小話−花を摘む人

エマとエリミーラ。
彼女たちに出会えたのは本当に幸運だった。

駅でホルヴェラップ行きのバス乗り場を聞いたのがきっかけ。
まさにエマもそのバスに乗るところだった。

その日彼女はたまたまいつも乗るバスより1時間遅れてしまった。
乗ったバスは座席が一つしか空いてなかったが、若者が譲ってくれた。
ホルヴェラップ行きといっても、バス停から目指す場所まではかなり歩く。
そのバス停で降りたのはエマと私だけだった。

強い日差しにエマは日傘をさす。
「あなた、日差しは怖くないの?」と尋ねられた。
「これがあるから」といって私は帽子を被る。

晴れていた。アララト山が非常に美しかった。
エレバン市内より間近に山がそびえ、山裾までの平原の中、
ぽつんと修道院がある。そこが私たちの行き先。
20〜30分ほど歩くとやっとついた。

帰りのバスについては、彼女がバスの乗客に聞いて、
何時頃にここを出ればいいか教えてくれていた。
「もしよければ一緒に帰りましょう。私は3時半にここを発つから」

修道院につくと私たちは別行動だった。それぞれの行きたい所へ。
彼女は友達と待ち合わせしていて1時間遅れたことを気にしていた。
その友達は教会の脇の日陰でヴェールをかぶり座っていた。
それがエリミーラだった。


・・・数時間後、結局私は彼女達と一緒に修道院を出た。
実はこのとき初めて私たちは互いに自己紹介をした。
アララト山と修道院を背にバスが走る道路まで歩きだす。

エマはめがねをかけおかっぱの上品な婦人。中肉中背。
エリミーラは黒っぽい服に黒っぽい傘で痩せた老婦人。
二人とも穏やかで独特の優しい雰囲気が漂っている。

エリミーラははじめ浮世離れして見えた。
彼女は歌を口ずさみながら、花を摘んで歩く。
私とエマからだいぶ距離が離れても特に気にしてないようだった。
途中、不意に私を呼び止め、さっき摘んだ花を私に差し出す。
驚いていると、「あなたに。幸運の花よ。」と微笑む。
エマを見ると笑顔で頷いた。

・・・そういえば、さっきエマが言っていた。
「願い事をしながらここの花を摘むと叶うのよ」
「あなたは摘まないの?」と尋ねられたっけ。
願い事も特に思い浮かばず、何となくバスの時間も気になって、
彼女達を待たせてもなぁとか、いろいろ思ってやめたんだった。。。

「ありがとう」 白い小さな野草の花束を私は受け取った。
なんだかすごく嬉しくて、すごく満たされた気がした。

バス停といっても看板があるわけでもない。ただのT字路。
とりあえず見渡せる範囲で人影はない。時々車が走るだけだ。
道沿いに壊れかけたベンチとテーブルがある。

「お腹すいたでしょう?ここで食べましょう!」
・・・でも日差しが強い。予定変更。木陰に移動。
それほど高くない木の下へ入り、草の上にそのまま座った。

彼女達は持参したパン、ハーブ、卵、チーズを出した。
私はもうパンを食べたからと一応遠慮したのだが、
「とっても美味しいから食べて!」と押し切られた。

二人が持ってきた食材を適当に組み合わせて、
アルメニアの薄いパンにハーブや卵をラップする。
エマが作ってくれたアルメニア風サンドイッチを食べる。

「おいしー!!!」
「当たり前よ。自然の中で食べるんですもの。
 アララトも今日はきれいに見えるしね」と微笑む。
・・・まったくその通り。

素朴な、ある意味質素な食事なのに、とってもおいしい。
いや、このシチュエーションで食べてることを考えると、
とっても贅沢な食事なのだ。あり得ない贅沢さだ。

私は山の上で食べてしまってたけど、彼女達は朝から何も
食べてなかった。なのに、私に分けてくれるなんて・・・(涙)
あとで思い当たったけど、宗教上の理由だよね。それって。
修道院の中ではさすがに食べてないけど、彼女達の行動に
異教徒の私が混ざってて良かったんだろうかと少し思う。

食べ終わってもなかなかバスは来ない。
エリミーラは道沿いに生えているハーブを摘むのに夢中だ。
その間、エマとおしゃべり。

ホルヴェラップは特にエリミーラが好きで、彼女は毎週来てること。
彼女に連れられて来て、エマもとってもここが気に入ってること。
アルメニア正教に興味を持ったのは、ソ連崩壊後だったこと。
エリミーラの息子は今アメリカに住んでて彼女は一人暮らしだってこと。
私も日本のこと、家族のこと、旅行のことなんかを話した。

