THE WAY TO VAMPIRE



早朝6時。 「出かけるで」と揺り起こされる。すっかり準備万端のカタシ先生が立っているのはなんでだと思ったら、ああ、鍵かけ忘れてたんだ。でもこんなに朝早くからどこに行くんですか、と聞くと、ゲッレールトの丘に登るという。え、あれに?


右上にうっすら見えている像がアレ


昨夜、ドナウ川を眺めていたときにも、遠目に見えていたのがこのゲッレールトの丘。頂上には棕櫚の葉をかかげた女性の像が誇らしげに立っている。だけど、あれってすっごい遠いんじゃないですか?僕がだらだらしているにもかかわらず、カタシ先生はすっかりやる気十分で、「今日は歩くぞー」と言っている。これは覚悟を決めなくてはいけない。

きのうのうちに朝食を買っておくなど、気の利いたことは二人ともしていなかったので、水いっぱいすら飲まずにユースを出る(生水は絶対飲めない)。早朝の6時半頃。人通りはほとんどなく、うっすらと霧がかかっている。昨夜ユースに来る途中登ってきた急な坂道を、さらに丘の方へ向かって登っていく。丘といっても、生半可な丘ではない。ほとんど山といってもよいほどで、山の中腹に家々が建っていると言ったほうがいい。ユースの周りは本当に高級住宅街のようで、バルコニーのテーブルには花が飾られ、主人の遅い目覚めを待っていた。

しかし、ゲッレールトの丘までの道のりが予想以上にきつかった。すでに2ヵ月以上も滞在しているカタシ先生も、ここに登るのは今日が初めてだったらしくさすがにキツそうにしているが、どういうわけか僕よりもずっと元気だ。だいたいこんな早朝から動こうなんていう発想がいけませんよ、と不平タラタラの僕をほっといて、どんどん歩いて行く。
せめて水のいっぱいでも欲しい所だが、あまりに朝早すぎるため、出店ひとつ開いていない。さらにひどいことには自動販売機にまでシャッターのようなものがおりている。普段は観光客であふれるところらしいので、こんなに人っ子ひとりいないゲッレールトの丘が見れるのは良いことのなのかもしれないけれども。
途中には芝生が整えられた公園などがあり、そこではさすがに犬の散歩(といっても、大型犬を野放図に放し飼いにしている)をする人たちを数人見かける。その少し脇で目についたのが、深い蔓に埋もれてしまいすでに見分けることすら難しくなっている壁画。これはなんだろう、と思って近づいていくと、どうやら社会主義時代の壁画であるらしい。いまではすっかり蔓に埋もれ、またはいたるところに落書きされて、それはなかったものであるかのように忘れられ、しかし確実にそこに存在し、草の陰から虚ろな目が覗いているのだった。

その場所から少し登った所に、見晴らしのよいところがあるというので、ひとがんばりして歩く。ひっそり、ひんやりとした霧靄の中の見晴らしの丘。そこはドナウ川をはさみ、左側に王宮、左側に国会議事堂が見える・・・・・・というのだが、あまりに朝早すぎたために、朝靄でほとんどなにも見えず。とはいえ一面の乳白色の中を、王宮の青銅色をした屋根がうっすらと透かし見えるような風景は、それはそれで素晴らしいものでした。

さて、いよいよ頂上。そもそもこの丘ツィタデッラ(要塞)とも呼ばれていて、ハプスブルグ家がハンガリーを監視するために築いた場所でもあり、ブダペストを砲撃するナチス・ドイツの拠点地でもあった。頂上に立つ女性像はソ連軍の兵士を弔うために建てられたものらしい。だからなのか、観光客がたくさんいるならいざ知らず、誰一人いないこんな場所は、むしろ荒涼とした感じさえする。とりあえず朝靄が晴れてくるまではここにいようということで、ポケットに偶然入っていた飴を非常食にしつつ(ほとんど遭難者並み)、頂上にてひと休み。

頂上近くには要塞を利用した博物館があって、門が開いていたのでふらふらと入ってみる。受付も開いているようだが、誰もいない。奥の方でテレビの音がするので、ここはそっとしておくことにしよう。わりと広い敷地の中をウロウロしていると、どうやら展示物のある建物の中だけは時間にならないと入れないようだ(そらそうだ)。ほんの少しだけ展示物を垣間見ることができて、ローマ時代からの服飾や鎧などが並べられていた。奥に行くと、さらに丘の中の高い所に出て、おそらくそこが一番高い場所なのだろう、まるで明けきってしまうのを嫌がるかのような朝靄を眺める。

