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外国で暮らしてみれば・・・ 「昔サンリオ、今ケンドーン」の巻き その4 最終回 (文:キョウコ・オーキーフ) |
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| 最後に、その他いろいろ・・・ | ||||
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社員の為のクラスとして、サンリオには「早朝テニスクラス」と「夕方の英会話クラス」があった。 ケンドーンでは日本人観光客の接客の為、ショップアシスタントの人には「初心者用日本語クラス」と「日本のカルチャークラス」があり、一般の社員には「エアロビクス」と「ヨガ」のクラスがある。3Fのフローリングのスペースは以前アートギャラリーとして使っていたこともあり広々としているので、6年前誰かが冗談で「ここでエアロビできるね」と言ったのが本当となり、その後ずっと毎週火曜日にエアロビクス、水曜日にヨガのクラスが続いている。退社時間は5時で、5時15分になるとそれぞれのインストラクターがやってきて、音楽と共にクラスがスタート。もちろん費用は全部会社もち。 サンリオに勤めていた頃は、気を許すと自宅はキャラクターもので氾濫してしまい、その反動か、その後の私は服も室内小物も「無地」に走るようになり、「小物集め」の趣味が「小物を捨てる」趣味に変わった。 キティの形をした腕時計が発売された頃、社員はみんなこれを着けていた。それはフタがキティで、フタをあけるとデジタルの時計が見えるというもの。ベルトも派手。中年のおじさん社員も、これで愛社精神を社長にテストされる恐れがあったので、みんな着けていた。・・・が、電車の中でスーツを着て、この時計をしたおじさん達を、他の人は何と見ていたことか・・・・!? 年に数回ほど子供の休暇にあわせて各地のデパートで必ず催されるのが「サンリオフェスティバル」。仕事がどんなに忙しくてもフェスティバルは最優先で、順番で社員が応援に飛ばされる。もちろん部長も課長もキャラクターのエプロン着けて・・・・。このあと3日間は、耳からキャラクターの音楽が離れなくて苦しむことになる。 思えば、サンリオ時代の思い出はいつも「暗い」。 それに比べて、能天気な今のケンドーン生活。 ケン夫妻はお気に入りの愛犬「スポット」をいつも会社につれてくる。息子も愛犬「インディ」を連れてくるので、オフィスの中はいつも犬が歩き回っている。 4−5年前爆弾騒ぎがあった。「おまえの会社に爆弾をしかけた」という電話がかかってきたのだ。即、社内のアナウンスでみんな外へ飛び出した。私は一応自分のバックなどを抱えて出たが、ケンが抱えて出てきたものは、彼の高い(値段が)オリジナルアートでも何でもなく、腕いっぱいに抱えたビール!警察がきて「もう大丈夫」と言われるまでの1時間、ケンは社員にも勧めながら外でビールを飲んでいた・・・・。 やっぱり、オーストラリア人は楽天的だった。 これが今私が暮らしているオーストラリア。 私はオーストラリア人と結婚もし、今、一生をこの国で暮らすつもりでいる。 おしまい あとがき 私は1988年の1年間、ケンドーンのShopで働いたことがあるが、東京にいては決して会えない日本の芸能人に沢山会えて嬉しかった。たとえば古手川祐子、五木ひろし、浅野ゆう子、三田佳子、賀来千賀子などなど・・・。
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