小話−通りすがりですが

ひょんなことからガイドさんに連れられて日本語学科の生徒の発表会へ。
日本のGWについてのレポートを発表するらしい。

会場入りすると、ガイドさんの恩師である先生に紹介される。
思った以上にとても日本語が流暢で、正確だった。知識背景がうかがえる。
ラッキーなことに彼女が作った日本語テキストを頂いてしまった。
不自然なところがあったら指摘してくださいと。。。腰の低い方だ。
この本、アルメニアについての内容なのでためになる。しかもアルメニア語つき。
将来私がアルメニア語に興味を持った時非常に役立つだろう(笑)。
絶対貴重な代物だ。嬉しい。

またボランティアで日本語を教えているという日本人ともお話した。
中年過ぎくらいの女性で、まだイェレバンに来て1ヶ月らしいが、
非常にここを気に入ってるらしい。とてもいいことだ。

ガイドさんは実はここで講師もしている。
さっそく優秀な教え子達が挨拶にくる。とても流暢だ。
彼女たちが席に戻ると、ガイドさんにうまいねーと言ったら、
でもまだまだ自分の考えを日本語で表現できてないからと手厳しい。
でも彼女たちならきっとできると笑顔を見せる。
やっぱり優秀な教え子達なんだ。

1、2年生は歌の発表。
ふり付きで「春が来た」と「ひなまつり」。
一人が浴衣を着て、まるで日本人形のようでかわいらしい。
会場を埋めたアルメニア人たちには一番受けていたみたい。
何度も彼女はアンコールで「ひなまつり」を歌わされていた。
会場は100人くらいいただろうか。大人も子供達もいた。
しかし日本人も滅多に見かけないこの国で日本の歌を聴くとは。
しかも童謡だなんて、なんかいいかも。

次は3、4年生のレポート発表。
レポートはアルメニア語だったけど、時々ガイドさんが訳を耳元で囁いてくれる。
ガイドさん曰く、彼女たちはとても上手にまとめていたようだ。

それから日本人の先生の発表。日本語で話しアルメニア語の逐語訳。
が、ちょっとなぁ。
いきなり『私は日本が嫌いです』から入るんだもん。。。
憲法9条について話してくださったのですが、どうかなぁ?
ちょっとテーマが偏ってたかもしれないです。

次に覚悟はしていたが、私が壇上に呼ばれる。
「あぁ、私はただの通りすがりで部外者なんですが・・・」

質疑応答に応えるという形で、日本の祝日についてなどの質問や、
アルメニアになぜ旅行に来たのとか、アルメニア大虐殺知ってるとか。
日本の祝日についてはアルメニアの先生の方が詳しくて、
時に助け舟をもらいながクリア。
あと私の答えよりガイドが詳細補足してしまい、その割合1対4(汗)。
もうちょっとしゃべらせてよと思いつつ、なんとか無事に終えて、
日本人はこんな顔よーと顔だけは売れたかな?
・・・んー、それにしても日本のことについて学ばねば(反省)。

でも私の意見があって少しは公正になったかも。
例の日本人の先生だけじゃ、ちょっと偏ってしまった気がして。
どこでもそうだけど、いろいろな考え方、見方があるってことを、
誤解されないように伝えるのは大事だと思うから。
特にそこで唯一の日本人だとしたら、その辺は特に自ら意識
したほうがいいんじゃないかなぁ(生意気いってごめんなさい)。


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それから、アルメニア大虐殺の件について少し。
大虐殺がユダヤのそれと比べてあまり知られてないことは、
彼らの苦しみになっているようです。トルコから2回も受けたのに。
旅行前に、1冊関連図書を読みましたが、痛いです。。。
だからアルメニアとトルコは今も仲は悪いです。
アルメニアを旅行する方は是非この点には留意してください。

イェレバン市内に大虐殺のモニュメントがあります。
町の高台にあって現代的なモニュメントの中央に炎が灯されています。
訪れる人は老若男女を問わず。友達同士、家族連れなどなど。
そして花をその炎を囲むように置いていきます。

その子供がふざけたのかもしれません。
おばあさんが激しくしかりました。子供はしゅんとしています。
アルメニア語だから内容はわからなかったけど、
「お前達、ここでそんな冒涜行為をするんじゃない。
 どんな歴史をここで伝えようとしてるかわかってるだろう?
 わかっていたらそんなことはできないはずだ。」
きっとこんな意味だったろうと思います。
いつかだんだん口調が柔らかく教え諭すようになっていき、
他の子供達もそれを一緒に耳を傾けて・・・
あるいは彼女自身の体験した歴史に話が及んだのかもしれません。

この場所からは私のお気に入りアララト山もきれいに見えて、
アルメニア人にとって本当に大切な場所だろうと思いました。

アルメニア人に限らず、他のどの人たちも今後虐殺されるようなことがないように・・・
そう願うし、そうすべく努力しなければと思います。
 
2003年08月
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