カタシ先生が迎えに来たので、丘を下りて行くことに。
途中で街に向かって十字架をかざすゲッレールトの像に遭遇しつつ、下りはあっという間に地上へ降り立つ。会社や学校へ行くと思われる人たちや車で地上はわりと混雑している。

かろうじて開いていたスタンドで朝食のヨーグルトを買って、ドナウのほとりにて朝食。川の向こう側には国会議事堂のネオゴシックな建物。時間があれば後日に議事堂の近くまで行ってみたいと考えつつ、実にのほほんとした時間が過ぎていく。

実は激マズだったクルミクッキー

午後からは王宮にてフェレンツさんと彼の友達であるアーダムさんと待ち合わせをしているので、それまでの間カタシ先生とともに王宮にある歴史博物館へ。ここでは展示内容もさることながら、迷宮のような構造になった建物がとてもおもしろく、館内をわくわくしながら探索。展示物を見ながら歩いていると、いつのまにかひんやりとした地下道にいたり、そうかと思えば突然、日差しも眩しい中庭に出たりする。体をかがめないと入れない小さな入り口から、段差の低い螺旋階段を登っていくと、小さな物見の塔に出る。城壁の上を歩き、生い茂る無花果の木をかき分けていくと、完全に道が閉ざされていたり。城壁からステンドグラスをはめこんだ小さな教会を見たので、そこを目指して歩く。ちょうどそこでは結婚式が行われていて、内部の装飾はシンプルで古風な中世ゴシック風だった。

昼食の後で、待ち合わせ場所の国立美術館へと向かう。久しぶりに会ったフェレンツさんはますます日本語が流暢になっている。カタシ先生とフェレンツさんとは、用事があって一緒には回れないので、アーダムさんが僕を案内してくれることに。初めて会ったアーダムさんは実に静かな口調で話す人。だけど日本語は全く話さないので、噛んで含めるように英語を話してくれた(エエ人でした)。

国立美術館入り口


実はこのあたりから体調が悪くなってきて、19世紀20世紀の絵画を案内してもらっているときはほとんど生きた心地がしなかったのだけど(覚えているのは、暗鬱とした画布にぼんやりと浮び出た男女の絵。黒いマントの裏地が充血したように紅く、蒼白い男は少女をそのマントで包み、とても愛し合っているように見える二人の姿。ヴァンパイアを描いたものだったのか、ともかく僕が気に入ったのは、ムンクが描く水面に映った夕日の熱っぽさにも似た、デフォルメされたマントのエロティックに熱を帯びた曲線だった)、ともかくビュッフェで一休みする。そのときアーダムさんとはいろいろ話したのだが、彼もまたフェレンツさんと同じく彫刻家で、自分の体の一部をプラスチックにかたどって、自分自身を再構成しているそうだ。大学にも通っていて、そこでは中世美術史が専門だという。
そこで1階のゴシック期、ルネサンス期のキリスト教美術を案内してもらう。ハンガリーの大貴族、エステルハーツィ家の家系図もあって、これが面白い。装飾性もさることながら、まずアダムに始まり、ハンガリー建国の王、聖イシュトヴァーンはもとより、アッティラ王やノアまでが彼らの家系に組み込まれている。 マーチャーシュ王が着用したという15世紀のカズラ(キリスト教でのミサの式服)は、青地に黄金の刺繍をほどこしたとても豪奢なもの。描かれた模様は蓮の花や孔雀の羽のような中国的なイメージを連想させるモチーフで、これを見たときに僕はホイッスラーの孔雀の間を思い出した。

国立美術館を出て、アーダムさんと食事。その後、店を変えて甘い甘いトカイワインをご馳走になる。アーダムさんと別れ、すっかり夜もふけてきたのでブダペストの街を徘徊。早々に店が閉まってしまうので道は暗く、ふいに廃虚のようなところに出たりすることもしばしば。ふと思い立って、カタシ先生も夜の散歩をするだろうか、と昼間買ったテレフォンカードでマリアさんちに電話してみるが、まだ帰っていないとのこと。ついでに明日、マリアさんちに招待されたので、とりあえず明日のプランがたってしまった(なりゆきまかせ)。この日はおとなしくユースに帰って、読書。明日はゆっくりと眠ろう。

(つづく)

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