THE WAY TO VAMPIRE



旅立ち前夜。
現地で落ち合う予定(あくまでも予定)のカタシ先生と電話で話す。数日前からブダペストでは久しぶりの雨が降り、急激に空気が冷えているという。Tシャツだけで行くつもりだったが、散々脅されてバックパックにトレーナーをつめる。待ち合わせ等に不安は残るが、電話はほぼ無駄話に終わる。全然外国へ行くという意識がない。こんなものかな。

数日前に電話でブダペストのユースホステルを予約した。町の中心地から近く、周りには大使館などが立ち並ぶ高級住宅街である。周りは高級でも僕が泊まる所は、シャワー付朝食なしで1泊1000円ほど。当初、カタシ先生がお世話になっている彫刻家フェレンツ氏のお姉さんマリアさんのお宅に行くことになっていたのだが、なにやら話を聞いていると、彼女の家には小さな子供が2人いるうえに、カタシ先生以外の居候がすでに一人いるという。この段階で居候がひとりぐらい増えてもいっしょやろ〜とカタシ先生は言う(僕もそう思わなくはない)。だけど、見つけたユースはマリアさんの家から遠くないし、ユースに泊まったことがないのでどんなものなのか経験しとくのもよいかもね。ということで、夜はたぶん別行動になる。よし、これで真夜中の放浪計画を練ろう。

関空発の飛行機の中で、学校の先輩夢幻氏から勧められた本、グスタフ・マイリンクの『ゴーレム』を読む。なにせ11時間も飛行機に乗っているのだから、読書の時間なんてたっぷりある。
今回のおおまかな旅程は、まずブダペストに滞在。そしてウィーンを通過して、プラハに至る。旧共産圏の都市といったイメージは、僕にはあまりない。むしろそれらはオーストリア=ハンガリー二重帝国の都市のイメージ。あるいは小昏い迷宮都市。リチャード・マチスンの小説『血の末裔』に登場するジュールス少年のように「僕の希望――僕は吸血鬼になりたい」という心中ひそかな願いもあるが、僕にとって旅行とはおそらく、新しい何かを求めるというよりも、むしろ過ぎ去った何か、時間を超えた異次元への扉を探しに行くようなものなのだ。

「目覚めたまま僕らは夢の中を歩いている。僕ら自身も過ぎ去った亡霊なのかもしれない」(フランツ・カフカ)

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行きの飛行機の中でびっくりしたのは、機内で出された日本茶。デカくてコワイ(ひどいのは髭まで生えている)オーストリア航空のスチュワーデスが「チャ!」と言って差し出したのは、甘ったるくてあったかいグリーンティー。すごくキモチ悪い飲み物。
いつでもどこでも寝ることを潔しとしない偏屈者は、ウィーンまでの11時間、本を読む→マジャール語を眺めてみる(勉強じゃない)→窓の外を眺める、ひたすらこのローテーションで過ごした。あまり英語は通じないぞということは聞いているので、マジャール語はやっておこうと思いつつも、結局挨拶ぐらいしか覚えていない。フェレンツさんはかなり日本語が話せる人なので、きっと彼の日本語だけがめきめき上達していくんだろうな。

飛行機がずいぶん遅れて到着したので、ウィーンでのトランジットもわずかな時間しかない。せっかくカフェでメランジュでも飲もうと思ってたのに。急ぎ足でブダペスト行きのロビーへ向かうと、急に人の姿がまばらになる。それまではウィーンに行く大学生らしき人たちや団体さんであふれていたのに、ロビーには帰国すると思われる人々、そして若干の観光客。アジア系は僕と老夫婦が一組。ここから乗り換えるのがチロリアン航空。ブダペストやプラハといった都市には日本からの直行便がないために、いったんフランクフルトやウィーンまで行ってから乗り継ぎという形になる。そのときよく使われるのがチロリアン航空らしいのだけど、まぁ、すごい飛行機でした。えっ、これに乗るの?というような小型機。ごらんの通りプロペラ機です。これがまた小さいだけに、愉快なぐらいによく揺れて、隣の席に座った小さい男の子と風船で遊ぶが、身体がシートから完全に浮き上がるぐらい揺れるたんびに、男の子がキャッキャッと大喜びする。やめてくれ。ごくごく快適な40分の空の旅でした。



