Routine Life?


自ら選んだ進学と言う人生の岐路。
それが正しかったと思える日がいつか来るのだろうか?

自分に自信が無かった高校時代
まわりに飲み込まれ、自らを失いそうになっていたあの頃。
表面は違ったかも知れない 個性はあったかも知れない。
でも本当のあたしは違ってた。

自分に甘えて 何も出来なかった。
敢えて何もしなかったのかも知れない。
或はしようとしなかったのかも知れない。

未来のヴィジョンがぼやけたまま、進学をしたあたしを待っていたのは、
Routine Life そのものだった。

大学に何か希望を求めていた。何か見つかるかも知れないと。
それもあたしの誤算、あたし自身に対する寛容だった。

大学とは、そもそも学問を「所与」される場所ではないのだ。
自ら学ぼうという「意志」があって初めてその価値が現れるのだ。
講義は学生の動機を触発させるものであって、
本当に学びたい者はその「動機」を得る機会を常に狙っている。
大学に通う「意味」とは、そこに在るのではなく、
自ら見つけなくてはならない自分自身の「解答」。

大学に行って得られるモノは、十人十色。
友情、恋愛、学問、経験、卒業証書....

それが何であろうと、そこに何らかの努力が存在しない限り
これらを手に入れる事は出来ない。
全ては自分次第なのだ。

では、どうしても何も見つからない
何の価値も見い出せず、ただ毎日の義務としてしか捉えられなかったら...?

「夢」を手にしている?
あるいは「目標」を、「道」を?

それに向かって走り続ける決断が出来るなら、覚悟があるのなら、
大学に居る必要は皆無だ。
少しでも思い留まるなら、もう少し自分を見つめればいい。
大学はそういう場所。
自分探しの過程の為の場所。
時間も自由も逃げ場もある。

黙っていれば、ただのdisposerに過ぎない。
人生のcomposerになるための時間がそこに在る。

その事がほんの少し解った気がした今は毎日思考を張り巡らし、
知識と経験のabsorberに成るべく、前に進んでいる。


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