読書日記
ごく個人的な
「それ自身ひとつの宝石」である眼と、「過度の純潔」の持ち主である麗子は、ダイヤモンドの中で高貴なる狼と交わり、その腹に宿命の子を宿す・・・・・・この筋はマンディアルグの「ダイヤモンド」と非常に似ており、それをめぐって澁澤龍彦のオリジナル性や剽窃といったことが言われているようだが、僕の読後感では、そういったことを問題にすること自体、なにかズレてるんじゃないかと思う。というのは、澁澤龍彦は「ダイヤモンド」と「仔羊の血」の筋をそのまま移しているわけなのだが、そのことが即、小説そのものの同質性だと断定するのは、あまりに短絡的だろう。翻訳者であった彼が、単に「ダイヤモンド」や「仔羊の血」を紹介したいのなら、それらを翻訳すればすむことである。なぜ、彼がわざわざ自身の小説として書き上げたか。例えば、麗子が飼っている「ファキイル(断食僧)」と名づけた狼、それを彼女の両親はシチューにして彼女に食べさせてしまうのだが、食べるということと彼女がダイヤモンドの中で狼と交わることが等価値でとらえられている。
「ファキイルを愛するというよりも、麗子の愛がファキイルなのであった。ファキイルと愛とはイコールで結びつくような、まったく価値のひとしい交換可能な認識の対象であった」
それに、ファキイルの肉を食べたことが、いったい現実だったのか否か、迷宮に迷い込んだような幾層もの夢の構成、それらは「ダイヤモンド」にはなかった要素である。
そして僕がおもしろいと思ったのは、物語の途中で時折顔を見せる、語り手としての澁澤龍彦の存在である。例えば「このようなことは古来・・・・・・」とエッセイでお馴染みの、衒学ぶりを発揮する。この語り手の文体というか、案内人としての文体は、もともと何層にも分かれている小説の構造をより複雑化していておもしろい。硬質のダイヤモンドのような作品。
2000.06.21.
主人公は幼いとき父親から、彼らを騙して不幸な境遇に陥れた叔父こそが悪魔であるから、キットその脳天に鉄鎚を叩き落としてやるんだゾと言い聞かされて育った少年である。やがて父が死に、叔父にひきとられた少年は、彼の経営する証券会社の電話交換手として働きはじめる。おもしろいのは主人公の特技(?)で、電話を取るだけで株式の動きを予想できるという奇妙な能力を持っているのだ。このおかげで叔父に気に入られた主人公は、元々は叔父の愛人でもある、一見悪魔的な美女、伊奈子とも通じて、やがて彼女の叔父毒殺の計画を知る。彼はその計画をうっとりと夢見るように聞く。そんな主人公の徹底した(それも内面のみの)現実嫌悪が僕を惹きつける。
例えば以下のような彼の独白
「私は現実の世界に在る太陽や、草木や、土や風なぞというものが、空想の世界にあらわれる太陽や草木風景なぞよりも遥かに単調子な、平凡な、荒々しいものであることを知りすぎる位知っていた。同様に、金とか、女とかいうものも実際に手にとって見ると存外に下らない、飽き飽きしたものである・・・」
この世の悪魔だと言い聞かされてきた叔父と、悪女的な伊奈子の間で、主人公はただ傍観者であり、そしてそんな彼こそが実は本当の悪魔であるのだということを知る。
「だから真個(ほんと)の悪魔というものは誰の目にも留まらないで存在しているのだ」
2000.06.18.
主人公は16世紀に実在した近代解剖学の祖アンドレア=ベサリウス。ここではサトゥルヌスやホルバインの死の舞踏に喩えられる彼は、妻の恋人を次々と殺し、その学問的情熱と冷えた復讐心のために妻も殺害し平然と解剖する、冷酷な狂える科学者として描かれている。ガラス蓋のついた聖骨箱めいた箱の中に収められた人体は、不思議とグロテスクさよりも、しんとした美しさを感じさせる。動脈には赤い液体、静脈には青い液体。ここでは残酷と恐怖とが、ひとつの美学にまで高められている。しかも中世的な荒々しさを失わないままに。
この短編はパリ、マドリッド、ハバナ、ジャマイカ、リヨンと地方ごとにまとめられた『シャンパヴェール悖徳物語』の中のマドリッドの巻で、澁澤龍彦の訳で読むことができる。
ところで、この作者自身の人となりがとてもおもしろい。19世紀初頭を生きたボレルは、過激な共和主義者、アナーキストで、ブルジョワを憎むこと甚だしかったようだ。ボードレール、ネルヴァル、ゴーティエの僚友であり、非常にダンディーだった彼は、ゴーティエの『ロマンティシズムの歴史』の中で生き生きと描かれている。曰く「当時フランスには二種類の顎鬚しかなかった。即ちウジェーヌ・ドヴェリアとペトリュス・ボレルの髭だ。こういうやつを生やしているためには真に英雄的な勇気や冷静さや群集に対する軽蔑を必要としたものだ!」
そしてボレルは自ら「狼狂」と名乗った。フランス語では「リカントロープ」。原文にあたったわけではないので、非常に心もとない解釈をあえてしてみると、おそらくリカントロープはフランス語のつづりでrequin tout loup。loupは狼、requinは「貪欲な人間」「冷血漢」とあるがボレルがこの言葉をどういう意味で使ったのかを考えると、「狼狂」という翻訳はなんて素晴らしいんだろうと感心する。(と、解釈してみたものの、掲示板での茉莉さんのご指摘により、これは全く見当違いだとわかりました(2000.08.20)。正しくはlycanthropie。英語ではlycanthropy。「狼つき」または「けもの憑き」の意味をもつ。弘文堂の「新版精神医学辞典」によると、日本で見られる狐つきが憑依現象であるのに対し、ヨーロッパでこのlycanthropieという言葉が用いられるときは、ほとんどが化身妄想であるという)。
絹のような髭を生やし、狼の目をした紳士が、狂熱とともに駆け抜けた。彼の狂熱はその作品を読めばすぐにわかる。「ドン・ベサリウス」の最後には少し奇妙な一章があって、「史伝」と名づけられたその章は、実在したベサリウスの史実をガラリと調子を変えて淡々と描いている。彼は船で移動の最中、大嵐にぶつかり1564年10月15日飢えのために死んだ、とまるで役所の文書のごとく無表情に描くのだが、ここを読んで、後にボレル自身が完全に文壇から身を遠ざけ、百姓として日射病で死んだことを思わずにはいられない。
狂熱は人を魅了する。そして滅ぼすのか。
2000.06.09.