遊園地の乗り物だと思えばよい

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ブダペスト到着はカタシ先生との待ちあわせより1時間以上も遅れてしまう。痺れを切らせて帰ってしまったのではなかろうか、と半ばそのつもりで出国ゲートを出ると、扉の裏っかわにいきなりカタシ先生のにんまり顔。正直、やや威嚇されたような気分。あ、どうもお久しぶりです。
電話でも言っていたとおり、ブダペストの空気はひんやりと冷たく、とても心地よい。雨は止んでいたが、空はどんよりと暗く、陰鬱な霧がかかっている。 バックパッカーなので、とりあえず重い荷物をユースホステルに置くことにする。バスで空港からブダペスト市内へ向かう。郊外の街・・・というか、これは市内でも同じだったが、とにかく落書きがものすごい。ありとあらゆる壁にかかれているといってもいい。しかもどれも似たり寄ったりな落書きというのが、なにか変だ。アメリカンな字体の、よく見るアレです。落書きってこういうものだって思ってるのだろうか。ヤンキーってどこの国でもわりと律義なんだな。気のきいた落書きでもないのかと思って探してみたけど、SEXPISTLESなんてかかれていたら、さすがにゲンナリする。しょうもない探索もヤメ。
市内へ向かう途中の家には、庭の荒れた家が多かった。花が少ない。廃屋もたくさんあった。閉まっている店。バスを降りて市内につながる電車の駅周辺では、路傍に座ってパプリカや花を売る若い女の人の姿が目立っている。ソ連からの払い下げだという、これまた落書きだらけの電車に乗ってブダペスト市内に入る。階段を昇ると、目の前にはカルヴァン派のシンプルな外観の教会がある。建物の大きさとひんやりと乾燥した空気が、ヨーロッパに来たという実感を持たせてくれる。ユースホステルまではトラムという路面電車に乗るのだが、別に急ぐ旅ではなし、ゆっくりと歩いていくことに。

都心なので人通りも車も多いが、ほとんどの店は閉まっている。5時ごろにはレストラン以外の店は閉まってしまうようだ。夜は人工的に明るくなる日本の繁華街とは全然違う。少し大通りを外れて、横道に入ればそこは完全な闇という雰囲気だ。僕が市内に着いたのは夕暮れごろで、市街を歩いて行くうちに、少しずつ闇が降りてくる。石だたみの街の灯かりは、ぼんやりと暗かった。
建物がすごい。キョロキョロとそれこそオノボリさんそのまんまに、左右の建物群を見上げて歩く。ここは巨人族の国だろうか、と思うくらいに、高い天井、雄大な門、扉。中央市場、経済大学などの雄大な建物を通り過ぎると、ドナウ川が目の前に広がる。この川はまさに、広がっているという感じだ。日本の川ではとうてい考えられないほどに、豊かな川幅。それはまさに、このブダペストをゆったりと包んでいる母親のように、とろりと夕闇に溶けながらまどろんでいた。ライトアップされた自由橋からドナウ川を見ると、遠くに蒼白く王宮の丘が浮かび上がっている。ゲッレールト温泉ホテルの瀟洒なドーム屋根。経済大学の横あたりから川沿いにそぞろ歩き、川辺に座って、2ヵ月ほど日本を離れていたカタシ先生に、日本での出来事等々を話す。

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ここで意外に時間をとってしまったために、この日はフェレンツさんに挨拶に行くのは遠慮して、ユースで休むことに。ブダペストはブダ地区とペスト地区に別れていて、僕が泊まるところはブダ地区にある。ブダ地区はヤーノシュ山を背景に、王宮の丘やゲッレールトの丘など、丘に沿って街が作られている。だから道のほとんどは急勾配の坂道である。僕のユースまでも例外じゃなく、重い荷物を背負いながら無言で歩く。カタシ先生もブダペストに来てすぐのころは、この坂道で関節まで痛めたそうだが、曰く「歩けば治る」のだそうだ。本当だろうか。
ユースは二人部屋だが、運良く宿泊するのは僕だけのようだ。シャワーは隣室の人と共同。鍵もかからないが、お湯が出るのでよしとしよう。カタシ先生がマリアさんの家から持って来てくれた甘い甘い果実酒で乾杯し、夜遅くまで飲み明かしてから、カタシ先生はご自分の居候先へ帰宅。
明日は、フェレンツさんや彼の友人と会って、王宮へ行く予定。

(つづく)






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