読書日記
ごく個人的な
海辺の女子校。彼女が好きなのはクラスメートの彼女。透明な一面の青の世界。
コミックQで短編の「僕の中に咲くまるで蛾のような花」を読んで以来気になる存在だった。絵がすごくいいし、コマ割や空間のあき具合も好き。この本は同性愛がテーマなんだけど、同性愛を扱った(ごく一部の)すぐれた本や漫画というのは、必然的になにか透明なものへと向かっていくのだと思う。
萩尾望都「トーマの心臓」の冒頭、トーマが書いた詩のように。
「・・・だからこの少年の時としての愛が、性もなく正体もわからないなにか透明なものへ向かって投げだされるのだということも知っている」
性的なものは彼女たちの表面をすべりおちていく。彼女らは当然のようにキスを交わすが、欲望というドロドロしたものからは無縁で、小鳥が交わすような口づけ。彼女たちの時間は止まっている。永遠の一瞬の中で生きている。
中井英夫が「同性愛とは時間外の愛、もしくは凍りついた時間の中の愛」と言っていたのを思い出すけど、彼女たちが学校を卒業し、離れ離れになり、その透明な愛が終わろうとするとき、再び彼女たちの時間は動きはじめるのだ。遠ざかっていく電車とともに、凍りついていた時計がゆっくりと氷解していく。
しかし彼女たちの結晶質の時間はずっとそこにあり、その中で彼女たちはけっして老いることはないだろう。
読んでてアツくなった久しぶりの漫画。
2000.04.22.
大学教授ウィルマースはヴァーモント州で発見された異形の存在について否定的な文章を新聞に発表するのだが、ある日、その異形のものたちと現実に闘っているのだというエイクリーなる人物から熱っぽい手紙を受け取る。そこには<異界>から地球に降りてきたという異形のものたちと、エイクリーとの攻防の様子が書かれていた。異形のものたちは次第にエイクリーの近辺へと迫りはじめ、いよいよ彼の身の上が危険になってきたと思われた矢先、エイクリーの手紙は突然、異形のものたちと友好を結ぶべきだと主張を一転させる。不審に思ったウィルマースはエイクリーの館を訪れ、そこで禍々しいある装置を見つけるのだった・・・・・・
と、これはかなりSF的要素の強い作品。ここにもラヴクラフトの小宇宙に存在するいくつかの名前が登場し、例えば主人公ウィルマースはミスカトニック大学という架空の大学の教授であり、異形のものたちがやってきたというヨゴス星というのも他の物語において再び登場する。
(ヨゴス星については、ラヴクラフトの「ヨゴス星より」という36のソネットからなる連詩がある。異世界を見てしまった者は、たとえ肉体は地上に戻ろうと彼の失われた故郷を想い続ける・・・という大意の詩(おそらく(笑))。日本語訳があるかは調査中。原文はここ)
いろんな見方のできる作品だと思うけど、僕がおもしろかったのは、異形のものたち、およびその使者(?)的役目をになうノイズという青年、そしてエイクリー自身の正体というのが、結局最後になってもあきらかにはならないということ。冒頭にもあるように「じっさいに目に見える恐ろしいものは、結局なに一つ見なかった」のである。
それにしてもラヴクラフトの作品を読んでいると、何か危険な爆弾を身内に抱えているような、現実世界のテロリストにでもなったような、不遜な衝動に身内が満たされる感じがします。
2000.04.19.