自らの欲望のみを行動原理とするスペインの暴君ロドリグ。王国がモール人の侵攻で危機に瀕したとき、王は秘宝が眠るとされる塔へ単身のりこんでいく。塔の中で王は、かつて彼が惨殺した者たちに会い、地獄の住人たちと哲学的な問答を交わす・・・・・・という壮大なスケールの物語で、サド侯爵の中では異色な雰囲気の短編である。
ロドリグをサド自身と見るのは、先走った見方かもしれないが、地獄の獣がロドリグにかける言葉は、多少なりともサド自身のことを語ってはいまいか。
「おれたちはお前の情欲の象徴だ。それはおれたちに似てお前を悩まし、おれたちに似て、一生の終わりまで見通すことをお前にさまたげたものだ。お前が情欲を制することができない以上、どうしておれたちに打ち勝つことができよう?人間のくるところではないこの地獄くんだりまでお前を連れてきたのも、やはりお前の情欲であった。されば、お前はその度しがたき奴に従って、どこでもいい、運命がお前をさし招くところへ早々に飛んで行くより道はない。・・・・・行け、ロドリグ、いざ行け。お前の足元には花々が咲き乱れている。この野原をどこまでも行け」
そして、ロドリグはそう告げる獣を、「あさはかな奴め」と一蹴する。俺はその不吉な呼び声に耳を傾けたが、その意味など理解はしなかった、と。
ラストにロドリグにおとずれる悲劇は、冒頭から予言されている。ただ、かつて彼に陵辱され命を落とした美女が、騎士の姿で現れ彼を刺し殺すという結末は、けっして単なる復讐譚や教訓的場面と読み違えたくないものだ(ほかのサド侯爵の作品にも言えることかもしれないけれど)。それは巧みに仮面をかぶった、至福の瞬間なのだから。
2000.06.04.
改めて彼が“地上の”作家だということをと感じる。
ストーリーは女性的な美に憧れる美貌の少年が、言い寄る男女を残酷に翻弄しながら、成長していくというもの。自分によく似た美しい妹を持つ彼の、女性の美を当然のものとして誇る妹への屈折した妬みや、一見足蹴にしているようでも、自らの美しさを映してくれる“視線”という鏡欲しさに、他者をどうしても必要とする狡猾さなど、人間の内面のドロドロした部分の描写はさすがというか、結局、彼の求める美やあるいは地獄といったものは、すべて地上的なものに還元されていくのだな、と思う。
中井英夫や三島由紀夫などのように飛翔する作家がいる。彼らはこの地上をネガフィルムのように反転させ、“ここであると同時に、どこでもない世界”へと飛び立つことを可能にした。対して谷崎潤一郎の小説は、地上的なものと戯れ、溶け込み、マゾヒスティックなまでにそれらの中へ深く潜りこんでいく。執着と言ってもいいかもしれない。例えば主人公由太郎の外見の描写「大人びた鼻の形が横顔で見ると二枚目役者の家橘の其れに生き写しで、やや受け口の、にっと結んだ下唇の婀娜っぽさ。・・・・・・・」以下に長々と続く部分を読んでみても、彼の地上への執着ということを考えずにはいられない。
この本、ラストの悲惨さも加えて後味が悪いことこの上ないのだが、個人的には、主人公の幼少期にはいちいちうなずける部分が多く、鬱々とした気分で読みながらも、僕ならもっとこうするのにと思っている自分にハッとする。谷崎自身もかなり強く異性になりたいという願望を持っていたに違いない、ということがリアルに伝わる一冊(笑)。
2000.06.01.
BIBLIOPHILY INDEXへ
LABORATORY表紙へ戻る