THE WAY TO VAMPIRE
早朝、約束どおりフェレンツさんがユースの前まで車で迎えに来てくれる。車はヨーロッパの伝統(笑)水色のトラバント。だいたい3時間ぐらいで行けるんじゃないか、とのこと。さすが日本人が外国に行く感覚とは全然違います。ちょっと京都までドライブしましょうか、とかそういうノリなのだ。
さて、朝の朦朧としたアタマで車に乗り込んだはいいものの、持って行こうと思っていたものをほとんど忘れていることに後になってから気がつく。カメラ、地図、途中で食べようと思ってた洋ナシ。どうりで荷物が少ないわけだ(笑)。
さっそくしょげかえるが、車の中でフェレンツさんとおもろい話をたくさんしたので、そのことを少々。
ブダペストを出てしばらく行くと、広大なハンガリー平原がひろがっている。地平線が見れるというのは、素直にスゴイと思う。ぽつりと見えるのは牛や羊の姿。
フェレンツさんはこんなドライブのときは歌を歌うに限るとか言いだす。「歌っていいかな」というので「どうぞ」。フォークミュージックなるもの。車が進むたびに、その地方に伝わる歌というのを歌ってくれる。ハンガリーの歌というのは単調なメロディーが波上に延々と続き、終わるときには唐突に終わるという、聴きなれない僕には妙な感じだ。この歌は僕の友人がとても好きな歌でね、と歌いながら涙ぐんだりするフェレンツ氏。
アツイなぁ・・・・・・と感心して聴いていたら、いきなり「日本のフォークミュージックを聞かせてほしいな」とふられる。え?(笑)「音楽が好きですか?」「はぁ、好きですが」「じゃあ、今度は君の番だよ(にこり)」いや、そんな微笑まれても(笑)。「演歌は日本の心でしょう?」「いやぁ・・・」変なことを知ってる・・・。
で、まぁ仕方なく(フェレンツさんが言うようなフォークは知らんし)「もーもたろさん、ももたろさん」と大平原を遠い目で眺めながら口ずさんでいたのだが、フェレンツさんは妙に日本通なところを発揮して、こんな歌知ってる?と「ヨコハマ・たそがれ〜、ホテルの小部屋〜♪(たぶんこんな歌詞だった)」と日本語で歌いはじめた。演歌である。なにやら森進一か誰かが歌ってるそうなのだが、この歌詞が実はハンガリーの詩人、アディー・エンドレのそのまんまパクリなそうだ。あの人は行ってしまって、もう帰らない、というような内容の詩らしいのだが、もちろんヨコハマの部分だけが変わってるわけだ。考えた人もすごいが、それを知ってるフェレンツさんもつわものである。
そして楽しいドライブは予定通り3時間ほどで終わったのだが、そこからが苦難の道のりで、国境近くでの待ち時間なんと2時間である。長大な車の列。その日はやたら暑かったので、車のドアを両方開けたままでじわじわと移動する。異様な光景である。
本来ならばピストリッツァ(『樅の木の下で』にも出てきたところ)に立ち寄る予定だったのが、思わぬ時間をくってしまい、日帰り予定だったフェレンツさんに合わせて、まっすぐプラショフへと向かうことにする。
プラショフにはブラン城がある。ブラム・ストーカーのドラキュラのモデルにされた、かの串刺し公ヴラド・ツェペシュの城がブラン城である。
ツェペシュの生地というといかにもブラン城を拠点にしていたかのようだが、実際に彼がそこにいたのはそんなに長い期間ではないようだ。だが、“ブラム・ストーカーが描いたボルゴ峠のドラキュラ城とあまりによく似ている”という外観は、確かに肯けるものがある。
ルーマニア領に入ってまず最初に思ったことは、都会がすさんでいるということ。プラショフは一応観光地なのでそれなりに栄えていて、中心にはインターネットカフェなんてものもあったりするらしいが(僕は行かなかったけど)、途中に通過した街などは、とりあえず街としての体裁を保ってはいるものの、少し郊外へ行くと民家すらまばらである。それに対して、田園風景は非常に美しい。それに土地の人達がみんな優しくて、道を尋ねると10人以上がわらわらとやってきて10人がかりで道を案内してくれるのだ。
そして、心強いことにフェレンツさんは昔、ルーマニア語をやっていたという。ここに来るまで黙っていたのは、ほとんど忘れているからだって(笑)。途中でなにか飲み物を買おうと店に入ったのだが、缶に入っているとか思ってはいけない。ビニール袋になにか得体の知れない液体が入っているのだ。まずどれを買ったらいいのかもわからないので、フェレンツさんに文字の解読をお願いするが、「これはたぶん牛乳だと思う・・・」と自信なさげに白い液体が入った袋を差し出される。思いだせー(笑)。飲んでみたのに、結局それが牛乳かどうかはわからず。ドロドロのヨーグルトのような酸味がありました。ヨーグルトだったのかもしれないし・・・・・・酸味?ま、もう済んだことです(笑)。
プラショフの街はドイツ人が作った街なので、街並みもドイツ風である。
ブラン城は埃っぽく、赤茶けた壁土と煉瓦色の屋根、そしてたえず乾燥した風が吹きぬけていた。内部ではあちこち改修工事をしていて、入れない場所も多かった。中は明るく、キレイに保存されていて、一階ではお決まりのようにドラキュラTシャツなるものが売っているし、まぁ・・・・・・それは仕方がないにしても、だ。僕は別におどろおどろしい、映画に出てくるようなドラキュラ城を望んでいたわけでもなく、なんら期待もしていなかったのだが、実際に、こんなふうに整然として小奇麗な、観光客にあふれる明るいお城の中で佇んでいると、ふといったい何をしにきたんや?という気持ちにもなってきまふ。
歴史的な場所を尋ねることを無意味だとは思わないが、それ以前に、僕の中での吸血鬼なるものは、やはり現実と架空との間を行き来する、世俗的な一切にとらわれることのない軽やかな存在だったということだろう。
ブラン城はそんなに大きな城ではないので、しばらくぶらぶらしてから、再びトラバントに乗り込み、ブダペストへ帰途に向かいつつ、途中でふと目についた街などで車を止めて散策する。ジプシーがたくさんいて、ボロボロの服をまとい、何かを売りに来たのかしきりに話しかけてくるのだが、言葉が全くわからない。ひとりで切り株に座っていたときに、5人ぐらいの女のジプシーに取り囲まれて怖かったが、「ニェーチェム(わかんない)」で強引に乗り切る。
途中、車ギリギリの道幅で、両側は4階建てのビルぐらいの高さまで切り立った崖がそびえている場所を通り抜けたあと、フェレンツさんが小高い丘(じゃなくて山だよ)を見つけ、「登ってみようよ」と言い出す。時間はすでに夜である。実際ひどく疲れていたので「それは嫌だ!」と断ったのだが、フェレンツさんが悲しそうな顔をするので、結局折れて登ることに。もちろん丘なんてものじゃなくて、わりと本格的な山道である。林が急に途切れて、さっき通ってきた崖を一望に見下ろすことができる場所に出た。暗くてほとんど見えないのだが、月の光は日本よりもずっと明るく夜を照らし、はるか遠くの大地を蒼白く浮かび上がらせていた。上を見上げると、木々の暗黒のドーム屋根。その間に覗く星。空気は冷たく、遠くの方で何か獣の遠吠えが響いていた。
今回のトランシルヴァニア行きで、最も吸血鬼を身近に感じた瞬間であったかもしれない。
(つづく)
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