| オシャカン(アルメニア共和国) |
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ひょんなことから、私はオシャカン行きのバスに乗った。 ヒアリングミスやら思い違いやら諸々の理由で、私は今バスの中。 ミニバスは満員、立ってる人も多い。女性が多いが男性も4,5人はいる。 中年女性が多いが、10代後半のかわいらしい女の子たちも。 ・・・普通の路線バスだと思っていた。 はじめに疑問を持ったのは、バスの中に歌声が響いた時。 3人の女の子が歌いだしたと思ったら、みんなが一緒に歌い出した。 たぶん聖歌だろう。きれいな深いメロディライン。 アルメニアの人ってこんなに宗教心篤いんだろうか? みんな自然に歌ってるなぁ。。。 場違いな気分に包まれつつ、後ろの隅に座っている私。 でも歌声は続き、窓の風景を見ていると、なんだか幻想的な気分になってくる。 先日までのバスの風景は、イェレバン市内を抜けると割と平らな風景だった。 なのに今日は、山がちな道で人家の間、岡の上を縫うように走っていく。 1時間でついただろうか。オシャカンについた。 目当てはメスロプ教会。ここはマシュトツを冠した教会。 メスロプ・マシュトツはアルメニア文字を作った人だ。 イェレバンの目抜き通りもマシュトツ大通りというほどで、 アルメニア人のアルメニア文字に対する思いは非常に深く、 私が入れなかったマテナラダンの前にも彼の銅像がある。 この文字は5世紀初めに、主にギリシア文字をもとにして作ったといわれている。 キリスト教に改宗したアルメニア人が、自分たちの言葉で聖書が読めるようにと 考えたもので、 文字数は、もともとは36文字だったが、現在では39文字。 1文字が1音を表す。子音字が30、母音の種類は6つ(以上、受けうり)。 ここメスロプ教会には、植木をアルメニア文字の形に整えてあり面白い。 マシュトツの銅像もあり、ほんとうに彼のためにある気がする。 11時に鐘が鳴った。 外で談笑していた人々がぞろぞろ教会に入る。 ミサが始まった。 少年少女の聖歌隊が脇に控えている。 黒い服を着た司教(?)が会を執り行う。 なかなか見れるものじゃない。珍しくて目を凝らす。 聖歌隊の歌は教会の中にきれいにひびく。んー、なかなか。 ・・・が、長かった。はじめの1時間はよかった。 その後が寒くて寒くて。朝ご飯を食べてなかったのと、 教会の中は意外に冷えるのとで。。。うーむ、石造り恐るべし。 私のグッタリ具合にバスの中から隣で世話してくれた 女性(名はアナイット)が私を外に連れ出してくれた。 日にあたれば暖かいからと。 お日様の光、偉大だ。。。ぬくぬく。 それもつかの間、暖を取ったらまた教会に戻る。 ミサは続く。終わったのは13時を回っていた。2時間!!! その間、ちょっと戸惑うことが。 人々の間を司祭が銀の十字架を持って歩く。 みんなはそばに寄って十字架にキスをする。 ・・・ちゃんと私にも向けてくれたのだが、できなかった。 だってやっぱり失礼だよ。信者でもないのに。 形だけ真似するなんてできない。でも逆に拒んだのも失礼だったかな。。。 精神的に苦しくなった。 私は傍観者として見ていたいだけのわがままな旅人だ。 あなた方のその空間に入るのは失礼だしおこがましい。 これを伝えたいけど、うまく言えない。。。 あぁ、もうイェレバンに帰りたい。。。 バスがあるかどうか聞いたが、バスは3時までないという。 こんなどこかわからないところに・・・どうしよう。 もちろんみんな親切だ。 私に気遣っていろいろ話相手になってくれる。 実はキリスト教信者じゃないと言っても嫌な顔はしない。 日本人と知り合うなんて今朝バスに乗るまで思わなかったと 素直に驚き、見るのも初めてだと喜んでいる(ま、そうだろうな)。 日本人の血が流れてるのという女性がいた。 おばあちゃんが日本人らしい。挨拶程度の日本語を知っていた。 確かに目がちょっと東アジアっぽい?全然アルメニアが強いけど(笑) あと一人の男性が日本好きと言って話しかけてきた。 日本人と仕事をしたのがきっかけで、日本好きになったらしい。 建築(設計)の仕事をしているそうで、日本の建築について詳しかった。 日本の装飾のわび、さびについても私のかわりにみんなに 説明してくれた(汗)。 楽しい談笑を30分ほどしていると、また教会に誘われる。 また始まるのか。。。寒いのに。外でぼーっとしたい。 でもせっかくだからと中へ。席はもう埋まっていた。 後ろで立ってる方が、途中抜けられていいなぁなんて思ってた。 が、アナイットが一番前の席に私を連れて行った。 私がいいよーというのを聞かず、座らせてしまった。 隣は小学生くらいの男の子。隣には誰か友だちが来るはずだったようで、 彼女に「ごめんなさい、ここには人が来るんです」と訴えた。 が、それをアルメニア語で何か言って押し切り、私を座らせた。 ・・・隣の少年の憮然とした顔。