結論

 

 1章から第3章を通して、オーストラリアにおいて、オーストラリアと移民の関わりを歴史と移民政策の変遷、そして移民に対する英語教育の整備の面を通して述べてきた。

 オーストラリアの歴史は、移民から始まり、その民族性は時代と共に変遷を遂げてきた。1788年にイギリス人囚人が組織的に入植して以来、オーストラリアはイギリス人を中心として国作りが進められていったが、19世紀半ばに迎えたゴールドラッシュ期では、非イギリス系や中国人を中心とするアジア系の移住が進んだ。ところが、その後、中国人や有色人種排斥運動の激化や1901年の移住制限法成立により、白豪主義国家として国際的非難の的となった。この法の成立によって、アジア系移民の数は減少の一途をたどった。第2次世界大戦期に、人口減少とそれに伴う深刻な労働不足に陥り、イギリス系だけでは目標とする人口増加が達成できないため、非イギリス系の移民の大量受け入れによってそれらの問題を解決することに乗り出した。1970年代には白豪主義と決別し、インドシナ地域からの難民を周辺諸国のプレッシャーから受け入れに乗り出した。これ以降、アジア系移民・難民の数は今日まで増加を続けている。

 オーストラリアのおよそ200年の歴史を通して、移民の動向を抜きにしてオーストラリアを語ることはできない。オーストラリアが移民と共に築いてきたその歴史は、決して平坦ではなかった。オーストラリアにとって、移民は一貫して、労働力として捉えられてきたものの、移民に対する態度の流れは、軟化するばかりではなく、むしろ、硬化と軟化の歴史であった。移民に対する嫌悪や偏見、誤解から融合、そしてすべての民族の尊重への道は移民国家としての当然の通過点であったのかもしれない。

 そのような移民史の中でも、大転機となったのは、白豪主義の撤廃と多文化主義への転換であるのは言うまでもない。オーストラリアが長く保持してきた白豪主義から脱却し、多種多様な民族に単一の社会への同化を迫るのではなく、多様な文化・言語の存在と維持を認める国家作りを目指した背景には。1972年から標榜され始めた多文化主義によって、移民政策は開放的になり、移民を取り巻くオーストラリア社会が大胆かつ柔軟に変革・転換されていった。そして、様々なバックグラウンドの移民が増え続ける現状と、オーストラリアは移民との共存以外に国を発展させることはできないのだという認識が整合性を持った形で表れたのが、政府が責任を持って移民をオーストラリアに定着させ、平等な生活を保障するための公的英語教育サービスの提供であった。

 これらのオーストラリアの移民に対する一連の態度の変遷は、オーストラリアがいかに時代の変化に合わせ、しがらみに囚われずに国を変えていったかを示すものであり、これには深い感銘を受けた。そして、たとえば、オーストラリアに留学を目指す人が、オーストラリアの移民法は頻繁に改正されると嘆いているといった有名な話は、その時代の流れに敏感であるオーストラリアの特徴のひとつと考えるようになった。伝統というものはなかなか破りにくいものである。時代は変わり、人々も変わる。我々が一体何に価値観を置き、何を優先にし、何を憂れえ、何を最も欲するか…。それにも関わらず、国は既存の観念に囚われ、なかなか慣習や制度、法を変えることができないことが多い。

 移民の存在はとりわけ議論の対象にされ、否定的イメージで捉えられることが多い。移民を、全く異質の外からの者として捉え、そして、たとえば、移民がもたらすプラス面には正当に目を向けず、国内の失業率の上昇や不況の際には、その遠因などを移民に負わせてきた。

 しかし、オーストラリアにとっての移民は、外からの侵略者などではない。むしろ、内なる変化の原動力である。移民がオーストラリアの経済を支え、民族性豊かな全ての人が自分の民族性を否定することなく生活することが保障される多文化主義を生み出し、それに基づく寛容なオーストラリア社会の構築を進めていったのだ。オーストラリアにとっては移民を民族の同質性によって区別されない。民族の多様性を認め、それを社会の中で保持しながら共存の道を模索するオーストラリアの視点は、今後、一層促進されると予想される他の多民族国家にも必要不可欠であろう。 

 オーストラリアは、移民政策を多民族社会に合わせて変えてゆき、移民の生活の向上、そしてオーストラリア全体の発展のための移民に対する英語教育の整備に対応するなど、全ては移民国家としての国作りのための政治・教育システムの変革を行なってきた。確かに、オーストラリアの政策や公的英語教育への取り組みの全てがそのまま他の国で通用するわけではない。各々の社会状況に合わせて独自の指針・方法が加えられるべきである。それでも、オーストラリアの移民の多様な民族性を受け入れながら社会の発展を目指す姿勢から学びとるべきことは多い。オーストラリアの移民を巡るこれまでの移民政策、成人移民への英語教育に関する様々な取り組みは、今後も世界各地で起こるであろう移民問題への対処のモデルになり、今後のボーダーレス時代の国家のあり方に大いに手本とされるべきものである。