。久しぶりに会いたいし。』 いつも騒がしくて、頼まれもしないのに万年幹事の伊藤。 相変わらず元気な声だった。 はかばかしい返事をしない俺にとどめを刺すように言った、最後の言葉。 『絶対来いよ。多分竹内も来るぜ。』 確かに会ってみたかった。 もう一度会って、そして…。 そして、どうする? お互い嫌いで別れた訳ではないと言っても、あれからもう何年も経っている。 きっと紫乃は俺の事などもう何とも思ってないに違いない。 いや。 そんな事はどうにでもなる。 俺が本当に恐れているのは今の自分の落ちぶれ果てた姿。 紫乃と別れてまで行ったアメリカで何を学んだ訳でもなく、かと言って日本に帰って くれば違和感を覚えた。 日本にも新しい学年にもなじめないまま高校を卒業し、結局またあっちの大学に入学。 そして何の目標も無く適当に流された結果、2年でドロップアウト。 おめおめと日本に帰ってきて、周囲や親の目がうるさかったから底辺レベルすれすれの私大に再入学してみたけれど、だからどうなるってものでもない。 俺の人生はもう終わってる。 そんな姿を紫乃に見られたくない。 でも…会いたい… |
熱帯夜 12
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結局慎ちゃんの意思に逆らう事はできなかった。 私は晶と付き合うことにした。 もし拒めば、慎ちゃんに嫌われてしまうかもしれないから。 慎ちゃんはそんな私の気持ちを知ってか知らずか、「ありがとう」って言った… 頭が割れそうに痛い。 さっき電話で晶に返事を伝えた時からずっと酷くなってる。 痛い。痛い。痛い。 がんがん割れそうなくらいに痛む頭を抱えてうずくまっていたら電話が鳴った。 また晶かと思って無視しようかとも思ったが、そのけたたましい呼び出し音が今は拷問にも等しかったので急いで受話器を取った。 それは晶からではなかった。 『よぉ〜、竹内か?伊藤です。今度クラス会やるんだけどさぁ…』 伊藤?誰だっけ。 ああ、万年クラス委員の伊藤か。 『お前来る?一応出席確認取りたいんだけどさ。』 何となく今はそんな気分じゃない。 断ろうとした私を遮って、伊藤が続けた。 『来いよな〜。俺宮下にお前も来るって言っちゃったんだよ。な?だから来いよな。』 ミヤの名前を聞いた途端、頭痛を忘れた。 あの人、日本に帰ってきてるの? 『ああ。あっちの大学中退して、今は×△大学にいるらしいぜ。』 伊藤は聞きなれない大学の名前を口にした。 それだけでミヤが結局挫折してしまったらしい事が察せられた。 結局返事は保留にした。 『気が変わったら絶対来いよな』 伊藤はそう念を押して電話を切った。 ミヤ…今どうしているんだろう。 辛い思いしてなきゃいいけど。 人一倍プライドが高い人だったから… |
熱帯夜 13
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やっぱり、行くのかぁ。 出がけに部屋のドアの鍵をかけながら溜息をつく。 あれほど『行かない』って言いながら、前日の夜からクローゼットを引っ掻き回してる 自分がいた。 滑稽だ滑稽だと思いながらも必死でコーディネートする自分。 服にバッグに靴に指輪にピアス… バッグの中身まで黒で統一したからと言って、今更どうなると言うのだろう。 私はいまや晶の彼女なのだ。 電車に乗ってる間中後悔しっぱなしだった。 それでも目的の駅に近づくにつれて鼓動は正直にヒートアップしていった。 『私でよければ…』 そう電話で返事した日からずっと、晶に付きまとわれて苦痛だった。 晶は私の返事を聞いて、いじらしいくらいに喜んだ。 でもそんな様子の晶さえ今の私には疎ましく思えて仕方が無かった。 毎日毎日、夜寝る前に電話してきてはお休みの挨拶と明日の予定の有無を聞いてきた。 最初のうちは嘘の用事を作ったりしてたけど、そのうち面倒くさくなってきて、毎日 口癖のように「別に予定、入ってないけど」と言うようになった。 だって会えなかった日はお休みコールがすごく長いんだもの。 今日自分の方はどうだったこうだった、そっちはどうだった?の繰り返し。 それなら惰性で会ってる方がまだ楽よ。 それにあんまり冷たくして仲がこじれるのも怖かった。 慎ちゃんがきっとがっかりすると思うから。 |
熱帯夜 14
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私に失望して欲しくない。 その一心で我慢して晶と付き合って、はや一週間になるけれどそろそろ限界。 最近では晶とキスすると吐き気を覚える事がある。 まだキス止まりだからいいけど、その先なんて事になったら… これだけは私の気持ちを異様に尊重する晶に感謝の一言に尽きる。 晶が強引な男じゃなくて、本当に良かった。 ここらで何か気分転換でもしなくちゃ…そう自分に言い訳しながら会場の居酒屋が 入っているビルの階段を登る。 気分転換に、なんて嘘。 この一週間、ずっとミヤの事ばかり考えていた。 慎ちゃんと出会う前の状態に戻ったみたい。 慎ちゃんが嫌いになった訳じゃない。 ただ慎ちゃんのことを考えると苦しいから。 ここ一週間、あれ以来一度も会ってないし。 今の私にとってミヤは一服の清涼剤。 ここ一週間の私はそれなしでは生きていけないほど、ミヤとの思い出に耽る事で 精神のバランスを取っていた。 そして今、実物との再会を前にして私は異様な胸の高鳴りを覚えている。 これは“懐かしさ”レベルのものじゃない。 覚えのある胸の高鳴りに私は戸惑いを感じ、それに興奮していた。 |
熱帯夜 15
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見つけた。 洋風に造られた店内のカウンターで、何かの飲み物を受け取っている後姿を見た時、 何故かその言葉が頭に浮かんだ。 何故その言葉が浮かんできたのかは分からない。 「いた」とかの方が一般的なのに。 さりげなく後ろから声をかけようとしたのに妙にどぎまぎしてしまってそのタイミングを逃してしまい、飲み物を受け取った紫乃の方が先に振り向いた。 「あ…」 両手にカラフルな色のカクテルを持ったまま立ち尽くす紫乃の姿は、3年ぶりの再会にも十分に耐えうるものだった。 こうして数年ぶりに至近距離に立ってみて初めて俺は、自分の記憶の中の紫乃が どれほどぼやけてしまっていたかを知った。 「よぉ」 ぎこちなく声をかける俺。 そんな俺に後ろの方から「宮下じゃね〜か!こっち来いよ」と言う声がかけられた。 振り向いてみると、懐かしい顔があった。 「宮下ぁ、久しぶりだな〜。おっ、もう竹内と再会済みかい。」 そこまで言ってからわざとらしく「お邪魔か?」と言って皆が座っている方へと機嫌よく立ち去った。 どうやらもうすでにいい調子になっているらしい。 会が始まってからもう一時間も過ぎているから、そういう奴がいてもおかしくないが。 紫乃を見ると笑っている。 夢にまで見たことのあるその笑い顔。 「あいつ、酔ってんのか?」 「さあ。私も今来たとこなの。」 そう言って右手に持ったドリンクを掲げてみせる。 それは綺麗なブルーのカクテルだった。 「それ何だ?」 「ブルーマルガリータ。なんか美味しそうな名前じゃない?」 それが美味そうかどうかは判断しかねたが、ここで言い争っても仕方がない。 紫乃は“青”色のものに滅法弱かった。どうやらそれは今も治っていないらしい。 |