夢野久作の文章には強烈なイメージ喚起力があり、あらためて描写の作家だなぁと思う。目眩のするようなイメージのつらなり。ここでうたわれているのは、あらんかぎりの邪悪な妄想。重要なのはこれが妄想であるということ。現実の世界ではなにひとつ起こってなどいないのだ。脳髄が生み出した、邪悪なしかし世にも美しい楽園。天国と呼ぼうが地獄と呼ぼうが、こんな妄想が頭の中にあること、否、生み出さざるを得なかった必然性を負っていること自体、おそらく永久に逃れることのできない呪いである。しかもその呪いをかけてしまったのは、自分自身なのだ。
寺山修司がどこかで言ってたのを思い出す。
「地獄を望むものは、自ら地獄を創り出す」
僕もまた、流されない血とおこらない殺人を想いながら、夜の街を歩いている。
以下は僕が気に入った数篇。
・だしぬけに / 血みどろの俺にぶつかった / あの横路地のくら暗の中で
・ニヤニヤと微笑しながら跟(つ)いて来る / もう一人の我を / 振返る夕暮
・冬空が絶壁の様に屹立してゐる / そのコチラ側に / 罪悪が在る
2000.04.15.
死体安置所に閉じ込められた葬儀屋の一夜。これはクトゥルフ神話から離れたブラックユーモアな小品。ユーモアとはいえ、全然笑えませんが(笑)。棺の中から伸びる手。引き裂かれるアキレス腱。ラヴクラフトが創り出したクトゥルー神話の世界観の中に位置づけされる作品じゃないけど、それはそれ、これはこれでおもしろい。オチには途中で気づくけど(笑)雰囲気で読めます。
2000.04.12.
忌まわしい言い伝えの残る旧家の末裔である主人公は、先祖が住んでいたというウェールズのイグザム修道院を買い取る。その家に移り住んだとたん、彼は壁の中を鼠の大群が通過する音に悩まされ始めるのだが、彼らは音のみで姿は見えず、この鼠に誘われるようにして、主人公は地下に発見した奥深い洞窟へ降りていく。古い血の呪い。繰り返される惨劇。構成的には古典的な悲劇ものである。
僕は全集の1巻で読んだんだけど、これが一番おもしろかった。文体に何かが憑りついたような熱狂があって、狂気におちいるその瞬間、僕までもが踏み出してはいけない一歩を出してしまったような快楽。
ラヴクラフトの本に登場する禍々しいものたちの名前や地名というのは、普通の発音規則では読むことすら不可能であるようにできていて、ラヴクラフト自身あれは純粋に見るための文字であって読むためではないと言ってるのだけど、その不思議な響きの名前は唱えるだけで呪術的な陶酔感を呼び起こす。
「幻想の美学」という本を書いたルイ=ヴァックスのラヴクラフト紹介の一節。
「ラヴクラフトの物語はいずれも、ひとつの奇譚であるよりは、ある文体からひとつの詩を生もうとする努力に他ならない」
2000.04.09.
人々が皆、魚のような顔をした呪われた街インスマウス。そこに偶然逗留することになった主人公は、<ダゴン秘密教団>の存在や、異形の海神と契約をとり交わした旧家の男を知る。真夜中、住民すべてが半人半魚の異形の怪物と化した街を、主人公はかろうじて脱出するのだが、その後彼が知ったことは・・・・・・というオチもついてる。
昨今にあふれてる読み捨て的恐怖小説と違うのは、その背後に広がっている独自の神話体系の魅力。彼が試みているのは「クトゥルー神話」という新しい神話を構築することで、ひとつひとつの小説はそれをつなげていくエピソードの連なりなのだ。
物語を創るのではなく、すでに「実在」していたものを自動筆記するように小説を書く幻視者タイプの人だったのか、それとも昼間見る現実という夢のあまりの恐ろしさに、ドアを硬く閉ざした部屋で、自分だけの禍々しくも美しい、自由な世界をコツコツとつくりあげていくことに無上の悦びをおぼえたのか・・・・・・というのは、彼は多くの友人知人に自分の見た夢を手紙で書き送ってるし、またラヴクラフト自身について「昼間あんまり明るい所だと、あの人はなんにもできなかった」なんてことも言われていたのを知ると、言葉と想像力という武器で世界を“内部から”変えてやろうとしたひとりの男の姿が見えてくる気がする。。現実世界へのしたたかな、そして見ようによっては痛々しくもある呪詛の書。
2000.04.03.
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