そうしていると、この平原のどこから人が出てきたのか、
10人くらいいつのまにか近くにいた。バスを待っているのだ。

「ということは、バスは乗り過ごしてないわね」
顔を見合わせる私たち。
だってあんまり来ないから、実はバスが行っちゃったのかとか、
今日はたまたまバスが運休なのかとか、心配していたのだ。

行きのバスはミニバスだったが、帰りは大きな2両編成バス。
しかも混んでいた。途中1つだけ空いたので、エリミーラを座らせる。
エリミーラは「あなたが座りなさいよ」と逆に勧めようとする。
「私たちのほうが若いからいいの!」と顔を見合わせる私とエマ。
座ってからも「荷物持つわよ」「半分座らない」とか落ち着かないエリミーラ。
なんだかかわいい(笑)

バスの窓は開放されていて、風が気持ちいい。
バスに乗ったらエリミーラの好奇心がやっと私に向いたらしく、
いろいろ質問してきた。というより、エマに聞いていた(笑)
「どうしてアルメニアに来たの?え、ひとりで?」
「キリスト教徒なの? どうして教会に来たの?」
「何か悩み事があるの?」などなど。

悩み事うんぬんになったときは、さすがにエマがたしなめた。
でも「なんで?いいじゃない。教会に来たのよ? 理由があるわ」
なんだか二人の会話ってかわいい。まったく魅力的な仲良し二人組だ。

そんなことをしているうちに、イェレバン市内へついてしまった。
一緒に明日違う教会に行こうかと話したりもした。
まだ明日の予定を決められなかった私は、夜電話で決めることにした。

夜ホテルにエマから電話があった。
次の日も彼女達に会いたかったし、小さなお土産も渡したかったから、
待ち合わせ場所に向かうことを約束した。
電話では彼女達と一緒にどこかの教会に行くことにしていた。


・・・朝早起きして待ち合わせ場所に行くと、エリミーラがいた。
他のご婦人方が続々と集まって来るたびに、私を紹介してくれた。

なんだか昨日より元気いっぱいだな、エリミーラ。
なんのサークルなんだろう? 人脈ひろいなぁ、なんて思っていた。

エマもやってきた。
ここからバスが出てちょうど教会に行けるからねって。
そしてその集団から少し離れたところに私を呼んで、
「○○って知ってる? とてもおいしいの。
 あたなに食べてもらおうと思って持ってきたわ。」
なにやら包みを渡された。「ありがとう!」嬉し〜。

そうこうしてるうちにバスがやってきた。
みんな乗り込む。私も一緒に乗り込んだ。
・・・あれ、エマ達が乗ってこない。なんで?

結局私がヒアリングがうまくできなかったのかな?
エマとエリミーラはそのバスに乗らなかった。
戸惑う私にエマは「他の友達があなたを連れてってくれるから」

焦って隣に座った彼女たちの友だちに「彼女たちは?」と聞くと、
「二人は今日はエチミアジンへ行くんだって。
 あなたと行きたがってたけど、あなたはもうエチミアジンに
 行ったから別の教会のほうがいいだろうって。残念がってたわ。」

・・・え?
だってあなた方二人とまたいられると思って今日は来たのに。

持ってきていた日本の小物を、バスの窓から急いで手渡した。
その小さな日本の唐傘を開いて、彼女たちは喜んでいた。

すると今度はエリミーラが木製の小さな十字架を見せた。
「ほしい?」と私に尋ねた。「うん。いいの?」私も尋ねる。
とっても素敵な十字架だった。
「もちろん。あたなにあげたくて家から持ってきたの」
満面の笑顔だった。「あなたを守ってくれるから大事にね」

私に尋ねてから十字架を差し出すのが、非常にらしいと思った。
だって私は少なくともキリスト教徒ではないのだから。
十字架が押しつけになっちゃいけないと思ったんだろう。

そんな優しさを、昨日会ったときにすごく感じたから、
だから今日もあなた達に会いたくてきたんだよ。。。
言葉にできなかったけど、私の思いは伝わっただろうか。


アララトとホルヴェラップを背に一緒にとった写真をエアメールで送った。
数ヵ月後、彼女たちの友だちからEメールが届いた。
無事受け取ったらしい。
そして彼女たちの間でよく私のことを話してるらしい。

私もほんとにあなた方のことをよく思い出してるよ。
十字架もかばんにお守りのようにつけてるし。
あなた方に会えて、私は本当にラッキーだ。
2003年08月
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