ギュンター・グラス風の肖像



昔々、ひとりの赤ん坊がいた。
1982年6月21日、大阪の病院で産まれた彼は、この世に生まれたことを堕落とも思わなかった。

昔々、ひとりの父親がいた。
彼には職がなく、しかしそれは彼にとって、それほど重要ではなかった。1982年6月21日に生まれた赤ん坊に、彼は名前をつけた。

昔々、ひとりの母親がいた。
彼女は1982年6月21日、大阪の病院で男の子を産んだ。彼女はその赤ん坊が飲んだミルクの量を、永遠に語り継ごうと心に決めた。

昔々、ひとりの嬰児がいた。
彼には何の信仰もなく、1982年6月21日に生まれた彼は、さっきまで自分がいた女の腹の中こそが神だなんて、信じていたわけじゃなかった。

昔々、一匹のインコがいた。
インコの名前は忘れられた。インコは下駄箱の上の鳥かごで数年間を暮らしたのだが、1982年6月21日、ひとりの赤ん坊が生まれると、彼は空へと逃がされた。その羽毛は赤ん坊の喉によくないと考えられた。

昔々、ひとりの女がいた。
彼女は黄色が好きだったので、青いインコは好きじゃなかった。

昔々、ひとりの男がいた。
彼の日課は毎日インコに餌をやることだったが、そのインコの名前を知らなかった。彼は鳥を空へ放つと、その色も忘れてしまったが、1982年6月21日に生まれた赤ん坊に、彼は自ら名前をつけた。

昔々、ひとりの母親がいた。
彼女は1982年6月21日に産まれた赤ん坊のために黄色い洋服を作ったが、青いインコの名前は忘れてしまった。

昔々、ひとりの赤ん坊がいた。
彼は1982年6月21日に生まれたが、ついに青いインコを見ることも、その名前を知ることもなかった。

昔々、ひとりの赤ん坊がいた。
もし死ななかったら、これからも生き続け、青いインコになるだろう。



1999年6月21日



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