実
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秋になり、少しずつ気温も下がり、街路樹の葉も落ちだしてきた。 寂しい季節と言われているが和孝は秋が好きだった。 黄色くなってきたいちょう並木を見ながらお茶を飲むのが何よりも好きだった。 この日も和孝は1人オープンカフェへ行き、いちょうを見ながら紅茶を飲んでいた。 いちょうの葉が落ちる様を見ているとその下を通る1組の男女に目を奪われた。 恋人・・・とも違う雰囲気を出すその男女は互いに何かを訴えている様だった。 激しい言い争いとまでは声を張り上げてはいないのか、周囲に気にする様子は無い。 その男女が徐々に和孝のいるカフェの前に近づいてくるとその会話が聞こえだした。 「だからお前はダメだって言ってるんだよ。」 「あんたにそんな事言われたくないわよ。」 「じゃ〜、お前は俺にそんな事言ってどうしようってんだよ。」 「どうしようとか、こうしようとか、何か期待してる訳じゃないわよ。」 その男女の会話を聞きながら和孝は紅茶を口に含み、 まじまじと見る訳ではなく、ごく自然にその男女へと神経を集中させた。 男女は極論とも言える言い合いを続けながらゆっくりと歩いていたのだが、 丁度和孝の少し後ろ辺りにさしかかった所でその足は止まった様だった。 「お前が相談があるっつぅから俺はバイト休んだんだぞ。」 「そこまでしてくれなんて一言も言ってないじゃない。 もぅ、こんな事になるんなら相談なんかするんじゃなかった・・・。」 「まぁ、もうそんな事はいいからさ、ここじゃ人通りも多いし、場所移そう。」 和孝はこの会話の行き着く先を知れないのかと思うと少しがっかりした。 しかし、女の方が口を開き、そして続けた。 「もぉ・・・なんであんたは私が告白されたのに何も言ってくれないの? 何とも思わない訳? もぅいい、帰る。」 女は少し泣いているのだろうか、声が震えていた。 「泣くなよ、な? 何も思ってない訳が無いだろ。 何も思ってなきゃ素直に『おめでとう』って言えてるさ、 まぁ、とりあえず場所を変えよう。」 そう言い終えるとその男女はどこかへと向かって人ごみへと消えていった。 和孝は自分の若い頃を思い、少し微笑みながら紅茶をスプーンで混ぜた。 そして紅茶を飲み終え家へ向かう途中、いちょうの木から目の前に銀杏が1つ落ちてきた。 和孝は小さな笑みを浮かべ銀杏を拾い、妻へのプレゼントを買いに人ごみへ消えた。 |