(だよね、得体のしれない奴が隣じゃ) ・・・それにこんな前じゃ寒くても外に抜け出せない! そこからまた私の苦痛が続く。 物理的なこと(寒さや空腹)もさることながら精神的にも痛い。 だって私はただの通りすがりでしかないのに。 宗派を問わずキリスト教徒ならまだしも、異教徒だ(注)と公然と言う私が、 熱心な信者をさしおいて、彼らのその聖なる空間のど真ん中にいるなんて。 非常に失礼ではないか。。。居心地が悪いよ。。。 (注:無宗教ともいえるが、慣習や身についたものからいって仏教徒と いったほうがより近いかなと思って。無宗教と言い放つほどの気合もない。 無宗教といったほうが風当たりが強い場合が多いので・・・) 私の気持ちを知って知らずか、またもや2時間ほど続いた。。。 最後にみんなが席を立って今度は本にキスをして出て行く。 今回も迷ったが、アナイットの強力な薦めはもちろん、ここまで来たらと 表現は悪いが「皿までかな」と思い並んだ。もちろん敬意をもって。 本・・・きっとこの教会だからこそのなおさらの重みだよね? アルメニア文字の創始者の教会だから。。 宗教一般についてよくわからないけど、文字や言葉は大好き。 宗教にまつわる美しい建築や美しい彫像、絵も好き。 異教徒の私をミサにそのままおいてくれたみなさんと、 偉大な文字創始者に敬意を表したい。 こんな傍観者のただの通りすがりの私だけど、失礼を承知で。 どっと疲れた。寒いしお腹減ったし。申し訳ないし。 さぁイェレバンに帰るぞ! ・・・なのに、またバスはもうひとつの教会へ行くという。 確認しておくが、このバス以外の交通手段がないのだ。 で、だんだん(やっと?)気づいてきた。巡礼というやつだ。 これは路線バスではなく、特別のツアーバスだったのだ! 考えてもごらんなさい? 四国・お遍路さん巡りツアーに、または成田山参拝ツアーに、 それとは知らず紛れ込んだ外国人の姿を! まさに私がそれだったのだ。。。 イェレバンには6時頃着くだろうという。 6時までこの中にいるのか。。。ハハハ。諦めた。 こんな経験はなかなかできるもんじゃない。貴重な体験だ。 20分ほど走ると野原で止まった。 歩いていくと小さな小さな教会。中に10人も入れば溢れてしまうほど。 ずいぶんここに来なかったようで、中が少し汚れていた。 祈りの前に掃除しようということになって、みんなで 壁にこびりついたろうそくのろうを落とす作業をする。 手伝う?と聞いたが、中は狭くてどうせみんな入れないからと、 私たちはその辺を少し散歩しながらまたおしゃべり。 他にあふれた人は花を摘んだり思い思いに時間を過ごす。 同じバスにいたおばあさんが私に花を無言で差し出す。 エリミーラのときと同じ? ありがたく受け取る。 無表情なおばあさんだったけど、変なのがまぎれこんでるの、 許してくれたのかな? 掃除が終わったようだ。 みんなで教会で(入れない人は外で)聖歌を歌う。 今回はそんなに長くなかった。もう耐えられます。 バスのほうへ行くとき、女の子の一人がまた私に花をくれた。 このバスの中では一番この子達に私の年が近そうだし、 親愛の情をこんな風に示してくれたのかと思うと嬉しい。 知らずに乗ってしまったバスとはいえ、ずっと感じていた 居心地の悪さ(良心の呵責?)が少し薄れた。 そして今度こそバスでイェレバンと思ったら、お弁当タイム。 草原に座ってそれぞれ持ち寄った食料を出す。 ・・・あ! エマとエリミーラのスタイル! そっか。これはそういうものだったのか。 今度はホントに私もその日初めての食事だ。 分け合って食べるのも自然にできる(腹へりへり)。 バスに乗る前にエマに渡された食料を思いだし差し出す。 思い思いにアルメニアパンに並んだ食材をトッピングして食べる。 うまい。。。あー食事ってこんなにいいもんだったんだなぁ〜 花をくれた女の子たち二人が申し合わせて歌いだした。 彼女達はほんとうに歌が好きみたい。歌がいつもそばにある感じ。 そのハーモニーの見事なことといったら。 自分のパートを完璧に、そしてタイミングを完全にあわせて歌う。 曲自体の展開も素晴らしいが、それをこんなに美しく表現する彼女たち。 みんな笑顔で聞き惚れている。 こんな歌を生で聞きながらご飯食べてるなんて・・・すげー贅沢! 日本でCD出せるなぁとか、公演しても絶対客入るなとか、 俗なことがよぎりつつも、本当に心打たれる歌声に聞き入った。 (まじでアルメニアの聖歌、とても美しいので機会があったら是非!) そしてそしてやっとバスでイェレバンへ。 彼女が言ったとおりちょうど6時についた。 はぁ、長い一日だった。 最後に親切にしてくれたみなさんに心から感謝。 |
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2003年08月
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