12月の花:グレープヒヤシンス
「あなたの奥ゆかしい愛をお慕いします」
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PM6時。やっと退屈な仕事が終わった。
課長への挨拶もそこそこにビルのエントランスへまっすぐ向かう。
思った通り、数人の同期の連中に混じって彼女もいた。
「やっほー。遅い遅い!」
軽く右手をあげてスマイル。うん、今日も可愛い。
「あー、F課長がさぁ……」
ぼくの言葉をさえぎって、彼女が腕を引っ張る。
「それより、さっさと行くよ!」
「え?どこへ?」
「キミは私に夢中!ということは、私の行きたい所に黙ってついてくる!わかった?」
「は、はい。」
他の同期がいつものことさと笑いながら見送ってくれる。
「先が思いやられるねー。尻に敷かれるよ、あれは。」
なんて声が背中に聞こえるが、放っておく。
だってね、ふふん。ぼくは知ってるんだから。
ひとりでニヤニヤしてるぼくの顔を彼女がじっと覗き込んだ。いつのまにか会社からだいぶん離れたところに来ていた。
「ん?どうした?」
顔を覗き返すと、彼女は途端に目をそらして頬を染めた。
「ううん!えーっと、あの、何か楽しいこと考えてるのか、なぁって。」
「ああ、ごめん。今ある人のこと考えてて。」
わざと意地悪をしてみた。するとみるみる内に大きな瞳いっぱいに涙がたまってくる。
「……」
「ばか。他の人のワケないだろ。」
街路樹を通る風に冷えきった手を握ると、はらはらと涙が落ちる。
「あー、びっくりした。」
鼻まで真っ赤にしてクシャクシャの泣き笑いの顔で、彼女がスマイル。
めちゃくちゃ可愛い。
なぜか、彼女はぼくと二人きりになると性格が変わってしまうようなんだ。
一度聞いてみたことがある。何でみんながいるところでは強気なのに、二人でいると違うのか。
彼女はしばらくの間うつむいて、それから小さな声で教えてくれた。
「はずかしいの。」
「何が?」
「……。こんなにあなたのこと好きなのが、みんなにわかったら、はずかしいくらい、好きなの。」
可愛いっ!!
そんなこんなで、みんなに
「尻に敷かれてる」
とか
「あんなタカビー女どこがいいの?」
とか言われても、ぼくは平気だ。
そしていつしか、この笑顔を毎日家に連れて帰りたいと思うようになった。
しかし、なかなかそのコトバは言い出せない。彼女と話をしててもタイミングを探してるせいかうわの空で、うまく話が続かない。ある日とうとう彼女は泣きながら帰ってしまった。
「よく笑うけど、よく泣くんだよな、彼女。」
いや、そんなことを言ってる場合じゃナイ。しかし間の悪いことに翌日は休日で会社はナシ。当然、彼女にも会えない。どう謝ったらいいのかよくわからないまま、ふらふらと彼女の家の前まで来ていた。
静かな住宅地の一角にあるその家は、彼女があんなに可愛く育ったのがなるほどとうなずけるくらい、ふうわりと優しい雰囲気の漂う二階建てだ。何回も送っていったことはあったがまじまじと見るのは初めてかもしれない。小さな出窓に置かれたガラスの鉢には青紫色の花が咲いていた。
殺風景な冬の中でそこだけ春のようだ。
その花を見ている内に、突然ぼくは思い出した。1年くらい前になんかのイベントで配ってた球根、たしかヒヤシンスだったっけ?パッケージの説明にこんなことが書いてあったんだ。
<ギリシャではふたりの人生のはじまりの時に乙女の髪にこの花を飾る>
それで、ぼくが彼女に
「育ててみたら?」
って、冗談半分であげたんだ。この花は、あの球根の……。彼女はちゃんと育てて花を咲かせてた……。
ぼくはなんだか胸が熱くなって、息が苦しくなって。
その時、出窓に彼女が現れた。
家の前にまぬけ面で立っているぼくにすぐ気がついて、瞳をまん丸くさせてそれから、クシャクシャっといつものスマイル。やっぱり、可愛い。
ぼくは深呼吸をして、玄関へと向かった。
さあ!きっと今なら言える。
「ヒヤシンス、髪に飾ってくれるかい?」
もどりましょうか?