江南春絶句

〔説明〕

杜牧(803--852)、字は牧之、はん川と号す。京兆万年(今の西安市に属す)の人。
太和二年、二十五の若さで進士に及第、 牛僧じゅが淮南節度使となって、揚州にいたとき、その幕下に書記を勤め、連夜妓楼に流連した。
しかし、美貌の風流才子たる一面 また 豪放磊落で、政治軍事に精通し、のちに黄・池・睦、三州の刺史を歴任、さらに湖州刺史から中書舎人に至った。
詩人としては李商隠と並称され、また杜甫を「大杜」というのに対して「小杜」と呼ばれる。

千里 鶯啼いて 緑紅に映す
水村 山郭 酒旗の風
南朝四百八十寺
多少の楼台 煙雨の中


見渡す限り鶯が鳴きしきり、若葉の緑が花の紅に映えわたる。
水辺の村にも山際の里にも、居酒屋の青い旗が風にはためいて ーーーー南朝以来の480の寺寺の数知れぬ堂塔がうちけぶる春雨の中に霞んでいる。