パリ放浪記9
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本日のメインは、今回のパリ旅行の最大の目的とも言ってよいモロー美術館です。
いつになく早く起きて・・・ということだったけど、ガイドを見ているとモロー美術館が開くのは10時からで、しかも優雅なお昼休みというものがございまして、12時45分から14時までは美術館を閉めてしまいます。とりあえず、僕はゆっくり腰をすえて見るつもりで、午前の部、午後の部と分けてみることにする。
サンジョルジュ駅で降りて、閑静な住宅街を美術館までテクテク歩く。
このあたりは街並みも整然としていて、しょっちゅう見かけるビュンビュン飛ばす車も少なくて(パリではぼや〜っと歩いていると、青信号で横断歩道を渡っていても引かれそうになりました(笑))、そもそも人通りも少なくて、良い感じの通りが続いています。
途中でワーグナーが短期間だけれども滞在したアパルトマンを見つける。
モロー美術館の敷地そのものは、それほど広くはなくて、今まで見たどの美術館よりも規模はずっと小さなものです。ユイスマンス曰く「パリの只中に閉じこもる神秘主義者」の作品を見にいくのに、なるべく喧騒は避けたいもので、こうしたひっそりとした美術館こそ彼の作品を展示するのに相応しい場なのだと思います。
そもそもここの美術館はモローのアトリエであって、あくまでも主になるのは「未完成」作品である。だから、いわゆる完成されたモローの作品を見ようと思えば、他の美術館へ行かなくてはならない。
モローの完成品というのは(「完成」というのはもはや美的基準ではありえないと思うが、当時の基準としての完成品ということで)、比較検討できるほど一度にまとまった形で見ようと思えば、それは特別の展示会でしか見るような機会がなく、それほどに彼の作品は世界中に散逸しています。実際、モローが生存中にパリで見ることができた彼の作品は、僕がオルセーで見た『オルフェウス』ただ一点のみだったというのは、驚くべきことです。
1960年代当時の文部大臣、アンドレ・マルローによるルーヴルでのモロー展が話題を呼び、このひっそりとした美術館を有名にしたようだが、それまではアンドレ・ブルトンやダリ、マッタらが好んだ静かな空間であったらしい。なんでも「完成品がない」ということで、それ以前は客足が遠のいており、マルローなどの気のきいた逢引の場になっていたりしたそうな。
自身のアトリエを保存することについて、モローが残した言葉。
「1862年12月24日のこの夕刻、私は自分の死について、そして自分が苦労してまとめあげようとしているこれらの構図や、あわれな小作品の行く末について考える。分散すれば、なくなってしまう。一緒にまとめられていれば、私が芸術家としてどうであったか、私が好んで夢想していた境地がどんなものであったかなどの概念を少しは伝えられるだろうに」
僕たちが朝行ったときは、まだ開館してすぐだったので訪れる人もまばらで、本当に静かな良い空間になっていました。
1階部分は受付、螺旋階段を上がっていくと、そこは画家のアパルトマンになっている。モローは遺言書にアトリエの作品と、居住部分も、要するに「すべて」をそのままに保存する旨を書いている。作品を含め、この美術館そのものが、永遠性を志向されて構成されている。
2階のアパルトマンは寝室部分と、居間部分のふた部屋にわかれています。(残念なことに、僕が行ったときには食堂部分は閉まっていました)
まずは最初に寝室があって、暖炉、壁一面を覆う額縁、チェス台、小さなアンピール様式の寝台、側の椅子にはトルコ風の上着などが、ところ狭しと並べられている。これらの細々としたものを眺めていくと実におもしろくて、全く飽きがきません。壁の額縁の間に、蝶々の標本を見つけたり、ドガの描いたモローの肖像、『オルフェウス』のデッサン、中国や日本への嗜好などなどなど。
続く居間は、モローの生涯の恋人アレクサンドリーヌ・デュルのための部屋といってもよい。入るとすぐ右手に彼女の小さな肖像がある。鏡の横には日本風のすもうの行司が持っているものみたいな・・・独特の西欧の日本趣味といった趣の品々に溢れている。
*(居住部分の写真もしっかり撮ってきましたので、後日必ずアップいたします)*
さて、3階4階は作品の展示部分になっています。
ここには、僕がずっと自分の目で見たかった作品であふれかえっていました!
