早発白帝城

〔説明〕

早(つと)に白帝城を発す
早は早朝。白帝城は揚子江が四川省を出ようとする前、山峡の険の最上流であるく唐峡にのぞむ城。前漢末の乱世に 公孫述という英雄が拠り、三国時代には蜀の劉備も居城としたことがある。作者が二十五歳で故郷の四川省を出、揚子江を下った 旅の途中での作。「白帝より江陵に下る。」という題になっている本もある。江陵は湖北省。白帝城からは三百キロあまり 下流にあたる。

朝に辞す 白帝 彩雲の間
千里の江陵 一日に還る
両岸の猿声 啼いて住(とど)まらず
軽舟已に過ぐ 万重の山

朝、白帝城にたなびく朝焼け雲のあたりを出で立って、千里をへだてた江陵まで一日のうちに到着した。両岸に聞こえる 猿の声が、絶える間もなく続くと思ううち、軽い小舟は急流に乗って幾重にも重なる山々の間をもう通り過ぎていた。