『出現』『一角獣と貴婦人』『デリラ』『キマイラたち』『テスピウスの娘たち』『神秘の花』(今回特にこの絵はおもしろく感じた)『求婚者たち』『聖セバスチャン』『サロメ』『レダ』・・・・・・・・
ユイスマンスのモローへの賛辞。
「ユニークで特殊な芸術家である。パリの只中で、同時代の生活の音ももはや聞えてこないような独房に閉じこもった神秘主義者なのだ。・・・彼は妖精の幻影や別の時代の血みどろのクライマックスが輝きわたるのを、恍惚にひたって眺めている」
『妖精とグリフォン』は、アンドレ・ブルトンをしてその妖精を闇にまぎれて襲いたいとすら思わせる。
「私にとってこの美術館ほど、かくあるべき寺院であると同時に、しかるべき「悪所」であるような作用をするところは他にない。私はいつも、夜にランタンを持ってそこに忍び込むことを夢見ていた。そうして暗闇にいる『妖精とグリフォン』の不意を襲い、熱狂に夢中になった内なる目と外部の目との中間の視線で、『求婚者たち』から『出現』へと飛びかう予感を捕らえたいと願った」
*****
昼の閉館時間になったので、いったん美術館から出てカフェに入るが、すっかり夢見心地になってしまい、何を飲んだのやらどこのカフェに行ったのやら、さっぱり覚えておりません(笑)。
ユキオさんはギャルリー・ラファイエットに用事があるとかで、そのままカフェで別れて、僕は再びモロー美術館へ。
第2部もがんばります(笑)。
2度目のチャレンジは膨大な数のデッサンをゆっくり見ていく。
その数、実に4000枚!窓際にずらりと可動式のパネルがとりつけてあって、椅子に座って、デッサンのひとつひとつを自分でめくりながら見ていくことができます。
これをやっていると楽しくて、時間なんてすぐに経ってしまいました。モローは森羅万象をかきとめようとしたかのように、ありとあらゆるものをデッサンしています。図鑑からとって描いたと思われるようなものから、オルフェウス、サロメの下絵など。
ひとつの作品に至るまでの、何百枚もの素描。彼が作品を練り上げていく課程を見ることができるのでおもしろい。
で、しばらくそのパネルを見ていたのだが、ふと肩を叩かれて、ふりむくとモロー美術館の監視員のおっちゃんが立っている。
「君は日本人ですか?」
と聞かれたので、そうですと答えると、
「モローについての日本語のビデオがあるから、見る?」
とのこと。もちろん見ます!するとおっちゃんは僕を「こっちへおいで」と隅の方へ連れて行って、そこに置いてあったテレビで短い日本語のビデオを見せてくれました。
ビデオの内容としては、おおまかなモロー美術館の紹介と、簡単なモローの生涯というものでしたが、おっちゃんの親切が非常に嬉しかったです。しかもビデオはどうも素人の日本人が原稿を読んでいるらしく、時々詰まったりするナレーションが手作り感覚で、ちょっとおもしろかった(笑)。
*******
けっきょく、夕方までモロー美術館を堪能し、ユキオさんと合流すべくオペラ・ガルニエの方に向かおう・・・・・・とするが、ちょっと寄り道(笑)。
モロー美術館から少し歩いたところにあるサン・トリニテ教会へぶらりと立ち寄る。
この教会の前庭には、大きな噴水があって、その周りで人々が憩っている。僕も噴水の縁に座り、裸足になってひんやりとした水に足をつけてみると、すごく気持ちが良い。天気はよく、おそらく気温もかなり高いのだろうけど、日本のように湿気がないので暑さによる不快感はない。
教会の少し高い位置にある正面入り口に立つと、オペラ・ガルニエのあたりまで、広いプールヴァールがまっすぐ通っていて、素晴らしい見晴らしになっている。パリの通りの顔というのは、こういう整然としたプールヴァールと、裏通りの、くねくねと複雑に曲がりくねった道と、完全にふたつに別れている感じがします。
オペラ・ガルニエの方までそのまま歩いていき、ひょっとしたら今日はユキオさんとうまく合流できないんじゃないか、と不安を抱きつつ歩いていると、道で偶然ばったりと出会う。まぁ、よく会えたものです(笑)。
遅い昼食兼夕食をとる。といっても、時間はすでに6時とか7時だったと思う。
でも不思議とパリ滞在中はお腹が減らない、という便利な体質になっていました。
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